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宮崎駿に人生を壊されたワタシ」という漫画が壮絶すぎる・・・。

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「宮崎駿」のその他の用法については「宮崎駿 (曖昧さ回避)」をご覧ください。

この記事の項目名には以下のような表記揺れがあります。
宮崎駿
宮﨑駿みやざき はやお宮崎 駿
文部科学省より公表された肖像(2012年)別名義
秋津 三朗(あきつ さぶろう)照樹 務(てるき つとむ または てれこむ)生年月日
(1941-01-05) 1941年1月5日(81歳)出生地
日本・東京府東京市国籍
日本血液型
O型[1]職業
映画監督アニメーション作家漫画家ジャンル
映画・テレビアニメ活動期間
1963年 -配偶者
宮崎朱美(妻)著名な家族
大田耕士(義父)宮崎至朗(弟)[注 1]宮崎吾朗(長男)宮崎敬介(二男)堤大介(義甥)事務所
スタジオジブリ公式サイト
スタジオジブリ主な作品
アニメーション映画

『パンダコパンダ』(原案・脚本)
『ルパン三世 カリオストロの城』(脚本・監督)
『風の谷のナウシカ』(原作・脚本・監督)
『天空の城ラピュタ』(原作・脚本・監督)
『となりのトトロ』(原作・脚本・監督)
『魔女の宅急便』(脚本・プロデュース・監督)
『紅の豚』(原作・脚本・監督)
『もののけ姫』(原作・脚本・監督)
『千と千尋の神隠し』(原作・脚本・監督)
『ハウルの動く城』(脚本・監督)
『崖の上のポニョ』(原作・脚本・監督)
『風立ちぬ』(原作・脚本・監督)テレビアニメ

『ルパン三世』(演出)
『未来少年コナン』(演出)
 受賞アカデミー賞
長編アニメ映画賞2002年『千と千尋の神隠し』名誉賞2014年ヴェネツィア国際映画祭
栄誉金獅子賞2005年 長年の功績に対してベルリン国際映画祭
金熊賞2002年『千と千尋の神隠し』ニューヨーク映画批評家協会賞
アニメ映画賞2002年『千と千尋の神隠し』2005年『ハウルの動く城』2013年『風立ちぬ』ロサンゼルス映画批評家協会賞
アニメ映画賞2002年『千と千尋の神隠し』生涯功労賞2018年放送映画批評家協会賞
アニメ映画賞2002年『千と千尋の神隠し』日本アカデミー賞
最優秀作品賞1997年『もののけ姫』2001年『千と千尋の神隠し』最優秀アニメーション作品賞2008年『崖の上のポニョ』2013年『風立ちぬ』話題賞1989年 『魔女の宅急便』会長功労賞2002年ブルーリボン賞
作品賞2001年『千と千尋の神隠し』特別賞1988年『となりのトトロ』1997年『もののけ姫』その他の賞
「#受賞歴」も参照テンプレートを表示宮崎 駿(みやざき はやお、1941年〈昭和16年〉1月5日 – )は、日本の映画監督・アニメーター・漫画家。別名として秋津 三朗(あきつ さぶろう)、照樹 務(てれこむ)がある。宮﨑 駿と表記されることもある。株式会社スタジオジブリ取締役、公益財団法人徳間記念アニメーション文化財団理事長、三鷹市立アニメーション美術館(三鷹の森ジブリ美術館)名誉館主(初代館主)[3]。
東京府東京市出身。学習院大学政経学部卒業。1963年に東映動画にアニメーターとして入社。その後いくつかの会社を経てフリーとなり、その間にテレビアニメ『未来少年コナン』、初の劇場用アニメ『ルパン三世 カリオストロの城』で頭角を現した。1984年に個人事務所の二馬力を設立し、翌年に高畑勲らとアニメーション制作会社スタジオジブリの設立に参加(2005年に同社取締役に就任)。以後『となりのトトロ』『魔女の宅急便』『もののけ姫』などの劇場用アニメーションを監督し、『千と千尋の神隠し』でベルリン国際映画祭金熊賞とアカデミー長編アニメ映画賞を受賞した。2014年には日本人で2人目のアカデミー名誉賞を受賞した。埼玉県所沢市在住[4]。

来歴[編集]
生い立ち[編集]
数千人の従業員を擁した一族が経営する宮崎航空興学の役員を務める一家の4人兄弟の二男として、東京市で生まれた。幼児期に宇都宮に疎開、小学校3年生まで暮らしていた[注 2]。1950年、小学校4年に進級時に東京都杉並区永福町に転居。
幼少時は身体が弱かった[注 3]ので運動は苦手だったが、絵はずば抜けて上手かった。熱心な読書家であり、手塚治虫や杉浦茂の漫画、特に福島鉄次の絵物語『沙漠の魔王』のファンという“漫画少年”でもあった。進学校である東京都立豊多摩高等学校在学中の3年生の時に観た東映動画製作『白蛇伝』に感動し[7]、アニメーションにも関心を持つようになる。学生時代に佐藤文雄のアトリエでデッサンを独学で学び、ポール・セザンヌのような印象派に影響されている[8]。

アニメ業界での活躍[編集]
この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。出典検索?: “宮崎駿” – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL(2019年4月)学習院大学に進学し、児童文学サークル(児童文化研究会)に所属する。幾つかの人形劇を企画しつつ、漫画家を志し漫画を描き続けていたが[注 4]、アニメーションの世界へ進む事を決断する[10]。学習院大学を卒業し、アニメーターとして東映動画に定期採用で入社し、動画などを手がける。当初は東映動画で制作されていた作品に魅力を感じることが出来ず、漫画家への未練を断ち切れずにいたが、入社1年後に観たソ連製作長編アニメーション映画『雪の女王』に強い感銘を受け[11]、アニメーションを一生の仕事にしようと決意した。『ガリバーの宇宙旅行』のラストシーンが宮崎のアイディアで変更されるなど、早くから才能を現した。結成間も無い東映動画労働組合の書記長に就任し、アニメーターの待遇の改善に尽力する。1965年秋には、24歳で同じ東映のアニメーターの女性と結婚し、その後2人の男児をもうける。高畑勲・森康二・大塚康生らと共に3年がかりの大作、『太陽の王子 ホルスの大冒険』(1965 – 1968年)を作り上げた。
1971年、高畑勲、小田部羊一と共に東映動画を退社し、新企画『長くつ下のピッピ』を制作するためにAプロダクションに移籍したが、原作者の許諾を得られず立ち消えになってしまう。その後、宮崎と高畑は大塚康生に誘われ、視聴率が低調だったTVアニメ『ルパン三世』で宮崎にとって事実上の初監督の仕事を引き受ける(高畑と共同。名義上はAプロダクション演出グループ)。半年間で放送は終了したが、その後の『ルパン』の基礎となる部分を作り上げた(詳しくはルパンの項を参照)。「ピッピ」の経験を活かし、大塚、高畑、小田部らと子供向け映画『パンダコパンダ』(1972年、1973年)を2本作る(脚本、場面設定、美術、原画などを担当)。
高畑、小田部とともにズイヨー映像(のちの日本アニメーション)に移籍し、『アルプスの少女ハイジ』の準備に入る。1974年TVアニメ、『アルプスの少女ハイジ』で全カットの場面設定・画面構成(レイアウト)を担当。この作品は最高平均視聴率が26.9%となるなど大ヒットとなり、宮崎としても初の大きな成功であった。

未来少年コナン[編集]
1978年、『未来少年コナン』(NHK)で監督を務める。名義上は演出であり監督ではないが、他に監督はおらず、実質的には監督として現場を仕切っていた。毎週放送という厳しいスケジュールの中で、演出を行いながら、オリジナルスケッチ(ストーリーボード)・設定・キャラクターデザイン・メカデザインを全話担当し、大半の絵コンテ、レイアウトを描いた上、スタッフの作った脚本・絵コンテ・レイアウト・原画を、高畑勲応援分を除き全て1人でチェックするという、前代未聞の超人的な作業量をこなした[12]。

カリオストロの城[編集]
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その後、リニューアルされ人気を博していた『ルパン三世』の映画を大塚に持ちかけられ、宮崎は演出を引き受ける。その為、テレコム・アニメーションフィルム(東京ムービー新社内)に移籍し、映画『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)で映画作品の監督デビューをした。
宮崎は「カリオストロではじめて体力の限界を知った」というほど、監督として映画製作に尽力し、4ヵ月半という短い期間で作り上げた[13][14][15]。しかし、当時の『2ndルパン』のイメージと違う作風や、SFアニメ全盛の時代ということもあって、大衆受けはせず、興行的には前作に及ばなかった。むしろ興行的不振のために、しばらくの間映画に携われない不遇の時を過ごすことになった。しかし後に、再放送されては高視聴率をあげるなど、アニメーションの金字塔的作品として高い評価を受けている。
この直後には、『ルパン三世 PART2』で第145話と最終回の制作に脚本、絵コンテ、演出として携わっている。後の『天空の城ラピュタ』に登場するロボット兵や飛行船など、この頃から構想があったとみられる。『カリオストロの城』制作時に、当時『アニメージュ』副編集長で取材に訪れた鈴木敏夫と出会っている。
宮崎本人は「ルパンや東映時代にやったことの大たなざらえ」と位置づけており、自らが手がけた『ルパン三世』1stシリーズのいくつかのエピソードも元ネタにしている。
『ルパン三世 PartIII』放送にあわせ、劇場版第3作の製作が決定した際は、監督としてまず前作の監督であった宮崎駿に再度依頼がなされたが、宮崎は参加を拒否。宮崎の推薦により、当時宮崎の事務所にいた押井守が監督を務めることになった(詳細は「押井版ルパン三世」参照)。

風の谷のナウシカ[編集]
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宮崎の才能に惚れ込んだ鈴木敏夫は『風の谷のナウシカ』の映画化を目論み、徳間書店の企画会議に持ち込んだ。しかし、「原作のないものは、無理」という理由で却下された。『コナン』の時より宮崎に注目していた徳間書店の『アニメージュ』誌編集長・尾形英夫は、オリジナル企画実現のため「原作付き」のハクをつけることを考案、『アニメージュ』1982年2月号より『風の谷のナウシカ』の連載が始まり、やがて多くの読者の支持を集めるようになる[注 5]。
さらに、自社イベントの為の特別短編アニメーション企画を彼に持ち掛ける。企画は短編の筈だったが次第に拡大、尾形の尽力により、当時映画事業に意欲的だった徳間書店の徳間康快社長(当時)が劇場アニメーション化を決断し[16]、宮崎の弟が勤務する博報堂がこれに乗る形でプロジェクトが結成され、1984年にアニメーション映画として製作・公開された。
映画『風の谷のナウシカ』は、『ルパン三世 カリオストロの城』がテレビ放映され、その面白さが広く社会に認知されたことや、エコロジー・ブームの中にあったことと相俟ってヒット作となり、作家としての宮崎駿が広く認知されることとなった[注 6]。

スタジオジブリ設立[編集]
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また1986年頃、宮崎が推薦した押井守によるルパン三世劇場版第3作の頓挫後にはスタジオジブリで押井を監督に据え、宮崎の脚本による作品『アンカー』を準備するなどしている[注 7]。
『魔女の宅急便』(1989年)はスポンサーの意向により、当初指名されていた佐藤順一、次に指名された片渕須直が降板し宮崎が後を継いだ。本作はその年の興行トップとなる大ヒットとなる。これを受けてジブリの労働環境を整えるため社員化を決定する。
『紅の豚』(1992年)は、もともと日本航空の機内で上映される中編として企画されたが、次第に構想が膨らみ、長編作品として公開された。
2001年に発表した『千と千尋の神隠し』は興行記録をさらに塗り替え、観客動員2,350万人、興行収入308億円[17]と、日本における映画史上第1位の新記録を作った。日本国外からの評価も非常に高く、翌年のベルリン国際映画祭では日本としては39年ぶり、アニメーションとしては史上初の金熊賞を受賞し、2003年にはアカデミー賞長編アニメ賞を受賞した。『千と千尋の神隠し』の完成記者会見でも「もう長編アニメ映画は無理ですね」と引退を宣言している。
2004年公開の『ハウルの動く城』は、もともと細田守監督作品として進められていたが降板し、宮崎が後を継いだ。公開2日目で観客動員数110万人、興行収入14億8,000万円と日本映画歴代最高のオープニングを飾り、映画史上第2位の大ヒットを記録。さらにヴェネツィア国際映画祭のオゼッラ賞、ニューヨーク映画批評家協会最優秀アニメーション賞を受賞し、その年の米アカデミー賞の長編アニメ部門に再びノミネートするなど前作同様、日本国外においても高く評価された。2005年には、ヴェネツィア国際映画祭において優れた世界的映画人に贈られる栄誉金獅子賞を受賞。2006年には、アカデミー賞の選考委員に選ばれ、招待状が送付された。宮崎はこれ以前に2度選ばれているが、創作活動に専念したいなどの理由から就任を辞退した。
2006年公開の『ゲド戦記』は、宮崎が1983年に刊行した「シュナの旅」(徳間書店刊)が原案としてクレジットされており、各所に同書に登場する設定が用いられている。また、鈴木敏夫や宮崎吾朗によれば、イメージボードやアイデアスケッチ等を書いていたようである。なお、「ゲド戦記」原作者のル=グウィンは宮崎が監督を務めることを希望していたが、息子の吾郎が監督となった[18]。
2008年7月19日に、新作『崖の上のポニョ』を公開。公開後1か月で興行収入100億円を突破する興行成績を挙げた。『崖の上のポニョ』製作中、体力的にも本作が最後の長編になるだろうと述べていた[19]。しかし、映画公開後に宮崎が『崖の上のポニョ』の観客動員数より、『ハウルの動く城』の方が高かった事実を知ってショックを受け、「もう一本作る」とやる気を出し始めたという[20][注 8]。今後の作画に関しては『崖の上のポニョ』のように手描きでいくとの意向であるが、以前のような作画に戻る可能性もあると示唆した[22]。最新作の内容は、自伝のアニメーションであるという[23]。マスコミの前に出ることを嫌う時期もあったが、『崖の上のポニョ』の製作時にNHKによって2度、「プロフェッショナル 仕事の流儀」にて密着ドキュメントが作られた。アニメ作りに苦悩奮闘する素の宮崎駿の姿が放送され、大きな反響を呼んだ。また、2008年11月20日の日本外国特派員協会に招かれ、アニメ界の危惧も含め、熱く論弁した。2012年には、文化功労者に選ばれた。
2013年に、自身の漫画作品、『風立ちぬ』を原作とした、アニメーション映画『風立ちぬ』を公開。同年9月1日、宮崎が長編映画の製作から引退することをスタジオジブリ社長星野康二が発表[24]。

長編監督引退後[編集]
2013年、戦国時代を舞台にした漫画を執筆中であると『月刊モデルグラフィックス』2014年1月号で発表された。しかし時代考証を重ねるうちに手が止まってしまったことを理由に同誌2015年6月号ならびに『アーマーモデリング』2015年5月号で中止または無期限延期が発表された。予定されていた作品の題名は『鉄砲侍』であった。
三鷹の森ジブリ美術館の企画展示「クルミわり人形とネズミの王さま展」の企画・制作・監修を手がけた[25]。同年11月、第87回アカデミー名誉賞を受賞。日本人としては黒澤明以来2人目の快挙となる[26]。同時受賞となった女優のモーリン・オハラは長年の憧れで、会えたことに感動したという[27]。同年11月、一人芝居「うつ神楽」を考案。京都府八幡市の石清水八幡宮の本殿で奉納された。
2015年、鈴木敏夫が講演会で、ジブリ美術館用の新作短編アニメ『毛虫のボロ』を制作中であることを明らかにした[28]。宮崎にとっては初の3DCGアニメーション作品となる。制作部門が解体されたスタジオジブリに代わり、アニメーション制作はスティーブンスティーブンが担当している[29]。
2015年5月8日、在日米軍再編における普天間飛行場の名護市辺野古移転計画に反対する辺野古基金の共同代表に就任した[30]。同年7月13日、日本外国特派員協会の要請に応じて東京都小金井市にあるスタジオジブリで記者会見を開き、基地移転だけでなく沖縄県に負担が集中している状態そのものを批判し、かつて鳩山由紀夫内閣が提案した県外移設の実現を強く求めた[31]。

引退撤回[編集]
2016年11月13日午後9時からNHKで放送された特別番組「終わらない人 宮﨑駿」の番組内で、宮崎が「長編企画 覚書」と書かれた書類を鈴木敏夫に提示する場面が放送された。書類の内容はモザイクで隠されていたが、「2019年完成」と記されていたことから、新作長編が2019年に公開されると予想された。3か月後の2017年2月24日、鈴木敏夫が「Oscar Week 2017」で、長編映画の制作に復帰したことを公表し、事実上の引退撤回となった[32][33]。5月19日、新作のスタッフを公式サイトで募集開始し、本格的に制作がスタートし[34]、10月28日には早稲田大学で開催されたイベントで新作の題名が『君たちはどう生きるか』であると明かされた[35]。
2018年5月15日、高畑勲のお別れ会に出席し、開会の辞を読み上げた[36]。

略歴[編集]
この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。出典検索?: “宮崎駿” – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL(2019年4月) 2009年7月28日、ジョン・ラセターとの対談にて
1941年 – 1月5日、東京府東京市に生まれる。同年生まれのアニメ監督に、りんたろう、芝山努、富野由悠季、鳥海永行がいる。
1945年 – 7月12日、宇都宮空襲に遭遇。
1950年 – 杉並区永福町に転居。杉並区立永福小学校、杉並区立大宮中学校、東京都立豊多摩高等学校卒。
1963年 – 学習院大学政経学部卒業。東映動画入社。なお、同年の政経学部卒業生には、麻生太郎(元内閣総理大臣)、高島肇久(JICT会長、元NHK解説委員長)、三枝輝行(阪神百貨店元社長)、有薗憲一(ベスト電器元社長)らがいる[注 9]。
1964年 – 東映動画労働組合の第2代書記長に就任。なお、初代書記長は大塚康生。
1965年 – 同僚の大田朱美と結婚[注 10]。
1967年 – 長男(宮崎吾朗・(財)徳間記念アニメーション文化財団理事)誕生。
1970年 – 所沢市に自宅を移す。次男(宮崎敬介・木口木版画家)誕生。
1971年 – 高畑勲、小田部羊一と共にAプロダクション(現シンエイ動画)に移籍。
1973年 – 高畑勲、小田部羊一と共にズイヨー映像(後に日本アニメーションに改組)に移籍。
1978年 – 『未来少年コナン』で演出家に転向。
1979年 – 東京ムービーの子会社テレコム・アニメーションフィルムに移籍。
1982年 – 1月より『アニメージュ』誌上で『風の谷のナウシカ』連載開始。日米合作劇場アニメーション映画『リトル・ニモ』の準備に携わったが企画への疑問から制作から降り、11月22日、テレコム・アニメーションフィルムを退社。
1984年 – 4月、個人事務所二馬力を設立。
1985年 – スタジオジブリを設立。
1988年 – 第12回山路ふみ子映画賞を受賞。
1990年 – 東京都民文化栄誉章を受章。
1996年 – 淵の森保全連絡協議会を結成し、会長に就任。
1998年 – スタジオジブリを退社し、「豚屋」を設立。第26回アニー賞・生涯功労賞、淀川長治賞を受賞。
1999年 – スタジオジブリに所長として復帰。
2000年 – 第3回司馬遼太郎賞を受賞。
2001年 – 三鷹の森ジブリ美術館を創立し、初代館主に就任。第49回菊池寛賞、第25回山路ふみ子映画賞を受賞。
2002年 – 朝日賞、フランス国家功労勲章、パリ市勲章を受章。『Business Week』誌のStar of Asia・イノベーター部門に選出。
2003年 – 埼玉県民栄誉賞を受賞。『TIME』誌アジア電子版の「アジアの英雄20人」に選出。
2004年 – 12月、パリ造幣局美術館にて、初の個展となる「MIYAZAKI-MOEBIUS」展を開催。
2005年 – 徳間書店より独立した、株式会社スタジオジブリの取締役に就任。第62回ヴェネツィア国際映画祭・栄誉金獅子賞、国際交流基金賞を受賞。『TIME』誌の「世界で最も影響力のある100人」に選出。
2006年 – 日本テレビ2階・マイスタ外壁に設置される巨大時計のデザインを手掛ける。『TIME』誌アジア版の「60年間のアジアの英雄」に選出。
2008年 – スタジオジブリ社内保育園『3匹の熊の家』を竣工し、初代園長に就任。東京都小金井市名誉市民に選出[37]。長男に息子が生まれ、初孫を授かる。
2009年 – 第2回バークレー日本賞を受賞。『Fast Company Magazine』の「ビジネスシーンで最もクリエイティブな世界の100人」の31位に選出。
2010年 – 東京都三鷹市の名誉市民に選出。
2012年 – 文化功労者。
2013年 – 9月、長編映画制作から引退すると発表[24]。
2014年 – 第87回アカデミー名誉賞を受賞。
2015年 – 辺野古基金共同代表就任。
2017年 – 2月、長編映画制作に復帰すると発表。
2019年 – 世界幻想文学大賞生涯功労賞を受賞。
2021年 – 2月、新型コロナウイルス禍に対応するため、三鷹の森ジブリ美術館の館主に前館長の中島清文が就任[3]。宮崎は名誉館主となった。作風[編集]
子供の視点
一貫して子供に向けて作品を作り続けている。これについて「厳しい現実世界からの、子供の一時の逃げ場が必要だ」という趣旨の発言をしている[38]。児童文学を愛読している。
宮崎は、自分の息子が子供だった頃には、その年代に合わせて、成長するにつれて対象年齢を上げて作品を作り[39]、息子が成長しきると今度は友人などの子供を対象にしており、『千と千尋の神隠し』の公開時には、ガールフレンドである友人の娘のために作った作品だと説明している[40]。スタジオジブリについても、子供向けのいい映画を作るスタジオにしたいと語っていた[41]。
主人公の性別
『風の谷のナウシカ』『となりのトトロ』『魔女の宅急便』などに見られるように、主人公が少女であることが多いが、この理由は同性であると対象化しきれず、元気な女の子の方がやる気が出るからのとのこと。同性だと自身と重ね合わせすぎて、悲観的な物語にしかならないとも語っている。しかし、『天空の城ラピュタ』『紅の豚』『もののけ姫』などのように男性が主人公の作品も少なくない。
脚本なしでの制作
制作の準備段階でイメージボードを大量に描いて作品の構想を練り、脚本なしで絵コンテと同時進行で作品を制作していくという手法で知られる。これは、周囲から「日本アニメーション界のウォルト・ディズニー」「制作要らずの宮さん」と呼ばれる程の超人的な制作管理能力と、クオリティとスピードを両立した作画能力を持つ宮崎にして初めて可能な手法である。
また、漫画作品においても、一コマ単位で下書き・ペン入れ・仕上げを行うという独特のスタイルで執筆されている。ただし、まったくの白紙の状態から絵コンテを描くわけではなく、ノートにストーリーの構成やアイディアを書いている。本人によれば、「一日中文字を書いていることもある」という[42]。
軍事マニア
戦史・兵器マニアとして知られ、第二次世界大戦から前の甲冑・鎧兜や兵器(装甲戦闘車両、軍用機など)に造詣が深い。作中で登場する武器や乗り物にはその知識が十全に活かされている。この方面の趣味が発揮されている作品としてはアートボックス社『月刊モデルグラフィックス』誌の『宮崎駿の雑想ノート』という虚実織り交ぜた架空戦記物の超不定期連載漫画がある。連載初期は珍兵器を描いた数ページの絵物語だったが、次第にコマが割られてストーリー漫画に変貌していった。漫画の形態に変わった後の特徴として、作中に登場する女性は普通の人間だが、男性は欧米を舞台とした作品の場合は擬人化された動物になっている[注 11]。
2009年から2010年にかけて『モデルグラフィックス』誌に零式艦上戦闘機の開発者である堀越二郎の若き日をフィクションも入れて描く『風立ちぬ』を連載し、前記の通りこれをベースとしてアニメ映画が制作された(2015年に単行本化)。また、一式戦闘機「隼」の活躍と陸軍エース・パイロットの戦果を記録した、戦史家梅本弘(市村弘)の著作『第二次大戦の隼のエース』の刊行に際して、アートボックス編集部に対し本書を読んだうえで賞賛・激励の文書を送っている[43]。
ジブリ内の会議中でも、暇さえあれば今でも戦車の落書きを描いているという。また『天空の城ラピュタ』や『崖の上のポニョ』の劇中、モールス符号での通信シーンが登場するが、あの符号は全て実在し、言葉としてきちんと成り立っている。最も本人の趣味が反映された『紅の豚』に関しては製作後も「道楽でくだらない物を作ってしまった」と罪悪感に囚われ続け、次回作が完成して漸く「呪い」から解放されたと述べている[44]。
声優の起用方針
イギリスの新聞『ガーディアン』でのインタビューの中で「日本の女性声優は、男性を惹きつけるコケティッシュな声を持っているが、それは私達の望むものではない」と述べている[45]。
作品名の共通点「「の」の法則」も参照
監督を担当した長編アニメーション映画のほとんどの作品名に、千と千尋の神隠し、崖の上のポニョなど、平仮名の「の」が含まれている[46]。
ただし、必ずしも本人の意図ではなく、『もののけ姫』では『アシタカ𦻙記』[注 12]を題名にしたかったという宮崎の意に反して鈴木敏夫により『もののけ姫』で既成事実化されたといい、宮崎本人は必ずしも拘ってはいない[47]。
作風の変化
『崖の上のポニョ』制作の過程を追った『ポニョはこうして生まれた』で「僕は、もう既成の起承転結のよくできたストーリーの映画なんか作りたくない」「自分の作品の大衆性が低くなっている」と発言している。高畑勲との関係[編集]
アニメーション作家・映画監督の高畑勲は東映動画(現・東映アニメーション)時代の先輩であり、宮崎に多大な影響を与えた。東映動画の労働組合に書記長として従事した際、高畑は副委員長として宮崎を支え交流を深めていった。
高畑の初監督作品・映画『太陽の王子 ホルスの大冒険』(1968年)の制作がスタート、当時新人だった宮崎だったが、次々とイメージボードを描きアニメーター(兼 場面設定)として大抜擢された。人間の深層心理を描いた初のアニメーション映画でありアニメ作品としての構成、作画クオリティは当時として最高峰であり、児童向けアニメながら、高畑が注入した職人ギルド・コミューンの形成と善悪の彼岸を描いた思想背景、労働者コミュニティの連帯感、ベトナム戦争が影を落とした社会情勢も加味して作品作りに反映させ、強烈な“作家性”に宮崎が傾倒。含蓄ある知識と主義思想を物語に落とし込み、大胆なレイアウトで魅せる高畑の演出も宮崎にとっては憧れの的だった[48]。
ルパン三世第一シリーズ(共同演出)、パンダコパンダ(高畑が監督、宮崎が脚本、画面設計)、アルプスの少女ハイジ、母をたずねて三千里(高畑が監督、宮崎が画面設定)などを共に手掛け、高畑の演出テクニックを吸収した[48]。宮崎の監督作『風の谷のナウシカ』、『天空の城ラピュタ』では高畑がプロデューサーを務めている[48]。
ハイジや三千里で共に仕事をした富野由悠季(絵コンテ担当)は「世情的には、『ラピュタ』以後の二人が袂を分かったという声も聞きますが、全くそんなことはありません。高畑さんの訃報の後、改めてお二人の関係性を考えて結論が出ました。高畑さんがいなければ、宮崎駿という“映画監督”は生まれませんでした!」「宮崎さんも、高畑さんについて『僕が読めない本を読んでる』と言っていました。そういう部分を容認するのか、乗り越えるのか、どうやったら高畑さんを黙らせられるのか、それを絶えず考えていた結果が、宮崎アニメだと思っています」「世間は宮崎さんがアカデミー賞を取ったこと(2002年、『千と千尋の神隠し』がアカデミー賞長編アニメ賞を受賞)から、高畑より宮崎の方が上、なんて気分があるのかもしれません。でも、高畑さんがいなければ、宮崎さんはアカデミー賞を取れなかったと断言できます」[49]。
その後、ファンタジーやリアリティの考えの違いから2人は別個に創作するようになるが常に2人は相手のことを気にかけていた。互いに強烈な負けず嫌いという共通点もあるが、高畑に対する宮崎の畏敬の念は特別だった。『千と千尋の神隠し』の制作の際、宮崎は視点がずっと千尋を追うことに対し「パクさん(高畑)に怒られるな」とぼやいていた。これは演出に際し、そういうことだけは絶対にやるなと高畑さんに教わったためである[48]。
ふたりの巨匠を支えてきた鈴木敏夫プロデューサーは「宮さん(宮崎駿)はじつはただひとりの観客を意識して、映画を作っている。宮崎駿がいちばん作品を見せたいのは高畑勲」と語っている[48]。
宮崎監督自身もインタビューで「宮崎さんは夢を見るんですか?」という問いに、「見ますよ。でもぼくの夢はひとつしかない、いつも登場人物は高畑さんです」と答えたことがある[50]。

アニメ界への意見[編集]
日本のアニメ界への危機感
以前から、短時間・低予算で量産される日本のアニメーションに対して危機感を抱き続けており、1985年2月号のアニメ雑誌『アニメージュ』の押井守、河森正治との対談や、1986年『天空の城ラピュタ』製作中に行ったアニメーション雑誌記者との会見にて[51]「セーラー服が機関銃撃って走り回っているアニメーションを作っていちゃダメなんです」「女の子がバズーカ振り回すような作品は、いいかげんやめてほしい」と発言していた。
2002年、ドイツのベルリン映画祭金熊賞受賞の際、記者会見で「今の日本のアニメーションはどん詰まり」などと語り、イギリスのBBCなど、日本国内外の様々なメディアで伝えられ、日本国内のみならず、世界のアニメーションファンを含めて、様々な反響があった[52]。
手塚治虫の評価
1989年、手塚治虫が亡くなった際に、漫画史における手塚の功績に敬意を表した上で、手塚のアニメーション作品は、店子を集めて無理やり義太夫を聴かせる落語(『寝床』)の長屋の大家と同じ旦那芸であると痛烈に批判し、手塚がリミテッド・アニメーションとフルアニメーションの違いもろくに理解せず喧伝していたことなどに触れ、「アニメーションに関しては(中略)これまで手塚さんが喋ってきたこととか主張したことというのは、みんな間違いです」と述べた。また、手塚作品の悲劇性についても否定的な見解を示し、その文脈から「ある街角の物語」「しずく」などの、手塚が自主制作していたアニメ作品に対しても、否定的評価を下した[53]。
宮崎の監督作、『ルパン三世 カリオストロの城』について手塚が意見を述べたことがあり、作画を担当したテレコム・アニメーションフィルムのアニメーター達に対し、カリオストロは3コマ作画だそうだが、手塚が総監督した『火の鳥2772 愛のコスモゾーン』は2コマのフルアニメーションであると語ったという。しかし、宮崎の盟友であり、『カリオストロ』で作画監督を務めた大塚康生によると、『火の鳥』には、2コマ特有の描き方や工夫が全く入っていなかったという。大塚は「手塚先生は理念としてのフルアニメーションに憧れていらっしゃるが、技術的な使い方はご存じない、もしくは関心はお持ちでないのだとわかりました」と指摘している[54]。
一方で、手塚がテレビアニメ『鉄腕アトム』を安価な予算で作って以来、日本におけるアニメの製作費が低くなる前例となってしまった件に関して、宮崎は、日本が経済成長を遂げていく過程では必然のことであり、「引き金を引いたのが、たまたま手塚さんだっただけ」とする立場を取っている。その上で、あのタイミングで手塚さんが始めなければ自分達はあと2、3年は腰を据えて長編アニメーションを作れたかもしれないが、それも今となってはどうでもいいことだと述べている[55]。
それ以降、宮崎が手塚について語る事はほとんど無かったが、2009年に行われたインタビューにおいて、7歳の時に手塚の「新宝島」を読み「言い難いほどの衝撃」を受けたことや、初期のSF三部作の虜になっていたことを明かし、「モダニズムとは、繁栄や大量消費と同時に、破壊の発明でもある。そのことに、ひとりアジアの片隅で行き着いたのが手塚さんだった」と評している。だがアニメ作品に対しての評価は変わらず、「しかし、僕は手塚さんがひどいアニメーションを作ったことに、ホッとしたのかもしれません。これで太刀打ちできると」と述べた[56]。
宮崎は1963年に東映動画で手塚治虫原案の『わんわん忠臣蔵』にアニメーターの一人として参加し、1977年には手塚治虫原案の『草原の子テングリ』でレイアウトを務めた。また1981年には手塚と宮崎との合作アニメ映画『ロルフ』も企画されていた[57]。この合作は実現しなかったがロルフの企画は名前を変え『風の谷のナウシカ』の原案になった[58]。
ディズニーの評価
前述の手塚治虫に対する批判の1年程前に、ディズニーに対しても批判をおこなっている。「ぼくはディズニーの作品がキライだ。入口と出口が同じ低さと広さで並んでいる。ぼくには観客蔑視としか思えないのである」[59]。政治的・思想的スタンス[編集]
反戦[編集]
著名なミリタリーマニアである一方、現実の戦争行為には断固として反対している。大学時代には「戦争がいかに経済的に不合理であるか」という経済学の講義に感銘を受け、収集していた軍事関係の書籍を全て捨てた経験もある。作品中では『未来少年コナン』『風の谷のナウシカ』『もののけ姫』などに見られるように、侵略者や圧制に対する武力抵抗を肯定するような描写もあり、そのスタンスは単純な非暴力・反戦というわけでもない。しかし一貫して戦争の悲惨さや愚かさを描き、兵器や戦争が登場する作品でそれらを安易に美化する事はない。『風の谷のナウシカ』など複数の作品に登場する戦火にのまれる街の描写などは堀田善衛[60]「方丈記私記」をイメージしたものだという[61]。湾岸戦争に対しては米国政府の方針に反対の立場を表明して、小田実を中心とする市民グループ「市民の意見30の会」による、「ニューヨーク・タイムズに湾岸戦争を批判した意見広告を掲載しよう」という呼びかけに応じている他[62]、同時期に製作した『紅の豚』も湾岸戦争に対する反感が作風に反映されているという[44]。
第二次世界大戦
『風立ちぬ』製作時には作品テーマもあって、第二次世界大戦における日本の戦争責任について積極的に発言している。「自分は若い頃は戦争責任があるかないかと言う見方をしていた。しかし後の世から断罪するのは簡単。一方で、零戦を作った優秀な技師として二郎を祭り上げる動きもあります。いずれも、あの時代の空気を肌で感じようとしていない」「一つの時代を遠くから見て、灰色だとか決め付けることは間違っている」[63]としつつも、堀越二郎を祭り上げる動きに関しては「零戦、零戦と騒ぐマニアの大半は、コンプレックスで凝り固まり、何かに誇りを持たないとやっていけない人間です。思考力や技術力を超えた堀越二郎の天才的なひらめきの成果を、愛国心やコンプレックスのはけ口にして欲しくはない。僕は今度の映画で、そういう人々から堀越二郎を取り戻したつもりです」[64]「二郎や自分の父親が無罪だなんて思っていません」[65]と述べている。
同時期にスタジオジブリ出版の小冊子『熱風』の寄稿文で、日本が第二次世界大戦に参加したことについては子どもの頃に「本当に愚かな戦争をした」「実際情けない戦争だったんだ」と感じたと述べている[66][67][68]。この他にも「日本だけが悪人ということではないと思いますけど、そうかといって『最後に入っただけなのに、俺はなぜ捕まるんだ?』と言うのもおかしい」「非武装中立ということは現実にはあり得ないです。だからリアリズムで考えても、一定の武装はしなきゃいけない。ただ、それ以上は『ちょっと待て』っていうのがやっぱり正しいと思うんです」「慰安婦の問題も、それぞれの民族の誇りの問題だから、きちんと謝罪してちゃんと賠償すべきです」とも述べている[69]。
こうした姿勢は当事者国の一つである東アジア諸国で広い賞賛を受けており、中国の「人民日報」は微博(国営SNS)を通じて「記憶にとどめておくべき良識ある日本人」として宮崎の名を挙げている[70]。韓国でも『風立ちぬ』公開時に意図を説明する為の記者会見を行うなどの姿勢もあり、「日本の生ける良心」と賞賛されている[71]。
憲法改正
2013年に憲法改正論議が加熱した際、スタジオジブリ出版の小冊子『熱風』2013年7月号での特集「憲法改正」で現状での改正には反対声明を行った[72]。宮崎は「憲法を変えるなどもってのほか」を寄稿、日本国憲法の改憲に反対の立場であることを闡明にした[72]。寄稿文の中で、日本国憲法を議論する環境として「得票率も投票率も低い、そういう政府がどさくさに紛れて、思いつきのような方法で憲法を変えようなんて、もってのほか」であるとしている[72]。特に憲法9条と自衛隊については「憲法9条と照らし合わせると、自衛隊はいかにもおかしい。おかしいけれど、そのほうがいい。国防軍にしないほうがいい。」と述べ[72]、自衛隊は専守防衛に徹するべきであり、「そうしないと、本当にこの国の人たちは国際政治に慣れてないから、すぐ手玉に取られてしまいます。もし戦争になるとしても、そのほうがまだましだと考えます」としている[73]。同寄稿文では、現行憲法下での自衛隊についても好意的に評価している[73]。災害時の活動について「やっぱりこれはいいものだと思います。隊員たちはよくやっていて、礼儀正しい。」とし、イラク戦争で行われた海外派遣については「イラクに行かざるを得なくなっても一発も撃たず、ひとりも殺しもせず帰って来ました」「僕は立派だったと思います」と評価している[73]。
また憲法96条を先に改正する案についても「条項を変えて、その後にどうこうするというのでも成り立つ」が、それは「詐欺」で「やってはいけないこと」であるから、国の将来を決定するには「できるだけ多数の人間たちの意見を反映」させ「変えるためには、ちゃんとした論議をしなければいけない」と述べている[72]。
集団的自衛権
憲法改正論議が沈静化した後、海外活動を円滑化する為に憲法解釈を用いた集団的自衛権の整備が第2次安倍内閣で推進されると、日本外国特派員協会での記者会見で、内閣総理大臣安倍晋三を「偉大な男として歴史に残りたいと思っているんだと思います」「でも残らないでしょう」と厳しく批判した[31]。現行憲法は15年間にわたる戦争とその戦禍を生き延びた人々にとって「光が差し込むような体験」であったと高く評価している。いわゆる「押し付け憲法論」であるという批判に対しても、1928年の不戦条約(戦争抛棄ニ関スル条約)の精神を引き継いだものであり、特異な内容でもなければ、決して『押し付け』でもないと述べている[31]。生命倫理・反差別[編集]
2016年1月28日に東京都港区で開かれた「ハンセン病の歴史を語る人類遺産世界会議」で宮崎は、「もののけ姫」の一場面でハンセン病患者を描いた経緯について、自宅から歩いて15分程にある全生園を訪問し、園内資料館で展示されていた脱走防止用の「園内通用券」などを見て衝撃を受け、「おろそかに生きてはいけない。作品を真正面からやらなければならない」と語った[74][75]。左翼・社会主義[編集]
学習院大学時代に社会主義や共産主義などの左翼運動を知り、大学で過ごした4年間で少しずつ傾倒していったという。実際に高畑勲らと入社後に激しい組合活動を行っている。宮崎は理論や理屈で物事を語る事を嫌っており(本を読む事も本来は好きではないと語っている)、政治についても経済学部出身ながら資本論などの理論書は読んでいないと率直に述べている[76][77]。宮崎は「社会主義っていうのは、そんなに難しい問題じゃないんじゃないかと思いましたからね。希望ということなんじゃないかって思いましたから」と述べている[76]。ただし後年に「マルクス的な見方を完全にしなくなった訳ではない」とする趣旨の発言や[44]、「今はプロレタリアートがいない代わりに、良い人と悪い人がいるって思ってるだけでね」と語るなど影響を受けている事は認めている[78]。
思想転向があったとする評価
その後も左翼的思想を保ち続けていたが、冷戦崩壊期の1989年に起きた天安門事件および東欧革命に大きな衝撃を受け、社会主義陣営の歴史的敗北という現実を前に思想的修正を余儀なくされたとする向きもある[79]。
思想転向はしていないという評価
しかしこうした「左翼から転向した」という言説については宮崎自身が再三にわたって否定する発言をしている。宮崎はもともと統制的・強権的なソ連型社会主義には懐疑的で、ソ連や中国の「間違った社会主義」に対する批判は以前から行っており、「ソ連も嫌いな国ですが、中国も嫌いだし、アメリカも嫌いです。日本も嫌いだけどね」と発言している[76]。ニューヨーク近代美術館での会見で中国の毛沢東の語録を引用して若手アニメ作家に向けて助言したこともあったが[80]、後に「かつて毛沢東の写真を最初に見た時、なんて嫌な顔だろう、と思いました。周囲が『大きな温かい人だ』と言うから、たまたま写りが悪かったんだ、と思おうとしたけど、その勘を信じればよかった」と述べている[64]。冷戦崩壊直前の1990年11月にはソ連と対峙するラトビアの独立運動で「人民戦線」という用語が使用されている事に触れながら、「社会主義が自由主義っていう形に、軍門に降ったなんて喜んでいる奴がいるけど。西ドイツの現状はどうなんですか?西ベルリンが健康的な街なんですか?違いますよね」と述べている[76]。天安門事件で改革派の学生達がアメリカのような国を目標にしていると語っている事についても「その理想の底の浅さに愕然としますよ」と厳しく批判した上で、こうした冷戦末期の情勢を「人間の解放っていう問題よりも、みんな同じように大量消費の生活をしたいんだっていうね」と述べている[76]。『紅の豚』を制作した時には共産政権の解体後に起きたユーゴスラビア紛争に触れ、民主化による民族主義の台頭に絶望感を覚えたという。そのユーゴスラビア付近を舞台にした作品中で孤独に生きる主人公の姿と自分が重なり、「俺は最後の赤になるぞって感じで、一人だけで飛んでる豚になっちゃった」と発言している[81]。
宮崎は「左翼思想の根源にあったものっていうのは、時代を超えてもね、違う形をとっても同じだと思っています」と述べている[76]。
2008年の講演で、日本の子供がナショナリズムから解放されるべきことを提唱した[82]。一方で、「世界の問題は多民族にある」とも述べている[82]。反原発[編集]
スタジオジブリの小冊子『熱風』2011年8号で[疑問点 – ノート]、宮崎が「NO! 原発」と書いたプラカードをぶら下げて歩く写真が表紙を飾った。表紙の説明には「6月11日、宮崎駿監督は東小金井で小さなデモをした」と書かれてある。6月11日は同年3月に発生した東日本大震災の福島第一原子力発電所事故に関連して全国一斉にデモなどが呼びかけられた「6・11脱原発100万人アクション」の一環として新宿では約2万人が参加した大規模な反原発デモが行われた日であった。この号の特集「スタジオジブリは原発ぬきの電気で映画をつくりたい」には、宮崎駿、鈴木敏夫、河野太郎、大西健丞、川上量生による特別座談会が掲載され、宮崎は原発をなくすことに賛成と語っている。座談会では他に、1年前の2010年夏ごろ福島原発の施設内(福島県双葉郡富岡町の「エネルギー館」)に知らないうちにトトロなどのキャラクター商品を販売する店が置かれていたことが発覚し撤去させたことや、ジブリとしては原発に反対であることなども語られている[83]。また、2011年6月16日からは、東京都小金井市のスタジオジブリの屋上に、宮崎の考案で「スタジオジブリは原発ぬきの電気で映画をつくりたい」と書かれた横断幕が掲げられている[84][85]。欧米世界への批判[編集]
J・R・R・トールキンの作品『指輪物語』がピーター・ジャクソン監督により映画化された際、悪の勢力に味方するために象をつれて登場した人々が“アジア的”に描かれていたため、宮崎はこれを「黄人差別映画」であると批判した。また原作についても同様の批判を展開し、西洋ファンタジーの古典にそうした側面がある事を理解しない風潮を「馬鹿なんです」とも語った[86]。また上述の流れからアメリカ映画(ハリウッド)全体に対しても「アメリカ人はダーッと撃ったらドイツが爆発したとか、相変わらずそんな映画ばかり作っている」「アフガニスタン戦争での誤爆と同じ理屈」など痛烈な批判を行い、(作り手の欧米人はともかく)日本人が一緒になって喜んでいる事を「信じられないぐらい恥ずかしい事」と評した[86]。
シャルリー・エブド襲撃事件をめぐる風刺画問題について、「まずもって自国の政治家にやるべきであって、他国の政治家にやるのはうさんくさくなるだけ」と指摘。その上で、他の文明が崇拝しているものを対象にすることは「やめた方がいい」と話した[87]。影響を受けた作家・作品[編集]
アーシュラ・K・ル=グウィン「アーシュラ・K・ル=グウィン」および「ゲド戦記」も参照
ファンタジーの要素が含まれた作品を作る上で『指輪物語』を厳しく批判する一方、アーシュラ・K・ル=グウィンの『ゲド戦記』からの影響をしばしば公言し、「シュナの旅」などの作品に現れている。1976年に翻訳版が出た直後から読み始めて以降、片時も手放さず、何時でも読める様に寝るときも枕元に『ゲド戦記』を置いていたという。後年にル=グウィンと面会した時には自分が今まで作ってきた作品には全て『ゲド戦記』から影響された部分があると語っている[88]。サン=テグジュペリ「アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ」も参照
フランスの作家、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの愛読者であり、とくに『人間の土地』を何度も読んでいる。様々な著名人が思い入れのある土地を旅するNHKの番組『世界・わが心の旅』(1998年放送分)の企画で宮崎は、サン=テグジュペリの時代の飛行機で航空郵便のパリからトゥールーズ、さらにスペイン経由でサン=テグジュペリが所長を務めたカップ・ジュピー飛行場跡(モロッコ)まで訪れており、この中で「サン=テグジュペリに一番影響を受けている」と発言している。サン=テグジュペリが当時危険だった郵便機乗りとしての経験を通じ作品の中で「生命より尊いものがある」と断言したことなどに共感をしめしている。その時に描かれた絵がのちに新潮文庫の「夜間飛行」「人間の土地」の表紙に使用されているほか「人間の土地」の解説を書いている。中尾佐助「中尾佐助」および「照葉樹林文化論」も参照
網野善彦「網野善彦」も参照
『もののけ姫』には、従来の日本の中世史ではあまり語られてこなかった、たたら(鑪・鈩)製鉄技術者集団、馬子運送業者、ハンセン病患者が登場し、女性が産業を担い発言権を持っている描写や、「天朝さまとはなんぞや。」と話す女性を登場させるなど、網野善彦の中世史観の影響が強く窺える。この作品については、網野自身も自著において「ずいぶん勉強した上でつくられている」と高く評価する[89]。レフ・アタマーノフ
宮崎はアタマーノフの『雪の女王 (1957年の映画)』を見た時に、「目の上のラインは実線で描くが下の所には色線を描くというのを見て、こういう眼差しが優しくなる描き方があるのかと驚嘆した。それまでは上下両方とも実線で繋げた切れ長の目を描いていたが、そこから抜け出すヒントが雪の女王の中にあった。外国人がなんで日本のアニメーションはみんな目の線が切れているんだと言うけれど、僕らは雪の女王から貰った。」と語っている[90]。また、「本当に見事に一筋の想いを貫いてそれを力にしてカイを取り戻そうという、ゲルダのそういう想いを描こうとする時にアニメーションというのは表現方法として非常に可能性を持っているんだなと見た時に思った。アニメーションは貫く想いを描くのに向いていて、それこそが自分がやりたかったものなのではないかと思った。だから色々な映画を見たがアニメーターになっていて良かったと思ったのは雪の女王です。」と語っている[90]。上記以外の作品
20世紀のなかで最も影響を受けたものとして、ブルース・スプリングスティーン、映画『イージー・ライダー』、そしてジョン・フォードの監督作品、とりわけ『荒野の決闘』を挙げている[91]。そのほかに、エーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』、ノーマン・メイラーの『裸者と死者』、デヴィッド・リースマンの『孤独な群衆』、フリッツ・パペンハイムの『The Alienation of Modern Man』といった本からも影響を受けたと述べている[91]。作品[編集]
長編映画[編集]
※監督作のみ太字

公開年

作品名

制作(配給)

役職
1963年

12月21日

わんわん忠臣蔵

東映動画(東映)

動画
1965年

3月20日

ガリバーの宇宙旅行

原画動画ラストの演出
1968年

7月21日

太陽の王子 ホルスの大冒険

場面設計美術設計原画
1969年

3月18日

長靴をはいた猫

原画
7月20日

空飛ぶゆうれい船

原画
1971年

3月20日

どうぶつ宝島

アイデア構成原画
7月18日

アリババと40匹の盗賊

原画
1972年

12月17日

パンダコパンダ

東京ムービー(東宝)

原案脚本場面設定原画
1973年

3月17日

パンダコパンダ 雨ふりサーカスの巻

脚本美術設定画面構成原画
1979年

12月15日

ルパン三世 カリオストロの城

東京ムービー新社(東宝)

脚本(山崎晴哉と共同)監督
1984年

3月11日

未来少年コナン 巨大機ギガントの復活

日本アニメーション(松竹)

監督
1984年

3月11日

風の谷のナウシカ

徳間書店博報堂トップクラフト(東映)

原作脚本監督
1986年

8月2日

天空の城ラピュタ

徳間書店スタジオジブリ(東映)

原作脚本監督EDテーマ『君をのせて』作詞
1987年

8月15日

柳川堀割物語

二馬力

製作
1988年

4月16日

となりのトトロ

徳間書店スタジオジブリ(東宝)

原作脚本監督EDテーマ『となりのトトロ』作詞
1989年

7月29日

魔女の宅急便

徳間書店ヤマト運輸日本テレビスタジオジブリ(東映)

プロデューサー脚本絵コンテ(近藤喜文と共同)監督
1991年

7月20日

おもひでぽろぽろ

徳間書店日本テレビ博報堂スタジオジブリ(東宝)

製作プロデューサー
1992年

7月18日

紅の豚

徳間書店日本航空日本テレビスタジオジブリ(東宝)

原作脚本監督
1994年

7月16日

平成狸合戦ぽんぽこ

徳間書店日本テレビ博報堂スタジオジブリ(東宝)

企画
1995年

7月15日

耳をすませば

製作プロデューサー脚本絵コンテ(近藤喜文と共同)EDテーマ『カントリー・ロード』補作
On Your Mark〜ジブリ実験劇場

原作脚本監督
1997年

7月12日

もののけ姫

徳間書店日本テレビ電通スタジオジブリ(東宝)

原作脚本監督主題歌『もののけ姫』作詞
1999年

7月17日

ホーホケキョ となりの山田くん

徳間書店スタジオジブリウォルト・ディズニー・インターナショナル・ジャパン日本テレビ博報堂(松竹)

制作
2001年

7月20日

千と千尋の神隠し

徳間書店スタジオジブリウォルト・ディズニー・インターナショナル・ジャパン日本テレビ電通東北新社三菱商事ディーライツ(東宝)

原作脚本監督
2002年

7月20日

猫の恩返し

徳間書店スタジオジブリウォルト・ディズニー・インターナショナル・ジャパン日本テレビ博報堂三菱商事ディーライツ(東宝)

企画
2004年

11月20日

ハウルの動く城

徳間書店スタジオジブリウォルト・ディズニー・ジャパン日本テレビ電通三菱商事ディーライツ(東宝)

企画脚本監督
2006年

7月29日

ゲド戦記

スタジオジブリウォルト・ディズニー・ジャパン日本テレビ電通博報堂DYメディアパートナーズ三菱商事ディーライツ(東宝)

原案
2008年

7月19日

崖の上のポニョ

原作脚本監督OPテーマ『海のおかあさん』作詞(共同)EDテーマ『崖の上のポニョ』補作詞
2009年

3月14日

ルパン三世 1st.TVシリーズ

トムス・エンタテインメント

監督(高畑勲と共同)
2010年

6月18日

トイ・ストーリー3

ピクサー・アニメーション・スタジオ

スペシャルサンクス
7月17日

借りぐらしのアリエッティ

スタジオジブリウォルト・ディズニー・ジャパン日本テレビ電通博報堂DYメディアパートナーズ三菱商事ディーライツワイルドバンチ(東宝)

企画脚本(丹羽圭子と共同)美術設定
2011年

7月16日

コクリコ坂から

スタジオジブリウォルト・ディズニー・ジャパン日本テレビ電通博報堂DYメディアパートナーズ三菱商事ディーライツ(東宝)

企画脚本(丹羽圭子と共同)
2013年

7月20日

風立ちぬ

スタジオジブリウォルト・ディズニー・ジャパン日本テレビ電通博報堂DYメディアパートナーズ三菱商事ディーライツKDDI(東宝)

原作脚本監督
2023年頃予定

君たちはどう生きるか

スタジオジブリ

監督
短編映画[編集]
公開年

作品名

制作(配給)

役職
1977年

4月23日

草原の子テングリ

雪印乳業桜映画社シンエイ動画

レイアウト(ノンクレジット)
2001年

10月1日

フィルムぐるぐる

スタジオジブリ

絵コンテ監督
くじらとり

脚本監督
2002年

1月3日

コロの大さんぽ

原作脚本監督
10月2日

空想の機械達の中の破壊の発明

企画
9月29日

めいとこねこバス

原作脚本監督トトロ役

空想の空飛ぶ機械達

原作脚本監督ナレーション
2006年

1月3日

水グモもんもん

原作脚本監督
やどさがし
星をかった日

脚本監督
2010年

1月3日

ちゅうずもう

企画脚本
11月20日

パン種とタマゴ姫

原作脚本監督
2011年

6月4日

たからさがし

企画構成
2018年

3月21日

毛虫のボロ

原作脚本監督
テレビ[編集]
期間
番組名
制作(放送局)
役職
放送タイトル
1964年6月7日
1965年8月31日

少年忍者風のフジ丸
NETテレビ東映アニメーション
原画(手伝い)

1966年4月23日
1967年3月24日

レインボー戦隊ロビン
1969年1月6日
1970年10月26日

ひみつのアッコちゃん
1969年10月5日
1970年12月27日

ムーミン
フジテレビ瑞鷹シンエイ動画トムス・エンタテインメント
原画
第23話「チビのミー大作戦」
1971年10月24日
1972年3月26日

ルパン三世
よみうりテレビトムス・エンタテインメント
演出(高畑勲と共同)
第4話以降
原画
第9話「殺し屋はブルースを歌う」第14話「エメラルドの秘密」第15話「ルパンを捕まえてヨーロッパへ行こう」第16話「宝石横取り作戦」第17話「罠にかかったルパン」第18話「美人コンテストをマークせよ」第19話「どっちが勝つか三代目」第21話「ジャジャ馬娘を助けだせ!」第23話「黄金の大勝負!」
1972年4月5日
1973年3月28日

赤胴鈴之助
フジテレビトムス・エンタテインメント
絵コンテ
第26話「やったぞ!赤胴真空斬り」第27話「大暴れ!真空斬り」第41話「キリシタンの秘宝」
1973年3月2日
1973年9月28日

ジャングル黒べえ
毎日放送トムス・エンタテインメント
キャラクター原案
全話
1973年10月7日
1974年9月29日

侍ジャイアンツ
よみうりテレビトムス・エンタテインメント
原画
第1話「ほえろ!バンババン」
1974年1月6日
1974年12月29日

アルプスの少女ハイジ
フジテレビ瑞鷹
場面設定画面構成
全話
1975年1月5日
1975年12月28日

フランダースの犬
フジテレビ瑞鷹日本アニメーション
原画
第15話「古い帳簿」
1976年1月4日
1976年12月26日

母をたずねて三千里
フジテレビ日本アニメーション
場面設定レイアウト
全話
原画
第2話「ジェノバの少年マルコ」
1977年1月2日
1977年12月25日

あらいぐまラスカル
第4話「ミルウォーキーのお月さま」第5話「オスカーへの贈り物」第6話「さようならスカンクたち」第10話「はじめての探検」第12話「本と1セント銅貨」第13話「夏休みの第一日」第14話「母のない子」第15話「アリスと友達になれたらなあ」第16話「楽しいパーティの夜」第17話「ラスカルの冒険」第18話「森で会った不思議な青年」第19話「ラスカルとトウモロコシ」第20話「スターリングの悲しみ」第21話「あぶないラスカル」第22話「森と湖と動物たち」第24話「走れ走れぼくらのカヌー」第25話「森で見つけた仔鹿」第26話「森と湖の夏まつり」第28話「檻の中」
1977年10月3日
1980年10月6日

ルパン三世
日本テレビトムス・エンタテインメント
脚本絵コンテ演出
第145話「死の翼アルバトロス」第155話「さらば愛しきルパンよ」
1978年4月4日
1978年10月31日

未来少年コナン
NHK日本アニメーション
キャラクターデザインメカニックデザイン場面設定演出監督
全話
絵コンテ
第1話「のこされ島」第2話「旅立ち」第3話「はじめての仲間」第4話「バラクーダ号」第8話「逃亡」第15話「荒地」第16話「二人の小屋」第17話「戦闘」第18話「ガンボート」第19話「大津波」第22話「救出」第23話「太陽塔」第24話「ギガント」第25話「インダストリアの最期」第26話「大団円」
1979年1月7日
1979年12月30日

赤毛のアン
フジテレビ日本アニメーション
場面設定画面構成
第1話「マシュウ・カスバート驚く」第2話「マリラ・カスバート驚く」第3話「グリーン・ゲイブルズの朝」第4話「アン・生立ちを語る」第5話「マリラ決心する」第6話「グリーン・ゲイブルズのアン」第7話「レイチェル夫人恐れをなす」第8話「アン日曜学校へ行く」第9話「おごそかな誓い」第10話「アン・心の友と遊ぶ」第11話「マリラ・ブローチをなくす」第12話「アン・告白をする」第13話「アン・学校へ行く」第14話「教室騒動」第15話「秋の訪れ」
1980年10月3日
1981年9月25日

太陽の使者 鉄人28号
日本テレビトムス・エンタテインメント
原画(Aパート担当)
第8話「恐怖の殺人合体ロボ」[92]1984年11月6日
1985年5月20日

名探偵ホームズ
テレビ朝日トムス・エンタテインメントRAIREVER
脚本
第3話「小さなマーサの大事件!?」
絵コンテ演出
第3話「小さなマーサの大事件!?」第4話「ミセス・ハドソン人質事件」第5話「青い紅玉」第9話「海底の財宝」第10話「ドーバー海峡の大空中戦!」
監督
第3話「小さなマーサの大事件!?」第5話「青い紅玉」第9話「海底の財宝」第11話「ねらわれた巨大貯金箱」
2020年12月30日

アーヤと魔女

NHKNHKエンタープライズスタジオジブリ

企画

その他の作品[編集]
漫画・絵物語・イメージボードなど[編集]
長靴をはいた猫
砂漠の民(秋津三朗名義)
どうぶつ宝島 ※以上は初期作品
妹へ(「宮崎駿・大塚康生の世界」に収む)
風の谷のナウシカ(全7巻)、※第23回日本漫画家協会賞・大賞作品
シュナの旅 徳間書店アニメージュ文庫[注 13]
駆けろ二馬力 風より疾く(『NAVI』1989年12月号、『CAR GRAPHIC』2010年8月号、各二玄社)
空中でお食事(日本航空のJALWINDS、1994年6月号に収む)
風の谷のナウシカ-宮崎駿水彩画集 徳間書店
もののけ姫 徳間書店
飛行艇時代 「紅の豚」原作(大日本絵画 1992年、増補改訂版2004年)
宮崎駿の雑想ノート(大日本絵画 1992年、増補改訂版1997年)
知られざる巨人の末弟
甲鉄の意気地
多砲塔の出番
農夫の眼
竜の甲鉄
九州上空の重轟炸機
高射砲塔
Q.ship
特設空母安松丸物語
ロンドン上空1918年
最貧前線
飛行艇時代
豚の虎
宮崎駿の妄想ノート(大日本絵画 2002年8月)
ハンスの帰還
泥まみれの虎
『ブラッカムの爆撃機』 ロバート・ウェストール・作、宮崎駿・編、金原瑞人訳(児童書、岩波書店、2006年)[注 14]
『水深五尋』 ロバート・ウェストール・作、金原瑞人・野沢佳織訳(岩波書店、2009年3月)
続篇、チャス・マッギルのもう1つの物語
風立ちぬ 宮崎駿の妄想カムバック(大日本絵画、2015年11月)、『モデルグラフィックス』に連載デザインワーク[編集]
TVCM『日立マクセル・ニューゴールド・ビデオテープ』の「ワンダーシップ号」
TVCM『日立パソコンH2』の「ポシェット竜」
実写映画『赤いカラスと幽霊船』の幽霊船
日本テレビ放送網のシンボルキャラクター「なんだろう」(TVCMのアニメでは演出も担当)
神奈川県「かながわ・ゆめ国体」のマスコットキャラクター「かなべえ」
三鷹の森ジブリ美術館
「幽霊塔へようこそ展 通俗文化の王道」 展示漫画描き下ろし[93]
三鷹市のみたかモールのマスコットキャラクター「POKI」
江戸東京たてもの園のシンボルキャラクター「えどまる」
読売新聞のシンボルキャラクター「どれどれ」
中日ドラゴンズ公式ファンクラブのマスコットキャラクター「ガブリ」[注 15]
日本テレビ社屋外壁(マイスタジオ上)の大からくり時計「日テレ大時計」
広島県福山市鞆町の坂本龍馬のゆかりの宿「御舟宿いろは」
小金井市のイメージキャラクター「こきんちゃん」
日本アニメ(ーター)見本市のロゴ(題字)作詞[編集]
『君をのせて』(『天空の城ラピュタ』主題歌)
『となりのトトロ』(『となりのトトロ』主題歌)
『風のとおり道』(『となりのトトロ』挿入歌)
『カントリー・ロード』(『耳をすませば』主題歌)※補作
『バロンのうた』(『耳をすませば』イメージアルバム より)
『もののけ姫』 (『もののけ姫』 主題歌)
『タタラ踏む女達』 (『もののけ姫』 挿入歌)
『千と千尋の神隠し』イメージアルバム
『神々さま』
『油屋』
『さみしい さみしい』
『白い竜』
『崖の上のポニョ』イメージアルバム
『崖の上のポニョ』(『崖の上のポニョ』主題歌)※補作詞
『いもうと達』
『ポニョの子守唄』
『ひまわりの家の輪舞曲』
『お母さんの写真』(CMソング)著書(対談・インタビュー・共著も含む)[編集]
『トトロの住む家』 (画文集/写真和田久士) 朝日新聞社(1991年)/増補改訂版 岩波書店(2011年1月)
『時には昔の話を』(加藤登紀子との共著、絵本、対談) 徳間書店(1992年)
『時代の風音』(司馬遼太郎、堀田善衛との鼎談) UPU(1992年)。 朝日文芸文庫(1997年)
『何が映画か―「七人の侍」と「まあだだよ」をめぐって』(黒澤明との対談集) スタジオジブリ(1993年)
『巨樹を見に行く―千年の生命との出会い』(共著) 講談社カルチャーブックス(1994年)
『出発点 1979〜1996』(エッセイ・発言集) 徳間書店(1996年)
『教育について』(共著、インタビュー集) 旬報社(1998年)
『虫眼とアニ眼』(養老孟司との対談) スタジオジブリ(2002年)。新潮文庫(2008年2月)
『風の帰る場所―ナウシカから千尋までの軌跡』(渋谷陽一によるインタビュー集)ロッキング・オン(2002年)。文春ジブリ文庫(2013年11月)
『折り返し点 1997〜2008』(エッセイ・発言集) 岩波書店(2008年)
『本へのとびら―岩波少年文庫を語る』(お薦め本50冊の紹介) 岩波新書カラー版(2011年10月)
『腰ぬけ愛国談義』(半藤一利との対談)、文春ジブリ文庫 (2013年8月)
『続・風の帰る場所―映画監督・宮崎駿はいかに始まり、いかに幕を引いたのか』(渋谷陽一によるインタビュー集)ロッキング・オン(2013年)表紙イラスト[編集]
『チェスタトンの1984年/新ナポレオン奇譚』(ギルバート・チェスタトン)、春秋社(1984年)
『惑星カレスの魔女』(ジェイムズ・ヘンリー・シュミッツ)、新潮文庫(1987年)、創元推理文庫(1996年)
『夜間飛行』(サン=テグジュペリ)、新潮文庫 (1993年、改版2012年)※新装カバー
『人間の土地』(サン=テグジュペリ)、新潮文庫(1998年、改版2012年)※新装カバー
『真夜中の電話』(ロバート・ウェストール)、徳間書店(2014年)
『遠い日の呼び声』(ロバート・ウェストール)、徳間書店(2014年)
『幽霊塔』(江戸川乱歩)、岩波書店(2015年)実写作品[編集]
巨神兵東京に現わる(2012年、巨神兵)絵コンテ集[編集]
劇場用アニメーション映画[編集]
パンダコパンダ/パンダコパンダ雨降りサーカスの巻 スタジオジブリ絵コンテ全集第II期(徳間書店)
ルパン三世カリオストロの城 スタジオジブリ絵コンテ全集第II期(徳間書店)
風の谷のナウシカ スタジオジブリ絵コンテ全集1(徳間書店)[注 16]
天空の城ラピュタ スタジオジブリ絵コンテ全集2(徳間書店)[注 16]
となりのトトロ スタジオジブリ絵コンテ全集3(徳間書店)[注 16]
魔女の宅急便 スタジオジブリ絵コンテ全集5(徳間書店)[注 16]
紅の豚 スタジオジブリ絵コンテ全集7(徳間書店)
耳をすませば スタジオジブリ絵コンテ全集10(徳間書店)
もののけ姫 スタジオジブリ絵コンテ全集11(徳間書店)
千と千尋の神隠し スタジオジブリ絵コンテ全集13(徳間書店)
ハウルの動く城 スタジオジブリ絵コンテ全集14(徳間書店)
崖の上のポニョ スタジオジブリ絵コンテ全集16(徳間書店)
風立ちぬ スタジオジブリ絵コンテ全集19(徳間書店)テレビアニメーション[編集]
ルパン三世 死の翼アルバトロス/さらば愛しきルパンよ スタジオジブリ絵コンテ全集第II期(徳間書店)
名探偵ホームズ 小さなマーサの大事件!?/ミセス・ハドソン人質事件/青い紅玉 スタジオジブリ絵コンテ全集第II期(徳間書店)
名探偵ホームズ 海底の財宝/ドーバー海峡の大空中戦!/ねらわれた巨大貯金箱 スタジオジブリ絵コンテ全集第II期(徳間書店)幻の作品[編集]
この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。出典検索?: “宮崎駿” – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL(2019年4月)宮崎駿が関与・企画・構想するも諸般の事情で幻に終わった、もしくは実現していない作品のリスト。なお、いくつかのタイトルは便宜上付けられた仮題である。

サイン・コサイン・シータ
大学時代の子供向け人形劇用の脚本。舞台は精神病院、少年アルファ何号と、少女シータ何号による物語。上演は実現しなかった[94]。
長くつ下のピッピ
1971年頃、アストリッド・リンドグレーン原作の児童文学作品[95]。企画した東京ムービー社長の藤岡豊自らスウェーデンに赴いて原作者から映画化の承諾を得ようとしたが、面会できずに頓挫する[96]。このとき、宮崎はロケハンの目的で藤岡に同行し、現地で見た風景や家屋をもとに帰国後にイメージボードを描いている[96]。そのイメージは後に『パンダコパンダ』や『魔女の宅急便』で活かされているほか[96]、『アルプスの少女ハイジ』のオープニングに登場するブランコは、本作で用意した設定の流用である[97]。残った制作資料は、子息である宮崎吾朗が『山賊のむすめローニャ』をアニメ化した際に原作者(の著作権継承者)サイドの許諾が下りて、『幻の「長くつ下のピッピ」』(岩波書店、2014年10月、高畑勲・小田部羊一共著)として刊行され[98]、宮崎によるイメージとストーリーボードおよびインタビューが掲載されている。また、鈴木敏夫によると、スタジオジブリ設立後も宮崎と何度もアニメ映画化について相談したが結局実現せず、リンドグレーンの没後に著作権継承者からジブリにオファーがあったときには宮崎は「遅すぎる」「時機を逸してしまった」と述べたという[98]。
頭の上のチッカとボッカ
Aプロダクション在籍中の1973年頃に楠部三吉郎とともに企画したテレビアニメ[99]。コロポックルを主人公とし、彼らが人間のものを「狩猟」と称して勝手に持ち出すストーリーで、キャラクターもデザインした[99]。毎日放送に楠部が持ち込んで好感を得るも、宮崎が当時は無名だった点に難色を示され、楠部が藤子・F・不二雄(当時は藤子不二雄名)を原作にするという修正案を出したことで『ジャングル黒べえ』として実現し、宮崎の作ったキャラクター等は使用されなかった[99]。
ユキの太陽
ちばてつやの漫画。パイロットフィルムのみ製作された(2013年12月から全国のイオンシネマで期間限定で上映)。
もののけ姫
1980年頃、『美女と野獣』&戦国時代をモチーフとしているが、1997年に映画化された『もののけ姫』とは題名が共通なだけで、物語もデザインも全く異なる作品である。イメージボードは1993年にスタジオジブリ(後に徳間書店)から大型絵本として出版されている。
ルパンの娘
1981年頃、アニメ評論家の岡田英美子との対談で語ったもの。主人公であるルパン三世の娘が、頭の弱い不二子の姪とコンビを組む学園物。
ロルフ
1981年頃、リチャード・コーベン原作のアングラコミック。イメージボードが作成されている。舞台設定やデザインは『風の谷のナウシカ』の原型とも言える作品。手塚治虫との合作の予定だった。
戦国魔城
1981年頃、日本の戦国時代を舞台にしたSFオリジナル作品。イメージボードが作成されている。ここで『ナウシカ』や『ラピュタ』へ繋がる設定が多く生み出された。
NEMO
1981-1982年、ウィンザー・マッケイ原作の『リトル・ニモ』の企画にテレコム・アニメーションフィルムのスタッフとして当初から関わって大量のイメージボードを作成していたが、制作発表前に降板して退社。フリーになっている。映画自体は1989年に公開されている。
風の谷の一日
1983年頃、ナウシカの幼年時代を、風の谷の日常を通して描くというもの。徳間書店の「アニメグランプリ」イベント用に宮崎が提案した。
アンカー
1980年代半ば、夢枕獏との対談で宮崎が提案した。『ラピュタ』完成後、原作夢枕、脚本宮崎、監督押井守、プロデューサー高畑勲で検討されるが、企画段階で中止される。宮崎の構想によると舞台は当時の東京、お姫様のような不思議な女の子が何者かに追われて、偶然に出会った男の子がその子を逃がすためにある場所まで送り届けると、また違う人間が別の場所まで送り届けるという恋愛要素を含んだ冒険ものであるという。しかし、美少女を出そうとする宮崎と、鼻垂れ小僧のような汚い少女を出そうとする押井の間で企画は消滅した[100]。
突撃!アイアンポーク
1985年頃、「宮崎駿の雑想ノート」から派生したOVA作品の企画で、これも監督に押井守が予定されていた。
大東京物語
ふくやまけいこの漫画。後に現代には合わないと判断している。
墨攻
古代中国が舞台の酒見賢一原作の歴史小説。構想では、敵に包囲された都市を1人の墨者が防衛するというもの。押井守の監督で検討されたが宮崎と話が食い違い、消滅する。
東京汚穢合戦
宮崎が1997年、NHK番組『トップランナー』に出演した時に語ったもの。
ゴチャガチャ通りのリナ
柏葉幸子原作の児童文学『霧のむこうのふしぎな町』
煙突描きのリン
架空の震災後の東京を舞台に、大阪からやってきたリンが風呂屋に住み込み、煙突に絵を描くという話。三鷹の森ジブリ美術館でそのプロットが見られる。かなり具体的に構想され、約1年間の検討の末にボツとなった。この物語のために作られた木村弓の『いつも何度でも』が、後に『千と千尋の神隠し』の主題歌となり、主人公の「リン」の名は同映画の登場人物に再使用されている。
毛虫のボロ
長年宮崎が温めてきた「虫の視点から世界を描く」という企画。長編化困難として『もののけ姫』の前に一旦ボツになったが、ジブリ美術館用の短編として完成した。
旅のラゴス
筒井康隆原作のSFファンタジー小説
ジョナサンと宇宙クジラ
ロバート・F・ヤングのSF小説
名探偵芥川龍之介対夏目漱石
明治の文豪が出てくる探偵モノ。
ポルコ・ロッソ 最後の出撃
紅の豚の続編
宮崎駿版ゲド戦記
宮崎は本作の古くからのファンであり、1980〜90年代に出版社および原作者に対し、二度映画化の打診を行い断られている。その後2000年代に入り宮崎の映画が原作者にも知られることとなり、「もし「ゲド戦記」を映像化するとしたら、OKを出せるのはあの人だけ」と言わしめるが、当の宮崎は既に本作に対する当時の情熱を失っており、紆余曲折の末宮崎の息子の吾朗により映画化された。
鉄砲侍
#長編監督引退後を参照。出演[編集]
長編映画[編集]
「もののけ姫」はこうして生まれた。(スタジオジブリ、1998年6月26日発売、VHS)-『もののけ姫』の創作現場密着ドキュメンタリー
ラセターさん、ありがとう 〜「千と千尋」アカデミー賞受賞に隠された宮崎駿とジョン・ラセターの20年にわたる友情〜(スタジオジブリ、2003年11月19日発売、DVD)- 宮崎駿とジョン・ラセターの密着ドキュメンタリー
宮崎駿プロデュースの1枚のCDは、こうして生まれた。(二馬力、2004年8月6日発売、DVD)-「お母さんの写真」の創作現場密着ドキュメンタリー
宮崎駿とジブリ美術館(スタジオジブリ、2005年3月18日、DVD)
ポニョはこうして生まれた。 〜宮崎駿の思考過程〜(NHKエンタープライズ、2009年12月8日発売、DVD・Blu-ray)-『崖の上のポニョ』の創作現場密着ドキュメンタリー
夢と狂気の王国(ドワンゴ、2013年11月16日公開)-『風立ちぬ』の創作現場密着ドキュメンタリー短編映画[編集]
もののけ姫 in U.S.A.(スタジオジブリ、2000年4月29日公開)
オーニソプター物語〜飛べ!ひよどり天狗号(スタジオジブリ、2002年10月2日公開)[101]テレビ特集[編集]
世界・わが心の旅「サンテグジュペリ 大空への夢 〜南仏からサハラ〜」(BS2、1999年放送)
プロフェッショナル 仕事の流儀「映画を創る 〜宮崎駿・創作の秘密〜」(NHK、2007年3月27日放送)
プロフェッショナル 仕事の流儀スペシャル「宮崎駿のすべて 〜ポニョ密着300日〜」(NHK、2008年8月5日放送)-『崖の上のポニョ』の創作現場密着ドキュメンタリー
「NHK ふたり/コクリコ坂・父と子の300日戦争〜宮崎 駿×宮崎吾朗〜」(NHK、2011年8月放送)-『コクリコ坂から』の創作現場密着ドキュメンタリー
NHKスペシャル「終わらない人 宮﨑駿」(NHK、2016年11月13日放送)-『毛虫のボロ』の創作現場密着ドキュメンタリー
BS1スペシャル「さようなら全てのエヴァンゲリオン〜庵野秀明の1214日〜」(BS1、2021年4月29日放送)[102]受賞歴[編集]


部門
作品
結果
出典
日本アニメ大賞

1984年
作品賞
『風の谷のナウシカ』
受賞

1986年
特別賞

受賞

1988年
作品賞
『となりのトトロ』
受賞

脚本賞
受賞

星雲賞

1985年
映画演劇部門
『風の谷のナウシカ』
受賞

1989年
映画演劇部門
『となりのトトロ』
受賞

1995年
コミック部門
『風の谷のナウシカ』
受賞

毎日映画コンクール

1986年
大藤信郎賞
『天空の城ラピュタ』
受賞
[103]1988年
日本映画大賞
『となりのトトロ』
受賞
[104]大藤信郎賞
受賞
1989年
アニメーション映画賞
『魔女の宅急便』
受賞
[105]1992年
アニメーション映画賞
『紅の豚』
受賞
[106]1997年
日本映画大賞
『もののけ姫』
受賞
[107]アニメーション映画賞
受賞
1997年
日本映画大賞
『千と千尋の神隠し』
受賞
[108]監督賞
受賞
アニメーション映画賞
受賞
2008年
大藤信郎賞
『崖の上のポニョ』
受賞
[109]ブルーリボン賞

1988年
特別賞
『となりのトトロ』
受賞

1997年
特別賞
『もののけ姫』
受賞

2001年
作品賞
『千と千尋の神隠し』
受賞

報知映画賞

1988年
監督賞
『となりのトトロ』
受賞
[110]2001年
監督賞
『千と千尋の神隠し』
受賞
芸術選奨

1989年
文部大臣賞(映画部門)
『となりのトトロ』
受賞

ゴールデングロス賞

1989年
最優秀金賞
『魔女の宅急便』
受賞
[111]マネーメイキング監督賞

受賞
1992年
最優秀金賞
『紅の豚』
受賞
[112]マネーメイキング監督賞

受賞
1997年
最優秀金賞
『もののけ姫』
受賞
[113]2001年
最優秀金賞
『千と千尋の神隠し』
受賞
[114]マネーメイキング監督賞

受賞
2005年
最優秀金賞
『ハウルの動く城』
受賞
[115]マネーメイキング監督賞

受賞
2008年
最優秀金賞
『崖の上のポニョ』
受賞
[116]マネーメイキング監督賞

受賞
2013年
最優秀金賞
『風立ちぬ』
受賞
[117]全興連特別功労大賞

受賞
2014年
全興連特別賞

受賞
[118]アヌシー国際アニメーション映画祭

1993年
長編部門グランプリ
『紅の豚』
受賞
[119]日本漫画家協会賞

1994年
大賞
『風の谷のナウシカ』
受賞

日本アカデミー賞

1997年
作品賞
『もののけ姫』
受賞
[120]2001年
作品賞
『千と千尋の神隠し』
受賞
[121]会長功労賞

受賞
2008年
アニメーション作品賞
『崖の上のポニョ』
受賞
[122]日刊スポーツ映画大賞

1997年
監督賞
『もののけ姫』
受賞
[123]2001年
作品賞
『千と千尋の神隠し』
受賞
アニメーション神戸

1997年
部門賞・演出部門

受賞
[124]2001年
作品賞・劇場部門
『千と千尋の神隠し』
受賞
文化庁メディア芸術祭

1997年
アニメーション部門大賞
『もののけ姫』
受賞

2001年
アニメーション部門大賞
『千と千尋の神隠し』
受賞

川喜多賞

2020年


受賞
[125]アニー賞

1998年
ウィンザー・マッケイ賞

受賞
[126]2002年
長編作品賞
『千と千尋の神隠し』
受賞
[127]長編作品監督賞
受賞
長編作品脚本賞
受賞
2013年
長編作品脚本賞
『風立ちぬ』
受賞
[128][129]ベルリン国際映画祭

2002年
金熊賞
『千と千尋の神隠し』
受賞
[130]アカデミー賞

2002年
長編アニメーション映画賞
『千と千尋の神隠し』
受賞
[131]2005年
長編アニメーション映画賞
『ハウルの動く城』
ノミネート
[132]2013年
長編アニメーション映画賞
『風立ちぬ』
ノミネート
[133]2014年
名誉賞

受賞
[134]ニューヨーク映画批評家協会賞

2002年
アニメ映画賞
『千と千尋の神隠し』
受賞
[135]2005年
アニメ映画賞
『ハウルの動く城』
受賞
2013年
アニメ映画賞
『風立ちぬ』
受賞
ロサンゼルス映画批評家協会賞

2002年
アニメ映画賞
『千と千尋の神隠し』
受賞
[136]2013年
アニメ映画賞
『風立ちぬ』
ノミネート
2018年
功労賞

受賞
ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞

2002年
アニメ映画賞
『千と千尋の神隠し』
受賞

2013年
アニメ映画賞
『風立ちぬ』
受賞

ザグレブ国際アニメーション映画祭

2004年
功労賞

受賞
[136]ヴェネツィア国際映画祭

2005年
栄誉金獅子賞

受賞
[136]2008年
ミッモ・ロテッラ財団賞
『崖の上のポニョ』
受賞
フューチャー・フィルム・フェスティバル・デジタル・アワード特別表彰
受賞
ネビュラ賞

2007年
スプリクト部門
『ハウルの動く城』
受賞

インクポット賞

2009年


受賞
[137]バークレー日本賞

2009年


受賞

アイズナー賞

2014年
漫画家の殿堂

受賞
[138]脚注[編集]
[脚注の使い方]注釈[編集]

^ 宮崎家の四男で末弟。駿とは6歳差。博報堂のアカウント・ディレクターとして活動。『風の谷のナウシカ』など、徳間書店・博報堂の映画共同製作に参加。1989年に発行の『アニメージュ特別編集ガイドブック 魔女の宅急便』(徳間書店)に「家族の風景-兄・宮崎駿」という記事を寄稿している[2]。

^ 会社が中島飛行機の下請けとして軍用機の部品を生産していたことが、軍事用兵器に対する相矛盾する感情を生むことになった。宮崎が回想した戦争体験としては、宇都宮が空襲を受け、親類の運転するトラックで4歳の駿を含む宮崎一家が避難した際、子供を抱えた近所の男性が「助けてください」と駆け寄ってきた。しかし、トラックは既に宮崎の家族でいっぱい。車はそのまま走り出した。その時に「乗せてあげて」と叫べなかった事が重い負い目となって、後々の人生や作品に大きく影響を与えた、と語っている[5]。

^ 医者からは20歳まで生きられないと言われ、これは後の創作に影響を与えた、と言う[6]。

^ この時期、何本かの社会主義革命の漫画を執筆して持込みをした事もあったが、「ウチは時代劇扱ってないんですけど」と編集者に門前払いされている[9]。

^ 漫画版『風の谷のナウシカ』は、アニメ公開後も断続的に描き継ぎ、アニメ公開10年後の1994年に完結。

^ 初のオリジナル長編映画だった『風の谷のナウシカ』製作中、宮崎が6歳の時から病気で寝たきりの母が亡くなり、非常に悔やんだと話している。この後、宮崎の作品には自身の母をモチーフにしたキャラクターが頻出するようになる[6]。

^ 宮崎駿は1987年公開『紅い眼鏡』のパンフレットに自分が脚本で押井が監督するはずだったアニメ映画がつぶれてスケジュールが空いたときに二人で知床まで自動車旅行をした話、「押井さんについて」を寄稿している。

^ 映画公開後、鈴木敏夫に対し「72歳で死ぬことに決めた、あと5年なら一本しか作れない」と発言[21]。

^ 2020年に第27代学習院院長に就任した耀(あかる)英一(元あさひ銀行常務取締役)は、都立豊多摩高校および学習院大学政経学部で、それぞれ宮崎の一年後輩にあたる。学習院桜友会『桜友会報 No.117』(2020年12月)P7より。

^ 妻の朱美には著書『ゴローとケイスケ―お母さんの育児絵日記』がある。

^ 一応国ごとに動物が割り当てられており、ドイツ=豚、イギリス=犬(自ら手がけた『名探偵ホームズ』と同じデザイン)、アメリカ=ゴリラとなっている(ソ連にも豚を用いた例あり)。アジア人が登場する作品では動物化はされていない。

^ 「𦻙記」の読みは「せっき」。「𦻙」(草冠の旧字体の下に耳を二つ)は宮崎による「正史には残らずに耳から耳へ伝えられた物語」を意味する創作であり日本の漢字には存在しない。これに相当するものが台湾の漢字に存在し、UnicodeではU+26ED9(CJK統合漢字拡張B)に収録されている。「聶」(耳を三つ)は誤記あるいは代用表記。

^ 原話は、君島久子の書いたチベットの民話「犬になった王子」、岩波書店。

^ 「ブラッカムの爆撃機」「チャス・マッギルの幽霊」「ぼくを作ったもの」の3編を収録に加え、宮崎の描き下ろしで「ウェストール幻想 タインマスへの旅 前・後編」(コマ漫画、カラー24頁分)を併収。

^ 1991年、映画宣伝用に自主的に作ったキャラクターを、球団創設70年にあたる2006年、ファンクラブ設立にあたり起用したもの。熱心な中日ファンとして知られるスタジオジブリプロデューサー・鈴木敏夫の橋渡しによって採用されることとなった。

^ a b c d これら「絵コンテ全集」の出版とは別に、『風の谷のナウシカ』についてはアニメージュ文庫にて、『天空の城ラピュタ』『となりのトトロ』『魔女の宅急便』についてはロマンアルバムにて(いずれも徳間書店)、映画公開から程なくして出版されたものの、いずれも現在は絶版である。

出典[編集]

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参考文献[編集]
「特集 憲法改正 (PDF) 」 『熱風』2013年7月号、スタジオジブリ出版部、2013年。
宮崎駿 著、スタジオジブリ 編 『出発点 1979〜1996』スタジオジブリ、1996年。ISBN 4198605416。 関連文献[編集]
単行本[編集]
高畑勲
『映画を作りながら考えたこと』(徳間書店、1991年/文春ジブリ文庫(改訂版)、2014年)、ISBN 4-16-812203-4
『映画を作りながら考えたことII 1991〜1999』(徳間書店、1999年)、ISBN 4-19-861047-9
大塚康生
『作画汗まみれ』(徳間書店(増補版)、2001年/文春ジブリ文庫(改訂版)、2013年)、ISBN 4-16-812200-X
『リトル・ニモの野望』(徳間書店、2004年)、ISBN 4-19-861890-9
大泉実成『宮崎駿の原点 母と子の物語』(潮出版社、2002年)、ISBN 4-267-01653-4
尾形英夫『あの旗を撃て! 「アニメージュ」血風録』(オークラ出版、2004年)、ISBN 4-7755-0480-0
鈴木敏夫
『映画道楽』(ぴあ、2005年/角川文庫、2012年)、ISBN 4-04-100566-3
『仕事道楽 スタジオジブリの現場』(岩波新書、2008年、新版2014年)、ISBN 4-00-431486-0
『ジブリの仲間たち』(新潮新書、2016年)、ISBN 4-10-610674-4
『天才の思考 高畑勲と宮崎駿』(文春新書、2019年)、ISBN 4-16-661216-6
叶精二『宮崎駿全書』(フィルムアート社、2006年)、ISBN 4-8459-0687-2
スーザン・ネイピア『ミヤザキワールド‐宮崎駿の闇と光‐』、早川書房、 ISBN 978-4-15-209892-4(2019年11月6日)。
ステファヌ・ルルー『シネアスト宮崎駿――奇異なもののポエジー』、みすず書房、ISBN 978-4-622-08894-3(2020年10月20日)。ビデオ[編集]
「もののけ姫」はこうして生まれた。(ブエナ ビスタ ホーム エンターテイメント、1998年6月26日)
ラセターさんありがとう 〜「千と千尋」アカデミー賞受賞に隠された宮崎駿とジョン・ラセターの20年にわたる友情〜(ブエナ ビスタ ホーム エンターテイメント、2003年11月19日)
ジブリがいっぱいCOLLECTION「世界・わが心の旅」(ブエナ ビスタ ホーム エンターテイメント、2004年7月23日)
宮崎駿プロデュースの1枚のCDは、こうして生まれた。(ブエナ ビスタ ホーム エンターテイメント、2004年8月6日)
宮崎駿とジブリ美術館(ブエナ ビスタ ホーム エンターテイメント、2005年3月18日)
プロフェッショナル 仕事の流儀スペシャル 宮崎 駿の仕事(NHKエンタープライズ、2009年1月23日)
ポニョはこうして生まれた。 〜宮崎駿の思考過程〜(ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン、2009年12月8日)
NHK ふたり/コクリコ坂・父と子の300日戦争〜宮崎 駿×宮崎吾朗〜(ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン、2012年5月16日)
夢と狂気の王国(ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン、2014年5月21日)
終わらない人 宮﨑駿(NHKエンタープライズ、2017年6月23日)関連項目[編集]
宮崎駿 (小惑星)
久石譲
男鹿和雄
山本二三
トトロの森
世界名作劇場外部リンク[編集]

ウィキメディア・コモンズには、宮崎駿に関連するカテゴリがあります。
ウィキクォートに宮崎駿に関する引用句集があります。スタジオジブリ – 公式ウェブサイト
宮崎駿 – 日本映画データベース
宮崎駿 – allcinema
宮崎駿 – KINENOTE
宮崎駿 – Movie Walker
宮崎駿 – 映画.com
宮崎駿 – テレビドラマデータベース
Hayao Miyazaki – IMDb(英語)
宮崎駿 – NHK人物録ビジネス
先代(新設)

二馬力社長1984年 –

次代(現職)
文化
先代氏家齊一郎

徳間記念アニメーション文化財団理事長2011年 –

次代(現職)
先代(新設)

三鷹市立アニメーション美術館館主2001年 – 2021年

次代中島清文
表話編歴宮崎駿長編アニメーション
監督作品
ルパン三世 カリオストロの城(1979年)
風の谷のナウシカ(1984年)
天空の城ラピュタ(1986年)
となりのトトロ(1988年)
魔女の宅急便(1989年)
紅の豚(1992年)
もののけ姫(1997年)
千と千尋の神隠し(2001年)
ハウルの動く城(2004年)
崖の上のポニョ(2008年)
風立ちぬ(2013年)主要参加作品
太陽の王子 ホルスの大冒険(1968年)
長靴をはいた猫(1969年)
空飛ぶゆうれい船(1969年)
どうぶつ宝島(1971年)
パンダコパンダ(1972年)
パンダコパンダ 雨ふりサーカスの巻(1973年)
耳をすませば(1995年)
借りぐらしのアリエッティ(2010年)
コクリコ坂から(2011年)
短編アニメーション
監督作品
On Your Mark(1995年)
フィルムぐるぐる(2001年)
くじらとり(2001年)
コロの大さんぽ(2002年)
めいとこねこバス(2002年)
空想の空飛ぶ機械達(2002年)
水グモもんもん(2006年)
星をかった日(2006年)
やどさがし(2006年)
パン種とタマゴ姫(2010年)
毛虫のボロ(2018年)
テレビアニメーション
監督作品
ルパン三世 第1期(各話、1971年)
未来少年コナン(1978年)
死の翼アルバトロス(1980年)
さらば愛しきルパンよ(1980年)
名探偵ホームズ(各話、1984年)主要参加作品
アルプスの少女ハイジ(1974年)
母をたずねて三千里(1976年)
赤毛のアン(1979年)
実写映画
巨神兵東京に現わる(2012年)
夢と狂気の王国(2013年)書籍
砂漠の民(1969年 – 1970年)
風の谷のナウシカ(1982年 – 1995年)
シュナの旅(1983年)
宮崎駿の雑想ノート(1984年)
風立ちぬ(2009年)関連項目
大田朱美
宮崎吾朗
宮崎敬介
宮崎駿 (小惑星)
「の」の法則
二馬力
スタジオジブリ
表話編歴スタジオジブリ作品
アニメ
長編
天空の城ラピュタ
となりのトトロ
火垂るの墓
魔女の宅急便
おもひでぽろぽろ
紅の豚
海がきこえる
平成狸合戦ぽんぽこ
耳をすませば
もののけ姫
ホーホケキョ となりの山田くん
千と千尋の神隠し
猫の恩返し
ハウルの動く城
ゲド戦記
崖の上のポニョ
借りぐらしのアリエッティ
コクリコ坂から
風立ちぬ
かぐや姫の物語
思い出のマーニー
レッドタートル ある島の物語
アーヤと魔女
君たちはどう生きるか短編
そらいろのたね
On Your Mark
ギブリーズ
フィルムぐるぐる
くじらとり
コロの大さんぽ
めいとこねこバス
空想の空飛ぶ機械達
空想の機械達の中の破壊の発明
ギブリーズ episode2
ポータブル空港
space station No.9
空飛ぶ都市計画
水グモもんもん
星をかった日
やどさがし
ちゅうずもう
パン種とタマゴ姫
たからさがし
毛虫のボロ
ゲーム
ガラクタ名作劇場 ラクガキ王国
二ノ国実写
式日
サトラレ TRIBUTE to a SAD GENIUS
巨神兵東京に現わる
人物
責任者
徳間康快
原徹
松下武義
鈴木敏夫
星野康二監督経験者
宮崎駿
高畑勲
望月智充
近藤喜文
百瀬義行
庵野秀明
本広克行
森田宏幸
宮崎吾朗
山下明彦
米林宏昌
樋口真嗣
マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット在籍経験者
川上量生
志茂文彦
武重洋二
安藤雅司
近藤勝也
保田道世
片塰満則
西村義明
岸本卓
関連作品
風の谷のナウシカ
夢と狂気の王国
人間は何を食べてきたか関連施設
三鷹の森ジブリ美術館
徳間記念アニメーション文化財団
マンマユート団
サツキとメイの家
豚屋
草屋
ジブリパーク関連会社
トップクラフト
二馬力
徳間書店
日本テレビ放送網
ウォルト・ディズニー・ジャパン
スタジオポノック
表話編歴ルパン三世登場人物
ルパン三世
次元大介
石川五ェ門
峰不二子
銭形幸一
一覧
TV第1シリーズ登場人物
TV第2シリーズ登場人物
PARTIII登場人物漫画
原作
ルパン三世
新冒険
新ルパン三世
ルパン三世外伝派生作品
ルパン三世S
ルパン三世Y
ルパン三世M
M.F.C. 女泥棒会社峰不二子カンパニー
警部銭形
ルパン三世H
ルパン三世B
十三代目 石川五ェ門
アニメ
テレビシリーズ
パイロット版
TV第1シリーズ
TV第2シリーズ
第8話
第145話
第155話
PARTIII
峰不二子という女
2015年TVシリーズ
PART5
PART6テレビ映画

バイバイ・リバティー・危機一発!
ヘミングウェイ・ペーパーの謎
ナポレオンの辞書を奪え
ロシアより愛をこめて
ルパン暗殺指令
燃えよ斬鉄剣
ハリマオの財宝を追え!!
トワイライト☆ジェミニの秘密
ワルサーP38
炎の記憶
愛のダ・カーポ
1$マネーウォーズ
アルカトラズコネクション
EPISODE:0 ファーストコンタクト
お宝返却大作戦!!
盗まれたルパン
天使の策略
セブンデイズ・ラプソディ
霧のエリューシヴ
sweet lost night
ルパン三世VS名探偵コナン
the Last Job
血の刻印
東方見聞録
princess of the breeze
イタリアン・ゲーム
グッバイ・パートナー
プリズン・オブ・ザ・パスト
劇場版映画
ベネチア超特急
ルパンVS複製人間
カリオストロの城
バビロンの黄金伝説
風魔一族の陰謀
くたばれ!ノストラダムス
DEAD OR ALIVE
ルパン三世VS名探偵コナン
次元大介の墓標
血煙の石川五ェ門
峰不二子の嘘
THE FIRSTオリジナルビデオ
風魔一族の陰謀
シークレットファイル
生きていた魔術師
GREEN vs RED
Master File
ルパンしゃんしぇい
ルパンは今も燃えているか?派生作品
ルパン8世
モンキーパンチ漫画活動大写真
実写
映画
念力珍作戦
ルパン三世テレビドラマ
銭形警部ミュージカル
ルパン三世 I’m LUPIN
王妃の首飾りを追え!
ゲーム
タイトー版
クリフハンガー
バルセロナ洞穴脱出作戦
パンドラの遺産
金庫破り大作戦
カリオストロの城 -再会-
THE SHOOTING
魔術王の遺産
海に消えた秘宝
コロンブスの遺産は朱に染まる
ルパンには死を、銭形には恋を
史上最大の頭脳戦
パチスロ楽曲
シングル
ルパン三世のテーマ
ルパン三世主題歌3
炎のたからもの
MANHATTAN JOKE
月と太陽のめぐり
あこがれ
ちゃんと言わなきゃ愛さないアルバム
せ・しゃれまん
ルパン三世・Tokyo Transit〜featuring YASUO YAMADA
テレビオリジナルBGMコレクション
GUY’S HEART -Charlie’s Lupin Songs-
ルパン三世・ジ・オリジナル
ルパン・ザ・ベスト ルパン三世クロニクル・ルパン三世生誕40周年スペシャル
関連人物
モンキー・パンチ
山下毅雄
大野雄二
根岸貴幸
大塚康生
北原健雄
大和屋竺
おおすみ正秋
宮崎駿
加藤隆生関連項目
押井版ルパン三世
ルパン三世officialマガジン
浜中町
フィアット・500
ルパン三世よ永遠に-山田康雄メモリアル-
トムス・エンタテインメント(東京ムービー)
双葉社
漫画アクション
讀賣テレビ放送
日本テレビ放送網
日本テレビ音楽
YTV日曜19時台アニメ
NTV月曜19時台アニメ
YTV土曜19:00アニメ
金曜ロードSHOW!
土曜スーパースペシャル
連続ドラマW
Hulu
SCRAP(リアル脱出ゲーム)
表話編歴ファンタジー概要
幻想文学
幻想絵画
幻想曲
ファンタジー漫画
ファンタジー映画
歴史(英語版)
題材(英語版)ジャンル
ファンタスティック(英語版)
ヒストリカル・ファンタジー(英語版)
ソード・アンド・サンダル
中世ファンタジー
東洋ファンタジー
ガスランプ・ファンタジー(英語版)
コンテンポラリー・ファンタジー(英語版)
アーバン・ファンタジー(英語版)
ヒロイック・ファンタジー
ロマンティック・ファンタジー(英語版)
フェアリーテール・ファンタジー(英語版)
サイエンス・ファンタジー
ソード・アンド・プラネット
ダイイング・アース
ロスト・ワールド
ダーク・ファンタジー
ウィアード・ウェスト(英語版)
ハイ・ファンタジー
異世界
ロー・ファンタジー
マジックリアリズム
ハード・ファンタジー(英語版)
バンシアン・ファンタジー
ミソポエイア(英語版)テーマ
冒険
魔法
魔法使い
魔女
伝説の生き物
魔物
魔獣
幻獣
獣人
亜人
巨人
小人
妖精
精霊
天使
悪魔
神メディア
式典
世界幻想文学大賞
国際幻想文学賞
英国幻想文学大賞
ファンタジア国際映画祭
ジェラルメ国際ファンタスティカ映画祭
アボリアッツ国際ファンタスティック映画祭
東京国際ファンタスティック映画祭
富川国際ファンタスティック映画祭
ゆうばり国際ファンタスティック映画祭雑誌
ウィアード・テイルズ (1923)
アンノウン (1939)
ファンタスティック・アドベンチャーズ(英語版) (1939)
ファンタジイ・アンド・サイエンス・フィクション (1949)
サイエンス・ファンタジー(英語版) (1950)
ファンタスティック(英語版) (1952)
ローカス (1968)
幻想と怪奇 (1973)
幻想文学 (1982)叢書
バランタイン・アダルト・ファンタジー(英語版) (1965)
ニューキャッスル・フォーゴットン・ファンタジー・ライブラリー(英語版) (1973)
世界幻想文学大系 (1975)
ファンタジー・マスターワークス(英語版) (1983)文献
ファンタジー大百科事典(英語版) (1967)
インターネット・スペキュレイティブ・フィクション・データベース (1995)
作品
文学
イソップ寓話
千夜一夜物語
アーサー王物語
夏の夜の夢
西遊記
ガリヴァー旅行記 (1726)
グリム童話 (1812)
くるみ割り人形とねずみの王様 (1816)
アンデルセン童話 (1835)
不思議の国のアリス (1865)
ピノッキオの冒険 (1883)
アンドルー・ラング世界童話集 (1889)
世界のかなたの森(英語版) (1894)
オズの魔法使い (1900)
ピーターラビットのおはなし (1902)
ドリトル先生 (1922)
英雄コナン (1932)
メアリー・ポピンズ (1934)
銀河鉄道の夜 (1934)
ホビットの冒険 (1937)
ムーミン (1945)
ゴーメンガースト (1946)
ナルニア国物語 (1950)
指輪物語 (1954)
だれも知らない小さな国 (1959)
ゲド戦記 (1968)
モモ (1973)
はてしない物語 (1979)
新しい太陽の書 (1980)
風の谷のナウシカ (1982)
ダーク・タワー (1982)
ディスクワールド (1983)
魔女の宅急便 (1985)
魔法使いハウルと火の悪魔 (1986)
時の車輪 (1990)
氷と炎の歌 (1996)
精霊の守り人 (1996)
ハリー・ポッター (1997)
コララインとボタンの魔女 (2002)
ガフールの勇者たち (2003)
トワイライト (2005)舞台
白鳥の湖 (1877)
ピーター・パン (1904)
イントゥ・ザ・ウッズ (1987)映画
ファンタジア (1940)
ダーククリスタル (1982)
ラビリンス/魔王の迷宮 (1986)
千と千尋の神隠し (2001)
パイレーツ・オブ・カリビアン (2003)
魔法にかけられて (2007)
ファンタスティック・ビースト (2016)
人物
作家・詩人
作家一覧
ウィリアム・シェイクスピア
ハンス・クリスチャン・アンデルセン
ジョージ・マクドナルド
ルイス・キャロル
エドガー・ライス・バローズ
ロード・ダンセイニ
ハワード・フィリップス・ラヴクラフト
J・R・R・トールキン
宮沢賢治
C・S・ルイス
ホルヘ・ルイス・ボルヘス
ロバート・E・ハワード
レイ・ブラッドベリ
ミヒャエル・エンデ
リン・カーター
ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
マイケル・ムアコック
スティーヴン・キング
テリー・プラチェット
ロバート・ジョーダン
J・K・ローリング芸術家
ウィリアム・ブレイク
ジョン・テニエル
ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス
アルフォンス・ミュシャ
アーサー・ラッカム
シシリー・メアリー・バーカー
マーガレット・ブランデージ
ポーリン・ベインズ
フランク・フラゼッタ
キヌコヤマベ・クラフト
宮崎駿
井上直久
マイケル・ウィーラン
天野喜孝
シルエロ・カブラル
ティム・バートン編集者
グリム兄弟
ヤーコプ・グリム
ヴィルヘルム・グリム
アンドルー・ラング
荒俣宏
紀田順一郎
制作会社
ウォルト・ディズニー・スタジオ
スタジオジブリ関連項目
説話
童話
神話
寓話
叙事詩
児童文学
騎士道物語
メルヘン
ロマンス
ゴシック・ロマンス
ルリタニアン・ロマンス
スペキュレイティブ・フィクション
スーパーヒーロー・フィクション(英語版)
サイエンス・フィクション
スーパーナチュラル・フィクション
ホラー・フィクション
アポカリプス・フィクション
ユートピア・アンド・ディストピア・フィクション
 ポータル
 カテゴリ
 受賞表話編歴毎日映画コンクール 監督賞1940年代
今井正(1946)
黒澤明(1947)
木下惠介(1948)
小津安二郎(1949)1950年代
吉村公三郎(1950)
成瀬巳喜男(1951)
渋谷実(1952)
今井正(1953)
木下惠介(1954)
成瀬巳喜男(1955)
今井正(1956)
今井正(1957)
木下惠介(1958)
山本薩夫(1959)1960年代
市川崑(1960)
小林正樹(1961)
市川崑(1962)
今村昌平(1963、1967)
勅使河原宏(1964)
内田吐夢(1965)
山本薩夫(1966)
岡本喜八(1968)
山田洋次(1969)1970年代
山本薩夫(1970)
篠田正浩、山田洋次(1971)
斎藤耕一(1972)
山田洋次(1973、1977)
野村芳太郎(1974)
新藤兼人(1975)
山本薩夫(1976)
野村芳太郎(1978)
長谷川和彦(1979)1980年代
黒澤明(1980、1985)
小栗康平(1981)
深作欣二(1982)
大島渚(1983)
伊丹十三(1984)
熊井啓(1986)
原一男(1987)
大林宣彦(1988)
舛田利雄(1989)1990年代
市川準(1990)
山田洋次(1991)
東陽一(1992)
市川準(1993)
神代辰巳(1994)
新藤兼人(1995)
周防正行(1996)
今村昌平(1997)
平山秀幸(1998)
森田芳光(1999)2000年代
阪本順治(2000)
宮崎駿(2001)
平山秀幸(2002)
崔洋一(2003)
黒木和雄(2004)
緒方明(2005)
根岸吉太郎(2006)
周防正行(2007)
若松孝二(2008)
園子温(2009)2010年代
三池崇史(2010)
富田克也(2011)
吉田大八(2012)
石井裕也(2013)
呉美保(2014)
塚本晋也(2015)
西川美和(2016)
富田克也(2017)
上田慎一郎(2018)
石川慶(2019)2020年代
河瀨直美(2020)
括弧内は作品年度を示す、授賞式の年は翌年(2月)
表話編歴日刊スポーツ映画大賞 監督賞1980年代
黒木和雄(1988)
今村昌平(1989)1990年代
神山征二郎(1990)
山田洋次(1991)
東陽一(1992)
崔洋一(1993)
深作欣二(1994)
新藤兼人(1995)
北野武(1996)
宮崎駿(1997)
平山秀幸(1998)
深作欣二(1999)2000年代
阪本順治(2000)
行定勲(2001)
山田洋次(2002)
北野武(2003)
黒木和雄(2004)
犬童一心(2005)
根岸吉太郎(2006)
周防正行(2007)
滝田洋二郎(2008)
西川美和(2009)2010年代
三池崇史(2010)
新藤兼人(2011)
内田けんじ(2012)
是枝裕和(2013)
山崎貴(2014)
原田眞人(2015)
新海誠(2016)
石井裕也(2017)
白石和彌(2018)
真利子哲也(2019)2020年代
黒沢清(2020)
吉田恵輔(2021)
表話編歴毎日芸術賞受賞者
第1回
井上靖
八代目松本幸四郎
間宮芳生
第2回
丹羽文雄
土門拳
第3回
吉川英治
小林正樹
安川加壽子
第4回
谷崎潤一郎
内村直也
八代目坂東三津五郎
第5回
舟橋聖一
新藤兼人
第6回
伊馬春部
三島由紀夫
第7回
野口冨士男
市川崑
第8回
三善晃
滝沢修
岡田謙三
第9回
司馬遼太郎
第10回
杉村春子
茂木草介
東山魁夷
岩田藤七
第11回
秋元松代
平野謙
棟方志功
第12回
東野英治郎
山田洋次
第13回
大岡昇平
白川義員
第14回
辻邦生
宇野重吉
第15回
櫻間道雄
第16回
荒正人
山田五十鈴
第17回
仲代達矢
倉本聰
第18回
遠山一行
森繁久彌
第19回
寺田透
黒川紀章
第20回
有吉佐和子
飯沢匡
林忠彦
第21回
東敦子
篠山紀信
前進座
第22回
五代目河原崎國太郎
篠田一士
若杉弘
越路吹雪
第23回
森下洋子
藤原新也
第24回
佐多稲子
八代目松本幸四郎
林康子
第25回
水上勉
朝比奈隆
三代目市川猿之助
磯崎新
第26回
吉村昭
佐々木昭一郎
山本安英
第27回
竹西寛子
第28回
北村和夫
安藤忠雄
NHK交響楽団
第29回
芝木好子
深町幸男
第30回
一柳慧
吉田簑助
渥美清
第31回
今村昌平
木下順二
第32回
武満徹
本多秋五
森光子
第33回
高井有一
第34回
三代目中村鴈治郎
佐々木昭一郎
山田太一
第35回
遠藤周作
松村禎三
橋田壽賀子
第36回
秋山和慶
幸田弘子
横尾忠則
第37回
今井信子
江成常夫
ひょうご舞台芸術「GHETTO」
第38回
古井由吉
小栗康平
黒柳徹子
馬場あき子
第39回
金石範
入沢康夫
五代目坂東玉三郎
宮崎駿
第40回
萩原葉子
森澄雄
十三代目片岡仁左衛門
第41回
蜷川幸雄
岡井隆
河野多惠子
高倉健
第42回
黒井千次
大島渚
吉永小百合
第43回
加藤幸子
麻実れい
鷹羽狩行
第44回
井上ひさし
小澤征爾
清岡卓行
第45回
高橋たか子
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第46回
中村稔
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第47回
谷川俊太郎
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第48回
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第49回
岡本眸
野田秀樹
平岩弓枝
細江英公
森山良子
第50回
吉増剛造
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永井路子
七代目尾上菊五郎
石内都
第51回
鳳蘭
隈研吾
関正人
辻原登
遠山慶子
金子兜太
第52回
秋山陽
大峯あきら
村上龍
森村泰昌
吉田都
加山雄三
第53回
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菊畑茂久馬
津島佑子
豊竹咲大夫
坂茂
由紀さおり
第54回
高野公彦
辰野登恵子
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テレビマンユニオン
十代目坂東三津五郎
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第55回
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第56回
飯守泰次郎
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第57回
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是枝裕和
第58回
石井ふく子
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筒井康隆
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第59回
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第60回
金森穣
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第61回
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今野勉
第62回
青木淳
西澤徹夫
鵜山仁
鴻池朋子
高樹のぶ子
水原紫苑
「半沢直樹」
表話編歴アカデミー名誉賞1928–1950
ワーナー・ブラザース / チャールズ・チャップリン(1928)
ウォルト・ディズニー(1932)
シャーリー・テンプル(1934)
D・W・グリフィス(1935)
The March of Time / W・ハワード・グリーン(英語版)&ハロルド・ロッソン(英語版)(1936)
エドガー・バーゲン(英語版) / W・ハワード・グリーン(英語版) / 近代美術館映画ライブラリ(英語版) / マック・セネット(1937)
J・アーサー・ボール / ウォルト・ディズニー / ディアナ・ダービン&ミッキー・ルーニー / ゴードン・ジェニングス(英語版)&ジャン・ドメラ(英語版)&デヴラクス・ジェニングス&アーミン・ロバーツ&アート・スミス&ファーシオット・エドワード(英語版)&ロイヤル・グリッグス&ローレン・L・ライダー&ハリー・D・ミルス&ルイス・メセンコップ(英語版)&ウォルター・オバースト / オリヴァー・T・マーシュ(英語版)&アレン・デーヴィー / ハリー・ワーナー(1938)
ダグラス・フェアバンクス / ジュディ・ガーランド / ウィリアム・キャメロン・メンジース(英語版) / 映画救済基金(英語版) (ジーン・ハーショルト(英語版)&ラルフ・モーガン(英語版)&ラルフ・ブロック(英語版)&コンラッド・ネイジェル(英語版))/ テクニカラー社(1939)
ボブ・ホープ / ネイサン・レヴィンソン(1940)
ウォルト・ディズニー&ウィリアム・E・ギャリティ&ジョン・N・A・ホーキンス&RCA製造社 / レオポルド・ストコフスキーとそのアソシエイト / レイ・スコット / イギリス情報省(英語版)(1941)
シャルル・ボワイエ / ノエル・カワード / メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(1942)
ジョージ・パル(1943)
ボブ・ホープ / マーガレット・オブライエン(1944)
リパブリック・スタジオ&ダニエル・J・ブルームバーグ(英語版)&リパブリック・スタジオ音響部 / ウォルター・ウェンジャー / The House I Live In / ペギー・アン・ガーナー(1945)
ハロルド・ラッセル / ローレンス・オリヴィエ / エルンスト・ルビッチ / クロード・ジャーマン・Jr(英語版)(1946)
ジェームズ・バスケット(英語版) / トーマス・アーマット(英語版)&ウィリアム・ニコラス・セリグ(英語版)&アルバート・E・スミス(英語版)&ジョージ・カーク・スパウアー(英語版) / Bill and Coo / 『靴みがき(英語版)』(1947)
ウォルター・ウェンジャー / 『聖バンサン(英語版)』 / シド・グラウマン(英語版) / アドルフ・ズーカー(1948)
ジーン・ハーショルト(英語版) / フレッド・アステア / セシル・B・デミル / 『自転車泥棒』(1949)
ルイス・B・メイヤー / ジョージ・マーフィ(英語版) / 『鉄格子の彼方』(1950)1951–1975
ジーン・ケリー / 『羅生門』(1951)
メリアン・C・クーパー / ボブ・ホープ / ハロルド・ロイド / ジョージ・ミッチェル / ジョセフ・M・シェンク / 『禁じられた遊び』(1952)
20世紀フォックス・フィルム・コーポレーション / ベル&ハウエル社 / ジョセフ・ブリーン(英語版) / ピート・スミス(英語版)(1953)
ボシュロム&オプティカル社 / ダニー・ケイ / ケンプ・ナイヴァー / グレタ・ガルボ / ジョン・ホワイトリー(英語版) / ヴィンセント・ウィンター(英語版) / 『地獄門』(1954)
『宮本武蔵』(1955)
エディ・カンター(1956)
映画テレビ技術者協会 / ギルバート・M・”ブロンコ・ビリー”・アンダーソン(英語版) / チャールズ・ブラケット(英語版) / B・B・カヘン(英語版)(1957)
モーリス・シュヴァリエ(1958)
バスター・キートン / リー・ド・フォレスト(1959)
ゲイリー・クーパー / スタン・ローレル / ヘイリー・ミルズ(1960)
ウィリアム・L・ヘンドリックス(英語版) / フレッド・L・メッツラー / ジェローム・ロビンズ(1961)
ウィリアム・J・タトル(英語版)(1964)
ボブ・ホープ(1965)
ヤキマ・カヌート(英語版) / Y・フランク・フリーマン(1966)
アーサー・フリード(1967)
ジョン・チェンバース / オナ・ホワイト(英語版)(1968)
ケーリー・グラント(1969)
リリアン・ギッシュ / オーソン・ウェルズ(1970)
チャールズ・チャップリン(1971)
チャールズ・S・ボーレン / エドワード・G・ロビンソン(1972)
アンリ・ラングロワ / グルーチョ・マルクス(1973)
ハワード・ホークス / ジャン・ルノワール(1974)
メアリー・ピックフォード(1975)1976–2000
マーガレット・ブース(1977)
ウォルター・ランツ / ローレンス・オリヴィエ / キング・ヴィダー / 近代美術館映画部門(1978)
ハル・エリアス / アレック・ギネス(1979)
ヘンリー・フォンダ(1980)
バーバラ・スタンウィック(1981)
ミッキー・ルーニー(1982)
ハル・ローチ(英語版)(1983)
ジェームズ・ステュアート / 国立芸術基金(1984)
ポール・ニューマン / アレックス・ノース(1985)
ラルフ・ベラミー(1986)
イーストマン・コダック社 / カナダ国立映画製作庁(英語版)(1988)
黒澤明(1989)
ソフィア・ローレン / マーナ・ロイ(1990)
サタジット・レイ(1991)
フェデリコ・フェリーニ(1992)
デボラ・カー(1993)
ミケランジェロ・アントニオーニ(1994)
カーク・ダグラス / チャック・ジョーンズ(1995)
マイケル・キッド(英語版)(1996)
スタンリー・ドーネン(1997)
エリア・カザン(1998)
アンジェイ・ワイダ(1999)
ジャック・カーディフ / アーネスト・レーマン(2000)2001–現在
シドニー・ポワチエ / ロバート・レッドフォード(2001)
ピーター・オトゥール(2002)
ブレイク・エドワーズ(2003)
シドニー・ルメット(2004)
ロバート・アルトマン(2005)
エンニオ・モリコーネ(2006)
ロバート・F・ボイル(英語版)(2007)
ローレン・バコール / ロジャー・コーマン / ゴードン・ウィリス(2009)
ケヴィン・ブラウンロー / ジャン=リュック・ゴダール / イーライ・ウォラック(2010)
ジェームズ・アール・ジョーンズ / ディック・スミス(2011)
D・A・ペネベイカー / ハル・ニーダム / ジョージ・スティーヴンス・Jr(英語版)(2012)
アンジェラ・ランズベリー / スティーヴ・マーティン / ピエロ・トージ(英語版)(2013)
ジャン=クロード・カリエール / 宮崎駿 / モーリン・オハラ(2014)
スパイク・リー / ジーナ・ローランズ(2015)
ジャッキー・チェン / リン・スタルマスター(英語版) / アン・V・コーツ / フレデリック・ワイズマン(2016)
チャールズ・バーネット(英語版) / オーウェン・ロイズマン / ドナルド・サザーランド / アニエス・ヴァルダ(2017)
マーヴィン・レヴィ / ラロ・シフリン / シシリー・タイソン(2018)
デヴィッド・リンチ / ウェス・ステュディ / リナ・ウェルトミューラー(2019)
サミュエル・L・ジャクソン / リヴ・ウルマン / エレイン・メイ(2021)
表話編歴放送映画批評家協会賞 アニメ映画賞1998年–2000年
バグズ・ライフ / プリンス・オブ・エジプト(1998)
トイ・ストーリー2(1999)
チキンラン(2000)2001年–2010年
シュレック(2001)
千と千尋の神隠し(2002)
ファインディング・ニモ(2003)
Mr.インクレディブル(2004)
ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ!(2005)
カーズ(2006)
レミーのおいしいレストラン(2007)
ウォーリー(2008)
カールじいさんの空飛ぶ家(2009)
トイ・ストーリー3(2010)2011年–現在
ランゴ(2011)
シュガー・ラッシュ(2012)
アナと雪の女王(2013)
LEGO ムービー(2014)
インサイド・ヘッド(2015)
ズートピア(2016)
リメンバー・ミー(2017)
スパイダーマン:スパイダーバース(2018)
トイ・ストーリー4(2019)
ソウルフル・ワールド(2020)典拠管理
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カテゴリ: 宮崎駿日本の男性アニメーター日本の映画監督日本の脚本家日本の漫画家日本の作詞家20世紀日本の実業家21世紀日本の実業家日本のアニメーション監督SF漫画家日本のキャラクターデザイナーアニメ音楽の作詞家日本の映画プロデューサー東映アニメーションの人物シンエイ動画の人物日本アニメーションの人物テレコム・アニメーションフィルムの人物スタジオジブリの人物徳間記念アニメーション文化財団の人物アカデミー賞受賞者アニー賞受賞者菊池寛賞受賞者朝日賞受賞者文化功労者アイズナー賞殿堂入りの人物日本の反原発活動家学習院大学出身の人物東京都区部出身の人物1941年生存命人物隠しカテゴリ: 出典のページ番号が要望されている記事無効な出典が含まれている記事/2019年外部リンクがリンク切れになっている記事/2019年4月無効な出典が含まれている記事/2015年プロジェクト人物伝項目出典を必要とする記事/2019年4月正確性Reflistで3列を指定しているページウィキデータにあるJMDb人物と企業識別子ウィキデータにあるallcinema人物識別子ウィキデータにあるKINENOTE IDウィキデータにあるMovie Walker人物識別子ウィキデータにある映画.com人物識別子BIBSYS識別子が指定されている記事BNE識別子が指定されている記事BNF識別子が指定されている記事CANTIC識別子が指定されている記事CINII識別子が指定されている記事DTBIO識別子が指定されている記事FAST識別子が指定されている記事GND識別子が指定されている記事ISNI識別子が指定されている記事J9U識別子が指定されている記事LCCN識別子が指定されている記事LNB識別子が指定されている記事MusicBrainz識別子が指定されている記事NDL識別子が指定されている記事NKC識別子が指定されている記事NLA識別子が指定されている記事NLK識別子が指定されている記事NTA識別子が指定されている記事PLWABN識別子が指定されている記事RERO識別子が指定されている記事RKDartists識別子が指定されている記事SELIBR識別子が指定されている記事SNAC-ID識別子が指定されている記事SUDOC識別子が指定されている記事Trove識別子が指定されている記事ULAN識別子が指定されている記事VIAF識別子が指定されている記事WORLDCATID識別子が指定されている記事

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