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三菱 東京 ufj 銀行 大阪 営業 部

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三菱東京UFJ銀行大阪営業部三和銀行本店として建設され、2002年から2005年はUFJ銀行大阪営業部。2013年の建て替え工事に伴い解体され、同所には三菱UFJ銀行大阪ビル・本館が建つ。種類
株式会社市場情報
東証1部 83201949年5月16日 – 2001年3月27日
大証1部(廃止) 83201949年5月16日 – 2001年3月27日
略称
三和本社所在地
日本〒541-8530大阪府大阪市中央区伏見町三丁目5番6号設立
1933年(昭和8年)12月9日業種
銀行業事業内容
普通銀行業務代表者
室町鐘緒(最後の代表取締役頭取)資本金
8,435億8,279万1,310円発行済株式総数
32億3,566万9,036株売上高
単体:1兆5,888億9,400万円連結:1兆8,790億9,600万円(経常収益、2001年3月期)営業利益
単体:△1,648億3,100万円連結:△1,716億9,300万円(経常利益、同期)純利益
単体:△1,480億7,900万円連結:△1,476億5,200万円(同期)純資産
単体:2兆63億5,000万円連結:1兆9,153億1,200万円(同期末)総資産
単体:51兆5,922億2,100万円連結:55兆164億4,300万円(同)従業員数
12,403人(単体、同)決算期
3月31日主要株主
UFJホールディングス 100%外部リンク
公式サイト(インターネットアーカイブ)特記事項:いずれも2001年(平成13年)3月期決算。数値は、三和銀行の後身である「三菱UFJフィナンシャルグループ」のディスクロージャー誌(単体決算 (PDF) 、連結決算 (PDF) )によった。テンプレートを表示株式会社三和銀行のデータ英名
The Sanwa Bank, Limited統一金融機関コード
0008SWIFTコード
SANWJPJT店舗数
国内:318店海外:33店(※出張所等を含)資本金
8,435億8,279万1,310円貸出金残高
29兆7,025億6,600万円預金残高
30兆2,200億1,800万円設立日
1933年(昭和8年)12月9日所在地
541-8530大阪府大阪市中央区伏見町三丁目5番6号特記事項:いずれも2001年(平成13年)3月期決算。数値は、三和銀行の後身である「三菱UFJフィナンシャルグループ」のディスクロージャー誌(単体決算 (PDF) 、連結決算 (PDF) )によった。テンプレートを表示株式会社三和銀行(さんわぎんこう、英語: The Sanwa Bank, Limited)は、かつて大阪市中央区に本店を置いていた[注釈 1]、日本の都市銀行。三和グループ(三水会・みどり会)の中核企業。

概要[編集]
メガバンク再編前、全国銀行協会会長を輪番で担当する大手6行(当行・東京三菱・住友・第一勧業・富士・さくら)の中で唯一、地方銀行の業容が拡大して都市銀行となった銀行であった。また、住友銀行(現:三井住友銀行)・大和銀行(現:りそな銀行)と並んで在阪三大都市銀行の一角をなしていた。
また、2001年に株式移転でUFJホールディングス(現:三菱UFJフィナンシャル・グループ)が発足するまで東京証券取引所に上場していた。2002年1月15日に愛知県名古屋市に本店を置く都市銀行の東海銀行と合併しUFJ銀行(現在の三菱UFJ銀行)となった。

歴史[編集]
この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。出典検索?: “三和銀行” – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL(2021年12月) 銀行合併の沿革
戦前 – 在阪3行の合併で発足[編集]
三和銀行は、1933年(昭和8年)12月、いずれも本店を大阪に置く、三十四銀行・山口銀行・鴻池銀行の3行合併により創立された。
鴻池銀行は、鴻池家により1877年5月に設立された第十三国立銀行に端を発し、三和銀行はこのときを創業日にしていた。鴻池家は江戸時代初期の1656年に両替店を開いており、歴史は三百数十年に及び、国際的にも極めて古い金融業者であった。三和銀行のロゴの下に「since 1656」と書かれていたのはこのためである(以前はsince 1877だった)。
山口銀行は大阪・山口財閥の中心企業で、江戸時代末期の1863年開業の布屋両替店が源である。山口家は1879年4月に第百四十八国立銀行を設立し、これを山口銀行が継承した。
三十四銀行は大阪の繊維関係の商人である岡橋治助、原嘉助、野田吉兵衛、永井仙助、村上嘉兵衛、渡辺庄助、山口善五郎の7人が1878年3月に設立した第三十四国立銀行を起源とし、堅実経営に徹しながらも中小工業に対する長期金融を開始するなどの特色があった。
昭和初期の昭和金融恐慌下、三井銀行・三菱銀行・住友銀行・安田銀行 の財閥系銀行がシェアを伸ばす中で、前述3行も他の小銀行併合などにより、これらに次ぐ有力銀行としての地位を固めていたが、時の軍需産業・重化学工業など新興産業の台頭に比し資金量が小規模に留まり、また同じ繊維業界を営業地盤とする3行の競争は望ましくないとして、合併へ進んだ。1933年、三和銀行創立準備委員会が設けられ、佐野政晴(三十四銀行常務)、森信敬二(山口銀行常務)、松野龍雄(鴻池銀行取締役)の3人がメンバーになり、新銀行は本店を大阪市東区の旧鴻池銀行本店に置いた。頭取には当時 日本銀行 理事にあり、それまで大阪支店長にあって3行統合を唱道していた中根貞彦が就任。常務理事には上述の3人に日本銀行から下田元一が加わった。
合併行の行名選定にあたっては「三和・三友・三光・三山・三吉・三衛・三栄・三協」などの多数の候補名があったが、中根頭取が「三和」を選んだ理由として、後日「三和の意は文字通り三行が和することを意味する」と強調した。また、行内史『三和銀行の歴史』によれば、創立当時「三和の三は三十四の三、和の扁である禾は鴻池新田の稲を意味し、和の旁の口は山口の口からとった」という説明もなされている。なお、この合併の推進を図った当時の日銀総裁・土方久徴 が頭取の人選を一任され「三和」と命名したとされている[1][2]。
設立直後の年末の第1回決算で預金高は10億円を超え、日本の普通銀行のトップに立った。しかし、その後の大阪の経済的地盤の低下や、在京銀行による中小銀行の併合などにより、預金高ランキングを落としていく。

戦後 – ピープルズバンク路線[編集]
終戦直前、第2代頭取に日銀出身の岡野清豪が就任。戦後、GHQ(連合国軍総司令部)は当初、同行を財閥銀行と同列に扱い、制限会社の指定を検討したが、非財閥系「ピープルズバンク」であるという訴えを粘り強く続けた。事実、三和銀行は大阪・船場の繊維産業への融資を中心にしていたため戦時中の軍需融資も少なく、指定金融機関の軍需融資先数でも最も多い日本興業銀行の146社に対し、三和銀行は64社にとどまっていた。このため制限会社指定の決定は取り消された。
1947年2月、第3代頭取に同じく日本銀行出身の渡邊忠雄が就任、戦後の混乱期の中で経営再建に乗り出す。1948年3月、三和銀行は金融機関再建整備法に基づき、軍需補償打切に伴う損失補填のため資本金を1538万円に減資したが、同年10月には10億円に増資し新発足した。行名も不変で「親しさも名も変わらぬ三和銀行」をスローガンに強力な預金増強運動を展開し、終戦直後には6位だった預金順位を、1949年3月には3位とした。高度経済成長下において、同行は「ピープルズバンク」を基本理念とした経営基本戦略を積極的に推進し、1955年3月には全国どこでも出し入れできる普通預金のネットサービス預金を創設した。国際化の面では、1953年1月にサンフランシスコ支店、1957年にはロンドン支店を開設している。なお、1959年に大蔵省の信託分離政策に沿い、三和銀行と神戸銀行信託部門、野村證券証券代行業務部門及び投資管理業務部門を承継して、東洋信託銀行を発足させている。この頃から融資系列における繊維偏重路線は、その斜陽化によって軌道修正を迫られていく。
1960年5月、初の生え抜きとして第4代頭取に上枝一雄が就任、会長となった渡邊と共に、バンク・オブ・アメリカなどの視察からアメリカの商業銀行を倣い「ピープルズバンク」(リテールバンキング)路線を推進する。1960年12月には最初の消費者金融「ドリームローン」の開始、1963年には資金使途自由な「暮しのローン」を創設するなど、消費者金融の開発に努力した。また、1963年にはニューヨーク、1964年には香港と、海外に相次いで支店を設置し、国際化の進展と共に外国為替業務の強化に力を注いだ。1961年には、日本信販(現:三菱UFJニコス)と共同で日本クレジットビューロー・JCB(日本で2番目のクレジットカード専業会社。1番目は日本ダイナースクラブ)を設立。1964年に日綿実業(現:双日)と共同で、日本で2番目のリース会社「オリエント・リース」(現:オリックス)を設立している。この頃に企業集団として、融資系列を中心にみどり会を結成し、経済旋風社 などの新興企業への融資を強めていく[注釈 2]。

主要大株主の推移
順位

株主(1962年3月)

所有率

株主(1968年3月)

所有率
1
大日本紡績
2.05
日本生命
2.27
2
明治生命
2.04
帝人
2.27
3
宇部興産
2.00
明治生命
2.27
4
帝国人造絹糸
1.80
ニチボー
2.05
5
東亜紡織
1.60
宇部興産
2.00
6
日本レイヨン
1.50
富士製鉄
1.75
7
日本生命
1.50
大同生命
1.59
8
丸善石油
1.50
日立造船
1.59
9
富士製鉄
1.50
日本レイヨン
1.59
10
日本通運
1.50
日立造船
1.59
※順位が同列の場合は五十音順に列挙(出典)野口佑,『日本の都市銀行』,1968年,230頁
1971年9月、第5代頭取に就任した村野辰雄は「ピープルズバンク」路線を徹底的に強化するため、全行員に「お客さまのお役に立つ銀行、ユア・バンク」の考えに徹するよう強調し、個人預金日本一を実現した。また村野は国際畑であったため、国際合同銀行および加州三和銀行の設立、海外各地の拠点開設、ブラデスコ投資銀行への資本参加、中国との円元決済問題での合意など、新機軸を次々と打ち出した。1976年、第6代頭取に赤司俊雄が就任。赤司は「人間尊重」を経営理念とし、「ひと味違うピープルズバンク」の実現を目指した。その一環としてQC活動を銀行業務に導入している。またこの頃、三和銀行の弱点だった首都圏の基盤強化を目的に富士銀行(現在のみずほ銀行)との合併を画策するも、大蔵省の反発に遭い頓挫してしまう[注釈 3]。1982年、第7代頭取に川勝堅二が就任。海外経験の長い川勝は銀行業務の新展開を「国際化・証券化」に向けた。川勝のもとで三和銀行は「ピープルズバンク重視」に加え「インベストメントバンク重視」を打ち出し、両者を統合した「ユニバーサルバンキング」を目指した。アメリカの大型リース会社や証券会社の買収など思い切った海外戦略を展開、国内でも証券業務を強化し、人材をインベスト部門へ傾斜投入した。またこの頃、シンクタンクの三和総合研究所(現:三菱UFJリサーチ&コンサルティング)を設立した。

バブル経済と崩壊 – メガバンク再編へ[編集]
1988年、第8代頭取に渡辺滉が就任。渡辺は「新時代にふさわしい、最新にして最強、世界のユニバーサルバンクを目指そう」と提唱し、「3つのS-ストレングス、ストラテジー、スペシャリテイー」をコーポレート・カルチャーに据えた。また大規模な機構改革を行い、企画・秘書・人事中枢部門に権限を集中させ、同時に自らの出身校である一橋大と京都大出身者、中でも秘書室長である中村明を重用した。中村は、高杉良の小説『金融腐蝕列島』で「カミソリ佐藤」と呼ばれ恐れられる銀行マンのモデルとも言われ、頭取の渡辺に「私の思う通りにやらせてもらえば、三和を収益ナンバーワンにしてみせる」と豪語し、行内で「7奉行」と呼ばれた若手秘書役(この一人に、UFJ銀行最後の頭取となる沖原隆宗がいた)を補佐官として登用し権勢をふるう中、1992年に業務純益、経常利益、当期利益の3部門でトップとなり三冠王を実現した。この間に首都圏主要駅周辺でATM網を整備し、店舗数は有人・無人含め1,000を超えたものの首都圏での基盤は盤石化したとは言い難く、ATM整備の裏で第一勧業銀行や日本興業銀行との合併交渉を行ったがいずれも条件が折り合わず破談に終わる。またこの頃はバブル崩壊の影響を受け、多くのスキャンダルが噴出した。1992年10月1日、料亭経営者の尾上縫による架空預金証書事件に加担して経営破綻した東洋信用金庫を救済合併し、東洋信金の一部店舗などを引き継いだ。
1994年、第9代頭取に佐伯尚孝が就任。佐伯は「世界をリードするベスト・ユニバーサルバンク」を経営目標に掲げたが、実際にはバブル崩壊による不良債権処理に追われることになる。また経営環境の悪化とともに、行内における負の面が出始めてきた。
もともと三和は、都銀の中でも地方銀行を出自としていたため、富士(旧:安田)、第一勧業(1971年に第一と日本勧業が合併)、さくら(1990年に太陽神戸と三井が合併)、住友・東京三菱(1996年に東京と三菱が合併)などの旧財閥系や特殊銀行を起源とする他行に比べ、優秀な新入行員確保に苦労した。
その結果、行内では入行時のリクルーターを通じて学閥内のつながりが密接になり、人事抗争を展開することになる(他行はこれを「三和のDNA」と批判した)。前述の渡辺頭取時代の施策は、経営の意思決定の迅速化に成果を出したものの、学閥を中心にした側近政治の弊害に対する不満は1999年、当時の渡辺会長(一橋大卒)と佐伯頭取(東大卒)の主導権争いで爆発し、怪文書の流布など陰惨を極めた。結局両者が辞任し、中間派の室町鐘緒(名古屋大卒)が第10代頭取として最後の頭取となった。一方で上層部の派閥争いとは対照的に、実務レベルでの風通しの良さ、何でも言える雰囲気、常に前向きなカルチャーは今でも懐かしむ声が多い。
住友・さくらの合併やみずほホールディングスの発足が先行し、都市銀行再編に乗り遅れていた室町は、2000年3月にあさひ銀行と東海銀行の経営統合(東海あさひ銀行構想)に加わる形となったが(三和東海あさひ銀行構想)、三和銀行との意見相違から約3か月後にあさひ銀行が離脱したことにより、東海銀行と三和グループの経営統合が決定した。
2001年4月2日、三和銀行・東海銀行・東洋信託銀行が株式移転により株式会社UFJホールディングス(UFJHD)を設立し、これら三行はUFJホールディングスの完全子会社となった。上場企業としての三和銀行最後となる2001年度3月期決算が赤字であったため、UFJ銀行初代頭取に内定していた室町は退任を余儀なくされた。2002年1月15日、三和銀行及び東海銀行が合併し、株式会社UFJ銀行となった(存続会社は三和銀行、本店は東海銀行の本店)。
しかし、この合併は表向きは対等合併であったものの、実質的には三和銀行による東海銀行の吸収合併であり、合併後のUFJ銀行では主導権を握った旧三和側が「緑化作戦(あるいは緑一色作戦)」と称して旧東海側を放逐するなど熾烈な派閥抗争が行われ、経営面での混乱を招く一因となった。加えて収益力こそ高かったものの金融再生プログラムに基づく巨額の不良債権処理に奔走せざるを得なくなり経営が悪化し、更には金融庁と不良債権処理を巡って対立した上、特別検査時に経営陣の一部が検査妨害を行って逮捕されるなど苦境に陥った。
最終的にUFJ銀行は親会社のUFJHDともども三菱東京フィナンシャル・グループ(MTFG)による救済を受けることとなり、2006年1月1日、三菱UFJフィナンシャル・グループ(2005年にMTFGとUFJHDが合併し発足)傘下の東京三菱銀行と合併して三菱東京UFJ銀行(現:三菱UFJ銀行)となり、発足から僅か4年弱で発展的消滅を遂げることとなった。

本店ビル・東京本部ビル[編集]
三菱東京UFJ銀行大手町ビル(2012年)
三和銀行本店ビル1955年に竣工した三和銀行の本店ビルは、合併後もUFJ銀行大阪営業部 → 三菱東京UFJ銀行大阪営業部として営業を続けていた。しかし、著しい建物の老朽化やスペース確保のため建替工事を行うことが決定され、2013年10月15日をもって当ビルでの全ての営業を終了し、店舗は堂島浜にある大阪三菱ビル(三菱銀行大阪支店跡地)に仮移転した。その後、2018年8月に旧三和銀行本店所在地で進められていた「三菱UFJ銀行 大阪ビル」が完成し、堂島浜の旧三菱銀行大阪支店所在地から約5年ぶりに伏見町に復帰した。共同店舗としてこの本店ビルに移転していた大阪中央支店は三菱銀行大阪支店であり、大阪東京銀行ビル、三和銀行本店ビルへの2度の移転を経て、かつての営業地へ一時的ではあるが14年ぶりに出戻りという形になった。サンワ東京ビル1973年に竣工したサンワ東京ビルは、三和銀行東京支店が東京営業部に昇格すると同時に同地で営業開始した[注釈 4]。合併後もUFJ銀行東京営業部→ 三菱東京UFJ銀行東京営業部として同地で営業を続けたが、三菱地所の再開発に伴って隣接していたりそな・マルハビル(りそな銀行東京営業部とマルハ本社が入居していたビル)と共に解体され、跡地にツインタワービル(大手町ホトリア)を建設することが決定した。これに伴い、法人業務は本店(旧:三菱銀行本店)に移管され、個人・中小企業などのリテール業務のみ残した東京営業部と、サンワ東京ビル(三菱東京UFJ銀行大手町ビル)に同居していた新丸の内支店(東京銀行丸ノ内支店)と共に丸の内永楽ビルディングに移転した。社章[編集]
東大阪市の三和東洋ビルには三和銀行の社章が2018年現在も残されている(2016年撮影)
当行のクローバーマークは、2010年代以降の現在でも施設の壁面に残されている建物が若干数存在する。例えば、大阪市淀川区にある新大阪支店の店舗外ATM「東三国」の建物にも「三和銀行」のプレートを外したと思われる跡が確認されている。

沿革[編集]
この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。出典検索?: “三和銀行” – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL(2021年12月)1656年 – 初代鴻池善右衛門が大阪で両替店を開業。
1877年5月 – 第十三国立銀行が鴻池両替店の建物を本店として開業。
1878年3月 – 第三十四国立銀行が開業。
1879年4月 – 山口家が第百四十八国立銀行開業。
1933年12月 – 三十四、山口、鴻池の三行合併により株式会社三和銀行設立。
1940年11月 – 東京本部設置。
1942年
3月 – 更池銀行を買収。河泉銀行及び辻林銀行を阪南銀行と分割買収。
10月 – 京都の乙訓銀行より営業譲受。
11月 – 山城八幡銀行を買収。
1943年4月 – 尾州銀行を東海銀行と分割買収。
1945年
5月 – 三和信託株式会社及び大同銀行を合併。
10月 – 福井の大和田銀行を合併。
1949年
5月 – 東京・大阪両証券取引所に上場。
8月 – 京都証券取引所に株式上場。
1952年4月 – ピープルズバンクの路線を明確化。
1959年3月 – 電子計算機を、金融界で初めて始動。
1960年
12月 – 信託業務を東洋信託銀行に譲渡。
12月 – ドリームローン発売。
12月 – 髙島屋との業務提携により、クレジットカードの取り扱いを開始。
1969年10月 – 第一次サンバックシステム(オンラインシステム)稼働。
1970年
10月 – 読売新聞に総会屋への「不正融資」を報じられる[注釈 5]。
12月 – みどり会結成[注釈 6]。
1972年1月 – 現地法人加州三和銀行を設立。
1977年6月 – 第二次オンラインシステム稼働
1978年3月 – 三和クローバーカードローン発売。
1979年9月12日 – カリフォルニア州三和銀行で職員が時限爆弾を装着され、現金20万ドルを奪われる事件が発生[7]。
1981年3月 – 三和銀行オンライン詐欺事件が発生。
1988年
2月 – 本部組織を大幅改革し、ユニバーサルバンク体制を強化。
3月 – 第3次総合オンライン完成稼働。
1989年6月 – 金融先物取引等の受託業務開始。
1992年10月 – 東洋信用金庫を合併。
1993年3月 – 国内拠点1,000店舗体制に。
1999年 – 東洋信託銀行が三和信託銀行を吸収合併。
2000年4月 – フィナンシャルワンが結成される。
2001年3月31日 – 大阪市 此花区に開業したユニバーサル・スタジオ・ジャパンのパーク内に、無人の出張所を開設する。(2002年から2005年はUFJ銀行として、2006年1月1日からは三菱東京UFJ銀行として営業していた)
2001年
4月 – 三和銀行・東海銀行・東洋信託銀行が株式移転により株式会社UFJホールディングスを設立し、これら三行はUFJホールディングスの完全子会社となる。
7月 – 東洋信託銀行・東海信託銀行が合併する。
2002年1月 – 三和銀行・東海銀行が合併し、株式会社UFJ銀行となる。主な融資系列[編集]
UFJグループ各社
UFJ銀行#関連企業参照
みどり会参加各社
トヨタグループの一部企業(トヨタ自動車、ダイハツ工業など)CM・マスコットキャラクター[編集]
天地真理 – 新聞・雑誌広告のみ。起用当時は銀行のテレビCMが解禁されていなかったため。
紺野美沙子
松たか子
和久井映見
設楽りさ子
東幹久
陣内孝則 – 奇遇にも、陣内は後に三和銀行の合併相手となる東海銀行のCMキャラクターになっていた時期があった。
ワンサくん – 手塚治虫の漫画作品。三和(サンワ)の逆読みという縁でマスコットキャラクターに起用され、ノベルティグッズとして貯金箱などが製作された。
スヌーピー – マスコットキャラクターに起用され、ノベルティグッズが多数製作された。関連人物[編集]
詳細は「Category:三菱UFJフィナンシャル・グループの人物」を参照
竹内力 – 元行員。俳優になる前、三和銀行淡路支店で銀行員として勤務していた。
西川ひかる – 元行員。漫才師になる前、銀行員として勤務していた。後に女優に転身。
乾恒雄 – 元行員。オリックス元社長・会長。
君島達己 – 元行員。元任天堂社長。
臼井興胤 – 元行員。元セガ社長、コメダ社長。
高原豪久 – 元行員。ユニ・チャーム社長、日本経営協会会長。
堤智章 – 元行員。藤久社長、元エイボン・プロダクツ社長。
鳥越徹 – 元行員。鳥越製粉会長兼社長。
筆坂秀世 – 元行員。のちに日本共産党参議院議員を務めた。
舟橋孝之 – 元行員。インソース創業者・社長。脚注[編集]
[脚注の使い方]注釈[編集]

^ 現在の三菱UFJ銀行大阪営業部所在地であるが、2013年10月より堂島浜の三菱銀行大阪支店跡の仮店舗で移転営業中。

^ 『読売新聞』1970年10月31日朝刊社会面で、「三和銀行虎ノ門支店も不良融資、総会屋へ二億五千万円」という記事が5段抜きで報じられた[3]。
以下は『読売新聞』記事の要約。
大阪に事務所を持っていた当時から、総会屋として三和銀行本店総務部に出入りしていた岩井忠芳(紙上では「I」と略されている。社名・実名は後掲の『文化評論』から[4])は、1960年に東京へ進出した際、経済旋風社を運転する当座の資金を、三和銀行東京本部総務部の紹介で虎ノ門支店が融資。1968年春ごろには融資額が約三千万円に達した。
しかし岩井は倒産寸前に追い込まれた。融資の焦げつきを避けるため、岩井振り出しの手形や小切手を交換所経由の正規のルートに乗せず、銀行側で支店長決済により無担保・短期で立て替える形で融資の上積みをした。1969年5月ごろまでに融資額は二億五千万円にも達した。
銀行側は同年夏ごろから債権保全の交渉をはじめ、岩井が千葉県に所有していた時価六千万円の宅地を担保にとり、また翌年5月、業界で噂にのぼりはじめると、北海道の山林と株など約二億円相当を担保にとったという[3]。
ジャーナリストの竹森久朝は、巨額融資の担保に入れた北海道洞爺湖近くの土地に疑惑があるという新事実にふれた著書『ブラック・マネー』(日本証券新聞刊行)の広告を1971年3月30日の日本経済新聞朝刊で広告に載せた。翌31日、日本証券新聞は児玉誉士夫の青年思想研究会(青思会)から脅迫を受けて、『ブラック・マネー』13,000部を青思会の事務所に運び込んだ。竹森はその事務所へ呼び出されて出版しない旨の宣誓書を書かされた。竹森は4月3日に被害届を出した。この日の夕方には青思会議長の高橋正義が脅迫罪と威力業務妨害の容疑で逮捕された。しかし日本証券新聞が被害届を出そうとしなかったため、高橋は42日間拘置された末、25,000円の罰金を払って放免された。岩井は、三和銀行へ入れる担保に高橋名義の土地(担保評価わずか1,200万円)を転用していた[4]。それから1年半後、竹森は東京地検特捜部から呼び出され、児玉誉士夫の逮捕に協力を求められた。そのとき、デスクの上には『ブラック・マネー』のコピー版が積んであった[5]。
^ 1965年にも千葉県湾岸地区にある京葉コンビナートの発展に目を付けた三和銀行が、同県の有力地方銀行である千葉銀行の10%超の株式を買い占めて同行を傘下に収めようとしたことがあり、独占禁止法違反の疑いで問題になったことがあった[6]。後に三和銀行は公正取引委員会の審査中に該当株の一部売却を行い、8.6%に減少したため不問処分となった。

^ 移転後、三和銀行東京支店ビルは建て替えられ、東洋信託銀行(後のUFJ信託銀行、現:三菱UFJ信託銀行)本店ビルとなった。同店は三菱UFJ信託銀行発足後に東京営業部に改称されたが、現在は本店(旧:三菱信託銀行本店)に統合されたため同地から撤退している。

^ 総会進行係は児玉誉士夫系の後藤与一であった。

^ 吉田彦太郎が緑産業株式会社を設立している。

出典[編集]

^ 『大阪朝日新聞』1933年8月18日付

^ 『三和銀行の歴史』pp.108 – 110。

^ a b 『読売新聞』1970年10月31日、朝刊社会面

^ a b 『文化評論』1976年5月号 pp.113-119、新日本出版社

^ 竹森久朝『見えざる政府 – 児玉誉士夫とその黒の人脈』 pp.146-147、白石書店、1976年。

^ “第77回国会 参議院 ロッキード問題に関する調査特別委員会 閉会後第19号 昭和51年8月3日”. 国会会議録検索システム. pp. 158-175. 2020年6月6日閲覧。

^ 「行員の背に時限爆弾 加州三和銀 20万ドル奪われる」『朝日新聞』1979年(昭和54年)9月13日夕刊 3版 15面

参考文献[編集]
出典は列挙するだけでなく、脚注などを用いてどの記述の情報源であるかを明記してください。記事の信頼性向上にご協力をお願いいたします。(2021年12月)有竹修二、戸田豊、安田良和『三和銀行の歴史』三和銀行行史編纂室、1974年。関連項目[編集]
三水会
みどり会
旧三和銀行 – 台湾高雄市にある、本行の旧高雄支店の建物。
パンチドランク・ラブ – 2002年のアメリカ映画。脅迫された主人公が深夜に「SANWA BANK」のATMで金を下ろす場面がある。外部リンク[編集]
三和銀行表話編歴1970年頃の都市銀行現・みずほ銀行
富士銀行 – 第一銀行 – 日本勧業銀行

現・三井住友銀行
住友銀行 – 三井銀行 – 神戸銀行 – 太陽銀行

現・三菱UFJ銀行
三和銀行 – 三菱銀行 – 東海銀行 – 東京銀行

現・りそな銀行・埼玉りそな銀行
大和銀行 – 協和銀行 – 埼玉銀行

破綻
北海道拓殖銀行(1997年破綻)

表話編歴普通銀行統制会財閥系
三井銀行 – 三菱銀行 – 住友銀行 – 安田銀行 – 第一銀行 – 野村銀行 – 十五銀行 – 日本昼夜銀行

旧地方銀行系
三和銀行 – 東海銀行 – 神戸銀行 – 埼玉銀行

国策銀行系
昭和銀行

表話編歴三和グループ・みどり会あ行
アート引越センター
あいおいニッセイ同和損害保険
朝日ウッドテック
アズワン
天辻鋼球製作所
荒川化学工業
新家工業
ECC
一冨士フードサービス
イトキン
岩崎通信機
岩谷産業
上村工業
エクセディ
江崎グリコ
SBSホールディングス
NSD
エヌオーイー
NTN
OSJBホールディングス
オークラヤ住宅
オートバックスセブン
大阪ソーダ
大西
大林組(注4)
大林道路
奥村組土木興業
オリックスか行
学生情報センター
カサタニ
関西ペイント(注6)
KISCO
キミカ
牛乳石鹸共進社
クラシエホールディングス
クリナップ
栗原工業
グリーンスタンプ
くろがね工作所
京成電鉄
建設技術研究所
神戸製鋼所(注3)
国際興業
コスモエネルギーホールディングス
コニカミノルタ
コニシ
小林クリエイト
小林製薬さ行
堺化学工業
サクラクレパス
ザ・パック
三桜工業
サンスター
サンセイテクノス
サントリーホールディングス
サンリオ
JNC
ジェーシービー
CBC
島精機製作所
島田商事
シマノ(注4)
シミックホールディングス
昭和丸筒
新関西製鐵
神鋼環境ソリューション
新明和工業
鈴乃屋
積水化学工業
積水化成品工業
積水樹脂
積水ハウス(注4)
錢高組
錢屋アルミニウム製作所
センコーグループホールディングス
全日警
双日(注3)(注4)(注6)
象印マホービン
損害保険ジャパン(注2)(注3)(注5)た行
大栄電気
大王製紙
大京
大光電機
大末建設
ダイダン(注4)
大同生命保険
大日本除虫菊
ダイハツ工業
ダイハツディーゼル
太陽生命保険
ダイワボウホールディングス
髙島屋
タキロンシーアイ(注5)
辰馬本家酒造
田辺三菱製薬(注1)
田村駒
中央自動車工業
月島機械
TIS
T&Dフィナンシャル生命保険
TOA
帝人
電響社
トーア紡コーポレーション(注6)
東京會舘
東畑建築事務所
東宝
東洋カーマックス
東洋建設
東洋紙業
TOYO TIRE
東洋電機製造
東洋不動産
東リ
徳島大正銀行
トクヤマ(注6)な行
中山製鋼所
名村造船所
南海電気鉄道
ニチイ学館
日新
日東電工
日本瓦斯
日本コンクリート工業
野村ホールディングス
ノーリツ鋼機は行
ハーモニック
パイロットコーポレーション
ハウス食品
原田産業
パレスホテル(注2)
阪急電鉄
阪急阪神百貨店
阪急阪神ホテルズ
阪急阪神不動産
阪九フェリー
ビジネスコンサルタント
日立製作所(注2)(注3)
日立金属
日立グローバルライフソリューションズ
日立造船
非破壊検査(注4)
フジキン
藤田観光
フランスベッド
フルサト工業
ぺんてるま行
毎日新聞社
松本油脂製薬
丸善石油化学
マンダム
味覚糖
ミサワホーム
三菱UFJ銀行(注1)
三菱UFJモルガン・スタンレー証券(注1)
三菱UFJ信託銀行(注1)
三菱UFJニコス(注1)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング(注1)
三菱HCキャピタル(注1)
三ツ星ベルト
モリ工業
森下仁丹や行
ヤマトインターナショナル
UCC上島珈琲
UBE
UBE三菱セメント
ユニオン
ユニチカ
ユニ・チャーム
寄神建設ら行
リンクレア
ロックペイント
六甲バター
ロッテ
ロングライフホールディングわ行
ワキタ関連項目
エイベックス・グループ
岩井財閥
トヨタ自動車
三水会
三和銀行
シャープ
鈴木商店
鴻池財閥
山口財閥
日産コンツェルン
日窒コンツェルン

注釈

(注1)は三菱グループでもある。
(注2)は芙蓉グループでもある。
(注3)は第一勧銀グループでもある。
(注4)は大輪会でもある。
(注5)は古河グループでもある。
(注6)は最勝会グループでもある。

表話編歴三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)
公式サイト:www.mufg.jp| Category金融持株会社
三菱UFJフィナンシャル・グループ主要子会社
三菱UFJ銀行
三菱UFJ信託銀行
三菱UFJ証券ホールディングス地方銀行・第二地方銀行
中京銀行新たな形態の銀行
auじぶん銀行証券会社
三菱UFJモルガン・スタンレー証券
モルガン・スタンレーMUFG証券
auカブコム証券海外銀行
ユニオン・バンク
アユタヤ銀行
ダナモン銀行
ベトナム産業貿易銀行(英語版)
大新銀行(英語版)
ハッタ・カクセカー
Mitsubishi UFJ Investor Services & Banking (Luxembourg)海外証券
モルガン・スタンレー
MUFG Securities (Canada)
MUFG Securities EMEA
Mitsubishi UFJ Trust International
MUFG Securities Asia (Singapore)
MUFG Securities Asiaリース
三菱HCキャピタル
東銀リース保険
キャピタル損害保険|債権回収
エム・ユー・フロンティア債権回収ベンチャーキャピタル・ベンチャー投資
三菱UFJキャピタル
三菱UFJイノベーション・パートナーズ
丸の内キャピタルファクタリング
三菱UFJファクター調査・コンサルティング
三菱UFJリサーチ&コンサルティング
三菱アセット・ブレインズ
三菱UFJトラスト投資工学研究所
MUMECビジョナリーデザイン
三菱UFJ個人財務アドバイザーズ
Japan Digital Design
HRガバナンス・リーダーズシステム
三菱総研DCS
三菱UFJインフォメーションテクノロジー
三菱UFJトラストシステム
エム・ユー・ビジネス・エンジニアリング証券代行
日本シェアホルダーサービス銀行代理業務
三菱UFJフィナンシャルパートナーズ資産運用・管理
日本マスタートラスト信託銀行
三菱UFJ国際投信
MU投資顧問不動産・不動産仲介
三菱UFJ不動産販売住宅ローン・ファイナンス
三菱UFJローンビジネス
日本住宅無尽消費者金融
アコムカード・信販・ネット決済
三菱UFJニコス
菱信ディーシーカード
ジャックス
ジャルカード
東京クレジットサービス
ペイジェント電子債権記録
日本電子債権機構

関連項目
三菱財閥
三菱グループ
みどり会
MUFGプラザ
JCB
オーディー05オムニバスチャイナトリーティ
三菱銀行本店 (建築物)
東京銀行本店 (建築物)
BONYT JA
MUFG RFC前身企業
三菱東京フィナンシャル・グループ
東京三菱銀行
三菱銀行
第百銀行
東京銀行
横浜正金銀行
三菱信託銀行
日本信託銀行
UFJホールディングス
UFJ銀行
三和銀行
東海銀行
UFJ信託銀行
東洋信託銀行
しんきん信託銀行

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