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矢沢永吉 ベストアルバム 全 22 曲 キャロル 3 曲

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五大洋光生誕
(1949-09-14) 1949年9月14日(73歳)出身地
日本・広島県広島市学歴
広島電機大学付属高校(現広島国際学院高校)卒業ジャンル
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ミュージシャン歌手担当楽器
ボーカルギターブルースハープベースピアノ活動期間
1972年 -レーベル
GARURU RECORDS共同作業者

キャロル
NOBODY公式サイト
矢沢永吉公式サイト
矢沢 永吉(やざわ えいきち、1949年(昭和24年)9月14日 – )は、日本のロックミュージシャン[3][4][5][6]。広島県広島市仁保(現南区)出身[5][7][8]。身長180cm、血液型はB型[9]。

人物概要[編集]
愛称は「永ちゃん」「ボス」。
ファンが熱狂的であることで知られている[10]。2006年には、NHKスペシャルにて矢沢本人ではなくファンにスポットを当てた番組が放映された[11]。
ほぼ全曲にわたる作曲、および数曲における作詞を手掛ける。クールス「紫のハイウェイ」など他のアーティストには「五大洋光」名義で楽曲を提供したこともある。
1975年のソロデビュー以降、ライブを大事にしたいという考えから[12]、特にテレビ媒体に露出することは少なかった[13][12][注 1]。1978年、資生堂のCMソングに採用された「時間よ止まれ」が大ヒットした際も『ザ・ベストテン』を初め[15]、当時の音楽番組にはほとんど出演せず[16][17][注 2]。ラジオは1970年代に何度か出ている[20][注 3]。このため1980年2月10日にNHK教育の『若い広場』に出演した際は大きな反響を呼んだ[22][注 4]。同じ1980年に自身がCMソングを手掛けた「THIS IS A SONG FOR COCA-COLA」のCMは出演し[23]、曲もヒットしたが、この時も音楽番組には出演しなかった。ただ、CMソングは1976年9月のSONYラジカセ「リズムカプセル9000」から多数手掛ける[24][25]。近年のようにテレビ媒体に露出が増えたのは1992年に新発売されたサントリー缶コーヒー「BOSS」の初代CMキャラクターに起用されてからである[26][27][28]。1980年代もテレビに出演することは少なかったが、ロックのカリスマのイメージを覆す冴えないサラリーマンを演じて世間を驚かせた[27]。1994年には『アリよさらば』でテレビドラマの主役を演じ[注 5]その後、ドラマ数本と映画に出演している[27]。
活字メディアにもキャロル時代からしばしば登場した[18]。『週刊プレイボーイ』は、キャロル時代から矢沢を応援しており、誌面への登場はミュージシャンでトップの32回に及ぶ[31]。アルバム『Last Song』が発売された2012年夏には、多くの雑誌で表紙を飾った[32]。
多くのアルバムをセルフ・プロデュース。コンサート興行や演出なども自身の会社が行い、自らがそれら全てを取り仕切る[1]。
自らの奇想天外な人生を基に、数多くの名言を残している[3][13][33]。
声以上の楽器はないと話しており[34][35]、レコーディングの際には、ほとんど1テイクで完成することが多い[35][36]。
2012年現在、楽曲数約400曲・ライブ総数約1800本・総動員数約600万人を超える[25]。
オリコンアルバムランキングベスト10入り最多記録(51作)を保持[5][37]。
オリコンDVDミュージック部門で最年長首位記録更新、60歳代での首位獲得は男女・洋楽邦楽含め史上初であった[38]。
1970年代から1990年代までの3つの西暦10年代連続で、スタジオ・アルバム首位を獲得した男性ソロアーティスト。
1977年8月26日、日本人ソロ・ロックアーティストとして初めて日本武道館でコンサートを行う[38][39][40][41]。以降2017年まで武道館最多公演記録142回と更新中[5][41][42]。日本武道館を”ロックの殿堂”に押し上げる[43]。
1978年[13][41]、1980年、1982年で長者番付歌手部門第1位。1981年、所得約2億4000万円[17]。
ソロ歌手史上初のインディーズ作品によるオリコンアルバムランキング首位を獲得[37]。
1978年、資生堂のCMソングとしてヒットした「時間よ止まれ」が、2014年再び同社のCM曲として復活した[44]。
ホットドッグ・プレスの1982年5月号の独占インタビューにおいて「日本のミュージシャンはストーンズを観るべき。だが横浜銀蝿のようなガキは観てもダメ。坂本龍一とかは観たほうがいい」と辛口なコメントをしている。同時に紅白歌合戦を「年越しそば歌合戦」と皮肉を込めて述べた(紅白については後の2009年に第60回NHK紅白歌合戦でサプライズゲストとして初出場)。
2015年12月2日にリリースしたライブDVD『ROCK IN DOME』が、同年12月14日付のオリコン週間DVDランキングにおいて総合1位(初登場)初週売上1.7万枚を獲得した(Blu-rayの売上枚数初週売上9805枚と合算した「総合ミュージック映像ランキング」も1位獲得)。
また、前作『TREASURE BOX』で自ら樹立した“DVD首位獲得最年長記録”(2014年5月当時64歳8ヶ月)を66歳3ヶ月に自ら塗り替えた[45]。
2018年7月13日、平成30年7月豪雨の発生を受け、自身のホームページ内の動画にて、同年9月11日に行われる広島グリーンアリーナ公演で得た収益を被災地に寄付することを表明した[46]。
2019年9月、アルバム『いつか、その日が来る日まで…』が、初週11.2万枚を売り上げ、同年9月16日付オリコン週間アルバムランキングで初登場1位を獲得。2016年5月16日付に小田和正が『あの日あの時』で1位を獲得した際の68歳8ヶ月を上回り、最年長1位獲得アーティストとなった(1949年9月14日生まれの矢沢にとっては、今回が70歳での1位獲得(9月16日時点の年齢)。「最年長1位獲得アーティスト」記録は、ソロアーティストおよび作品が対象。年齢の月数は、月の過半日数以上で翌月に繰り上げとなる)。また、自身が歴代1位記録を持つ「アルバムTOP10入り作品数」を本作で54作に更新した[47]。家族[編集]
前妻との間に2男1女、現妻は米国人とのクォーターで、2女2男の父親。
次女の矢沢洋子は歌手である。洋子とはサントリー「ザ・プレミアム・モルツ」のCMで親子共演をしている(2009年、2016年)。2017年、洋子と入籍したベーシストU.G(元ギターウルフ)は義理の息子に当たる。2021年1月22日、洋子が第一子となる女児を出産[48][49]。

経歴[編集]
生い立ち 〜 広島[編集]
母親は永吉が3歳の時、夫と息子を捨てて蒸発[8][18][50][51]。広島で被爆した父親とは小学校2年生の時に死別[8][50][51]。このため幼少期は親戚中をたらい回しにされ[8][51]、その後は父方の祖母に育てられ[8]、極貧の少年時代を過ごした[18][52]。この頃、近所の裕福な家の子供に「お前の家は貧乏でケーキなんか買えないだろう」とケーキの一部を顔に投げつけられるなどのいじめを体験した。このような経験が積み重なり「BIGになる」との思いが芽生えたと語っている。矢沢は「晴れた日に海を見ていると広島を思い出すよ。やたら天気よくてね。広島ってヤクザとか原爆とか色々言われるけど、ボクにとっては一地方都市ね。悲しいことも楽しいこともあるけど、全部含めてね、淋しかーったって記憶しかないね。広島にいた子供の頃って、一人だったなって記憶しかない。かき氷が食いたかったけど、食えなくて、水だけジャブジャブ飲んでた。そんなことしか覚えてないよ」などと述べている[17]。中学時代、ラジオから流れるザ・ビートルズを聴いてロックに目覚め[8][41][50]、さらにザ・ベンチャーズの広島公演に行ったことで感化され、スターになることを夢見るようになる[41][注 6]。

横浜へ 〜 キャロル結成[編集]
1968年 – 1972年
広島電機大学付属高校(広島国際学院高校)卒業と同時に、スーパースターになることを夢見て[54]、トランクとギターとオリジナル曲を書いた譜面と[17]アルバイトで貯めた5万円を持って[8]、広島から最終の夜行列車で上京する[8][18][55][56][57][58]。広島駅から見送ってくれる者は誰もなかった[8]。しかし、東京駅へ向かうはずだったが、長時間の移動で尻が痛くなったのと、ザ・ビートルズの出身であるリヴァプールと横浜が同じ港町だったことから、反射的に横浜駅で途中下車[8][41][55][59]、チャイナタウンや喫茶タクト(日ノ出町)などで働きながらバンド活動を始める[4][18][52][59][60]。タコ部屋の住み込みで[17]、エロ本、シケモクにズリセン掻いたティッシュの山から抜け出そうともがいた[17]。横浜での下積み時代は弘明寺に住んだ[59]。
自作の曲「アイ・ラヴ・ユー、OK」のテープを「ビートルズのレコードを出しているから」という理由から東芝EMI(現:EMIミュージック・ジャパン)に持ち込んだが「売れない」と断られる[41][50]。CBS・ソニーにも持ち込んだが不採用だった[61]。
血の滲むような生活苦の中で夢を諦めず[54][56]、「ザ・ベース」「イーセット」を経て、「ヤマト」を結成[52][62]。「ヤマト」には、後に「矢沢ファミリー」と呼ばれるNOBODYの木原敏雄(ギター)、大森正治(ドラム)がメンバーに名を連ねた[60]。この頃、もう一人のNOBODYメンバーである相沢行夫とも知り合う。「才能の無い奴は去れ」という考えから、無能なメンバーを切り離し、使える者をピックアップすることでバンドの能力向上を図った[18]。
蒲田、川崎、横浜、横須賀などのライブハウスの「ゴールデンカップ」やキャバレー、兵隊の集まるゴーゴークラブで歌う[8][50][52]。
「ヤマト」で芸能界デビューを望んでいたものの、様々な事情により横浜市立大学講堂で解散[63]。1972年
矢沢が貼紙チラシで募集をかけ[8][41]、ジョニー大倉・内海利勝・ユウ岡崎(この頃は別のドラム担当でユウ岡崎はデビュー後に参加)らと6月、ロックバンドキャロルを結成[3][4][8][50]。ボーカルおよびベースギターを担当。
当時は歌謡曲とフォークが中心で[8]、ロックバンドが商業的に受け入られなかった音楽界に突如として現れ人気を博した[55]。活動は短期間であったが、後の日本のロックシーンに大きな影響を与えた[38][64][65]。ソロ転身後の矢沢の奮闘がキャロルをのちに“伝説”にした[56]。詳細は「キャロル」を参照
1975年
解散が決定的になった頃、矢沢はソロ活動を行う際にフォノグラムとの間に起こり得る問題を未然に防ぐため、単身CBS・ソニーに行き、幹部と面会して自らのソロ活動を担保とした金銭面・ビジネス面の話をまとめている[66]。面会後、CBS・ソニーから借金をして多額の現金をフォノグラムに払い、同社のプロジェクトチームが動き始めた[66][67]。
所属会社の要請で4月13日、日比谷野外音楽堂において解散ライブを行う。ライブには親衛隊としてクールスのメンバーが参加。演出のために使用した爆竹が雨で湿って、その火花が舞台セットに燃え移りステージが炎上、メンバーは楽器を失うだけではなく、多くの借金を抱えるというアクシデントの中、キャロル解散。1970年代、ソロデビュー[編集]
1975年
キャロルの解散が決まると矢沢すぐに次のビジョンを描き[68][69]、1974年末から渡米の準備を始め[68][70]、キャロル関係の人間から離れ、一切のスタッフを総入れ替えし、キャロル解散から20日後の5月3日、初の渡米[12][15][68]。CBS・ソニー(現:ソニー・ミュージックエンタテインメント)に移籍後[15]、キャロル解散5か月後の9月21日、ロサンゼルスレコーディングによるシングル「アイ・ラヴ・ユー、OK」、アルバム『I LOVE YOU, OK』でソロデビューした[15][70]。制作費はキャロルで得た印税を全て注ぎ込んだ[67]。当時のシラケ世代の中で「ロックの世界から陽水、拓郎に挑戦するんだ」と先行するフォーク勢打倒を打ち出した[68]。当時を振り返って矢沢は「キャロルからソロになった時は燃えました。雷のように熱かった。自分なりに2年半キャロルやって、芸能界の仕組みというのが分かったから、なまじ中途半端に名前があると、かえってそれをぶち抜くくらいのパワーがいる。名前があった方が不利だと思っていたね、あの頃は」などと述べている[71]。ファンにはキャロル時代の『ファンキー・モンキー・ベイビー』のような曲調が求められ、アルバム『I LOVE YOU, OK』は不評[12]。「お前のロックはもう死んだ」「女みたいな歌を歌うな」などと散々叩かれた[12]。
同年9月27日の京都会館を皮切りにソロ初のツアーを行ったが[68]、半年前まで完売だったチケットが全く売れず[15]。キャロルを否定するような曲構成に評判は散々で[15]、”キャロルの矢沢”を期待するファンが一気に離れた[15][70][72][73]。ある地方公演では楽屋がなく、近くの駄菓子屋の6畳一間を借りて着替えたこともある[12]。1975年10月7日、キャパ1400の長崎県佐世保市民会館の公演では[69]、雨の中、スタッフが総出でタダ券を配りまくって、200~300人余りの観客だったエピソードは、”リメンバー・佐世保”として『若い広場』を初め、矢沢の口からよく語られる[1][15][69][74][75][76]。
1976年
1976年1月8日に中野サンプラザで行われたツアーラストの東京公演では、全身ラメの入った衣装を身に纏ってバラード「アイ・ラヴ・ユー、OK」を歌ったため、観客は口あんぐりでブーイングを浴びせられる屈辱[15]。キャロルの”ノリ”のままでいけば、チケットが売れることは最初から分かっていたが[15]。それならキャロルを解散した意味はないと考えていた[15]。
矢継ぎ早にライブツアーを重ねることで[15]、ソロデビューから1年ほどで”元キャロルの矢沢”でなく”ソロシンガー矢沢”として急速に認知を広めていく[15][12][76]。作品も1作ごとに新たな挑戦を試み、ライブの動員も着実に増えていった[76]。キャロル解散ライブの舞台であった日比谷野外音楽堂での1976年7月24日のステージ「ザ・スター・イン・ヒビヤ」は、最大収容3100人の会場に7000人近くが詰めかけ[75]、ソロアーティストとしての”スーパースター・矢沢永吉”を強く印象づけた[15][69][75][76][77][78]。
1977年
当時のファンは、いわゆる不良少年、無頼者の印象の人間が多く[75]、ヒートアップした観客が暴走し、警備員とケンカになるなど熱狂的な状況に「矢沢のライブは危ない」と使用拒否する会場も出てくるなど[15][73]、矢沢の名前は全国に轟いていったく[75]。数々の難題があった中で日本のロック・ソロアーティストとしては初の日本武道館単独公演を敢行した[15][40][73]。
EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 1977「TRAVELING BUS Part1」を1月4日からスタート(8月26日までの日本武道館まで)。
EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 1977「TRAVELING BUS Part2」を9月15日からスタート。
1978年
CMソング「時間よ止まれ」が大ヒット[15][55][79]、累計売上はミリオンセラーを記録した[39][80]。同曲には、バックバンドの一員として坂本龍一や高橋幸宏、後藤次利らが参加している[80]。
EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 1978「GOLD RUSH ’78 PART-1」を3月20日からスタート。
会場周辺を機動隊が取り囲む厳戒態勢の下、8月28日に東京ドームの前身となる後楽園球場で空前の単独公演を敢行[1][15][39][79]。
5月長者番付歌手部門(1977年度)で、ロックミュージシャンとして初の第1位を獲得[24][79][81]。
7月、自著伝第1弾「成りあがり」を出版[15][82]。100万部を超えるベストセラーとなり[4][13]、社会現象となる[5][15][79][83]。ライターを担当したのは糸井重里である[15]。
新聞世論調査におけるこの年の「ヒーローと呼べる人物」として第1位王貞治に次ぎ、第2位に選ばれた。1980年代[編集]
1980年代に入ると黄金期を迎え、売り上げ・動員数、共にロックスターとしての地位を磐石にする。海外市場に活路を求め、アメリカ西海岸に活動の拠点を移し、現地のプロデューサーやドゥービー・ブラザーズなどのミュージシャンを起用したアルバムを何作か世界・全米で発売する。
この頃より、積極的に交友を広げ、自身が有能と判断した人物に関しては、躊躇なく関わりを持つようになる。古くからの友人であった大野真澄はフォークシンガーであり、ソロになった当初より大野と共に相談相手となっていた吉田拓郎も同様である。以降もフォークの西岡恭蔵、また歌謡曲の分野で活躍していた大津あきらや山川啓介を作詞に起用している。近年でもブリティシュなモッドスタイルのバンド、ザ・コレクターズの加藤ひさしに作詞を依頼している。
1980年
第1弾ドキュメンタリー映画『RUN&RUN』公開[23]。
アメリカでの活動を視野に入れ、ワーナーパイオニア(現:ワーナーミュージック・ジャパン)に移籍[15]。移籍金2億円[84]。
長者番付歌手部門で1978年に続き首位獲得。1981年
単身渡米し、アサイラム・レコードと契約[23]。
9月25日、第1弾海外版アルバム『YAZAWA』全世界発売[23]。全米での売上げ枚数は約2,000枚だった。以後主なる活動拠点をロサンゼルスに定める[23]。
1982年
2月10日 第2弾海外版アルバム『YAZAWA It’s Just Rock’n Roll』全米発売。
ビルボードの推薦曲として、シングル『ROCKIN’ MY HEART』がジョージ・ハリスン、バリー・マニロウと共に掲載される。
ドゥービー・ブラザーズのメンバーと共にE.YAZAWA として“来日”し、凱旋武道館ライブ「MILES AND MILES」を敢行[23]。このコンサートの模様はNHKで放送される。
長者番付歌手部門で1980年に続き首位獲得。
1983年
「I am a Model EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 1983」をスタート。過激なファンによるコンサート中のトラブルを根絶するために観客席での喫煙行為、場内での酒、カメラやテープレコーダーでの盗聴・盗撮の一斉取り締まりを実施[23]。さらに悪質な偽物のグッズ販売を抑制するために、オリジナル・グッズの通信販売をスタートさせる[23]。
1984年
「E’ I’ll BACK SOON EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR ’84」をスタート[23]。
1985年
ライブエイドに出演[23]。
「TAKE IT TIME EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR ’85」をスタート。
1986年
「FEELIN’ COME HA-HA EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR ’86」をスタート。
1987年
「ROCK’N ROLL KNIGHT EIKICHI YAZAWA CONCONCERT TOUR ’87」を5/22からスタート。
「ROCK’N ROLL KNIGHT 2 EIKICHI YAZAWA CONCONCERT TOUR ’87」を11/30からスタート
第3弾海外版アルバム『FLASH IN JAPAN』全米発売[23]。全米での売上げ枚数5万枚。MTVスタッフによるPV製作。後に自伝で「FLASH IN JAPAN」の印税が800万円だったと回顧。「FLASH IN JAPAN」のミュージック・ビデオの撮影は、上京以降、ずっと背を向け続けていた広島市の原爆ドームで行われた[23]。
日・米・伊合作映画『グッバイ・ヒーロー』の音楽を担当。サントラが発売される。
1988年
アルバム『共犯者』ロンドンレコーディング。
東芝EMI(現:EMIミュージック・ジャパン)に移籍。日本国内を重視した活動になる。
前述のアルバム世界発売であるが、ワーナーブラザーズはほぼ関与しておらずその実態は日本のワーナーパイオニア(当時)との契約であり、エレクトラ、アサイラム・レコードは配給だけを行う契約であった。このことからアメリカでのプロモーションは不十分な物であり、惨憺たる結果となる。第3弾『FLASH IN JAPAN』だけはワーナーブラザーズが全面バックアップを行ったものの、同様の結果に終わった。この一件により、矢沢はワーナーへの不信感を募らせ、同時期、石坂敬一の誘いもあって東芝EMIに移籍することとなる。
「It’s Only YAZAWA EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR ’88」をスタート。
1989年
「STAND UP’89 EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR」を9/1からスタート
「STAND UP ’89 Special2 EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR」を12/6からスタート1990年代[編集]
1990年
EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 1990「Rock’n’Roll Army’90」をスタート。
1991年
EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 1991「Big Beat」をスタート。
1992年
アルバム『Anytime Woman』ではビートルズの元ドラマーリンゴ・スターの長男、ザック・スターキーが「Anytime Woman」と「銀のネックレス」を担当した。レコーディングはロンドンのアビーロード・スタジオ。
EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 1992「Anytime Woman」をスタート。
1993年
EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 1993「Come On!」をスタート。
1994年
EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 1994「The name is YAZAWA」をスタート。
TBS系列のテレビドラマ、アリよさらばで自身初となる、主演(「安部良太」役)と音楽監督を担当。
1995年
ベストアルバム『BIG BEAT』香港発売。
EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 1995「JUST TONIGHT」をスタート。
1996年
インターネット「E.YAZAWA ONLINE SHOW」スタート
EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 1996「WILD HEART」をスタート。
原宿にてゲリラライブ敢行。
1997年
EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 1997「YES,E」をスタート。
ウェンブリー・スタジアム(英国ロンドン)で、エルヴィス・プレスリー没後20年を記念して行われたロックフェスティバル「songs and visions」にアジア代表として選ばれ、ロッド・スチュワート、ジョン・ボン・ジョヴィ、ロバート・パーマー、チャカ・カーン等と競演。世界60か国に放映されるが、ロッドから最初「矢沢? 知らないね」とコメントされる。しかしゲスト紹介とともに現れたYAZAWAのパフォーマンスを8万人の観衆は快く受け入れ、ロッド自身もエンディングでYAZAWAをステージ中央に呼ぶなどし、最後には楽屋裏で「君、うまいね。エルヴィスのナンバー最高だったよ。今度いっしょにツアーやろうぜ!」とまで言わしめたが、両者によるツアーは行われていない。この模様をNHKがドキュメント番組”Do You Know YAZAWA?”として制作、放送した。
ヘヴィメタルバンド、BOW WOWのギタリスト、山本恭司がツアーに参加。以後矢沢のツアーに参加する機会が増える。
ウィーンにてゲリラライブ敢行。
1998年
EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 1998「SUBWAY EXPRESS」をスタート。
1999年
映画「お受験」で映画初主演。
9月15日、横浜国際総合競技場にて50歳バースデーライブ「TONIGHT THE NIGHT! ありがとうが爆発する夜」開催[79]。
10月、世界最大のヨットレース「アメリカスカップ」のテーマソング(「ヘブンリー・クルーズ」)を担当。
初のアメリカでのツアー「Millennium America Tour」敢行(ホノルル、ロサンゼルス、サンフランシスコ)。
EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 1999「LOTTA GOOD TIME」をスタート。2000年代[編集]
2000年
EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2000「STOP YOUR STEP」をスタート。
ナラダ・マイケルウォールデンプロデュースのチャリティ・クリスマスアルバム『music of love〜for tomorrow’s children〜』にスティーヴィー・ワンダー、スティング、エンヤなどと参加。
前年同様アメリカツアーを行う(サンフランシスコ、ロサンゼルス、ニューヨーク)。
2001年
「E.YAZAWA ONLINE SHOW」終了。これを発展させる形で総合公式サイト「YAZAWA’S DOOR」をスタート。有料会員制度やグッズ、チケットの販売を開始。
EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2001「Z (zi)」をスタート。
FMフェスティバル’01テーマソング『この道の向こうに』を担当。
自著伝第2弾「アー・ユー・ハッピー?」を出版。
2002年
EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2002「ONE MAN」をスタート。
初のアコースティックコンサートツアー「VOICE」、デビュー30周年記念イベント「THE DAY」を敢行。
2003年
EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2003「Rock Opera」をスタート。
ディズニーアニメ『ピノキオ』の主題歌『星に願いを』を担当し、東京ディズニーシーにてゲリラライブを行う。ディズニー社より表彰を受ける。
7月27日、大阪の万博記念公園で開催されたFM802主催の野外ロックフェス「MEET THE WORLD BEAT 2003」にシークレットゲストとして出演。披露したのは「ラブ・ファイター」1曲だけではあったが、突然の登場であったため観客を驚かせた。
2004年
EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR「YAZAWA CLASSIC II」,「FIFTY FIVE WAY」をスタート。
7月24日、25日のPOCARI SWEAT BLUE WAVE THE ROCK ODYSSEY 2004で、エアロスミス、ザ・フー、ブラック・アイド・ピーズ、レニー・クラヴィッツ、レッド・ホット・チリ・ペッパーズと共に参加。大トリを務める。
2005年
ソロデビュー30周年を迎え、原点回帰すべく毎年恒例の武道館公演を封印しEIKICHI YAZAWA LIVE HOUSE TOUR 2005「ROOTS」をスタート。
2006年
10月20日よりEIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2006「NEW STANDARD 〜Rock Opera2〜」をスタート。
8月6日、ROCK IN JAPAN FESTIVAL出演[56]。矢沢を見たことのなかった若い層からの反響が大きく[56]、以降、新しいファン層が広がった[56]。
12月2日、ブルーノート東京にてライヴ。
2007年
8月18日、RISING SUN ROCK FESTIVAL 2007 in EZOに出演。
10月12日よりEIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2007「THE REAL」をスタート。12月16日には、前人未到の日本武道館100回公演を達成した。当日の公演は最初の武道館公演と同じ服装で登場した。
郵便局会社民営化企画協力第一弾として、日本武道館公演100回記念「You Say YAZAWA矢沢永吉 フレーム切手」販売。
2008年
デビュー以来、欠かさずライブツアーを行ってきたが、37年目で初めてステージに立たないことを決意。“少しじっくり距離を置いて考える”というコメントを発表。20年在籍したEMIミュージック・ジャパンの契約を終了し、自らのインディーズ・レーベル「GARURU RECORDS」を立ち上げる[85]。
2009年
7月20日、ap bank fesにサプライズ出演。スポーツクラブで偶然小林武史と遭遇し、その場で小林から出演のオファーを受けたことがきっかけとなり出演に至った。
7月26日、HIGHER GROUND 2009出演予定だったが、大雨の影響により中止。
8月2日、ROCK IN JAPAN FESTIVAL出演。
8月19日、新宿のタワーレコード新宿フラッグスビル店屋上で、ソロデビュー初のインストアライブ。
9月19日、東京ドームにて60歳バースデーライブ「ROCK’N’ROLL IN TOKYO DOME」開催。サプライズゲストとして、氷室京介、甲本ヒロト、真島昌利、長女の矢沢洋子が出演。
9月26日、Think the water,Feel the music. LIVE for LOVE we support WaterAid出演。
10月30日よりEIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2009「ROCK’N’ROLL」をスタート。
11月21日より第2弾ドキュメンタリー映画『E.YAZAWA ROCK』公開。
12月31日、「第60回NHK紅白歌合戦」に白組サプライズゲストとして出演。大物歌手揃いの紅白で、一人の歌手が持ち歌を2曲歌うという特例を許され「時間よ止まれ」「コバルトの空」を熱唱。「時間よ止まれ」の中で歌詞を間違えたためNHK側の配慮で字幕テロップを消すという場面が見られた。2010年代[編集]
2010年
5月30日、「東京大学 五月祭」にて、初の学園祭ライヴにサプライズ出演。
7月24日、HIGHER GROUND 2010に出演。
8月7日、8日のSUMMER SONIC 2010に出演。
8月14日、RISING SUN ROCK FESTIVAL 2010 in EZOに出演。
8月28日、音楽と髭達2010 “GENERATION”にサプライズ出演。
10月28日よりEIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2010「TWIST」をスタート。2011年
11月17日よりEIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2011「STILL ROCKIN’ 〜走り抜けて…〜」をスタート。2012年
5月12日、開業前の東京スカイツリー350m天望デッキにてスペシャルライブを行う。
8月20日よりEIKICHI YAZAWA 40th ANNIVERSARY LIVE in LIVE HOUSEを開催。
9月1日、日産スタジアム(横浜国際総合競技場)にてEIKICHI YAZAWA 40th ANNIVERSARY LIVE「BLUE SKY」を開催。
11月7日よりEIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2012「JAMMIN’ ALL NIGHT」をスタート。
12月31日、第63回NHK紅白歌合戦に白組特別出演歌手としてサプライズ出演。「IT’S UP TO YOU」を熱唱。2013年
11月16日よりEIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2013「ALL TIME HISTORY -A DAY-」をスタート。
12月24日・25日にディナーショー、EIKICHI YAZAWA SPECIAL NIGHT「Dreamer」in GRAND HYATT TOKYOを開催。2014年
2月24日、自身のバンド「Z’s(ゼッツ)」を結成[86]。
5月8日より「Z’s START ON TOUR」をスタート。
8月9日、ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2014に出演。
8月16日、SUMMER SONIC 2014に出演。
8月29日、SWEET LOVE SHOWER 2014に出演。
9月6日、第19回東京ガールズコレクションにサプライズ出演。
11月16日よりEIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2014「VERY ROCKS 〜ROAD TO THE LEGEND〜」をスタート。
12月20日・21日にディナーショー、EIKICHI YAZAWA SPECIAL NIGHT 2014「Dreamer」in GRAND HYATT TOKYOを開催。2015年
4月12日、インターネットライブ「EIKICHI YAZAWA『MANIAC NIGHT』」を配信(4月24日から27日までの4日間、YAZAWA CLUB会員限定で再配信された)。
9月5日、東京ドームにてソロデビュー40周年を記念したライブ「EIKICHI YAZAWA ROCK IN DOME 2015」開催。その模様はWOWOWプライムにて生中継された。また、本ライブに先駆けて、ファンクラブ・YAZAWA CLUB会員限定のライブ「EIKICHI YAZAWA OPEN REHEARSAL GIG」を行った(8月28日・Zepp Sapporo、8月31日・Zepp Namba (OSAKA)、9月1日・Zepp Nagoya)。本公演の模様は同年12月2日にBlu-ray&DVDで同時リリース[87]。2016年
2月28日、「SPACE SHOWER MUSIC AWARDS」で「BEST RESPECT ARTIST(音楽シーンに貢献し、多大な影響を与えているアーティストに授与される賞)」を受賞[88]。2017年
10月22日、実に7年ぶりとなる25本以上のツアー、「EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR「TRAVELING BUS 2017」」開始。2018年
満69歳(「ロック」)を迎えるに当たり全国5都市のドームツアー「EIKICHI YAZAWA 69TH ANNIVERSARY TOUR 2018 – STAY ROCK -」を9月1日よりスタート。9月4日の名古屋公演が台風21号の影響により翌日にずれ込むなどしたが、9月15日東京ドームで完走し、この模様はWOWOWで生中継された。2019年
2月10日、インターネットライブ「EIKICHI YAZAWA『MANIAC NIGHT 2』」を配信。同ライブはYAZAWA CLUB会員で、申し込みのあった中から抽選で選ばれた50名が招待され、前日9日に行われたライブを収録したものである(10日・11日にはオフィシャルショップ「DIAMOND MOON」にて各一回ずつ特別上映)。
7月6日、自身初のロックフェス「E.YAZAWA SPECIAL EVENT “ONE NIGHT SHOW 2019″」を幕張メッセで開催。出演は矢沢の他、氣志團、KREVA、東京スカパラダイスオーケストラ(Guest・奥田民生)、MIYAVI。ライブの模様は動画配信サービス・Huluを通じて生配信された(なお、同年7月25日より1ヶ月限定で、矢沢のライブのみを独占配信[89]。同フェスを開催するにあたっての意気込みやリハーサル風景などに独占密着した映像を、同年7月10日に日本テレビのワイドショー・情報番組「スッキリ」にて放映。翌週17日には独占インタビューが放送された)。ライブ中盤、日本テレビ系列で生放送された音楽番組「THE MUSIC DAY 2019 時代」の中継に出演した[90]。
10月10日、令和元年台風第19号の接近による公共交通機関の混乱及びそれらに伴う来場者の安全を第一に考慮し、10月12日に日比谷野外大音楽堂で開催予定だったワンマンライブ「EIKICHI YAZAWA SPECIAL LIVE『THE STAR IN HIBIYA 2019』」の中止を発表した[91][92]。矢沢にとって70歳の誕生日を迎えて初のライブだったこともあり思い入れも深く、また、43年ぶりの日比谷野外音楽堂での公演を楽しみにしていたファンの気持ちを汲み、10月19日夜にチケット当選者に向けてリハーサル風景などを編集した映像をインターネットを通じて限定配信[93]。
11月24日、同年11月16日より行われているライブツアー「EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2019『ROCK MUST GO ON』」マリンメッセ福岡での公演を体調不良(喉)により急遽中止を発表した。札幌公演より喉の調子が思わしくなく、できる限りの対策や治療を施したが回復が見られなかったため。自身の体調不良を理由に公演を取り止めたのは歌手生活47年にして初めてである[94]。27日の浜松アリーナ公演もドクターストップがかかり、中止を余儀なくされた[95]。2020年代[編集]
2020年
3月26日、4月21日から予定していたライブツアー『E.YAZAWA “ROCK MUST GO ON” TOUR -EXTRA- 2020』の全公演を中止すると発表した[6][96]。これは前年2019年より猛威を振るっている2019新型コロナウイルスによる感染拡大の状況を受け(「日本における2019年コロナウイルス感染症の流行状況」、「新型コロナウイルス感染症の流行 (2019年-)」参照)、来場者の健康・安全を最優先と判断し、クラスターを発生させないための決定である[97]。
5月2日、公式YouTubeチャンネルにて、ファンクラブ会員限定で『EIKICHI YAZAWA MANIAC NIGHT 1』(2015年)、同月3日に『EIKICHI YAZAWA MANIAC NIGHT 2』(2019年)を再配信。また同月5日・6日の2日間、<YAZAWAとSTAY HOME,STAY ROCK!>『EIKICHI YAZAWA MANIAC NIGHT 1、2スペシャルプログラム』と題し、選りすぐりの8曲を一般にも配信した。これは上記「日本における2019年コロナウイルス感染症の流行状況」に基づく「いのちを守る STAY HOME週間」で外出を自粛しているすべての人へ矢沢からの心意気である(配信動画冒頭に矢沢からのスペシャルメッセージが添えられた)。後日、緊急事態宣言が延長されたことを憂慮、また、配信が好評だったこともあり5月9日から24日まで再配信することを発表した。
6月17日、2020年6月現在までに商品化されていない過去のライブ映像の中から厳選した3本を有料配信すると発表した。プロジェクトの名称は代表作のひとつである「SOMEBODY’S NIGHT」に因み『3 BODY’S NIGHT(サンバディーズナイト)』とした[98]。第1弾は6月27日に、2017年の『EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR「TRAVELING BUS 2017」』武道館公演の模様をフルバージョンで配信。第2弾は7月に、2019年の『ROCK MUST GO ON』横浜アリーナ公演、第3弾は8月に、1999年の『LOTTA GOOD TIME』日本武道館公演の模様を配信。なお、本配信にあたって、矢沢本人が音源のミックスダウンを行い、少しでも臨場感を伝えられるよう努めた。また、ライブ本編以外にも撮影していたリハーサル風景などを含むメイキング映像も併せて配信した。
9月12日、日本テレビ系列で放送された大型音楽番組「THE MUSIC DAY」にて、矢沢のロングインタビューをもとに『時間よ止まれ』に纏わる逸話をドラマ化した特別企画『矢沢永吉 特別ドラマ』が放送された。矢沢を演じたのは俳優の神尾楓珠[99]。
2021年
7月7日、「矢沢です。今秋ツアーやります。」という告知メッセージが公式サイトに掲載された[100]。7月11日、10月5日より石川県・金沢歌劇座を皮切りに、全国ツアー『I’m back!! 〜ROCKは止まらない〜』を開催することを正式に発表。10月1日、12月25日に横浜アリーナにおいて追加公演が決定したことを発表した[101]。 ライブツアーは2019年に実施した『ROCK MUST GO ON』 以来、1年10ヶ月ぶりである。
12月15日・18日・19日・21日の4日間は東京・日本武道館で行われた。19日の公演は、WOWOWプライムにて生中継された。最終日21日の公演を終え、同会場の単独アーティスト公演回数最多記録(146回)を更新した[102]。
12月25日、横浜アリーナで千秋楽を迎え、23会場31公演を完逐した[103]。また、ツアー終了時に72歳3カ月である矢沢は、全国アリーナツアー(ホールを含む31公演)を行った国内男性ソロアーティスト最年長記録を塗り替えた(それまでは2019年に当時71歳10カ月で小田和正が行ったアリーナツアー(64公演)が最年長記録であった)[104]。
2022年
4月4日、デビュー50周年を記念し国立競技場2DAYSを含むスタジアム&ドームツアーを8月から開催する予定であると発表した[21][105]。
7月2日・3日、ロック・フェスティバル「E.YAZAWA SPECIAL EVENT ONE NIGHT SHOW 2022」を幕張メッセで開催した[106][107]。
8月27日、3都市4公演を予定している『EIKICHI YAZAWA 50th ANNIVERSARY TOUR「MY WAY」』初日。27日・28日は国立競技場で開催され、2日間で延べ12万人のファンを魅了した[108]。27日はスペシャルゲストに歌手のMISIA、28日にはB’zがサプライズゲストとして出演した[109]。本ライブは新しくなった国立競技場で行われた初の有観客音楽ライブである。また、2019年12月以降、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため禁止していた”タオル投げ”が解禁された[110][111]。9月18日に福岡PayPayドーム、9月25日に京セラドーム大阪でライブを行い千秋楽を迎える予定。
9月14日、秋のホール&アリーナツアー『EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2022 〜ONE FIFTY〜』(11都市17公演)を開催すると発表した。ツアー最終公演は日本武道館での4DAYSを予定しており、最終日の12月20日には矢沢が日本武道館で行ったライブ通算150回を達成することになる[112][113]。様々な事件・騒動[編集]
山中湖の自宅取り壊し
山中湖に建てた自宅が無断で『アサヒ芸能』[注 7]に取り上げられ[23]、地図にも掲載された[24]。そのため、熱狂的なファンが連日連夜訪れ、家族が生活できないほどにファンに引っ掻き回され周辺は大騒ぎとなる[23][114]。妻はノイローゼで入院一歩前、子供たちは不登校になり、しかたなく他の地区へ引越した[23]。その後、空き家となった住居に一部のファンが侵入し、スプレーで落書きや板を剥がしてのたき火、無造作に残された女性下着など、悪質な行為がエスカレートしたため、自宅を取り壊すこととなる[23][114][115]。
ポルシェ盗難事件
マネージャーによるコンサート売り上げ詐欺事件
そっくりさんによる3億円CM裁判[116]最終的に「肖像権を大切にしましょう」という共同提言を新聞に掲載した。
オーストラリアにおける事務所元側近による巨額横領事件[55]土地取引を巡り、34億円という巨額の経済事件となった。1998年に事件が発覚して6年で完済したと報道されているが、「実際は15、6年かけて返済していた」と後に語っている。これはオーストラリア犯罪史上2番目の被害額である。
サントリー「BOSS」CM自粛
サントリー「BOSS」CM中のセリフ「夏だからってどこか行こうってのやめましょうよ…どこ行ったって夏なんですから…」に、長野県の旅館経営者が抗議し、CMは自粛となった。次回のCMではセリフが「冗談じゃねえよ」となった。
桑田佳祐による「すべての歌に懺悔しな!!騒動」
1994年に桑田が発表した楽曲「祭りのあと」のカップリング曲である、「すべての歌に懺悔しな!!」の歌詞を巡り、マスコミによって長渕剛と共に桑田に揶揄された当事者とされた。この際、激怒した長渕とは対照的に「お互いクリエイター。全然、気にしていないよ。それより桑田君の方は大丈夫か?」と逆に桑田を気遣う発言をしたとされている。
キャロルの著作権を巡るジョニー大倉との争い
ものまねタレントへの提訴
2007年、ものまねタレントの石山琉大が、「矢沢永吉が唯一認めた」というキャッチコピーを自身の公式ホームページに記載し、ものまね芸および自身の経営する飲食店の広告・宣伝のために矢沢の知名度を利用した。しかし、石山自身の借金がたまり、イベント会場を借りたが支払いもせず、車販売などでもトラブルを次々起こす。石山のビジネスには何ら係わりのない矢沢の事務所にも被害者から苦情が舞い込むことがしばしば発生したため、業を煮やした矢沢側が石山を相手に1000万円の損害賠償を求めて訴訟を起こした。
すると石山は、矢沢側からの損害賠償の訴えが精神的苦痛になったことを理由に、矢沢に対して1億円の賠償を求める逆訴訟を起こした。代理人を通し、矢沢は石山に誠意を込めて謝ってほしいと譲歩を示したことで石山側が折れた。石山から謝罪文書と50万円を受け取った。しかし、後に“石山が和解に納得していない”という内容のコメントを矢沢が自身のHPに掲載したことで、再び関係が悪化、2009年10月19日に石山は名誉棄損を主張して矢沢に対して3000万円の損害賠償を求める訴訟を起こしたが、2010年3月25日、全て棄却された。上述のような逆境に見舞われたが、@media screen.mw-parser-output .fix-domainborder-bottom:dashed 1pxCMやテレビドラマ、映画への出演により2005年までに借金を完済し、東京・赤坂の一等地に5階建てのスタジオを建設するまでに至る。なお本人はその件に関し「また新たなローンが出来てしまった」と笑い交じりに話している。金融機関から「あなたは返済の優等生ですよ」と評価されているという。[要出典]
音楽性[編集]
特徴[編集]
団塊の世代であり、特にザ・ビートルズの影響を強く受けている[117]。最初にプロデビューを飾ったキャロルは、初期ビートルズを模範としたロックンロールをベースにしたもので高い人気を誇った。矢沢は「あと3年、キャロルを続けたかった」が、他のメンバーとの間に大きな溝が生まれ解散に至った[20][118]。
キャロル解散の後、ソロ活動を始めたが、バラード色を強く押し出した曲調に戸惑いを感じるファンは少なくなかった。1975年9月21日、ロサンゼルスレコーディングによるアルバム『I LOVE YOU,OK』および、シングル「アイ・ラヴ・ユー、OK / セクシー・キャット」でソロデビュー。本アルバムでは、当時まだ日本では珍しかったセルフプロデュースを行い、アレンジも同時に行うというセルフプロデュース方式をとった[119]。外国でアルバムを録音し、外国人のプロデューサーを起用するという、現在では当たり前の手法を行った[119]。『I LOVE YOU,OK』を作り終え「俺はバンドのなかの矢沢永吉と決別して、ひとりでやっていけるかもしれない」という手応えを得る[119]。海外レコーディングの成果に一つにアレンジの習得がある。アレンジーつによって原曲がいろんな顔に変わることに驚いたと述べている。1980年代前半には、レコーディングに参加したドゥービー・ブラザーズのメンバーらを連れてコンサートを行った。[要出典]
39歳前後のインタビューで「オレは生涯ロックし続けるんだ」という意味のことを繰り返し語った[120]。当時、既にロック界の顔役と言っていい存在であった矢沢に対し、世間が「大人の音楽」を求めたことに対する反発もあったが、当時の日本では40代〜50代になって一線で活躍するロックシンガーは見当たらず、結果的に矢沢がその道を切り拓くことになった[120][121]。
主に矢沢の音楽活動は、キャロル時代から現在まで、歌番組への出演は極力控え、ライブ・パフォーマンスに重点を置く姿勢を貫いている。毎年欠かさず全国ツアーを行い、大都市圏のアリーナ、スタジアム会場だけでなく、地方都市の市民会館などにも訪れている[122]。
マイクスタンドを振り回す独特のアクションは「マイクターン」と呼ばれ[42]、ソロ・デビュー当時からライブでの見せどころの一つである[123]。ソロデビューした時にベースを弾くのを止めたら、触るものが無くなって手持ち無沙汰になり、ある日、マイクを蹴って、スパーンと決まった[67]。自身もびっくりしたが、観客もびっくりした。「あっ、これはいいな」と気づいて始めた[67]。白い特製のマイクスタンドを使い、マイクは動かないように白いビニールテープで固定、シールドコードも白色に統一してある。ステージ衣装も白のスーツを着用することが多く、ライブ中盤から終盤にかけて矢沢タオルを肩にかけて登場する[注 8]。コンサート終盤には楽曲(「止まらないHa〜Ha」「トラベリン・バス」等)に合わせてタオル投げが会場全体に起こるのも大きな特色の一つである。この「タオル投げ」は、客側から「トラベリン・バス」演奏時に自然発生で起こったのが最初であるという[125][126]。また、いちはやく舞台装置にレーザー光線や可動式ライトなどを使用した。[要出典]
コンサートの広告には、現在に至るまで「特攻服での入場はお断りします。また、他のお客様を威圧する服装・集団も入場をお断りすることがあります」という文言が入っている。キャロル時代から始まり、1975年のソロデビュー以降、1980年代にかけても[14][127]、矢沢は暴走族やヤンキーなどの不良層から支持を受けており[15]、それゆえコンサート会場周辺は毎年不良の集会と化し、血の気の多いファン同士の乱闘もしばしば起こり会場周辺に混乱を引き起こすことも少なくなく、社会問題にまでなり[15]。[127]、一般のファンが近寄り難かったためである[14][20]。1980年前後もフォークはいいがロックには会場を貸さない[14]、洋楽アーティストだったらどんなバンドでもOKなのに「矢沢はNG」という会場が多かった[128][129]。1980年前後によくいわれたのが「会場拒否」だった[20]。ちなみに、矢沢はこういったことがあった時期に「なんで桑田佳祐には良いファンがいるのに、俺のところにははぐれ者ばっかりくるんだよ」と思っていたことがあったことを1980年代後半から1990年代前半までサザンオールスターズや桑田の作品に関わっていた小林武史とインタビューをした際に明かしている[130]。一連の騒ぎや「会場拒否」が落ち着いたのは1990年代に入ってからであった[127]。また、過去の迷惑行為の多くが飲酒者によって引き起こされていたため、現在では入場時、アルコールチェックが行われ、飲酒者を締め出している。[要出典]2019年1月には私設応援団なる迷惑ファンの出入り禁止およびファンクラブの強制脱会の措置を下したことを公式サイトで報告した[131]。
1978年刊行の自伝「成りあがり」で綴られたサクセスストーリーは、社会現象を巻き起こす[132]。当時は「音楽をやってる人間が銭金の話をしてはいけない」みたいな風潮があったが、矢沢ははっきり「カネが儲かると聞いたから歌手になった」と話した[132][133]。
自身をシンガーソングライターではなくメロディーメーカーであると自負をしており、作曲のみを行っている。作詞をしないのは「才能がないから」としている[134]。
1980年代のインタビューでは、洋楽ロックをお手本に「パクリ」を繰り返している同業者を「軽蔑してるね」と批判している。「ロックに詳しい層から見ればダサいモノであっても、本当に自分の内面から生み出した音楽をやる。そうでなければ、恥ずかしくて人前に出られない」「僕はなにひとつ、つくらなかった(捏造しなかった)」[135]という趣旨の発言をしている。
近年は大人の切ない世界観を渋く重厚に歌い上げ、自分自身の音楽性をクラシックロックとして、芸域を拡大し、新たな市場を開拓していった。巻き舌でコブシを利かせた歌い方は、一部には「演歌ロック」との評価もあった。[要出典]
チェコ・ナショナル交響楽団をバックバンドに招聘し、「Rock Opera」を開催した[136]。功績[編集]
ロックのメジャー化[編集]
日本にロックンロールを定着させた人物とも評される[56]。独立独歩のステータスの確立という点において、矢沢は現在のロック系大衆音楽界ビジネスの開祖的存在である[1][6][137][138]。
キャロル時代のロックのメジャー化に加え、ソロシンガー・矢沢永吉としての先駆的業績は1977年から1978年にかけてのものが大きい[139]。1977年8月26日、日本人ソロ・ロックアーティストとして初めて日本武道館公演[38][39][40]。1978年3月21日に発売した資生堂CMソング「時間よ止まれ」がオリコン1位を獲得しミリオンセラーを記録[39][79][80][140][141]。「時間よ止まれ」の大ヒットからロック系楽曲のヒットラッシュが始まった[出典無効][140][142]。「時間よ止まれ」がオリコン1位を獲得した1978年6月は、アルバム『ゴールドラッシュ』もオリコンアルバム1位で、シングル・アルバムとも矢沢が一位を独占した[18]。またこの年12月に出したライブ・アルバム『LIVE 後楽園スタジアム』もオリコンアルバム1位を獲得している。
同年5月長者番付(1977年度納税分)歌手部門で、ロック歌手として初の歌手部門第1位を獲得[12][14][79][81][140][注 9]。申告所得額は1億7123万円[12]。矢沢は「自分で勝ち取ったんですよ。むしり取ったというのかな、この業界から。びっくりしたと思うよ。こんなヤツが出てきたよって」と述べている[12]。1980年と1982年にも1位となり[12]、最後の公示だった2004年も3位に入る[12]。ロックミュージシャンとして初の1位獲得はそれまでの日本のロックミュージシャン像を打ち破った。当時のロックミュージシャンは「食べられない」「女のヒモ」というイメージであったため、各新聞や雑誌メディアも大きく報道した[132]。自身では「ジャパニーズロックの転機だったんじゃないか」と述べている[132]。7月15日に刊行した自伝本「成りあがり」は、同年12月までに18刷60万部を売り上げ[14][140]、版を重ねて100万部を超えるベストセラーとなる[4][57][79][83]。矢沢は、音楽スタイルの表面的な部分だけでなく、ロックという生き様を体現した[144]。
8月28日には後楽園球場コンサート。ロックの単独公演で5万人を集めて、この日、ロックはついにメジャーになったとも評された[39][141]。このコンサートは、日本のミュージシャンによるスタジアム・コンサートの先鞭をつけた[28]。後楽園球場コンサートを控えた1978年当時の雑誌インタビューで矢沢は「トータル性を備えた、実としてのロックは俺から出たと思う。俺がソロになった時から」と自身が、日本のロックの実質的な始祖であると言い切った[18][145][注 10]。1978年、矢沢の名は全国に広まり、アメリカン・ドリームならぬジャパニーズ・ドリームという夢をキャロルを知らない世代にまで与えた[147]。

海外レコーディング先駆け[編集]
1975年の初ソロ作『I LOVE YOU, OK』からロサンゼルスでの制作を敢行した[23][148][149]。また1981年、米国のレコード会社アサイラム・レコードと契約し[23]、アルバム『YAZAWA』を発売するが、直接アメリカのレコード会社と契約し、曲作りをすべて現地で行った日本人シンガーは矢沢が初めてである[23][150]。
矢沢は

誰よりも誰よりも先に海外に出た。誰よりも誰よりも日本一になってやろうと思った。誰よりも誰よりも絶対上にいってやろうと思った。誰よりも誰よりも誰よりも最高の世界的なやつらとセッションした。セッションしないで海外に出もしないで、英語で苦労したこともないのに、お前らなにがわかるんだっていうのがおれの言い分。日本の国内あたりでピィピィやってて、なにお前らにわかるんだっていうのが — 矢沢永吉、[151]などと述べている。
ライブミュージシャンの先駆者[編集]
1975年ソロデビュー以降、「ライブと言えば矢沢永吉」と言われるほど[147]ショーマンシップ溢れるライブを展開してきた[147]。自身のロック・スピリッツを明確に表現できるのはステージであると確信し、積極的にツアーを行った[147]。1970年代は21人の”矢沢ファミリー”と4トン半のトラック二台に機材を積み全国を”ドサ回り”した[18][152]。ツアーを重ねるたびに規模も会場のキャパも大きくなっていったが、同時に新たなファンも確実に獲得していった[147]。2012年まで総ライブ数は1800回を超え、ライブの実績において他の追随を許さない[25]。矢沢は制作や興行という面でも先駆者と呼ぶべきキャリアを歩んできた[1][25]。矢沢がライブ制作を自前で手掛け始めたのは1990年[25][153]。音楽業界の常識を破る試みだったが、リーダーシップを発揮し、ステージセットの刷新や音響環境の改善。大規模なホーン隊やストリングスを招聘するなど、ミュージシャンらしい視点を取り入れたライブは、日本の音楽シーンに大きなインパクトを与えた[25]。

著作権ビジネスの先駆者[編集]
矢沢はキャロル解散後に、ビートルズが設立したアップル・コアにならって自らの音楽出版社を設立した[15][25]。当時の音楽業界はアーティストが自分の作品の権利を主張するなど言語道断[15]。レコード会社や音楽出版社が権利を掌握し、レコード・CDの売り上げなどはミュージシャンの懐にほとんど届かない仕組みになっていた[15]。 音楽の著作権(出版権)は通常、レコード会社から音楽出版社に管理が委託されるが、出版権だけでなく肖像権にも目をつけた[56]。グッズ販売なども自らの手でコントロールした[15][154]。2008年「GARURU RECORDS」設立で、音源制作や流通をすべて自前で行うスタイルを確立した[15][25][155]。現在、世界の音楽業界では、CD販売のみに頼ることなく、あらゆる権利を通して収益を得る「360度ビジネス」モデルが主流となっており、矢沢は日本に於ける先駆者であると言われる[25]。こうした銭金の話が日本人に馴染まないこともあって、これまで多くのトラブルが発生した[15]。

だいたい昔は、ロックでメシ食ってるヤツなんていなかったもの。”ミュージシャンは金持つな”という風潮があったしね。ファッションだったのよ。だけどオレはそういうのイヤだった。(中略)アーティストとしての権利を主張することは、これからの時代、絶対必要だとオレは信じた。でも当時の芸能界でそんなこと言うヤツ、誰もいなかった。だからオレ、浮いてたよ。”にぎりの矢沢”って言われてた。にぎりってのはドケチっていうことね。守銭奴扱いよ。中にはオレに賛同してくれたミュージシャンもいたけど、いざとなると自分の身がかわいいんだな。体制側についちゃうんだよ。だけどオレは貫き通した。自分が守るためってのもあったけど、芸能界のカラクリにハラがたったからよ。(中略)オレ、雑誌のインタビューなんかで芸能界をバンバン批判した。しまくったよ。テレビ局から、芸能プロダクションから、レコードカンパニーから。だって、オレの方がスジ通ってると思ったもの。(中略)そりゃあね、風当たりムチャクチャ強かったよ。芸能プロダクションとしちゃあ、ミュージシャンが賢くなるのは困る。音楽バカでいてくれたほうが都合がいいのよ、コントロールできるから。実際、オレを潰そうとしたとこもあったしね。矢沢がバンバン発言するようになって、だんだんみんな目覚めてきたよね。この世界も、オレが正しいと思った方向に変わってきた — 矢沢永吉、[145][146]などと述べている。前述のトラブルの大半が先に挙げた著作権や肖像権に関わることである。
矢沢ファンを公言する著名人[編集]
ミュージシャンや歌手では、桑田佳祐[156]、横浜銀蝿[157]、藤井フミヤ[158]、松本孝弘[159]、横山剣、横山健[149][122]、山本恭司、ギターウルフ、田島貴男[160][161]、松任谷由実、大友康平、甲本ヒロト、奥田民生、高橋ジョージ、氷室京介[162]、門倉有希[163]、大木温之、増子直純、ヒダカトオル、ダイスケはん、上中丈弥、清木場俊介[164]、志磨遼平[165]、今市隆二[166]、片寄涼太[167]ら。文化人など著名人としては、舛添要一[168][169]、安住淳、古川禎久、武田良太、橋下徹[170]、常見陽平[171]、辻本秀幸[171]、徳光和夫、黒沢年雄[172]、梅沢富美男[173]、明石家さんま、泉ピン子、たかの友梨、ビートたけし、名取裕子[174]、藤山直美[175]、田中美佐子、大場久美子、平野寿将、秋山博康、とんねるず、柳沢慎吾、小沢仁志[176]、モーリー・ロバートソン、坂本つとむ[177]、重松清[178][179]、リリー・フランキー[168][169]、松本人志[180]、伊原剛志[181]、板尾創路、恵俊彰、中森明菜[182]、西村和彦、中山秀征、今田耕司[183]、矢沢あい、薬師寺保栄、吉田栄作、的場浩司、吉田豪[184]、浅野忠信、井岡一翔、市原隼人、前田典子[185]、出川哲朗[186]、五味隆典[187]、三浦大輔[188]、古賀琢麻、木下優樹菜[189]、金本浩二[169]、那須川天心、ギタウ・ダニエル[190]、竜星涼[191]、古橋舞悠(アイドリング!!!)[192]、樋口日奈(乃木坂46)[193]らがいる[160][194]。
ジャニーズタレント(元を含む)にも矢沢ファンが多く、田原俊彦[195]、近藤真彦[196]、成田昭次[197]、錦織一清、木村拓哉、松岡昌宏[198]、今井翼[199]、山下智久[200]、生田斗真、藤ヶ谷太輔[201]、ラウール[202]らが矢沢ファン。田原はカラオケでは自分の曲は歌わず、浜田省吾と矢沢を歌うという[203]。少年隊の錦織も矢沢の大ファンで、少年隊のデビュー曲「仮面舞踏会」は矢沢の楽曲の作詞を多く手掛けたちあき哲也に、錦織が作詞を希望し実現したもの[204]。
櫻井翔の父・桜井俊は、東京大学在学中に駒場祭の実行委員長としてキャロルを呼んだという[205]。
作詞家の売野雅勇は矢沢に憧れ、自ら矢沢に長いラブレターを書いて売り込み、会ってハートをガシッ!と掴まれて挑んだ矢沢との競作が「SOMEBODY’S NIGHT」「PURE GOLD」などの楽曲[206][207]。
小池聰行のカラオケの十八番は「時間よとまれ」だという[208]。
所ジョージは矢沢の著書「成りあがり」のパロディとして「成りさがり」(廣済堂出版、1978年12月)を出版している[注 11]。ダイアモンド☆ユカイにも「成りさがり」という著書がある。ディスコグラフィ[編集]
シングル[編集]

発売日
タイトル
カップリング
規格
規格品番
順位
CBS・ソニー
1st

1975年9月21日

アイ・ラヴ・ユー、OK

セクシー・キャット

EP

SOLB-305

43位
1989年3月21日

8cmCD

10EH-3256


2nd

1976年3月21日

真夜中のロックン・ロール

最後の約束

EP

SOLB-402

65位
1979年9月21日

06SH-605


3rd

1976年9月21日

ひき潮

写真の二人

EP

06SH-65

50位
1989年3月21日

8cmCD

10EH-3257


4th

1977年6月21日

黒く塗りつぶせ

せめて今夜は

EP

06SH-170

78位
5th

1978年3月21日

時間よ止まれ

チャイナタウン

EP

06SH-270

1位
1989年3月21日

8cmCD

10EH-3258


6th

1979年4月1日

I say Good-bye, So Good-bye

天使たちの場所

EP

06SH-464

16位
ワーナー・パイオニア
7th

1980年3月10日

THIS IS A SONG FOR COCA-COLA

RUN & RUN

EP

K-30W

5位
8th

1980年5月10日

涙のラブレター

レイニー・ウェイ

K-31W

9位
-[注 12]
1980年11月28日

兄貴に相談

KZ-2W


9th

1981年4月25日

抱かれたい、もう一度 -LOVE THAT WAS LOST-

The Ride

K-1503W


10th

1981年9月25日

You/Shampoo

K-1510W

23位
11th

1982年2月20日

YES MY LOVE

YOKOHAMA FOGGY NIGHT

K-1515W

8位
12th

1982年4月10日

LAHAINA

SEPTEMBER MOON

K-1516

16位
13th

1982年10月9日

ROCKIN’ MY HEART

WHY DID YOU EVER GO

K-1519

15位
14th

1983年6月29日

ミスティ -misty-

WHY YOU…

K-1524

16位
15th

1983年11月16日

Last Christmas Eve

シーサイド#9001

K-1527

14位
16th

1984年3月10日

THE BORDER

I SAID I LOVE YOU

K-1530

42位
17th

1984年7月10日

逃亡者

BALL AND CHAIN

K-1534

24位
18th

1985年6月25日

TAKE IT TIME

あ・い・つ

K-1550

18位
19th

1986年5月25日

BELIEVE IN ME

棕櫚の影に <1985・12・19武道館LIVE>

K-1560

17位
Warner Bros. Records
20th[注 13]
1987年5月13日

FLASH IN JAPAN

YOKO

EP

7-28325


東芝EMI / EASTWORLD
21st

1988年7月6日

共犯者

RISKY LOVE

EP

RT07-2130

6位
8cmCD

XT10-2030
CT

ZX10-6145
22nd

1988年9月21日

ニューグランドホテル

キャンディ

EP

RT07-2200

26位
8cmCD

XT10-2200
CT

ZX10-6200
23rd

1988年11月30日

くちづけが止まらない

ルイジアンナ (ニューヴァージョン)

EP

RT07-2250

42位
8cmCD

XT10-2250
CT

ZX10-6250
24th

1989年4月26日

SOMEBODY’S NIGHT

アゲイン

EP

RT07-2333

2位
8cmCD

XT10-2333
CT

ZX10-6333
25th

1989年7月19日

愛しい風

六本木ショット

EP

RT07-2400

17位
8cmCD

XT10-2400
CT

ZX10-6400
26th

1989年10月11日

バラードよ永遠に

FLESH AND BLOOD

EP

RT07-2425

6位
8cmCD

XT10-2425
27th

1990年5月23日

PURE GOLD

I LOVE YOU,OK -1990 Version-

Maxi

TODT-2513-Y

1位
8cmCD

TODT-2513
CT

TOST-2513
28th

1991年4月19日

夢の彼方

フェンス越しのFICTION

8cmCD

TODT-2650

3位
CT

TOST-2650
29th

1991年5月31日

ラスト・シーン

LONELY WARRIOR

8cmCD

TODT-2670

4位
CT

TOST-2670
30th

1991年12月11日

BIG BEAT

DON’T WANNA STOP

8cmCD

TODT-2780

29位
31st

1992年6月3日

Anytime Woman

Sail Away

TODT-2839

9位
CT

TOST-2839
32nd

1992年6月17日

Anytime Woman -English Version-

アンジェリーナ

8cmCD

TODT-2863

9位
CT

TOST-2863
33rd

1993年2月10日

東京

心花よ

8cmCD

TODT-2980

6位
CT

TOST-2980
34th

1993年10月27日

黄昏に捨てて

闇の中のハリケーン

8cmCD

TODT-3123

24位
35th

1994年4月27日

アリよさらば

SEA BREEZE

TODT-3215

4位
CT

TOST-3215
36th

1994年5月25日

いつの日か

センチメンタル・コースト

8cmCD

TODT-3230

8位
CT

TOST-3230
37th

1995年2月8日

夏の終り

抱いちまったら

8cmCD

TODT-3430

19位
38th

1995年5月24日

青空

THE TROUBLE MAN

TODT-3490

30位
39th

1996年5月16日

MARIA

終わりじゃないぜ

TODT-3700

26位
40th

1996年11月7日

もうひとりの俺

WILD HEART

TODT-3880

37位
41st

1997年9月3日

Still

China Girl

TODT-5040

34位
42nd

1997年11月7日

あの日のように

だから、抱いてくれ

TODT-5075

37位
43rd

1998年7月29日

チャイナタウン

黒く塗りつぶせ

TODT-5178

33位
44th

1999年6月30日

Oh!ラヴシック

I have no reason

Maxi

TOCT-4155

17位
馬鹿もほどほどに (Live at CLUB CITTA’ KAWASAKI Sep.29th,1998)
45th

2000年8月9日

THE TRUTH

Brother!

TOCT-4235

16位
ユニバーサル インターナショナル
46th

2000年10月25日

Tonight I Remember

Little Drummer Boy (Song by Narada Michael Walden)

Maxi

UICE-5001

35位
東芝EMI / EASTWORLD
47th

2001年8月29日

背中ごしの I LOVE YOU

THE STRANGE WORLD -remix-

Maxi

TOCT-4315

19位
48th

2002年7月26日

鎖を引きちぎれ

気ままなロックン・ローラー

Maxi (CD-EXTRA)

TOCT-4403

15位
49th

2005年8月24日

ONLY ONE

面影

Maxi

TOCT-4895

20位
EMI Music Japan
50th

2007年9月5日

夏の終り

この道の向こうに

Maxi

TOCT-40142

27位
GARURU RECORDS
51st

2009年2月25日

Loser

Maxi

GRRC-7

17位
52nd

2009年6月3日

コバルトの空

未来をかさねて

GRRC-8

13位
オリジナル・アルバム[編集]

発売日
タイトル
規格
規格品番
発売元
備考
順位
CBS・ソニー
1st

1975年9月21日

I LOVE YOU,OK

LP

SOLN-4

CBS・ソニー

8位
1990年10月15日

CD

CSCL-1256

CD選書


2006年11月15日

MHCL-951

Sony Music Direct / GT music

デジタル・リマスタリング / 初回限定紙ジャケット仕様

99位
2nd

1976年6月21日

A Day

LP

25AH-35

CBS・ソニー

9位
1990年10月15日

CD

CSCL-1257

CD選書


2006年11月15日

MHCL-952

Sony Music Direct / GT music

デジタル・リマスタリング / 初回限定紙ジャケット仕様

109位
3rd

1977年4月21日

ドアを開けろ

LP

25AH-185

CBS・ソニー

2位
1990年10月15日

CD

CSCL-1260

CD選書


2006年11月15日

MHCL-955

Sony Music Direct / GT music

デジタル・リマスタリング / 初回限定紙ジャケット仕様

114位
4th

1978年6月1日

ゴールドラッシュ

LP

25AH-485

CBS・ソニー

1位
1990年10月15日

CD

CSCL-1263

CD選書


2006年11月15日

MHCL-958

Sony Music Direct / GT music

デジタル・リマスタリング / 初回限定紙ジャケット仕様

100位
5th

1979年6月21日

Kiss Me Please

LP

25AH-734

CBS・ソニー

2位
1990年10月15日

CD

CSCL-1266

CD選書


2006年11月15日

MHCL-961

Sony Music Direct / GT music

デジタル・リマスタリング / 初回限定紙ジャケット仕様

118位
ワーナー・パイオニア
6th

1980年6月10日

KAVACH

LP

K-10022W

ワーナー・パイオニア

2位
1985年12月10日

CD

32XL-136


1990年10月25日

WPCL-195

2010年11月20日

GRRC-11

GARURU RECORDS

紙ジャケット仕様

246位
7th

1981年8月5日

YAZAWA

LP

K-10024E

ワーナー・パイオニア

9位
1981年9月25日

5E-536

海外発売 第1弾 / 逆輸入盤

3位
1983年

CD

35XL-21


1985年7月10日

32XL-97

1990年10月25日

WPCL-199

2010年11月20日

GRRC-12

GARURU RECORDS

紙ジャケット仕様

247位
8th

1981年10月25日

RISING SUN

LP

K-12502W

ワーナー・パイオニア

3位
1983年

CD

35XL-14


1987年10月25日

32XL-226

1990年10月25日

WPCL-200

2010年11月20日

GRRC-13

GARURU RECORDS

紙ジャケット仕様

278位
9th

1982年7月10日

P.M.9

LP

K-12056

ワーナー・パイオニア

1位
1983年

CD

35XL-2


1985年7月25日

32XL-100

1990年10月25日

WPCL-201

2010年11月20日

GRRC-14

GARURU RECORDS

紙ジャケット仕様

218位
10th

1982年12月4日

YAZAWA It’s Just Rock’n Roll

LP

SDM-15005

ワーナー・パイオニア

2位
1983年2月10日

60199-1

海外発売 第2弾 / 逆輸入盤


1983年

CD

35XL-7

1987年9月25日

32XL-223

1990年10月25日

WPCL-202

2010年11月20日

GRRC-15

GARURU RECORDS

紙ジャケット仕様

256位
11th

1983年7月20日

I am a Model

LP

K-12507

ワーナー・パイオニア

4位
1983年

CD

35XL-13


1985年8月10日

32XL-104

1990年10月25日

WPCL-203

2010年11月20日

GRRC-16

GARURU RECORDS

紙ジャケット仕様

277位
12th

1984年7月25日

E’

LP

K-12512

ワーナー・パイオニア

3位
CD

35XL-44


1985年7月10日

32XL-98

1990年10月25日

WPCL-205

2010年11月20日

GRRC-17

GARURU RECORDS

紙ジャケット仕様

248位
13th

1985年7月25日

YOKOHAMA二十才まえ

LP

K-12517

ワーナー・パイオニア

1位
CD

32XL-94

1990年10月25日

WPCL-206


2010年11月20日

GRRC-18

GARURU RECORDS

紙ジャケット仕様

261位
14th

1986年7月25日

東京ナイト

LP

K-12525

ワーナー・パイオニア

5位
CD

32XL-158

1990年10月25日

WPCL-209


2010年11月20日

GRRC-19

GARURU RECORDS

紙ジャケット仕様

245位
Warner Bros. Records
15th

1987年5月18日

FLASH IN JAPAN

LP

25384-1

Warner Bros. Records

海外発売 第3弾 / 日本未発売


CD

25384-2
1999年12月24日

TOCT-24280

東芝EMI / EASTWORLD

15位
東芝EMI / EASTWORLD
16th

1988年7月21日

共犯者

LP

RT28-5255

東芝EMI / EASTWORLD

3位
CT

ZT28-5255
CD

CT32-5255
2010年11月20日

GRRC-20

GARURU RECORDS

紙ジャケット仕様


17th

1989年6月21日

情事

LP

RT28-5500

東芝EMI / EASTWORLD

2位
CT

ZT28-5500
CD

CT32-5500
2010年11月20日

GRRC-21

GARURU RECORDS

紙ジャケット仕様


18th

1990年7月31日

永吉

TOCT-5780

東芝EMI / EASTWORLD

2位
2010年11月20日

GRRC-22

GARURU RECORDS

紙ジャケット仕様


19th

1991年7月5日

Don’t Wanna Stop

TOCT-6200

東芝EMI / EASTWORLD

3位
2010年11月20日

GRRC-23

GARURU RECORDS

紙ジャケット仕様


20th

1992年6月24日

Anytime Woman

TOCT-6521

東芝EMI / EASTWORLD

5位
2010年11月20日

GRRC-23

GARURU RECORDS

紙ジャケット仕様


21st

1993年3月31日

HEART

TOCT-6925

東芝EMI / EASTWORLD

1位
2010年11月20日

GRRC-25

GARURU RECORDS

紙ジャケット仕様


22nd

1994年7月6日

the Name Is…

TOCT-8480

東芝EMI / EASTWORLD

1位
2010年11月20日

GRRC-26

GARURU RECORDS

紙ジャケット仕様


23rd

1995年7月5日

この夜のどこかで

TOCT-9110

東芝EMI / EASTWORLD

3位
2010年11月20日

GRRC-27

GARURU RECORDS

紙ジャケット仕様

24th

1996年7月3日

MARIA

TOCT-9550

東芝EMI / EASTWORLD

5位
2010年11月20日

GRRC-28

GARURU RECORDS

紙ジャケット仕様


25th

1997年8月8日

YES

TOCT-9930

東芝EMI / EASTWORLD

8位
2010年11月20日

GRRC-29

GARURU RECORDS

紙ジャケット仕様


26th

1999年8月6日

LOTTA GOOD TIME

TOCT-24200

東芝EMI / EASTWORLD

10位
2010年11月20日

GRRC-30

GARURU RECORDS

紙ジャケット仕様


27th

2000年9月27日

STOP YOUR STEP

TOCT-24400

東芝EMI / EASTWORLD

7位
2010年11月20日

GRRC-31

GARURU RECORDS

紙ジャケット仕様


28th

2001年9月27日

YOU,TOO COOL

TOCT-24650

東芝EMI / EASTWORLD

6位
2010年11月20日

GRRC-32

GARURU RECORDS

紙ジャケット仕様


29th

2004年9月1日

横顔

TOCT-25449

東芝EMI / EASTWORLD

8位
2010年11月20日

GRRC-33

GARURU RECORDS

紙ジャケット仕様


30th

2005年9月14日

ONLY ONE

TOCT-25834

東芝EMI / EASTWORLD

4位
2010年11月20日

GRRC-34

GARURU RECORDS

紙ジャケット仕様


GARURU RECORDS
31st

2009年8月5日

ROCK’N’ROLL

CD

GRRC-10

GARURU RECORDS

3位
32nd

2010年6月9日

TWIST

CD+DVD(初回限定盤)

GRRC-35

3位
CD(通常盤)

GRRC-36
33rd

2012年8月1日

Last Song

CD+Tシャツ(初回限定盤)

GRRC-38/E

2位
CD(通常盤)

GRRC-38
34th

2019年9月4日

いつか、その日が来る日まで…

CD+Blu-ray (初回限定盤A)

GRRC-54/55

1位
CD+DVD (初回限定盤A)

GRRC-58/59
CD+Blu-ray (初回限定盤B)

GRRC-56/57
CD+DVD (初回限定盤B)

GRRC-60/61
CD (通常盤)

GRRC-53
ライブ・アルバム[編集]

発売日
タイトル
規格
規格品番
発売元
備考
順位
CBS・ソニー
1st

1976年11月21日

THE STAR IN HIBIYA

LP

40AH-119/20

CBS・ソニー

19位
1990年10月15日

CD

CSCL-1258/9

CD選書

2006年11月15日

MHCL-953/4

Sony Music Direct / GT music

デジタル・リマスタリング / 初回限定紙ジャケット仕様

132位
2nd

1977年11月21日

スーパーライブ 日本武道館

LP

40AH-384/5

CBS・ソニー


1990年10月15日

CD

CSCL-1261/2

CD選書
2006年11月15日

MHCL-956/7

Sony Music Direct / GT music

デジタル・リマスタリング / 初回限定紙ジャケット仕様

120位
3rd

1978年12月5日

LIVE 後楽園スタジアム

LP

40AH-645/6

CBS・ソニー


1990年10月15日

CD

CSCL-1264/5

CD選書
2006年11月15日

MHCL-959/60

Sony Music Direct / GT music

デジタル・リマスタリング / 初回限定紙ジャケット仕様

108位
ワーナー・パイオニア
4th

1980年11月28日

The Rock 6.2.1980 NIPPON BUDOKAN LIVE

LP

K-6001/2W

ワーナー・パイオニア

1990年10月25日

CD

WPCL-196/7

5th

1983年3月26日

1982 P.M.9 LIVE

LP

K-5503

1990年10月25日

CD

WPCL-198

東芝EMI / EASTWORLD
6th

1989年2月15日

STAND UP!!

LP

RT16-5395/7

東芝EMI / EASTWORLD

1位
CD

CT24-5395/6
7th

1992年9月30日

Anytime Woman LIVE ALBUM

CD

TOCT-6690

3位
8th

1998年4月22日

LIVE!YES,E

CD

TOCT-10270

10位
9th

2000年3月29日

LIVE DECADE 1990〜1999

CD

TOCT-24331/2

15位
10th

2002年3月30日

EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR “Z” 2001

CD

TOCT-24775/6

11th

2004年2月25日

YAZAWA CLASSIC〜VOICE〜

DVD-Audio[注 14]
TOAT-1005

12th

2004年2月25日

ONE MAN in BUDOKAN

DVD-Audio

TOAT-1006

GARURU RECORDS
13th

2016年7月27日

LIVE HISTORY 2000〜2015

CD

GRRC-49/50

GARURU RECORDS

5位
2018年3月5日

GRRC-51/2

45位
ベスト・アルバム[編集]

発売日
タイトル
規格
規格品番
発売元
備考
順位
CBS・ソニー
1st

1980年7月1日

THE GREAT OF ALL

LP

28AH-994

CBS・ソニー


2001年4月25日

CD

SRCL-5064

Sony Music Entertainment (Japan)

2006年11月15日

MHCL-962

Sony Music Direct / GT music

デジタル・リマスタリング / 初回限定紙ジャケット仕様

116位
2nd

1980年12月1日

THE GREAT OF ALL VOL.2

LP

44AH-1160/1

CBS・ソニー


2001年4月25日

CD

SRCL-5065/6

Sony Music Entertainment (Japan)

3rd

1983年11月21日

THE GREAT OF ALL -Special Version-

CD

35DH-55

CBS・ソニー


1993年10月1日

SRCL-2718

Sony Records

ワーナー・パイオニア
4th

1984年2月15日

THE BORDER

LP

K-12510

ワーナー・パイオニア


CD

35XL-36

1985年5月25日

32XL-76

1990年10月25日

WPCL-204

CBS・ソニー
5th

1985年11月21日

矢沢永吉全集

CD

00DH-327/30

CBS・ソニー

CBS・ソニーからリリースされた『CD-BOXシリーズ』シリーズの1つ


ワーナー・パイオニア
6th

1988年3月25日

ROCK’N ROLL

GOLD CD

32XL-275

ワーナー・パイオニア


1990年10月25日

WPCL-210

7th

1988年3月25日

BALLAD

GOLD CD

32XL-276

ワーナー・パイオニア


1990年10月25日

WPCL-209

CBS・ソニー
8th

1988年7月21日

ベスト・コレクション

CD

15EH-8046

CBS・ソニー

CBS・ソニー20周年企画『My Favorite Songs』シリーズの1つ。8cmCD、5曲入り


東芝EMI / EASTWORLD
9th

1990年10月31日

THE ORIGINAL

2CD

TOCT-5850/1

東芝EMI / EASTWORLD

4位
10th

1993年12月8日

THE ORIGINAL 2

CD

TOCT-8270

Sony Records
11th

1997年10月1日

E.Y 70’S

CD (CD-EXTRA)

SRCL-4838

Sony Records

70年代 (Sony)、80年代(ワーナー)、90年代(東芝)のベストが3社から同時に発売された。

12位
2003年12月17日

CD

MHCL-838

Sony Music Direct / GT music


ワーナーミュージック・ジャパン
12th

1997年10月1日

E.Y 80’S

CD (CD-EXTRA)

WPC6-8383

ワーナーミュージック・ジャパン

70年代 (Sony)、80年代(ワーナー)、90年代(東芝)のベストが3社から同時に発売された。

13位
東芝EMI / EASTWORLD
13th

1997年10月1日

E.Y 90’S

CD (CD-EXTRA)

TOCT-9960

東芝EMI / EASTWORLD

70年代 (Sony)、80年代(ワーナー)、90年代(東芝)のベストが3社から同時に発売された。

11位
GARURU RECORDS
14th

2013年5月15日

ALL TIME BEST ALBUM

3CD+DVD (初回限定盤)

GRRC-39/42

GARURU RECORDS

自身監修によるレーベルの垣根を越えた、初のオール・タイム・ベスト

1位
3CD(通常盤)

GRRC-43/5
15th

2015年7月1日

ALL TIME BEST ALBUM II

3CD

GRRC-46/8

2位
16th

2020年10月21日

STANDARD 〜THE BALLAD BEST〜

3CD+Blu-ray(初回限定盤A)

GRRC-73/6

自身監修によるレーベルの垣根を越えた、オールタイム・バラード・ベスト

2位
3CD+DVD (初回限定盤A)

GRRC-81/4
3CD+Blu-ray(初回限定盤B)

GRRC-77/80
3CD+DVD (初回限定盤B)

GRRC-85/8
3CD(通常盤)

GRRC-70/2
5LP (数量限定盤)

GRRR-01/5
その他アルバム[編集]

発売日
タイトル
規格
規格品番
発売元
備考
順位
ワーナー・パイオニア
1st

1985年11月28日

TEN YEARS AGO

LP

K-12520

ワーナー・パイオニア

キャロル時代の楽曲のセルフカバー


CD

32XL-118
1990年10月25日

WPCL-207
東芝EMI / EASTWORLD
2nd

1998年9月8日

SUBWAY EXPRESS

CD

TOCT-10420

東芝EMI / EASTWORLD

セルフカバー

3位
3rd

2002年9月4日

SUBWAY EXPRESS 2

TOCT-24840

9位
4th

2006年5月17日

YOUR SONGS 1

TOCT-26003

リミックスベスト

5位
2010年11月20日

GRRC-1

GARURU RECORDS

紙ジャケット仕様


5th

2006年5月17日

YOUR SONGS 2

TOCT-26004

東芝EMI / EASTWORLD

リミックスベスト

6位
2010年11月20日

GRRC-2

GARURU RECORDS

紙ジャケット仕様


6th

2006年5月17日

YOUR SONGS 3

TOCT-26005

東芝EMI / EASTWORLD

リミックスベスト

7位
2010年11月20日

GRRC-3

GARURU RECORDS

紙ジャケット仕様


7th

2007年9月26日

YOUR SONGS 4

TOCT-26343

東芝EMI / EASTWORLD

リミックスベスト

20位
2010年11月20日

GRRC-4

GARURU RECORDS

紙ジャケット仕様


8th

2007年9月26日

YOUR SONGS 5

TOCT-26344

東芝EMI / EASTWORLD

リミックスベスト

22位
2010年11月20日

GRRC-5

GARURU RECORDS

紙ジャケット仕様


9th

2007年9月26日

YOUR SONGS 6

TOCT-26345

東芝EMI / EASTWORLD

リミックスベスト

16位
2010年11月20日

GRRC-6

GARURU RECORDS

紙ジャケット仕様


GARURU RECORDS
10th

2011年7月6日

ONLY ONE 〜touch up〜

CD

GRRC-37

GARURU RECORDS

リミックス

10位
DVD&Blu-ray[編集]
※はDVDとBlu-rayでのリリース、それ以外はDVDのみ

OPEN RECORDING GIG(1996年)
SUBWAY EXPRESS LIVE IN HOUSE(1999年)
SUBWAY EXPRESS LIVE IN BUDOKAN(1999年)
TONIGHT THE NIGHT!〜ありがとうが爆発する夜〜(2000年)
THE FILMS VIDEO CLIPS 1982-2001(2001年)
THE STAR IN HIBIYA(2001年)
EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR“Z”2001(2002年)
YAZAWA CLASSIC -VOICE- EIKICHI YAZAWA Acoustic Tour 2002(2003年)
ONE MAN in BUDOKAN EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2002(2003年)
Rock Opera Eikichi Yazawa(2004年)
雨に眠れ-SLEEP IN THE RAIN-(2004年)- TSUTAYAオンライン限定
ROCK ‘N’ ROLL KNIGHT2(2004年)- ファンクラブ限定
FIFTY FIVE WAY(2005年)
YAZAWA CLASSIC II(2005年)
FIFTY FIVE WAY in BUDOKAN(2005年)
RUN&RUN(2006年)
お受験(2007年)
Rock Opera2 NEW STANDARD(2007年)
THE LIVE EIKICHI YAZAWA DVD BOX(2007年)
THE REAL(2008年4月23日)※
SPECIAL X’mas LIVE(2009年1月30日)- ファンクラブ限定
ROCK’N’ROLL IN TOKYO DOME(2009年12月09日)
E.YAZAWA ROCK(2010年7月21日)※
THE LIVE HOUSE ROOTS in Zepp Tokyo 2005(2011年4月13日)
New Standard 〜Blue Note Style〜 2006(2011年4月13日)
ONLY ONE〜touch up〜 SPECIAL LIVE in DIAMOND MOON(2011年8月17日)
EIKICHI YAZAWA 40th ANNIVERSARY LIVE『BLUE SKY』(2012年11月7日)
TREASURE BOX(2014年5月7日)- DVD BOX
ROCK IN DOME(2015年12月2日)※
Dreamer 2016 IN GRAND HYATT TOKYO(2017年9月6日)※
BUTCH!! 2016 IN OSAKA-JO HALL(2017年9月6日)※
EIKICHI YAZAWA 69TH ANNIVERSARY TOUR 2018「STAY ROCK」(2018年12月26日)※
3 BODY’S NIGHT (2021年5月5日) ※
ALL TIME BEST LIVE (2022年6月8日) ※LD[編集]
RUN&RUN(1981年)
MILES AND MILES(1983年)
矢沢永吉ヒストリー(1984年)
東京ナイト(1986年)
矢沢永吉ヒストリー2(1987年)
STAND UP ’89 ARENA(1990年)
STAND UP ’89 DOME(1990年)
ROCK’N ROLL ARMY ’90 BUDOKAN(1991年)
1991 BIG BEAT STADIUM(1992年)
1991 BIG BEAT BUDOKAN(1992年)
LIVE VIDEO Anytime Woman(1993年)
VIDEO CLIPS(1993年)
The name is YAZAWA(1995年)
OPEN RECORDING GIG(1996年)
SUBWAY EXPRESS LIVE IN HOUSE(1999年)
SUBWAY EXPRESS LIVE IN BUDOUKAN(1999年)VHS[編集]
RUN&RUN(1983年)
MILES AND MILES(1983年)
矢沢永吉ヒストリー(1984年)
東京ナイト(1986年)
矢沢永吉ヒストリー2(1987年)
E’ LIVE 1984(1988年)- ファンクラブ限定
STAND UP ’89 ARENA(1990年)
STAND UP ’89 DOME(1990年)
Rock’n’Roll Army ’90 BUDOKAN(1991年)
1991 Big Beat STADIUM(1992年)
1991 Big Beat BUDOKAN(1992年)
VIDEO CLIPS(1993年)
VIDEO CLIPS2(1993年)
Anytime Woman EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 1992(1992年)
Come On ! EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 1993(1994年)- ファンクラブ限定
THE NAME IS YAZAWA CONCERT TOUR 1994(1995年)
OPEN RECORDING GIG(1996年)
JUST TONIGHT EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 1995(1996年)- ファンクラブ限定
WILD HEART EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 1996(1998年)- ファンクラブ限定
YES, E EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 1997(1998年)- ファンクラブ限定
SUBWAY EXPRESS LIVE IN HOUSE 1998(1999年)
SUBWAY EXPRESS LIVE IN BUDOKAN 1998(1999年)
お受験(2000年)校歌[編集]
Nishiyamato Academy of California School Song「今日をありがとう」タイアップ一覧[編集]
楽曲
タイアップ
収録作品
トラベリン・バス

SONY ラジカセ『リズムカプセル9000』CMソング

アルバム『A Day』
時間よ止まれ

資生堂『アクエア』CMソング

シングル「時間よ止まれ」
資生堂「美への挑戦」編 CMソング
I say Good-bye, So Good-bye

アルパイン’79“アルパイン・カーオーディオセンサー<SK-800>”CMソング

シングル「I say Good-bye, So Good-bye」
THIS IS A SONG FOR COCA-COLA

コカ・コーラ CMソング

シングル「THIS IS A SONG FOR COCA-COLA」
RUN & RUN

富士映画配給『RUN&RUN』主題歌
抱かれたい、もう一度 -LOVE THAT WAS LOST-

マクセル・カセットテープ CMソング

シングル「抱かれたい、もう一度 -LOVE THAT WAS LOST-」
You

TBS系ドラマ『はじめまして再婚』主題歌

シングル「You/Shampoo」
Shampoo

三菱『ギャランΣ』CMソング
YES MY LOVE

’82 コカ・コーラ CMイメージ・ソング

シングル「YES MY LOVE」
LAHAINA

資生堂キャンペーン・ソング

シングル「LAHAINA」
ROCKIN’ MY HEART

パイオニア・シェルフコンポーネント・プライベート CMソング

シングル「ROCKIN’ MY HEART」
Last Christmas Eve

Johnnie Walker Red Label CMソング

シングル「Last Christmas Eve」
THE BORDER

シングル「THE BORDER」
TAKE IT TIME

ホンダ『eve PAX』CMソング

シングル「TAKE IT TIME」
苦い雨

宝酒造『バービカン』CMソング

アルバム『YOKOHAMA二十才まえ』
BELIEVE IN ME

シングル「BELIEVE IN ME」
止まらないHa〜Ha

第一興商『LIVE DAM HD』CMソング[注 15]
アルバム『東京ナイト』
フジテレビ系『IPPONグランプリ』テーマソング
共犯者

銀座ジュエリーマキ・カメリアダイアモンド CMソング

シングル「共犯者」
ニューグランドホテル

シングル「ニューグランドホテル」
くちづけが止まらない

シングル「くちづけが止まらない」
SOMEBODY’S NIGHT

AXIAビデオテープ CMソング

シングル「SOMEBODY’S NIGHT」
FLESH AND BLOOD

AXIAオーディオテープGT-X CMソング

アルバム『情事』
シングル「バラードよ永遠に」
愛しい風

東宝東和提供『子熊物語』メッセージソング

シングル「愛しい風」
バラードよ永遠に

AXIAオーディオテープPS-X CMソング

シングル「バラードよ永遠に」
PURE GOLD

TBS系ドラマ『ホットドッグ』主題歌

シングル「PURE GOLD」
I LOVE YOU, OK -1990 Version-

AXIAビデオテープ CMソング
GET UP

アルバム『永吉』
夢の彼方

アサヒ生ビール”Z” CMソング

シングル「夢の彼方」
ラスト・シーン

日本テレビ系ドラマ『刑事貴族2』エンディングテーマ

シングル「ラスト・シーン」
BIG BEAT

TBS系『世界・ふしぎ発見!』エンディングテーマ

シングル「BIG BEAT」
東京

日本テレビ系ドラマ『はだかの刑事』主題歌

シングル「東京」
心花よ

サントリーBOSS CMソング
黄昏に捨てて

シングル「黄昏に捨てて」
Midnight Jungle

NHKBS2 衛星アニメ劇場『おまかせスクラッパーズ』オープニングテーマ

アルバム『the Name Is…』
ミス・ロンリー・ハート

NHKBS2 衛星アニメ劇場『おまかせスクラッパーズ』エンディングテーマ
アリよさらば

TBS系ドラマ『アリよさらば』オープニングテーマ

シングル「アリよさらば」
ブリヂストン『GRID II』CMソング
SEA BREEZE

シーブリーズ’94 イメージソング
いつの日か

TBS系ドラマ『アリよさらば』エンディングテーマ

シングル「いつの日か」
夏の終り

サントリーBOSS CMソング

シングル「夏の終り」
マンダム『ルシード』CMソング
青空

サントリーBOSS CMソング

シングル「青空」
THE TROUBLE MAN

PlayStation用ゲームソフト『ヴァンパイア』オープニングテーマ
PlayStation用ゲームソフト『ヴァンパイア』CMソング
THE RAIN[注 16]
PlayStation用ゲームソフト『ヴァンパイア』エンディングテーマ

シングル、アルバム共に未収録
MARIA

サントリーBOSS CMソング

シングル「MARIA」
終わりじゃないぜ

サントリーBOSS 1995 CMソング
Love is you

映画『ドラえもん のび太のねじ巻き都市冒険記』主題歌

アルバム『E.Y 90’S』
テレビ東京系『愛の貧乏脱出大作戦』エンディングテーマ
もうひとりの俺

サントリーBOSS CMソング

シングル「もうひとりの俺」
TBC CMソング
Stll

資生堂『ピエヌ』CMソング

シングル「Stll」
しなやかな獣たち

日産『ラルゴ ハイウェイスターツーリング』CMソング

アルバム『YES』
あの日のように

TBS系東芝日曜劇場『ベストパートナー』主題歌

シングル「あの日のように」
だから、抱いてくれ

サントリーBOSS CMソング
I have no reason

映画『お受験 OJUKEN』主題歌

シングル「Oh!ラヴシック」
フォーチュン・テイラー

TBS系月曜ドラマスペシャル『雨に眠れ』主題歌

アルバム『LOTTA GOOD TIME』
THE TRUTH

ファミリーマート CMソング

シングル「THE TRUTH」
背中ごしのI LOVE YOU

サントリー『角瓶』CMソング

アルバム『YOU,TOO COOL』
ワン・ナイト・ショー

三菱ふそう『キャンター』CMソング

アルバム『SUBWAY EXPRESS 2』
ロックンロールドラッグ

ユニクロ CMソング

アルバム『横顔』
ONLY ONE

TBC CMソング[注 17]
シングル「ONLY ONE」
Loser

PS3用ゲームソフト『龍が如く3』メインテーマ

シングル「Loser」
コバルトの空

ロッテ『キシリトールガム』CMソング

シングル「コバルトの空」
Sweet Rock’n’Roll

ロッテ『キシリトールガム』CMソング

アルバム『ROCK’N’ROLL』
あの日、アイツに

第一興商『MTV DAM』CMソング
サイコーな Rock You!

ロッテ『キシリトールガム』CMソング

アルバム『TWIST』
Shake Me

日本郵便『ゆうパック』CMソング
闇を抜けて

AXN『フラッシュフォワード』イメージソング
ワニ革のスーツ

第一興商『LIVE DAM』CMソング
HEY YOU…

トヨタ『アルファード』CMソング
IT’S UP TO YOU!

第一興商『LIVE DAM』CMソング

アルバム『Last Song』
翼を広げて

映画『デンジャラス・ラン』日本版イメージソング
JAMMIN’ ALL NIGHT

ヨコハマタイヤ『アイスガードファイブ』CMソング
出版物[編集]
成りあがり[編集]
著書
『成りあがり』小学館、1978年。 (文庫、角川文庫、1980年)- 糸井重里が「聞き書き」の形で書き起こしている[57][注 18]。ドラマ化作品
2002年11月23日、フジテレビにて放送、TOKIOの松岡昌宏が矢沢を演じる。ほぼ矢沢の著作に基づいて構成されており、出生から武道館での大声援でのライブパフォーマンスが描かれている。また、日本で初めて、革ジャンにリーゼント・サングラスのスタイルでテレビ出演を行い、全国放送されたエピソードが紹介されている。
デモテープを持ち込んだレコード会社の受付に、後に妻となる女性がいて出会うという設定に変更されている。
漫画化作品
『漫画版 成りあがり』(前編・後編の全2巻。1993年4月。矢沢クラブ)
江原良道による漫画化。同年に『コミック版 成りあがり』として風雅書房より再刊(前編:1993年9月25日、後編:1993年12月6日)。
『成りあがり 矢沢永吉物語』(全3巻。2008年 – 2009年。角川書店)
『コミックチャージ』連載のきたがわ翔による漫画化。主人公が亡き父の遺品である「成りあがり」を読んでいるという構成。その他[編集]
矢沢永吉写真集 SUPER PHOTO LIVE(1979年)稲越功一 小学館
矢沢永吉 『矢沢永吉写真集 「19490914」THE LIFE OF EIKICHI YA ZAWA』新潮社、1995年。.mw-parser-output cite.citationfont-style:inherit.mw-parser-output .citation qquotes:”””””””‘””‘”.mw-parser-output .id-lock-free a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-free abackground:linear-gradient(transparent,transparent),url(“//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/65/Lock-green.svg”)right 0.1em center/9px no-repeat.mw-parser-output .id-lock-limited a,.mw-parser-output .id-lock-registration a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-limited a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-registration abackground:linear-gradient(transparent,transparent),url(“//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/d6/Lock-gray-alt-2.svg”)right 0.1em center/9px no-repeat.mw-parser-output .id-lock-subscription a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-subscription abackground:linear-gradient(transparent,transparent),url(“//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/aa/Lock-red-alt-2.svg”)right 0.1em center/9px no-repeat.mw-parser-output .cs1-subscription,.mw-parser-output .cs1-registrationcolor:#555.mw-parser-output .cs1-subscription span,.mw-parser-output .cs1-registration spanborder-bottom:1px dotted;cursor:help.mw-parser-output .cs1-ws-icon abackground:linear-gradient(transparent,transparent),url(“//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/4c/Wikisource-logo.svg”)right 0.1em center/12px no-repeat.mw-parser-output code.cs1-codecolor:inherit;background:inherit;border:none;padding:inherit.mw-parser-output .cs1-hidden-errordisplay:none;font-size:100%.mw-parser-output .cs1-visible-errorfont-size:100%.mw-parser-output .cs1-maintdisplay:none;color:#33aa33;margin-left:0.3em.mw-parser-output .cs1-formatfont-size:95%.mw-parser-output .cs1-kern-left,.mw-parser-output .cs1-kern-wl-leftpadding-left:0.2em.mw-parser-output .cs1-kern-right,.mw-parser-output .cs1-kern-wl-rightpadding-right:0.2em.mw-parser-output .citation .mw-selflinkfont-weight:inheritISBN 4-10-408001-2。 
地球音楽ライブラリー 矢沢永吉(1997年)TOKYO FM出版
アー・ユー・ハッピー?(2001年)日経BP社
イチロー×矢沢永吉 英雄の哲学(2006年)ぴあ
矢沢永吉×操上和美写真集「FACE EIKICHI YAZAWA 2006-2009」(2009年)
俺 矢沢永吉(2019年4月15日)ぴあ矢沢永吉が登場する本[編集]
森永博志 『原宿ゴールドラッシュ』ワニブックス、1985年。 (文庫、ワニブックス、1990年、エンジェルワークス文庫/ソニー・マガジンズ、2004年)
初版本のみ矢沢が登場する。矢沢の件は『成りあがり』番外編といえる優れた逸話が多い。特にヤクザ風の男と矢沢との対峙は本作の中でも白眉というべき名場面である[注 19]。出演[編集]
テレビドラマ[編集]
夜明けの刑事 第2話「キャロル知らない奴はおくれてる」(1974年10月9日、TBS) – 本人 役
アリよさらば(1994年4月15日 – 7月1日、TBS) – 安部良太 役
時よとまれ(1995年8月5日、テレビ朝日「土曜ワイド劇場・戦後五十年特別企画」) – 吉村直之 役
雨に眠れ SLEEP IN THE RAIN(2000年5月29日、TBS「月曜ドラマスペシャル・500回特別企画」) – 小野静夫 役
BG〜身辺警護人〜 最終話(2018年3月15日、テレビ朝日) – 矢沢永吉(本人)役 ※ 特別出演音楽番組[編集]
ベストヒットUSA(1982年、テレビ朝日)
TOKIOロックTV(1984年、テレビ東京)
ミュージックフェア(1986年、1996年、2001年、2019年9月7日・14日(矢沢永吉ミュージックフェアスペシャル前編・後編[211])、フジテレビ)
夜のヒットスタジオ(1985年、1988年、1989年、フジテレビ)
ライヴエイド (1985年7月12日、フジテレビ) – 小田和正、南こうせつと共演
うたばん(1998年、TBS)
HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP(1997年、1998年、2000年、2001年、フジテレビ)
夢・音楽館(2003年、NHK)
SOUND ARENA(1992年、フジテレビ)
MJ -MUSIC JOURNAL-(1993年、フジテレビ)
SONGS(2007年、2009年、NHK)SONGSスペシャル(2015年9月25日、NHK)NHK紅白歌合戦第60回NHK紅白歌合戦(2009年、NHK) – ゲスト出演で正規な出場ではない
第63回NHK紅白歌合戦(2012年、NHK) – ゲスト出演で正規な出場ではない僕らの音楽-OUR MUSIC-(2010年、フジテレビ) – 自身の出演CMのライバル会社がスポンサーを務めている番組だったため、番組内のCMはACジャパンに差し替えとなった
Music Lovers(2012年、日本テレビ)
THE MUSIC DAY 2019 時代(2019年7月6日、日本テレビ)
ミュージックステーション(2019年8月30日、テレビ朝日)[212]
NHK MUSIC SPECIAL 第1回「矢沢永吉」(2021年4月1日、NHK総合)
音楽の日 2022(2022年7月16日、TBS)[213]その他番組[編集]
若い広場(1980年、NHK教育テレビ)
YOU(1982年、NHK教育テレビ)YOU 青春プレイバック(1985年、NHK教育テレビ)ファンキートマト(1984年、テレビ神奈川)
キャッチアップ(1989年、TBS)
私…(1977年4月24日、東京12チャンネル(現:テレビ東京))
ねるとん紅鯨団(1991年、フジテレビ)
SMAP×SMAP(1999年、2009年、フジテレビ)
EXテレビ(1992年、日本テレビ)
ニュースステーション(1988年、1992年、1996年、2003年、テレビ朝日)
ザ・スクープ(テレビ朝日)
情報プレゼンター とくダネ!(2000年、フジテレビ)
終わらない夢
情熱大陸 第374回・第1186回(2005年11月20日・2022年1月16日、TBS)
K-1 PREMIUM 2005 Dynamite!!(2005年12月31日、TBS)
ICHIRO×E.YAZAWA英雄の哲学
NHKスペシャル「永ちゃん 俺たちはもう一度走れるだろうか」(2006年2月26日、NHK)
ズームイン!!SUPER(2009年、2010年、日本テレビ)
NEWS ZERO(2009年、2012年、日本テレビ)
めざましテレビ(2010年、フジテレビ)
とんねるずのみなさんのおかげでした(2013年、フジテレビ)
スッキリ(2019年7月10日 – 、日本テレビ) – 不定期VTR出演
ドキュメント矢沢永吉〜70歳 最後のレコーディング〜(2019年8月24日、NHK総合)[214][215]
関ジャム 完全燃SHOW(2019年8月25日・2020年10月18日、テレビ朝日系列)※VTR出演[216][217]
嵐にしやがれ(2019年8月31日、日本テレビ)[218]
矢沢永吉 CONCERT TOUR 2021「I’m back!! 〜ROCKは止まらない〜」(2021年12月19日、WOWOW) – 不定期再放送あり
ザ!世界仰天ニュース「矢沢永吉が語る!35億円詐欺事件の真相」(2022年7月19日、日本テレビ)※VTR出演[219]ラジオ[編集]
E.YAZAWA TALK RADIO FROM LONDON(1997年8月)
矢沢永吉のオールナイトニッポン(2007年9月20日深夜、ニッポン放送)
矢沢永吉 ROCK MUST GO ON(2019年9月7日、ニッポン放送)[220]
YAZAWA LOCKS!(2022年4月29日 – 、エフエム東京) – 「SCHOOL OF LOCK!教育委員会」 毎月第4金曜日に放送[221]ほか

映画[編集]
番格ロック(1973年、東映)※キャロルのメンバーとして
キャロル(1974年、ATG)※キャロルのメンバーとして
RUN&RUN(1980年、松竹)
お受験(1999年、松竹) – 富樫真澄 役
E.YAZAWA ROCK(2009年、東映)CM[編集]
SONY
ラジカセ「リズムカプセル9000」
「ブルーレイディスクレコーダー & BRAVIA」
ハウス食品「シャンメン BIG」
コカ・コーラ
コカ・コーラ 「パワーエイド」
サントリー
「ボス」
「角瓶」
「ザ・プレミアム・モルツ」
「セサミン EX」(2022年 – )[222]
AXIA カセットテープ・ビデオテープ
ジョニーウォーカー
宝酒造「バービカン」
ブリヂストン「GRID II」
ファミリーマート
三菱自動車工業(当時のトラック・バス部門、キャンター・7代目
ユニクロ
TBC
トヨタ自動車「トヨタケータイ (au) TiMO W44T II」
マンダム ルシード
ロッテ キシリトールガム
第一興商
「MTV DAM」
「LIVE DAM」
「LIVE DAM HD」
イー・アクセス「イー・モバイル」
日産自動車
「“やっちゃえ”NISSAN」シリーズ( – 2017年)
「“NISSAN PRIDE” 日産がやらなくて、ほかに誰がやる。」シリーズ(2018年)-[223]
「ぶっちぎれ。技術の日産」シリーズ(2019年 – 2020年)インターネット配信[編集]
E.YAZAWA “ONE NIGHT SHOW 2019”(2019年7月6日、Hulu)- ライブの模様を生中継(同年7月25日より1ヶ月限定で矢沢の出演部分のみ配信)受賞歴[編集]
1994年第1回ザテレビジョンドラマアカデミー賞 新人俳優賞(『アリよさらば』)注釈[編集]
[脚注の使い方]
^ 1978年10月頃、TBSのクイズ番組『ベルトクイズQ&Q』で、「テレビの歌番組に、まだ一度も登場したことのない有名なロック歌手。さて、だれでしょう」答え「矢沢永吉」という問題が出された[14]。

^ 当時、矢沢永吉はファンにとって絶対的なカリスマであり、そうでない者にとっては滅多にテレビに出ないミステリアスな存在だった[13]。当時の雑誌インタビューでは「歌番組ィーッ?どっこのチャンネルひねっても同じ顔ばかり並んでからに”賄賂”もらってるのか、プロダクションから金ころがしてんのか知らんけど。矢沢のシングルが1位になったからって何で出なくちゃならんの。誤解しないように言っとくけど、テレビ拒否じゃないの。いい番組なら、こっちから頼んででも出たいし、実際出たこともある」「ソロシンガーになって売れなきゃハナもひっかけられないこの世界で自分の道を切り拓いてきた。その中で得た三つの宝、レコード制作、ナマのステージ、そして”矢沢ファミリー”。あのテの番組にハイ、そうですかって出てしまえば、俺がこの数年間やってきたことは、みんなウソになっちゃうわけョ」などと話している[18]。「時間よ止まれ」が大ヒット中の1978年6月にフジテレビの『ザ・ポップ』に出演して「鎖を引きちぎれ」など6曲歌った他、同年11月に日本テレビが矢沢の特番を放送した[19]。

^ 1970年代後半は仲のよかった『吉田拓郎のセイ!ヤング』に1979年7月7日にゲスト出演した[21]。

^ 矢沢はキャロル時代からテレビに出なかったわけではないが、歌番組でもない、それもNHKの教育番組で45分もインタビューに答えるというのは、おおげさでなく”事件”だった[13]。やり手のディレクターが、1年以上にわたる出演交渉の末、矢沢をテレビに引っ張り出した[15][13][22]。自分のことを語る機会など無かった矢沢が、張りつめた雰囲気の中、インタビューに応じる。今も語り継がれる名言が次々と飛び出した本番組は、記憶に残るテレビ史の名場面となった[13][22]。この番組が伝説になった理由の一つが、インタビューを受けながらスタジオでの矢沢の喫煙[13]。今日では勿論有り得ないが、矢沢は番組中、切らすことなくタバコを吸い続けた[13]。NHKに出ようが、お行儀よくなることないその姿に見る者は痺れた[13]。実際の放送は45分だが[22]、収録そのものは倍の1時間半だった[13]。レギュラー司会者だった中部博は「キャロル時代から矢沢さんは好きだった。音楽だけじゃなくその言動も含めて興味はあった。楽曲作りからステージまで、すごいこだわりを持っている人だという噂は聞いていたから、相当アクの強い人だろうなと覚悟はしていたけどね(笑)。事前の打ち合わせは一切なしで、収録の始まる前に挨拶しただけです。質問しちゃいけない項目も無かった。収録後も『あそこは使わないでくれ』といった注文はなかったと聞きました。相手の言いたいことだけ話させて『ありがとうございました』じゃ面白くもなんともないと思っていました。僕の質問は彼にとって想定内だったと思うよ。受け答えの際、苦笑い浮かべたりしているけど、カメラにどう撮られているかちゃんと考えていたと思う」等と話した[13]。中部は高校生の時からリベラルな政治運動に参加した[13]。このインタビューが伝説と化した最大の理由は、中部が躊躇なく際どい質問を矢沢にぶつけ、逡巡しながら言葉を選ぶ矢沢の姿だった[13]。中部はこのインタビュー以降、一度も矢沢に会っていないという。ただ一度きりの邂逅だった[13]。増淵健は「めったにテレビに出ないロックのスーパースターを引っ張り出した担当者の得意そうな顔が目に浮かぶ。歌が4曲、矢沢を主人公にしたドキュメンタリー映画が公開日付きで紹介される。矢沢をテレビに出したいばかりに公共放送の矜持を捨て、特定個人に奉仕したNHK。インタビューに答える矢沢も奇態であった。自分自身を『矢沢』と呼び、『わかります?』と聞き手に確認を求めながら話す。よくいえば、ナイーブ、ありていに言ってマンガ的。そして分かりにくい。分かったのは、矢沢がソロ歌手になってまもなくのコンサートを起爆剤にして『ビッグ』になったことだった。人影がまばらな客席に向かって『こんなに才能があるオレ』について訴えた彼は、二年後、同じ会場を超満員にして『オトシマエ』をつけたそうな。『オトシマエ』などという辞書にもない言葉を”教育テレビ”が認めていたとは意外である」などと評した[16]。

^ 連続ドラマ主演を渋ったが、プロデューサーの遠藤環に「矢沢さん、怖いんですか?」と言われ、「何にも怖くないよ!じゃあやってやるよ」と出演が決まった[29][30]。

^ 矢沢がギターを学んだ山中ジャズスクールは、当時のまま、現在も広島市に現存している。建物の外観も当時と変わらない[50][53]。

^ 『成りあがり』には、『週刊平凡』と記載。

^ タオルはソロになってから、ステージで動き回り、汗を大量にかくので、途中でスタッフに「ちょっとタオルくれ」って言ったのが始まり。最初は手ぬぐいみたいな小さいタオルで拭いていたが、「もうちょうと大きいのくれ」とバスタオルを使うようになった。人に使われたくないから、「名前ちゃんと入れとけ」とロゴ入りタオルになった。最初にうちは、汗拭いちゃスタッフに投げ返していたが、めんどくさくなり、タオルを肩にかけて歌ったら、それがサマになった。白のスーツはただ着てみたいと思ったから着た。まだ専属のスタイリストなんていない時代、ファッションにも興味がなく、どこで買えばいいか分からないから、当時住んでいた弘明寺商店街のテイラーで作ってもらった[124]。

^ 長者番付は翌1979年は2位だったが、美空ひばりが不動産を処分したために1位を明け渡したもので実質は二年連続1位だった[143]。

^ 1995年の著書では「20年前の日本のロックって、そのへんのジャリが集まってセンズリかいているような音楽だった。エレキギター持って女の子にキャーキャー言われても、コンサートを開けるのは東京、大阪ぐらいでね。まだまだマイナーだったのよ。都会を離れて地方でもやれるようになったのは、キャロルが最初だった。全国ツアーってヤツ。それを具体的に定着させたのは、矢沢だったんじゃないかな」と述べている[146]。

^ 「成りあがり」の「広島」「横浜」「キャロル」「E・YAZAWA」の四章に対し、「成りさがり」では「所沢」「都内」「有楽町」「スター」「G・TOKORO」「成りさがり」の六章の構成になっている。

^ アルバム『The Rock』付属のEP盤

^ アメリカのみ発売。

^ リニアPCM、48KHz、20bit、5.1/2CH

^ 『ROCK’N’ROLL IN TOKYO DOME』の映像を使用。

^ アルバム『この夜のどこかで』に収録されている「予感の雨」の英語詩バージョン。エンドロール曲でありゲームをクリアしないと聴くことができない

^ アカペラバージョンを使用。

^ 1978年に小学館より刊行された赤貧の少年時代を綴った自伝。インタビュアーに糸井重里が独特の矢沢口調で構成されている[178]。ベストセラーとなり、そのサクセス・ストーリーは社会現象にまで昇華した[57][114]。本作はアーティストの自伝本のはしりでもある[209]。当時の週刊誌には「編集スタッフのひとり、ルポライターの糸井重里」と書かれている[14]。

^ 山崎眞行の店で矢沢が早い時間から飲んでいた。その日は酔いが早かった。矢沢はそのころ、キャロルの解散を考えはじめていた。いつもの矢沢とは違う、と山崎は感じとっていた。そこに女連れで、一見ヤクザ風の男がやって来た。男は山崎の知り合いで矢沢に男を紹介した。矢沢が「矢沢永吉です、よろしく」と男に手を差し出した。ところが、男は握手しようとしなかった。矢沢の手が宙に浮いたままになる。もう一度矢沢がいった。「矢沢永吉です」「お前、手ひっこめな」男がいった。一瞬、空気がけわしくなった。矢沢の手はそのままだ。「いいから、ひっこめな」「いや」矢沢がいった。「男が一度出した手はひっこめられない」「うるせえな、ひっこめろ」「ここでひっこめたら、オレは負けたことになる」「矢沢永吉だか、なんだか知らないけど、あっちにいけよ」「おたくが手を出すまで、オレは動かない」数秒のうちに爆発する気配となり、若い店員が割って入りその場は収まった。「また来るわ」と男は店を出て行った。「なんだ、いまのやつ?」矢沢が言った。「鉄板焼き屋です」「なにー!鉄板焼き屋!ふざけやがって。オレ、ヤクザかと思ってたのに」矢沢はまた急ピッチでウイスキーの水割りを飲み始めた[210]。

出典[編集]

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『ロック・クロニクル・ジャパンVol.1』音楽出版社、1999年。ISBN 978-4900340275。 
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「矢沢永吉 その照らし出す世界。」 『タイトル(TITLe)』 2004年10月号、文藝春秋。 
鈴木創 『音魂大全 史上最強の20世紀ミュージック・エンサイクロペディア』洋泉社、2006年。ISBN 978-4862480477。 
富澤一誠 『フォーク名曲事典300曲〜「バラが咲いた」から「悪女」まで誕生秘話〜』ヤマハミュージックメディア、2007年。ISBN 978-4-636-82548-0。 
「TV SONGS」『ザテレビジョン』、角川書店、2010年11月6日、 ISBN 978-4-04-895406-8。
『別冊カドカワPremium 総力特集 矢沢永吉』KADOKAWA。ISBN 978-4-04-731150-3。 
『GOOD ROCKS!』 30巻、シンコーミュージック・エンタテイメント。ISBN 978-4-401-76130-2。 
「1972-2012 矢沢永吉、40年間の軌跡と奇跡」 『R&Rぴあ』 2012年8月30日発行、ぴあ。ISBN 978-4-8356-2124-1。 関連項目[編集]
1975年の音楽#デビュー – (ソロデビュー)同じ年にデビューした歌手外部リンク[編集]
矢沢永吉公式サイト
矢沢永吉 公式アカウント (@official_YAZAWA) – Twitter
矢沢永吉 – Eikichi Yazawa (official.eikichiyazawa) – Facebook
矢沢永吉 Eikichi Yazawa Channel – YouTubeチャンネル
矢沢永吉 EIKICHI YAZAWA (@eikichi_yazawa_official) – Instagram
Eikichi Yazawa – Myspace
GARURU RECORDS|矢沢永吉|PROFILE
矢沢永吉×糸井重里 スティル、現役。 – ほぼ日刊イトイ新聞(2019年)典拠管理
BNF: cb169371573 (データ)
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ISNI: 0000 0000 2153 2322
LCCN: n79006106
MBA: e46b601a-1678-4454-82d2-011c427c5ea2
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VIAF: 55414348
WorldCat Identities: lccn-n79006106
表話編歴矢沢永吉スタジオ・アルバム
I LOVE YOU,OK – A Day – ドアを開けろ – ゴールドラッシュ – Kiss Me Please – KAVACH – YAZAWA – RISING SUN – P.M.9 – YAZAWA It’s Just Rock’n Roll – I am a Model – E’ – YOKOHAMA二十才まえ – 東京ナイト – FLASH IN JAPAN – 共犯者 – 情事 – 永吉 – Don’t Wanna Stop – Anytime Woman – HEART – the Name Is… – この夜のどこかで – MARIA – YES – LOTTA GOOD TIME – STOP YOUR STEP – YOU,TOO COOL – 横顔 – ONLY ONE – ROCK’N’ROLL – TWIST – Last Song – いつか、その日が来る日まで…

セルフカバー・アルバム
TEN YEARS AGO – SUBWAY EXPRESS – SUBWAY EXPRESS 2

主なライブ・アルバム
THE STAR IN HIBIYA – スーパーライブ 日本武道館 – LIVE 後楽園スタジアム – STAND UP!! – LIVE!YES,E – LIVE HISTORY 2000〜2015

主なベスト・アルバム
THE GREAT OF ALL – THE BORDER EIKICHI YAZAWA THE BEST SELECTION – THE ORIGINAL – THE ORIGINAL 2 – ALL TIME BEST ALBUM – ALL TIME BEST ALBUM II

主な楽曲
アイ・ラヴ・ユー、OK – トラベリン・バス – 時間よ止まれ – THIS IS A SONG FOR COCA-COLA – 涙のラブレター – 抱かれたい、もう一度 -LOVE THAT WAS LOST- – YES MY LOVE – Last Christmas Eve – THE BORDER – TAKE IT TIME – 止まらないHa〜Ha – ニューグランドホテル – くちづけが止まらない – SOMEBODY’S NIGHT – 愛しい風〜子熊のテーマ〜 – バラードよ永遠に – PURE GOLD – 夢の彼方 – ラスト・シーン – BIG BEAT – 東京 – 黄昏に捨てて – アリよさらば – いつの日か – 夏の終り – 青空

関連人物
NOBODY – 山川啓介 – 西岡恭蔵 – 秋元康 – 後藤次利 – 矢沢洋子 – 糸井重里 – キャロル(ジョニー大倉・内海利勝・ユウ岡崎)

関連項目
GARURU RECORDS – EMIミュージック・ジャパン – ワーナーミュージック・ジャパン – ソニー・ミュージックレコーズ(旧CBSソニー) – アリよさらば – お受験 – ザ・プレミアム・モルツ

表話編歴SPACE SHOWER TV V.I.P.(カテゴリ)2004年
11月: RIP SLYME
12月: ROSSO2005年
1月: スピッツ
2月: GLAY
3月: 忌野清志郎
4月: フィッシュマンズ
5月: ゆず
6月: FIRE BALL
7月: ケツメイシ
8月: RIP SLYME
9月: Dragon Ash
10月: サザンオールスターズ
11月: 氣志團
12月: 平井堅2006年
1月: ゆず
2月: KREVA
3月: ASIAN KUNG-FU GENERATION
4月: サンボマスター
5月: レミオロメン
6月: 東京スカパラダイスオーケストラ
7月: くるり
8月: aiko
9月: AI
10月: The Birthday
11月: ELLEGARDEN
12月: 森山直太朗2007年
1月: RHYMESTER
2月: Dragon Ash
3月: Mr.Children
4月: m-flo
5月: BEAT CRUSADERS
6月: Crystal Kay
7月: KREVA
8月: FIRE BALL
9月: Ken Yokoyama
10月: ゆず
11月: ウルフルズ
12月: BUMP OF CHICKEN2008年
1月: 奥田民生
2月: ASIAN KUNG-FU GENERATION
3月: 宇多田ヒカル
4月: 電気グルーヴ
5月: 絢香
6月: SEAMO
7月: ケツメイシ
8月: サザンオールスターズ
9月: MONKEY MAJIK
10月: レミオロメン
11月: PUSHIM
12月: Mr.Children2009年
1月: ストレイテナー
2月: チャットモンチー
3月: RADWIMPS
4月: エレファントカシマシ
5月: 平井堅
6月: 椎名林檎
7月: 加藤ミリヤ
8月: コブクロ
9月: Crystal Kay
10月: ゆず
11月: いきものがかり
12月: flumpool2010年
1月: HY
2月: 木村カエラ
3月: レミオロメン
4月: 9mm Parabellum Bullet
5月: ASIAN KUNG-FU GENERATION
6月: 矢沢永吉
7月: 加藤ミリヤ
8月: RIP SLYME
9月: くるり
10月: 秦基博
11月: いきものがかり
12月: BUMP OF CHICKEN2011年
1月: flumpool
2月: 桑田佳祐
3月: RADWIMPS
4月: 吉井和哉
5月: Superfly
6月: THE BAWDIES
7月: JUJU
8月: 布袋寅泰
9月: サカナクション
10月: 木村カエラ
11月: Perfume
12月: L’Arc~en~Ciel2012年
1月: ASIAN KUNG-FU GENERATION
2月: 絢香
3月: いきものがかり
4月: ゆず
5月: Mr.Children
6月: aiko
7月: 桑田佳祐
8月: 矢沢永吉
9月: Superfly
10月: JUJU
11月: flumpool
12月: YUI2013年
1月: THE BAWDIES
2月: ONE OK ROCK
3月: サカナクション
4月: 凛として時雨
5月: ゆず
6月: きゃりーぱみゅぱみゅ
7月: マキシマム ザ ホルモン
8月: サザンオールスターズ
9月: Perfume
10月: 斉藤和義
11月: ポルノグラフィティ
12月: RADWIMPS2014年
1月: Dragon Ash
2月: MAN WITH A MISSION
3月: BUMP OF CHICKEN
4月: the HIATUS
5月: ウルフルズ
6月: aiko
7月: きゃりーぱみゅぱみゅ
8月: DREAMS COME TRUE
9月: ナオト・インティライミ
10月: ゲスの極み乙女。
11月: 椎名林檎
12月: クリープハイプ2015年
1月: SEKAI NO OWARI
2月: ONE OK ROCK
3月: 吉井和哉
4月: サザンオールスターズ
5月: ASIAN KUNG-FU GENERATION
6月: [Alexandros]
7月: DREAMS COME TRUE
8月: BRAHMAN
9月: ウルフルズ
10月: ゆず
11月: 星野源
12月: 秦基博2016年
1月: ゲスの極み乙女。
2月: KANA-BOON
3月: flumpool
4月: Perfume
5月: きゃりーぱみゅぱみゅ
6月: 森山直太朗
7月: DREAMS COME TRUE
8月: スピッツ
9月: くるり
10月: [Alexandros]
11月: RADWIMPS
12月: back number2017年
1月: ONE OK ROCK
2月: 電気グルーヴ
3月: エレファントカシマシ
4月: ゆず
5月: THE YELLOW MONKEY
6月: 秦基博
7月: 平井堅
8月: 桑田佳祐
9月: KICK THE CAN CREW
10月: Hi-STANDARD
11月: 10-FEET
12月: スピッツ2018年
1月: WANIMA
2月: BRAHMAN
3月: 東京スカパラダイスオーケストラ
4月: THE BAWDIES
5月: aiko
6月: THE ORAL CIGARETTES
7月: UVERworld
8月: サザンオールスターズ
9月: クリープハイプ
10月: きゃりーぱみゅぱみゅ
11月: [ALEXANDROS]
12月: 星野源2019年
1月: あいみょん
2月: ONE OK ROCK
3月: Suchmos
4月: THE YELLOW MONKEY
5月: aiko
6月: 椎名林檎
7月: BUMP OF CHICKEN
8月: 矢沢永吉
9月: Official髭男dism
10月: スピッツ
11月: WANIMA
12月: King Gnu2020年
1月: Superfly
2月: ゆず
3月: 東京スカパラダイスオーケストラ
4月: THE ORAL CIGARETTES
5月: SEKAI NO OWARI
6月: MAN WITH A MISSION
7月: UVERworld
8月: 米津玄師
9月: あいみょん
10月: 高橋優
11月: JUJU
12月: 福山雅治2021年
1月: [ALEXANDROS]
2月: aiko
3月: sumika
4月:
5月:
6月:
7月:
8月:
9月:
10月:
11月:
12月:2022年
1月:
2月:
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4月:
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6月:
7月:
8月:
9月:
10月:
11月:
12月:
表話編歴CDショップ大賞 大賞
第1回 相対性理論『シフォン主義』
2 THE BAWDIES『THIS IS MY STORY』
3 andymori『ファンファーレと熱狂』
4 ももいろクローバーZ『バトル アンド ロマンス』
5 MAN WITH A MISSION『MASH UP THE WORLD』
6 マキシマム ザ ホルモン『予襲復讐』
7 BABYMETAL『BABYMETAL』
8 星野源『YELLOW DANCER』
9 宇多田ヒカル『Fantome』
10 米津玄師『BOOTLEG』
11 星野源『POP VIRUS』 / 折坂悠太『平成』
12 Official髭男dism『Traveler』 / カネコアヤノ『燦々』 準大賞
第1回 大橋トリオ『THIS IS MUSIC』 / Perfume『GAME』
2 清竜人『PHILOSOPHY』 / Superfly『Box Emotions』
3 神聖かまってちゃん『友だちを殺してまで。』
4 SEKAI NO OWARI『EARTH』 / 秦基博『Documentary』 / 星野源『エピソード』
5 きゃりーぱみゅぱみゅ『ぱみゅぱみゅレボリューション』
6 (最優秀新人賞) KANA-BOON『DOPPEL』『僕がCDを出したら』
7 (BEST ARTIST賞) ゲスの極み乙女。『みんなノーマル』『魅力がすごいよ』
8 水曜日のカンパネラ『ジパング』 / WANIMA『Are You Coming?』
9 Aimer『daydream』
10 台風クラブ『初期の台風クラブ』 / PUNPEE『MODERN TIMES』
11 (該当作品なし)
12 (該当作品なし) 入賞
第1回(2009年)
宇多田ヒカル『HEART STATION』
HY『HeartY』
SAKEROCK『ホニャララ』
秦基博『ALRIGHT』
pupa『floating pupa』
Mr.Children『SUPERMARKET FANTASY』第2回(2010年)
阿部真央『ふりぃ』
サカナクション『シンシロ』
椎名林檎『三文ゴシップ』
ハナレグミ『あいのわ』
FACT『FACT』
UNICORN『シャンブル』
RADWIMPS『アルトコロニーの定理』第3回(2011年)
小林太郎『Orkonpood』
サカナクション『kikUUiki』
ナオト・インティライミ『Shall we travel??』
七尾旅人『billion voices』
FAT PROP『THE DIE IS CAST』
星野源『ばかのうた』
The Mirraz『TOP OF THE FUCK’N WORLD』第4回(2012年)
熊谷育美『その先の青へ』
サカナクション『DocumentaLy』
高橋優『リアルタイム・シンガーソングライター』
back number『スーパースター』
MAN WITH A MISSION『MAN WITH A MISSION』第5回(2013年)
クリープハイプ『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』
SEKAI NO OWARI『ENTERTAINMENT』
七尾旅人『リトルメロディ』
back number『blues』
米津玄師『diorama』第6回(2014年)
クリープハイプ『吹き零れる程のI、哀、愛』
ゲスの極み乙女。『踊れないなら、ゲスになってしまえよ』
サカナクション『Sakanaction』
パスピエ『演出家出演』
Perfume『LEVEL3』
星野源『Stranger』
miwa『Delight』
ONE OK ROCK『人生×僕=』第7回(2015年)
片平里菜『amazing sky』
きのこ帝国『フェイクワールドワンダーランド』
くるり『THE PIER』
坂本慎太郎『ナマで踊ろう』
椎名林檎『日出処』
back number『ラブストーリー』
MAN WITH A MISSION『Tales of Purefly』
米津玄師『YANKEE』第8回(2016年)
Acid Black Cherry『L-エル-』
大原櫻子『HAPPY』
cero『Obsure Ride』
back number『シャンデリア』
米津玄師『Bremen』第9回(2017年)
[Alexandros]『EXIST!』
D.A.N.『D.A.N.』
never young beach『fam fam』
My Hair is Bad『woman’s』
RADWIMPS『君の名は。』第10回(2018年)
欅坂46『真っ白なものは汚したくなる』
Suchmos『THE KIDS』
竹原ピストル『PEACE OUT』
CHAI『PINK』
Hi-STANDARD『THE GIFT』
BiSH『THE GUERRiLLA BiSH』
My Hair is Bad『mothers』第11回(2019年)
宇多田ヒカル『初恋』
エレファントカシマシ『Wake Up』
Official髭男dism『エスカパレード』
カネコアヤノ『祝祭』
KID FRESINO『ai qing』
ずっと真夜中でいいのに。『正しい偽りからの起床』
cero『POLY LIFE MULTI SOUL』
WANIMA『Everybody!!』第12回(2020年)
あいみょん『瞬間的シックスセンス』
THE YELLOW MONKEY『9999』
小沢健二『So kakkoii 宇宙』
King Gnu『Sympa』
サカナクション『834.194』
椎名林檎『三毒史』
スピッツ『見っけ』
sumika『Chime』
Tempalay『21世紀より愛をこめて』
DYGL『Songs of Innocence&Experience』
長谷川白紙『エアにに』
パソコン音楽クラブ『Night Flow』
BiSH『CARROTS and STiCKS』
 洋楽賞
第2回
大賞
レディー・ガガ『ザ・フェイム』準大賞
ダイアン・バーチ『バイブル・ベルト(英語版)』
ザ・ペインズ・オブ・ビーイング・ピュア・アット・ハート『The Pains of Being Pure at Heart(英語版)』
第3回
ザ・ドラムス(英語版)『ザ・ドラムス(英語版)』
マルーン5『ハンズ・オール・オーヴァー』
ヴァンパイア・ウィークエンド『Contra(英語版)』
第4回 フォスター・ザ・ピープル『Torches(英語版)』
5 ミューズ『ザ・セカンド・ロウ〜熱力学第二法則』
6 ポール・マッカートニー『NEW』
7 ファレル・ウィリアムス『ガール』
8 アデル『25(英語版)』
9 ブルーノ・マーズ『24K・マジック』
10 エド・シーラン『÷』
11 トム・ミッシュ『ジオグラフィー(英語版)』
12 ビリー・アイリッシュ『When We All Fall Asleep, Where Do We Go?』
(特別賞) トゥール『フィア・イノキュラム(英語版)』
 マエストロ賞
第4回 山下達郎『Ray Of Hope』
5 矢沢永吉『Last Song』
6 松任谷由実『POP CLASSICO』
7 竹内まりや『TRAD』
8 サザンオールスターズ『葡萄』
9 松任谷由実『宇宙図書館』
10 桑田佳祐『がらくた』
11 サザンオールスターズ『海のOh, Yeah!!』 ライヴ作品賞
第5回 SiM『DUSK and DAWN』
6 Hi-STANDARD『Live at TOHOKU AIR JAM 2012』
7 星野源『STRANGER IN BUDOKAN』
8 マキシマム ザ ホルモン『Deka Vs Deka 〜デカ対デカ〜』
9 THE YELLOW MONKEY『THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016 -SAITAMA SUPER ARENA 2016.7.10-』
10 Hi-STANDARD『Live at AIR JAM 2000』
11 サカナクション『SAKANAQUARIUM2017 10th ANNIVERSARY Arena Session 6.1ch Sound Around』
12 ナンバーガール『LIVE ALBUM『感電の記憶』 2002.5.19 TOUR『NUM-HEAVYMETALLIC』日比谷野外大音楽堂』 クラシック賞
第6回海上自衛隊東京音楽隊/ 三宅由佳莉『祈り〜未来への歌声』
7 マルタ・アルゲリッチ・クラウディオ・アバド指揮 モーツァルト管弦楽団『モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番&第25番』
8 清水真弓『ファンタジー』
9 反田恭平『ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 / パガニーニの主題による狂詩曲』
10 加藤訓子『J.S.バッハ:マリンバのための無伴奏作品集』
11 アリス=紗良・オット『ナイトフォール』
12 河村尚子『ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ集1 悲愴&月光』 ジャズ賞
第6回 fox capture plan『Bridge』
7 上原ひろみ『ザ・トリオ・プロジェクト(ALIVE)』
8 fox capture plan『BUTTERFLY』
9 WONK『Sphere』
10 大西順子『Glamorous Life』/『Very Special』
11 Ai Kuwabara the Project『To The End Of This World』 / 纐纈歩美『O PATO』
12 ADAM at『トワイライトシンドローム』 / (特別賞) 渡辺貞夫『SADAO 2019 – ライヴ・アット・ブルーノート・トーキョー』 演歌賞
第6回 福田こうへい『響~南部蝉しぐれ~』
7 福田こうへい『煌 (きらめき)』
8 三山ひろし『お岩木山』
9 山内惠介『流転の波止場』
10 葵かを里『葵かを里 全曲集〜雪の兼六園〜』
11 純烈『プロポーズ』
12 (歌謡曲賞) 市川由紀乃「雪恋華」 特別賞
第4回 薫と友樹、たまにムック。『マル・マル・モリ・モリ!』
5 柴田淳『COVER 70’s』
6 大友良英他(あまちゃんスペシャル・ビッグバンド)『連続テレビ小説「あまちゃん」オリジナル・サウンドトラック』
7 『アナと雪の女王 オリジナル・サウンドトラック』、他
9 Hi-STANDARD『Another Starting Line』
10 安室奈美恵『Finally』
11 安室奈美恵『namie amuro Final Tour 2018 〜Finally〜』 / クイーン『ボヘミアン・ラプソディ (オリジナル・サウンドトラック)』、他 地方賞
北海道
2 sleepy.ab『paratroop』
3 サトウヨシアキ『cacoi』
4 サノトモミ『ミッドナイト エクスプローラー』
5 Ao『Trigger of Life』
6 Drop’s『DAWN SIGNALS』
7 FOLKS『NEWTOWN』
8 THE BOYS&GIRLS『バックグラウンドミュージック』
9 The Floor『ライトアップ』
10 THE BOYS&GIRLS『拝啓、エンドレス様』
11 金子智也『手をつなごう』
12 爽「Runaway」東北
2 YHE YOUTH『Rain The Rainbow』
3 ソンソン弁当箱『ロマンの日本』
4 熊谷育美『その先の青へ』
5 THE YOUTH『SYNCHRONICITY』
6 ひとりぼっち秀吉BAND『道しるべ』
7 PLASTIC GIRL IN CLOSET『eye cue rew see』
8 朝倉さや『River Boat Song -Future Trax-』
9 zero zero z『musicΔ』
10 アンテナ『モーンガータ』
11 村松徳一『星めぐりの歌』
12 りんご娘『FOURs』関東
2 harmonic hammock『ハローとグッバイ』
3 SuiseiNoboAz『SuiseiNoboAz』
4 玲里『KISS AND FLY』
5 なつし聡『キャッチボール~ソングブック・オブ・マイ・ライフ』
6 Charisma.com『アイ アイ シンドローム』
7 シャムキャッツ『AFTER HOURS』
8 Suchmos『THE BAY』
9 never young beach『fam fam』
10 SUNNY CAR WASH『週末を待ちくたびれて』
11 KOTORI『CLEAR』
12 ドミコ『Nice Body?』甲信越
2 OGRE YOU ASSHOLE『フォグランプ』
3 Coba-U『童謡レゲエII』
4 Negicco『GET IT ON!』
5 a crowd of rebellion『Hydrangea』
7 GLIM SPANKY『焦燥』
8 北園みなみ『Never Let Me Go』
9 NECOKICKS『パパはNewギニア』
10 FAITH『2×3 BORDER』
11 須澤紀信『半径50センチ』
12 NO BRIGHT GIRL『HAPPY』北陸
7 Family Basik『A False Dawn And Posthumous Notoriety』
8 POLTA『SAD COMMUNICATION』
9 Kan Sano『k is s』
10 YOCO ORGAN『GOOD BYE』
11 Gen『Singin’ and smilin’』
12 tonari no Hanako『切ったら、空』東海
2 OGRE YOU ASSHOLE『フォグランプ』
3 小林太郎『Orkonpood』
4 cinema staff『cinema staff』
5 みそっかす『異次元からの来訪者』
6 THREE LIGHTS DOWN KINGS『LiVERTY』
7 04 Limited Sazabys『monolith』
8 Qaijff『organism』
9 鳴ル銅鑼『文明開化』
10 ビッケブランカ『FEARLESS』
11 崎山蒼志『いつかみた国』
12 Suspended 4th『GIANTSTAMP』関西
2 モーモールルギャバン『野口、久津川で爆死』
3 chaqq『Pleasure』
4 N’夙川BOYS『PLANET MAGIC』
5 tricot『小学生と宇宙』
6 THE ORAL CIGARETTES『オレンジの抜け殻、私が生きたアイの証』
7 フレデリック『oddloop』
8 夜の本気ダンス『By My Side』
9 yonige『かたつむりになりたい』
10 ナードマグネット『MISS YOU』
11 ハンブレッダーズ『純異性交遊』
12 ドラマストア『DRAMA STORE』中国
7 RED in BLUE『NEW AGE』
8 カナヤ『藍のうた』
9 丸本莉子『誰にもわからない〜何が幸せ?〜』
10 ゆるふわリムーブ『芽生』
11 CRAZY VODKA TONIC『書を灯す』
12 H!dE『STORIES』四国
7 四星球『もはやCDではない』
8 LONGMAN『tick』
9 Cold Retriever『carry on』
10 sympathy『海鳴りと絶景』
11 STU48『暗闇』
12 LONGMAN「Wish on」九州
2 CHEESE CAKE『強がり虫*寝グセ』
3 awamok『ミチノセカイ』
4 mahos『icicles』
5 LinQ『Love in Qushu 〜LinQ 第一楽章〜』
6 CHEESE CAKE『C』
7 戸渡陽太『プリズムの起点』
8 BLUE ENCOUNT『≒』
9 SIX LOUNGE『東雲』
10 彼女 IN THE DISPLAY『GOLD EXPERIENCE REQUIEM』
11 odol『往来するもの』
12 NYAI『HAO』沖縄
6 きいやま商店『ダックァーセ!』
7 Manami『シャングリラ』
8 MONGOL800『People People』
9 安次嶺希和子『TROPICAL GREEN』
10 Anly『anly one』
11 下地イサム『GAFU』
12 HoRookies『HoRookies』甲信越・北陸
6 noid『so are millions of us』中国・四国
3 simploop『unlock』
4 宇宙人『お部屋でミステリーサークル』
5 ひめキュンフルーツ缶『恋愛ミラクル!!』
6 四星球『COMICBAND ~アホの最先端~』
 その他各賞
ニューブラッド賞
4 Fear, and Loathing in Las Vegas『NEXTREME』
5 Ye Ye『朝を開けだして、夜をとじるまで』
6 WHITE ASH『Quit or Quiet』
KANA-BOON『DOPPEL・僕がCDを出したら』
キュウソネコカミ『ウィーアーインディーズバンド!!』リビジテッド賞
7 大瀧詠一『Best Always』
8 ビートルズ『ザ・ビートルズ1』
シュガー・ベイブ『SONGS -40th Anniversary Ultimate Edition-』ライブパフォーマンス賞
4 モーモールルギャバン『PINK and BLACK』ベスト盤アルバム賞
5 松任谷由実『日本の恋と、ユーミンと。』
山下達郎『OPUS 〜ALL TIME BEST 1975-2012〜』

関連項目
音楽に関する賞
全日本CDショップ店員組合
第1回(2009年) – 第12回(2020年)
表話編歴ザテレビジョンドラマアカデミー賞 新人俳優賞1回—10回
1. 矢沢永吉 | 2. 堂本剛 | 3. 井出薫 | 4. 中居正広 | 5. 京野ことみ | 6. 矢田亜希子 | 7. 江角マキコ | 8. 酒井美紀 | 9. 松たか子 | 10. 広末涼子

11回—20回
11. 小橋めぐみ | 12. 濱田マリ | 13. 河村隆一 | 14. 川岡大次郎 | 15. 鈴木杏 | 16. MIKI | 17. 及川光博 | 18. 須藤理彩 | 19. 山崎まさよし | 20. 田中麗奈

21回—30回
21. 吉田智則 | 22. 千秋 | 23. 後藤理沙 | 24. 西川貴教 | 25. 優香 | 26. 宮本浩次 | 27. 鈴木あみ | 28. ユンソナ | 29. 田中直樹 | 30. ゴリ

31回—40回
31. 中島美嘉 | 32. 松岡充 | 33. 山咲トオル | 34. 高野志穂 | 35. 市川実日子 | 36. ソニン | 37. 山内菜々 | 38. 石井智也 | 39. ミムラ | 40. 美山加恋

41回—50回
41. 近野成美 | 42. 田中幸太朗 | 43. 小林涼子 | 44. 大泉洋 | 45. – | 46. 志田未来 | 47. ウエンツ瑛士 | 48. 村川絵梨 | 49. 村上知子 | 50. 加藤ローサ

51回
51. 河本準一

表話編歴SCHOOL OF LOCK!メインパーソナリティ
現在
こもり校長
ぺえ教頭過去
やましげ校長
やしろ教頭
よしだ教頭
あしざわ教頭
とーやま校長
さかた校長
ARTIST LOCKS!
現在
Mrs. GREEN APPLE
アイナ・ジ・エンド
LiSA
賀喜遥香(乃木坂46)
サカナクション
平手友梨奈
矢沢永吉
豆柴の大群
SEVENTEEN
森七菜
上白石萌歌
景井ひな
INI現在2※1
ミセスLOCKS!
サカナLOCKS!
平手LOCKS!過去
RIP SLYME
BUMP OF CHICKEN
ASIAN KUNG-FU GENERATION
氣志團
ゆず
YUI
RADWIMPS
チャットモンチー
くるり
Perfume
絢香
木村カエラ
加藤ミリヤ
9mm Parabellum Bullet
Base Ball Bear
flumpool (THE TURTLES JAPAN)
SEKAI NO OWARI
クリープハイプ
長渕剛
[Alexandros]
ゲスの極み乙女。
きゃりーぱみゅぱみゅ
KANA-BOON
BLUE ENCOUNT
UNISON SQUARE GARDEN
Aqours
SHISHAMO
Eve
Official髭男dism
sumika過去2※1
Perfume LOCKS!
flumpool LOCKS!
セカオワLOCKS!
Aqours LOCKS!
GIRLS LOCKS!(終了)
香椎由宇
榮倉奈々
堀北真希
栗山千明
貫地谷しほり
鈴木杏
成海璃子
新垣結衣
戸田恵梨香
北乃きい
桜庭ななみ
ねごと
板野友美
剛力彩芽
日南響子
川口春奈
能年玲奈
橋本愛
広瀬すず
小芝風花
橋本奈々未
永野芽郁
平手友梨奈
髙橋ひかる
山之内すず
森七菜
上白石萌歌
景井ひなスマホLOCKS!(終了)
ねごと
The SALOVERS
片平里菜
Galileo Galilei
Little Glee Monster
ストレイテナー
よしだ教頭
PAGE
さよならポニーテール
松田部長
BLUE ENCOUNT
味噌汁’sWEB LOCKS!(終了)
オレスカバンド
ナイス橋本
DOMINOSCHOOL OF LOCK! 教育委員会
とーやま委員職員
海賊先生
カヲル先生
ひっつその他の出演者
現在
茂木淳一 (ナレーター)
松田部長
虹のコンキスタドール過去
林さん
五明くん
大沢たかお
QuizKnock
イベント
現在
-過去
YOUNG FLAG
閃光ライオット
未確認フェスティバル
SCHOOL OF LOCK! キズナ感謝祭
提供
現在
ブルボン
信用金庫
JASRAC
全農
カロリーメイト過去
トッポ(TOPPA!)
屋久島おおぞら高等学校
JAF
姉妹番組
Skyrocket Company
風とロック
RADIO DRAGON -NEXT-
ロックの学園その他関連項目
TOKYO FM 夜のワイド番組
やまだひさし
グランジ
サンシャイン
カリカ
パップコーン
閃光レーベル注釈
※1 ここでは既に『ARTIST LOCKS!』記事内で分割されている記事をリストアップすることとする
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カテゴリ: 矢沢永吉日本のロック・ミュージシャン日本の男性シンガーソングライター日本の男性ロック歌手日本の男性ポップ歌手日本の作詞家日本の男性作曲家日本のベーシスト日本のロック・ギタリスト日本のタレントロックンロール・ミュージシャンソニー・ミュージックレコーズのアーティストワーナーミュージック・ジャパンのアーティストEMIミュージック・ジャパンのアーティストNHK紅白歌合戦出演者ROCK IN JAPAN FESTIVAL出場者CDショップ大賞受賞者サマーソニック出演者広島市出身の人物広島国際学院高等学校出身の人物1949年生存命人物隠しカテゴリ: 外部リンクがリンク切れになっている記事/2018年2月出典を必要とする存命人物記事/2013年7月参照方法独自研究の除去が必要な記事/2013年6月-7月出典を必要とする記述のある記事/2018年2月出典を必要とする記述のある記事/2017年10月無効な出典が含まれている記事/2017年BNF識別子が指定されている記事CINII識別子が指定されている記事FAST識別子が指定されている記事ISNI識別子が指定されている記事LCCN識別子が指定されている記事MusicBrainz識別子が指定されている記事NDL識別子が指定されている記事VIAF識別子が指定されている記事WORLDCATID識別子が指定されている記事

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7. 矢沢永吉 ベストアルバム 全 22 曲 キャロル 3 曲 Sankei Shimbun

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8. 矢沢永吉 ベストアルバム 全 22 曲 キャロル 3 曲 Nihon Keizai Shimbun

日本経済新聞
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9. 矢沢永吉 ベストアルバム 全 22 曲 キャロル 3 曲 Chunichi Shimbun

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10. 矢沢永吉 ベストアルバム 全 22 曲 キャロル 3 曲 Tokyo Shimbun

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11. 矢沢永吉 ベストアルバム 全 22 曲 キャロル 3 曲 Nihon Kogyo Simbun

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12. 矢沢永吉 ベストアルバム 全 22 曲 キャロル 3 曲 Nikkan Kogyo Shimbun

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13. 矢沢永吉 ベストアルバム 全 22 曲 キャロル 3 曲 Ainu Times

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14. 矢沢永吉 ベストアルバム 全 22 曲 キャロル 3 曲 Akita Sakigake Shimpo

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15. 矢沢永吉 ベストアルバム 全 22 曲 キャロル 3 曲 Chiba Nippo

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16. 矢沢永吉 ベストアルバム 全 22 曲 キャロル 3 曲 Chugoku Shimbun

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18. 矢沢永吉 ベストアルバム 全 22 曲 キャロル 3 曲 The Eastern Chronicle

イースタン クロニクル
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