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ヴァネッサ・コーネジョ・ウブリエタ・ライン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

コービー・ブライアントKobe Bryant
トークイベントでのブライアント (2010年)故人愛称
Black Mamba国籍
アメリカ合衆国生年月日
1978年8月23日没年月日
(2020-01-26) 2020年1月26日(41歳没)出身地
ペンシルベニア州フィラデルフィア死没地
アメリカ合衆国カラバサスロサンゼルス身長(現役時)
198cm (6 ft 6 in)[a]体重(現役時)
96kg (212 lb)キャリア情報高校
ローワー・メリオン高校NBAドラフト
1996年 / 1巡目 / 全体13位[1]
シャーロット・ホーネッツから指名プロ選手期間
1996年–2016年 ポジション
SG背番号歴
8, 24永久欠番
レイカーズ  8   24 経歴1996-2016ロサンゼルス・レイカーズ受賞歴
5× NBAチャンピオン (2000-2002, 2009, 2010)
NBAシーズンMVP (2008)
2× NBAファイナルMVP (2009, 2010)
18× NBAオールスター (1998, 2000-2016)
4× NBAオールスターゲームMVP (2002, 2007, 2009[b], 2011)
11× オールNBAファーストチーム (2002-2004, 2006-2013)
2× オールNBAセカンドチーム (2000, 2001)
2× オールNBAサードチーム (1999, 2005)
9× NBAオールディフェンシブ・ファーストチーム (2000, 2003, 2004, 2006-2011)
3× NBAオールディフェンシブ・セカンドチーム (2001, 2002, 2012)
NBAオールルーキー・セカンドチーム (1997)
2× NBA得点王 (2006, 2007)
4× シーズン最多得点 : 得点 (年度)
2,461 (2003), 2,832 (2006), 2,430 (2007), 2,323 (2008)
3× シーズン最多フィールドゴール成功 : 成功数 (年度)
868 (2003), 978 (2006), 813 (2007)
2× シーズン最多フリースロー成功 : 成功数 (年度)
696 (2006), 667 (2007)
NBAスラムダンクコンテスト優勝 (1997)
NBA75周年記念チーム
No. 8 & 24 ロサンゼルス・レイカーズ永久欠番
ネイスミス・プレップ年間最優秀選手賞 (1996)
パレード誌オールアメリカン・1stチーム (1996)
パレード誌オールアメリカン・4thチーム (1995)
マクドナルド・オール・アメリカン (1996)
第90回アカデミー短編アニメ賞 『Dear Basketball』NBAキャリアハイレギュラーシーズン / プレーオフ得点
81 / 503ポイント成功数
12 / 6リバウンド
16 / 16アシスト
17 / 13NBA通算成績得点
33,643 (25.0 ppg)リバウンド
7,047 (5.2 rpg)アシスト
6,306 (4.7 apg)
Stats  Basketball-Reference.com
Stats  NBA.com 選手情報 NBA.Rakuten

バスケットボール殿堂入り選手 (詳細)代表歴キャップ
アメリカ合衆国 2007-2012獲得メダル

アメリカ合衆国
オリンピック

2008 北京
バスケットボール

2012 ロンドン
バスケットボール

コービー・ブライアント(Kobe Bean Bryant [ˈkoʊbiː] KOH-bee; 1978年8月23日 – 2020年1月26日[3])は、アメリカ合衆国・ペンシルベニア州フィラデルフィア出身の元プロバスケットボール選手。NBAのロサンゼルス・レイカーズでフランチャイズ・プレイヤーとして活躍した。ポジションはシューティングガード。身長198cm、体重96kg。
“絶対的”エースとして数々の勝負を決するクラッチシュートを沈めてきたことから、狙った獲物は99.9%の確率で仕留めるといわれている世界で最も危険な猛毒蛇の一種「Black Mamba(ブラックマンバ)」の愛称を持つ。

概要[編集]
17歳でNBA入りして以降、名門ロサンゼルス・レイカーズのフランチャイズ・プレイヤーとして最長の20年間にわたって活躍し、NBAチャンピオン5回、シーズンMVP1回、ファイナルMVP2回、オールNBAチーム選出15回、NBAオールディフェンシブチーム選出12回、NBA史上最年少記録となる18歳でのNBAスラムダンクコンテスト優勝&19歳でのNBAオールスターゲーム選出、以降現役引退するまで18年連続選出ならびに歴代最多のNBAオールスターゲームMVP4回に輝くほか、NBA歴代2位の1試合81得点の記録を持つなど、キャリア初期から大ベテランの域に入るまで長年に渡ってリーグ最高の選手の一人として君臨し続けたNBAを代表するスーパースターである。そのキャリアや「Mamba Mentality(マンバ・メンタリティ)」と称されるさまざまな逸話から、バスケットボール界のみならず、各界の著名人からも慕われるなどカリスマ的な人気を誇った。
現役時代の背番号はシャキール・オニールとのコンビで若くして三連覇を達成した「8」と、成熟しチームリーダーとして二連覇を達成した「24」の2つの時代に分けられる。引退後にはロサンゼルス市がコービーに敬意を表し、現役時代の背番号を組み合わせた8月24日を「Kobe Bryant Day (コービー・ブライアントの日)」としてロサンゼルス市の記念日に制定した。またレイカーズは、同一選手においてNBA史上初となる二種類の背番号の永久欠番を発表した。
2020-21シーズン現在、レギュラーシーズン通算33,643得点を挙げNBA歴代第4位。プレーオフ通算5,640得点を挙げNBA歴代第4位。オールスター通算290得点を挙げNBA歴代第2位に位置している。

両親と名前の由来[編集]
父親は元NBA選手のジョー・ブライアントで、母親は元NBA選手ジョン・コックスの妹であるパミラ・コックス。彼の名前“KOBE”は、父ジョーのお気に入りだったアメリカの鉄板焼きレストラン「Kobe Steak House(神戸ステーキハウス)」に妻と行った際、“KOBE”(神戸)の名前の由来を店主に聞いたことをきっかけに、両親が名前を気に入って付けたものである[4][5]。
コービー本人は1998年に初来日した際に、生まれて初めて自身の名前の由来となった神戸を訪れている。その際、東京で開催されたアディダス・ABCバスケットボールキャンプでの募金を市民福祉に役立てるため神戸市に寄付した。また、2001年12月13日には神戸大使に委嘱され[6]、2011年まで続けた[7]。

生い立ち[編集]
アメリカ生まれのイタリア育ち[編集]
コービーは父親のジョーがNBAで3年目、フィラデルフィア・セブンティシクサーズに所属していた1978年に、2人の姉の弟として生まれた。父ジョーはNBAにおいてスタープレーヤーではなかったものの、触発されたコービーは次第にバスケットボール選手を志すようになり、ジョーの練習や試合には常に付き添ってバスケットの技術と知識を培うようになった。ジョーはその後サンディエゴ・クリッパーズ、ヒューストン・ロケッツを渡り歩き、1983年にはNBAを離れ、大西洋を渡ってイタリアリーグに移籍することになった。父親に連れ立って一家もイタリアに引越し、6歳だったコービーはイタリアで約7年を過ごすことになる。

高校時代[編集]
ローワー・メリオン高校に飾られている高校時代のジャージと功績。コービーはフィラデルフィアのローワー・メリオン高校に進学。長年イタリアで過ごしてきたコービーにとってアメリカは異文化の地であり、最初はその環境に馴染むことに苦労したが、3年生になる頃にはいよいよその才能を発揮し始め、このシーズンには31.1得点10.3リバウンド5.2アシストの成績を残して州の最優秀選手に選ばれる。またNBA伝説の巨人ウィルト・チェンバレンが長年保持していたペンシルベニア州の高校得点記録を更新するなど一躍注目選手となった彼のもとには、複数のNCAA名門校からスカウトが訪れるようになり、またオフシーズンに全米から優秀な高校バスケット選手が集うABCDキャンプに参加し、ここでも目覚ましい活躍を見せたことで、プロからも熱い視線を受けるようになった。4年生のシーズンには母校を42年ぶりの州チャンピオンシップに導いている。
NBAキャリア[編集]
ドラフト[編集]
高校に在学中のコービーは多くのバスケット選手がそうしたように、大学への進学を考えていた。ところが彼が高校を卒業する前年の1995年のNBAドラフトでケビン・ガーネットが高校を卒業したばかりの選手としては実に20年ぶりの指名を受け、高卒選手に対してNBAへの道がひらけたことでコービーは心変わりし、NBA入りを決意。高校での最後のシーズンが終了した後、会見を開いて1996年のNBAドラフトへのアーリーエントリーを宣言した。またコービーは、当時すでに引退を目前に控えていた憧れのマイケル・ジョーダンと対戦したかったこともひとつの理由であると語っている。
前年にガーネットが全体5位という上位指名を受けたとはいえ、当時はまだNBA関係者の大半が高校を卒業したばかりの選手が即プロで通用するとは思っておらず、この年のドラフト候補生の中ではコービーは特別評価の高い選手というわけではなかった(この年のドラフト候補生にはアレン・アイバーソンやステフォン・マーブリー、レイ・アレンなど、名だたるスター候補生が揃っていた)。しかしドラフト前に行われたワークアウトでコービーの才能を見抜いていた当時ロサンゼルス・レイカーズのゼネラルマネージャーだったジェリー・ウェスト[8] がコービー獲得に動いた。ドラフト当日、コービーは全体13位でシャーロット・ホーネッツからの指名を受けるが、コービーは「レイカーズに入団できなかったら、デューク大学に進学する」と譲らなかった。そこでウェストはホーネッツとトレードを行い、生え抜きのベテランセンターブラデ・ディバッツを放出し、かわりにコービーを獲得(このトレードはシャキール・オニール獲得のためのサラリーキャップ調整のためでもあった)。コービーは名門レイカーズの一員としてNBAのキャリアをスタートさせることになったのである。なお、レイカーズが持っていた24位指名権は、コービーと後に多くの栄光を共にするデレック・フィッシャーに行使された。またこの年のドラフトは先の3人のほか、マーカス・キャンビーやシャリーフ・アブドゥル=ラヒーム、アントワン・ウォーカー、ジャーメイン・オニール、スティーブ・ナッシュらが指名を受けており、ドラフト史上でも屈指の豊作の年と評価された。

キャリア初期[編集]
1996-97シーズン 才能の片鱗ルーキーイヤーとなった1996-1997シーズンはシューティングガードの他にスモールフォワード、ポイントガードもこなしたが出場時間は約15分とまだ少なく、このシーズンは平均7.6得点の成績に終わった。それでも随所で才能の片鱗は見せており、1月28日のダラス・マーベリックス戦では故障者が続出したことも手伝って初めて先発に抜擢され、18歳と158日で当時のNBA先発出場最年少記録を塗り替えた。またオールスター・ウィーク・エンドではスラムダンクコンテストに出場し、レッグスルーダンクを決めこちらもNBA史上最年少での優勝を果たした。その他、ルーキーチャレンジでは当時の歴代最多得点となる31得点をあげている。

1997-98シーズン スター選手の仲間入りへ2年目の1997-1998シーズンになると出場時間も増え、その才能を発揮し始める。そのプレーはファンの心を掴み、ベンチスタートであったが試合途中に交代で出場すると大きな歓声が起こり、多くのファンがいたことがうかがえた。その人気を象徴する出来事がこの年のNBAオールスターゲームだった。コービーはレイカーズでは控えにもかかわらずファン投票によりNBA史上最年少でオールスターに選出され、しかも先発出場という異例の出来事となった。所属チームで控えの選手がオールスターの先発に名を連ねるのは過去にも先にもNBA史上コービーだけである。試合では周囲の期待に応えるように派手なダンクやテクニカルなプレーで観客を沸かせ、プロ2年目、わずか19歳でスターの仲間入りを果たす。レイカーズはコービーの急成長もあってチームは61勝21敗の好成績を残し、コービー自身もシーズン途中までは平均20点近い得点を挙げ、6thマン賞受賞は確実と目されていたが、シーズン後半に調子を落とし(最終成績は15.4得点)、記者投票では2位に終わった。

1998-99シーズン シャックの存在ロックアウトで50試合に短縮された1998-1999シーズンにはリック・フォックスから完全に先発を奪い、成績を19.9得点5.3リバウンドまで伸ばして初のオールNBA3rdチームに選出される。名実共にリーグトップレベルの選手に成長したコービーだったが、彼の活躍、人気が増すごとに、レイカーズの大黒柱、シャキール・オニール(以後シャック)との摩擦も大きくなり、2人の“不仲説”が公に報じられるようになった[9]。この頃のレイカーズはレギュラーシーズンこそ高い勝率を残すもののプレーオフでは敗退を繰り返しており、1997-98シーズンにはユタ・ジャズに、そしてこの年もティム・ダンカン、デビッド・ロビンソンのツインタワーを擁するサンアントニオ・スパーズに2年連続でスウィープ負けを喫していた。

三連覇時代へ[編集]
1999-00シーズン フィル・ジャクソンの就任、初優勝へ ショートアフロがトレードマークだった若き日のコービー。なかなか優勝に手が届かないレイカーズは新シーズン開幕を前にチーム改革に踏み切った。最も大きな動きは、コービーもその招聘を待望していたシカゴ・ブルズを2度の三連覇に導いたフィル・ジャクソンのヘッドコーチ就任だった。彼の指導により、コービーとシャックは少なくともコートの中では共存の道を見つけることができるようになった。また、ベテランのロン・ハーパーらが加入してロスターが大幅に入れ替わり、レイカーズは新たな指導者と新たな陣容で新シーズンを迎えた。
1999-00シーズンが始まるとレイカーズは快進撃を開始。終わってみれば史上でも屈指の勝率となる67勝15敗の成績だった。コービー自身は初のアベレージ20得点越えとなる22.5得点6.3リバウンド4.9アシストを記録し、オールNBA2ndチームに選出された(シャックはシーズンMVPを受賞)。また、ディフェンス面での大幅な改善が見られ、NBA史上最年少でオールディフェンシブ1stチームに選ばれるなど、攻守共にハイレベルなスーパースターへと成長した。プレーオフではライバルチームのサクラメント・キングスやポートランド・トレイルブレイザーズの前に思わぬ苦戦を強いられるが、カンファレンス決勝は第7戦でのコービーの25得点11リバウンド7アシスト4ブロックという活躍によってブレイザーズを4勝3敗の末に降し、念願のNBAファイナル進出を果たす。
ファイナルではレジー・ミラー擁するインディアナ・ペイサーズと対戦。コービーにとっては夢にまで見た大舞台だったが、第2戦で足首を捻挫してしまい、第3戦はベンチから試合を見守るという屈辱を強いられた。レイカーズはコービー不在でもシャックがコートで大いに暴れ回り、最初の3試合を2勝1敗とシリーズを優位に進めた。最高の舞台を目の前に居ても立っても居られなくなったコービーは、怪我も癒えぬうちに第4戦に強行出場した。試合は接戦となり、延長に突入。オーバータイムではこの日ファウルトラブルに陥っていたシャックがついにファウルアウトに追いやられたが、足を引き摺ったままプレイを続けるコービーがオーバータイムのチームの得点のほとんどをあげるという活躍を見せ、レイカーズを勝利に導いた。レイカーズはその後4勝2敗でペイサーズを降し、レイカーズにとっては1988年以来の優勝を決めた。コービーにとっては4年目にして初の優勝となった。

2000-01シーズン 二連覇へチャンピオンチームとして迎えた新シーズンもコービーは平均28.5得点をあげるなど絶好調で、私生活ではプレーオフを前にした4月に電撃結婚するなどうれしい話題があった。チームは56勝26敗と前年ほどではなかったが、プレーオフに入れば1回戦からカンファレンス決勝までの全シリーズを全勝で勝ち抜くという圧倒的な強さでファイナルに進出。ファイナルではコービーとは同期であるアレン・アイバーソンのフィラデルフィア・セブンティシクサーズと対決し、4勝1敗で降して連覇を達成した。

2001-02シーズン 傷心の地元でのオールスター、三連覇へ連覇を果たし、オールNBAチームなどにももはや常連となっていたコービーだが、過去2年は故障にも苦しみ、1999-00シーズン、2000-01シーズンは2年連続で出場回数は60試合代に留まっていた。しかしこのシーズンにはキャリアで初めて80試合に出場し、成績も25.2得点5.5アシストと高水準を維持。オールNBAチームでは初の1stチームに名を連ねた。出身地であるフィラデルフィアで開催されたオールスターでは自身初のMVPを受賞。しかし前季のファイナルで地元のチームフィラデルフィア・セブンティシクサーズをレイカーズが破っているため、オールスターにファイナルの感情を持ち込んだ観客から心無いブーイングを食らってしまい、コービーにとって地元でのオールスターは傷心のMVPとなってしまった。プレーオフでは3年連続でファイナルに進出し、ジェイソン・キッド率いるニュージャージー・ネッツと対決。4戦全勝という最高の形でシリーズを制し、ついに三連覇を達成した。当時23歳だったコービーは、3回の優勝を経験した史上最も若い選手となった。

王朝の揺らぎ、そして崩壊[編集]
2002-03シーズン モチベーションのギャップ三連覇を達成して無敵の名をほしいままにしていたレイカーズだが、コービーとシャックの反目は優勝の美酒に和らぐどころかむしろ年々強まっており、彼らのロッカールームは冷め切っていた。2002-2003シーズンはシャックが開幕から欠場。シャックの不在で伸び伸びとプレイしたコービーは持ち前の得点力が爆発。40得点以上を19回、50得点以上を3回、さらに9試合連続40得点以上を記録、そして当時のNBA新記録となる1試合12本の3ポイントを成功させる(その試合は僅か5分間で6本の3ポイント決めた)等思う存分得点を獲りまくり、このシーズン初のアベレージ30得点越えとなる30.0得点6.9リバウンド5.9アシストを記録し、得点王レースでは2位につけるなど個人としては過去最高のシーズンを送っていたが、チームはコービーとシャックの不仲による影響や、三連覇したことでのモチベーションの低下などが響き、50勝32敗と波に乗り切れないシーズンだった。プレーオフではカンファレンス準決勝でスパーズと対戦し、2勝4敗で敗戦。レイカーズの連覇記録はこの年に途絶えた。
ちなみにこのシーズンのコービーのシーズンハイは55得点であり、この数字を記録したのが憧れのジョーダンとの最後の試合だった。

2003-04シーズン 王朝の崩壊、コービーの“決意” 「コービー&シャック」NBA史に名を残す最強デュオは内部崩壊という最悪の形で終焉を迎えた。王座奪回を目指すレイカーズはオフにカール・マローンとゲイリー・ペイトン、2人のビッグネームを獲得するという大型補強を敢行。シャックにコービー、マローン、ペイトンと史上類を見ない豪華な陣容に、新シーズンのレイカーズへの期待はいやが上にも高まった。しかし再び頂点に返り咲くはずだったシーズンを、コービーはコート外のスキャンダルで台無しにしてしまう。オフの6月に19歳の女性からレイプされたと訴えられたのである(詳細は後述)。このスキャンダルでコービーは観客のブーイングや裁判所とアリーナを行き来する生活に悩まされるシーズンを送る羽目となった。また期待の補強組もマローンがシーズンの半分近くを欠場、全ての栄誉を手に入れてしまったシャックのモチベーションはますます下がっており、さらに今度はコービー自身も膝や肩の故障に襲われるなど、このシーズンのレイカーズは受難続きだった。それでもプレーオフでは勝ち抜いて、ファイナルに進出。デトロイト・ピストンズと対戦するが、22.6得点に抑え込まれ1勝4敗と完敗を喫してしまい、王座奪回は失敗に終わった[10]。
この頃になるとコービーとシャックの関係は危険水域に達していた。シャックはコービーの独りよがりなプレイが気に入らず、コービーとしては完璧主義な自分と対照的に、練習嫌いで知られるシャックがコンディショニング不足や仮病等により、たびたびチーム練習やレギュラーシーズンの試合を欠席していたという状況、そして三連覇を達成しても評価が上がるのはシャックばかりという状況(3回の優勝でファイナルMVPを獲得したのは全てシャック)は受け入れ難いものだった。また、コービーは常にシャックの機嫌を伺いながら指揮するジャクソンHCにも不信感を抱いており、21世紀最初の王朝を築いたチームはすでに内部崩壊していた。
2004年のオフシーズン、ついにレイカーズ王朝に幕が降ろされる。この年、フリーエージェントとなったコービーは再契約を望むレイカーズに対し、この先もシャックをチームの中心に据えるなら、そしてジャクソンの下でプレーしなければいけないのならば自分がチームを去る、という意志をちらつかせチームにエースの座を要求した。レイカーズは結局コービーを選択し、シャックとジャクソンはレイカーズを退団、夢のチャンピオンリングを求めてレイカーズにやってきたマローン、ペイトンもレイカーズを去り、同期のフィッシャーも移籍するなどして[11]、王朝チームは完全に崩壊した。コービーはレイカーズと7年で総額1億3600万ドル(約168億円)の大型契約を結んだ。ちなみにこの時ロサンゼルス・クリッパーズはコービー獲得を本気で狙っていた。

栄光と不満の日々[編集]
2004-05シーズン 理想と現実晴れてエースの座についたコービーだったが、彼を待っていたのは辛い現実だった。新ヘッドコーチには名将ルディ・トムジャノビッチを招き、ラマー・オドムやカロン・バトラーら新戦力を揃えたが、一度ゼロから仕切り直したチームが王朝時代のように勝てるはずがなく、2004-2005シーズンは34勝48敗と負け越し、11年ぶりにプレーオフ出場を逃すという屈辱を味わった。新エースとして意気込んで新シーズンに臨んだコービーも27.6得点6.0アシストの成績を残すが、フィールドゴール成功率は43.3%の低水準に沈み、評価を上げるどころかシャックやジャクソンを追い出した挙句にプレーオフにすら導けなかったとして、NBAファンや関係者からはコービーに対する激しいバッシングが巻き起こった。
トムジャノビッチHCはシーズン終了を待たずして「体調不良」を理由に突然ヘッドコーチを辞任してしまったが[12]、オフには1年前に退団したばかりのジャクソンが再びレイカーズのヘッドコーチとして招聘された。ジャクソンはこの期間に出版した著書“The Last Season”の中でコービーを「コーチング不可能な選手」などと痛烈に批判しており、コービーとの関係が不安視されていたが、コービー自身はレイプスキャンダルがようやく解決したこともあり、新シーズンを良好な状態で迎えようとしていた。

2005-06シーズン 不動の現役“No.1”プレイヤーへ2005-06シーズンはコービーの類稀な得点力が遺憾なく発揮されたシーズンだった。開幕から4試合連続で30得点以上を記録すると、8試合目で42得点をあげたのを皮切りに、このシーズンは27試合で40得点以上を記録。4試合連続40得点以上は3度もあり、1月に記録した月間平均得点は43,4得点と、ウィルト・チェンバレン以来となる記録を叩き出した。1月と3月は40得点以上の試合を7試合記録していた。さらに4月は8試合全てで30得点以上、40得点以上が5回で月間平均40得点を記録している。そして極めつけは1月22日のトロント・ラプターズ戦でアイウエオかきくけこ達成した81得点である。この1ヶ月前のダラス・マーベリックス戦では3Q終了時点ですでに62得点をあげていたが、試合の大勢はすでに決まっていたためジャクソンHCは4Qでコービーを起用しなかった。(ちなみに3Q終了時のマーベリックスの総得点は61点であり、コービー1人で相手チームの総得点を上回るという衝撃的なスコアリングショーを魅せていた。)そしてこのラプターズ戦でもジャクソンはアシスタントコーチに「この辺で彼を下げたほうがいいと思うんだが…」と、コービーをベンチに下げようとしたが、アシスタントコーチに「いえ、それはできないと思いますよ。いま77点目をあげたところです。」と制止されたため、コービーの偉業が達成された。この試合、フィルはコービーのパフォーマンスに対してそれほど注目していなかったという。81得点はウィルト・チェンバレンが記録した100得点に次ぐ歴代2位の記録となった[13]。マイケル・ジョーダンとともにシカゴ・ブルズ黄金時代を築いた経験のあるジャクソンHCは試合後「今夜のコービーはジョーダンのどんな試合よりも凄かった。」とコービーに最大限の賛辞を送った。次々と高得点を叩き出したコービーのこのシーズンの成績は35.4得点5.4リバウンドとなり初の得点王に輝く。アベレージ35得点越えはジョーダンが1986-87シーズンに記録して以来の極めて高い数字だった。
絶好調のコービーに率いられてレイカーズはこのシーズン45勝37敗と勝ち越し、プレーオフに進出。1回戦でフェニックス・サンズと対戦した。第4戦では2点ビハインドの状況で試合終了間際にジャンプショットを決めて試合を延長に持ち込ませると、オーバータイムでは1点ビハインドの状況で今度はブザービーターを炸裂させ、チームに劇的な逆転勝利をもたらしている。結局シリーズはサンズがものにし、レイカーズは1回戦で敗退したものの、この年はコービーを“現役屈指のスコアラーの一人”から“歴代屈指のスコアラーの一人”と、その評価を一段階押し上げたシーズンだった。

2006-07シーズン 栄光と苦悩 2006-07シーズンから背番号を『24』に変更。2006-07シーズンに入ってもコービーの勢いは止まらず、チェンバレン以来となる1シーズンで50得点以上を10回記録。(3月にはNBA記録となる4試合連続で50得点以上を挙げた。さらにその内2試合は60得点を超えており、4試合の合計得点225得点はNBA史上最高の記録である。ちなみにその次の試合でも43得点、その2試合後には53得点を叩き出している。)3月16日~4月18日までの1ヶ月間のみで50得点以上を7回達成するなど思うがままに得点を獲り続け、31.6得点5.7リバウンド5.4アシストの成績で2年連続で得点王に輝き[14]、オールスターでは2度目のMVPを獲得した。コービーの孤軍奮闘の活躍によってチームも2年連続でプレーオフに進出し、昨シーズン同様1回戦でフェニックス・サンズと対戦した。2連敗で迎えた第3戦では45得点を挙げ一矢報いるも優勝候補の一角サンズとの大きな戦力差は明白で2年連続の1回戦敗退となった。
コービーが次々と叩き出す並外れた数字に「一人でシュートを打ちすぎる」、「チームの勝利よりも自分の得点を優先させている」と眉根を寄せる人々が少なくなかったが、それでもコービーが史上最高クラスのスコアラーであるという点で多くの人々の間では意見が一致しており、また一部からは「こと得点力に関してはジョーダンを越えているのではないか」という声さえ上がり始めた。この頃にはスキャンダルで著しく汚されたコービーへのイメージがだいぶ回復しており、ジャージー売り上げは全選手で1位に輝くなど、周囲からの評価はかつてないほど高まりつつあった。しかしそんな巷の評判をよそに、コービー自身はプレーオフ1回戦敗退を繰り返すチームに不満を募らせていた。

最高峰の選手として[編集]
2007-08シーズン “ターニングポイント”新たな因縁 それまでの苛烈な発言を封印し、プレーに集中するコービー。コービーのチームに対する不満は2年連続でサンズの前にプレーオフ1回戦敗退を喫した後に爆発。チームに対し、補強が進まない場合は自身をトレードして欲しいと要求した[15]。コービーがとったこの行動がここまで積み重ねてきたコービーへの評価を再び台無しにすることになってしまい、トレード要員になるはずのチームメイトに対する配慮に欠けた発言や、チームフロントに対する攻撃的な批判はファンの反感を買った。コービー自身はその後トレード要求を撤回したが事態は収まらず、コービーはホームのステイプルズ・センターで開催された2007-08シーズンの開幕戦で、レイカーズファンからブーイングを浴びてしまったのである。
5年ぶりのファイナルは失意の敗退となった。しかし新シーズンが始まるとコービーはそれまでの苛烈な発言を一切封印してプレーに集中し、以前よりも増してリーダーシップを発揮するようになり、コービーの変化にチームも刺激されたか最初の10試合を7勝3敗と快調な滑り出しを見せた。開幕前には3シーズンレイカーズから離れていたフィッシャーが復帰しており、またトレード要求の一件でコービーとひと悶着あったアンドリュー・バイナムが急成長を見せるなど、好材料が揃っていた。
オフでは結局コービーが望んだような大型補強はなかったが、トレードデッドライン目前の2月になって、コービーを歓喜させる重要なトレードが実行される。メンフィス・グリズリーズからリーグ有数のビッグマン、パウ・ガソルを獲得したのである[15]。このトレードでレイカーズが失ったものはなきに等しく、「近年最も不公平なトレード」として記録されるが、シャックの退団以後インサイドの駒不足に悩んでいたレイカーズにとってはこの上ない補強であり、レイカーズの戦力は大幅に向上した。レイカーズは勝ち星を積み重ね、混戦となったウエスタンカンファレンスでトップとなる57勝を記録し、一躍優勝候補へとのし上がった。
コービーは28.3得点6.3リバウンド5.4アシストを記録し、念願のシーズンMVPを受賞した[15]。開幕直後にはコービーにブーイングを浴びせていたステイプルズ・センターのファンも、シーズン終盤にはコービーに対し“MVP”コールを送った。プレーオフではウエストの並み居る強豪を蹴散らして5年ぶりのファイナルに進出。奇しくも同じ年に名門復活を果たしたレイカーズの永遠のライバル、ボストン・セルティックスと対戦したが、セルティックスの堅い守りを崩せず、2勝4敗で敗退した。

2008-09シーズン シャックの“幻影”からの解放、悲願の頂点へ MSGで当時のアリーナ記録となる61得点を挙げたコービー。オフには初めてアメリカ代表としてオリンピックに出場し、金メダルを獲得。代表チームでは得点に対する欲を捨て、主にディフェンスでの献身的な姿勢が高く評価され、コービーが以前のコービーではなくなったことを周囲に改めて認識させた。
そして迎えた2008-09シーズン、レイカーズは優勝候補筆頭として開幕から快進撃を続け、65勝17敗で2年連続カンファレンストップに立った。コービー自身は靭帯が断裂した右手小指の手術ができずに開幕を迎えていたことが不安視されていたが、それは杞憂に過ぎなかった。チームの戦力が大幅に改善されたことで、これまでのように毎試合フル出場する必要はなくなったため、このシーズンは平均36.1分と先発に定着してからでは最も少ない数字となり、出場時間の減少で成績は26.8得点5.2リバウンド4.9アシストだったが、それでもコービーがリーグ最高峰の選手であることは変わりなく、2月2日にはニューヨーク・ニックスのホーム、マディソン・スクエア・ガーデンで当時のアリーナ新記録となる61得点を記録するなど、話題を振りまくことも忘れなかった。オールスターでは自身3度目のMVPを獲得している。
プレーオフではカンファレンス準決勝でトレイシー・マグレディと姚明という主力が飛車角落ちしたヒューストン・ロケッツ相手に第7戦に持ち込まれるなど苦戦する場面もあったが、期待通りに2年連続でファイナルに進出。王座奪還に燃えるコービーは対戦相手のオーランド・マジックに対し、第1戦で40得点を記録して先制パンチを浴びせると、その後もコンスタントに高得点をあげ続け、マジックにほとんど付け入る隙を与えず、4勝1敗でファイナルを制した。コービーにとっては7年ぶりの優勝となった。シャックがレイカーズを退団してからのコービーの5年間は、「シャックが居なくても優勝できる」ことを証明するための5年間でもあった。そしてようやく成果を収めたこのファイナルでシリーズ平均32.4得点7.4アシスト5.6リバウンドを記録したコービーは、念願のファイナルMVPを獲得した。そして、シャックもコービーの実力をついに認め、祝福の言葉を送った。

2009-10シーズン 満身創痍での“リベンジ”5度目の優勝へ 前年チャンピオンチームとしてホワイトハウスに招かれたコービー&レイカーズ。コービー自身キャリア2度目の連覇へ向けての挑戦となったこのシーズン、NBAで2年連続優勝したチームはコービーがシャックとのコンビで三連覇を達成した2002年のレイカーズが最後で、それ以来どのチームも達成できていない。
開幕からガソルが怪我で欠場したことで、コービーはガソルが欠場した最初の11試合で4度の40得点オーバーを記録するなど過去2年ほどレギュラーシーズンでは抑えていた得点能力を存分に発揮することになる。また12月4日のマイアミ・ヒート戦では、ドウェイン・ウェイドの上から逆転ブザービーターを決めるなど最高のスタートを切ったと思われたが、12月11日のミネソタ・ティンバーウルブズ戦で試合中に相手選手との接触で右手人差し指を剥離骨折してしまう。
コービーは欠場こそ免れたものの、残りのシーズンをテーピングを巻いて戦うこととなる。しかし12月16日のミルウォーキー・バックス戦で再び逆転ブザービーターを決めるなど骨折の影響を感じさせないプレーを披露すると、年が明けた1月1日のサクラメント・キングス戦では逆転ブザービーターを決め、リーグトップクラスの選手でも数年に1度あるかという決勝ブザービーターを、わずか1ヶ月の間に3度も決めて見せた。結局コービーはシーズン終了までに6度の決勝シュートを沈め、驚異の勝負強さを改めて知らしめることになった。また、2月1日のメンフィス・グリズリーズ戦ではジェリー・ウェストの保持していたレイカーズのチーム通算得点記録を更新し[8]、4月2日には、来季で終了するレイカーズとの契約を、35歳になる2013-14シーズンまで3年総額8960万ドル(約85億1000万円)で延長するなど、明るい話題もあった[16]。一方で体の方は骨折した右指に神経を使いながらプレーするあまり、新たに足首、膝、背中を痛めてしまうなど試合毎に怪我が蓄積しており、31歳のコービーの体は満身創痍の状態になっていた。
プレーオフ1回戦オクラホマシティ・サンダー戦はコービーのコンディションの悪さもあって、最初の4試合を2勝2敗のタイで終える。この時点でコービーの膝は、このシリーズ中に膝に溜まった水を抜く処置をしなければいけないほど酷くなっていた。しかし結果的にその処置が功を奏し、復調の兆しを見せたコービーに引っ張られるようにレイカーズはその後きっちりと連勝し、苦しみながらも1回戦を突破した。その後のカンファレンス準決勝のユタ・ジャズ、決勝のフェニックス・サンズも、本来の動きに戻りつつあるコービーを止めることが出来ず、レイカーズは3年連続のファイナル進出となった。ファイナルでレイカーズを待っていたのは、2年前破れた宿敵ボストン・セルティックスであった。リーグ屈指のディフェンス力を誇るセルティックス相手に互いに一進一退となった攻防は、伝統の一戦に相応しく第7戦までもつれこむことになった。激しい試合となった第7戦は序盤からセルティックスが有利に試合を進めて行くも、ホームの後押しを受けたレイカーズが徐々に追い上げ第4Qついに同点に追いつく。この試合ここまで堅い守りに苦しめられてきたコービーだったがこの状況でついに目覚め、逆転フリースロー、さらに続けざまにジャンプシュートを沈め連続4得点を奪い一気に流れを引き寄せた。結局このリードを守りきり追いすがるセルティックスを83-79で振り切ったレイカーズが、2年前のリベンジを果たし連覇を達成した。満身創痍でシーズンを戦い抜いたコービーは自身5度目の優勝、そしてシリーズ平均28.6得点8.0リバウンドを記録し2年連続となるファイナルMVPを受賞した。

2010-11シーズン 三連覇ならず“不完全燃焼”のシーズン シーズン通して安定感がなかったレイカーズ。オフシーズンにフィル・ジャクソンHCが、このシーズンを最後に監督業からの完全引退を表明するなどレイカーズはチームとしての集大成的な意味合いを持つシーズンとなった。
コービーはオフに手術した右膝の回復が予定より長引いたため、プレシーズンからのぶっつけ本番でコンディション作りに励むことになった。それでもシーズンに入るとコービー自身からは「問題ない。」と言った言葉が何度となく聞かれたが、実際には手術した右膝の状態が思わしくなく、3年連続でのNBAファイナル出場や北京五輪出場といった度重なる連戦により体を酷使していた影響で、右膝の軟骨が磨り減ってほとんど存在しないような状態であった。コービーはチーム練習にもシーズン通して都度、参加できないような状態で、ジャクソンHCはコービーの出場時間をセーブするという方法を取らざるを得ず、これはシーズン通して徹底され試合展開やコービーの好不調関係なく決まった時間帯には必ず下げるという方法を取り続けた。その結果レギュラーシーズンのコービーのプレイタイムは、昨シーズンから1試合平均5分少なくなり、平均33.9分にまで減少した。平均33.9分という数字はコービーがプロ入り後、先発に定着してから最も少ない数字であり、それより少ない出場時間になると、実にプロ2年目で6thマンだった13年前の1997-98シーズンにまでさかのぼってしまう。レイカーズはチーム成績こそ昨シーズンと同じ57勝25敗のウエスタンカンファレンス2位で終えたが、チームはコービーの出場時間減少の影響や新加入選手が期待された活躍ができなかったことでシーズン通して試合内容が安定せず、シーズン終盤には5連敗を喫するなど好不調の波が非常に激しいシーズンとなってしまった。コービーはこのシーズン怪我に苦しみ出場時間を大幅に抑えられたが、レギュラーシーズン全82試合に先発出場し、平均25.3得点という数字を残した。また、レイカーズの地元ロサンゼルスで行われたオールスターではNBA歴代最多タイとなる自身4度目のMVPを獲得し、レギュラーシーズンのNBA歴代通算得点記録では、シーズン前の歴代12位から、このシーズンで一気に歴代6位まで引き上げるなど個人としての話題に事欠くことはなかった。
プレーオフ1回戦はニューオリンズ・ホーネッツと対戦。下馬評ではレイカーズ圧倒的有利だったが、安定感のなかったレギュラーシーズンのチーム状況そのままに初戦を落としてしまう。その後、4勝2敗で1回戦は突破したものの、明らかに昨シーズンまでの安定感がレイカーズにはなかった。カンファレンス準決勝のダラス・マーベリックス戦でも1回戦同様初戦を落とすと、相手のエース、ダーク・ノヴィツキーとマッチアップしたガソルの絶不調によって終始抑えることができず、またベンチ力の差をまざまざと見せ付けられ、結局このまま4連敗で屈辱のスウィープ負けとなってしまった。コービーはプレーオフに入ってからジャクソンHCにより多少出場時間は伸ばされたが、それでもシーズン同様、昨シーズンのプレーオフから1試合平均5分近く出場時間が減らされ、例年のような爆発力を見せる機会がないままチームとしても個人としても、なんとも不完全燃焼でシーズンを終えることになってしまった。キャリア初期よりジャクソンHCと苦楽を共にしてきたコービーは試合後「自分はジャクソンHCの下で育った。バスケットのことだけではなく、物事へのアプローチの仕方、考え方は彼から大きな影響を受けた。(ジャクソンHCのいない)来シーズンのことを考えると何だか不思議な気持ちになる」と語り、本来の力を発揮できないまま恩師との最後のシーズンを終えてしまったことに悔しさをにじませた。

2011-12シーズン “波乱”の再始動 鼻骨骨折しフェイスガードをつけてプレーするコービー。ジャクソン退任後の新HCには、一昨年までクリーブランド・キャバリアーズを指揮していたマイク・ブラウンが就任した。トライアングルオフェンスからの脱却に伴いメンバーの改革を図ったレイカーズは、33歳になったコービーの負担を軽減するため一流ポイントガードの補強に着手した。そして、ガソル、オドムの絡んだ三角トレードでクリス・ポール獲得に動き、チーム間で合意に達したが、正式承認直前にNBAコミッショナーのデビッド・スターンが介入し、トレードを阻止するという異例の事態が起きた。これは昨シーズン、ドウェイン・ウェイド、レブロン・ジェームズ、クリス・ボッシュの各チームでエースだった3人がマイアミ・ヒートに集結して物議を醸したように、一部のチームにスター選手が集中してしまうリーグの事態を懸念してのものだった。結果的にトレードは中止となったものの、選手の知らない水面下で進んでいたトレード内容が公になったことで、トレードに絡んでいたことにショックを受けた昨シーズン6thマン賞のオドムが自身を放出するようチームに要求するなど、一転して補強の計画が全て水の泡となったレイカーズは、昨シーズンより戦力が低下した状態で開幕を迎えることになってしまった。
長年苦楽を共にしてきたコービーとフィッシャーのコンビはこの年が最後となった。コービー自身キャリア二度目となるロックアウトの影響で2ヶ月遅れの開幕となったこのシーズン、ここ数年満身創痍の状態でプレーしているコービーにとって、オフシーズンが長引いたことは結果的に好都合だった。特にオフ期間中ドイツで手術した右膝の経過が良好で、コービーはここ数シーズンで一番良いコンディション状態を保ち開幕を迎えようとしていた。ところが、開幕戦を6日後に控えたプレシーズンマッチで右手首の靭帯を断裂してしまい、またしても怪我を抱えながらシーズンを戦うことになってしまった。それでも出場が危ぶまれた開幕戦からスターターに名を連ねると、これまで同様、試合中はしっかりと怪我に対応し靭帯断裂の影響を感じさせないプレーでチームを引率、1月には4試合連続で40得点オーバーを記録するなど序盤から得点ランクトップをひた走る活躍を見せた。また、NBA歴代タイ記録となる14回連続出場となったオールスターでは、マイケル・ジョーダンが保持していた通算得点記録を塗り替え、“オールスター通算得点記録保持者”となった。一方で、この試合中にドウェイン・ウェイドからハードファウルを受け、鼻骨骨折に加え、軽い脳震盪を起こすなどしたが、3日後に行われたオールスター明け最初の試合は欠場することなく、フェイスガードをつけて試合に臨んでいる。最後まで僅差となった得点王レースでは、先にシーズンを終えたトップのケビン・デュラント28.0得点とわずか0.1ポイント差、27.9得点の2位でシーズン最終戦を迎えたが、チームの順位は既に決まっていたため最終戦は欠場し、若いデュラントに得点王を譲った。オドム放出の影響などでリーグワーストとなったレイカーズのベンチ層の薄さが重なって、コービーはこのシーズン右手首の靭帯断裂や鼻骨骨折といった怪我を抱えながらも、平均出場時間は38分を超えるなど奮闘、27.9得点、5.4リバウンド、4.6アシストの成績を残し、7年連続、自身10度目となるオールNBAファーストチーム入りを果たしている。オフシーズンの補強に失敗し、昨シーズンから戦力が低下して望んだレイカーズは41勝25敗のウエスタンカンファレンス3位でレギュラーシーズンを終えた。
プレーオフ1回戦ではデンバー・ナゲッツと対戦し第7戦の末に勝ち上がったが、続く2回戦で優勝候補筆頭のオクラホマシティ・サンダーを倒すまでには至らず、1勝4敗で2年連続の2回戦敗退となってしまった。

2012-13シーズン 衝撃の結末、“最後”の全盛期 チームがうまく機能せず鬼気迫る表情のコービーとは対照的に、笑顔を見せるハワード。オフシーズンにドワイト・ハワードとスティーブ・ナッシュが加入し、コービー、ガソルと共に「プレミアム4」として注目が集まったこのシーズン、キャリア通して相方にオールスタークラスのポイントガードがいなかったコービーにとって、ナッシュの加入は本来の役割である得点に専念できると同時に、自身の負担を軽減することになるという大きな期待を受けての加入だった。しかし、レイカーズは序盤から連敗を重ねるなど攻守において噛み合わず、シーズン開幕から、わずか5試合でHCのマイク・ブラウンが解任され、後任には全くスタイルの異なるマイク・ダントーニが就任するなどチームは迷走していった。プレミアム4の一人として期待されたガソルはプレーエリアが極端に狭いハワードと共存できず、成績を大きく落とした。また、ゲームメイクを期待されて加入した38歳のナッシュも開幕早々怪我で離脱するなど衰えを隠せず、シーズンが進むにつれコービーは得点とゲームメイクの両方を担うようになるなど試合毎に負担は増していった。コービー自身は34歳という年齢であり、オフェンスでの負担の大きさから、ディフェンスまで力を注ぐスタミナが以前のように残っていなかった。
それでもコービーが担う役割が大きくなるのと比例するようにチームは成績を伸ばし始め、ハイレベルなウエスタンカンファレンスにおいてシーズン序盤の借金で下位を彷徨っていたチームは中盤以降の追い上げでプレーオフ争いに加わるまで成績を戻す。プレーオフ争いが熾烈さを増す3月後半からはコービーの出場時間は毎試合40分を超えるなど異常事態になっていた。そして、プレーオフを目前に控えた4月12日のゴールデンステート・ウォリアーズ戦、この日もコービーは何度もコートに倒れこみながらも、一度も休むことなく試合に出続けた。しかし、試合終盤ドライブを仕掛けた所で“左アキレス腱を完全断裂”し(全治6〜9カ月)[17]、無念のシーズン終了となった。34歳のコービーは、このシーズン78試合出場、27.3得点、6.0アシスト、5.6リバウンドと依然としてハイアベレージを記録し“NBA歴代最多タイ”となる自身11度目のオールNBA1stチームに選出された。レイカーズはシーズン中盤以降の追い上げによりウエスタンカンファレンス7位でプレーオフに滑り込むも、引き換えにプレーオフ目前で絶対的エースの離脱というあまりにも大きな代償を負い、サンアントニオ・スパーズにスウィープ負けを喫し1回戦敗退となった。

キャリア晩年[編集]
2013-14シーズン “再び”の故障2014年12月8日のトロント・ラプターズ戦で左アキレス腱の断裂から8ヶ月ぶりに戦列復帰したが、同17日のグリズリーズ戦で相手選手との接触プレーで右膝を負傷し、MRI検査の結果、脛骨プラトー骨折(全治6週間)と診断され再び欠場を余儀なくされる。その後の回復の経過が思わしくなかったため、以降の試合を全休。僅か6試合の出場に終わり、チームはパシフィック・ディビジョン最下位で9年ぶりにプレーオフ進出を逃した。

2014-15シーズン “再起”をかけてシーズン開幕戦で、左アキレス腱の完全断裂と右膝の脛骨プラトー骨折という二つの大怪我から、約一年ぶりに復帰を果たした。2014年12月14日に行われたミネソタ・ティンバーウルブズ戦で、マイケル・ジョーダンのレギュラーシーズンキャリア通算得点(32,292得点)を上回り、“通算得点歴代3位”に浮上した。しかし、2015年1月22日のニューオーリンズ・ペリカンズ戦で試合中、右肩を負傷。精密検査の結果、右肩回旋筋腱板の断裂で手術が必要と診断され(全治9ヵ月)、3シーズン連続、大怪我でのシーズン途中離脱となった[18]。

2015-16シーズン “ラストシーズン” ボロボロの体にムチを打ち最後のシーズンに臨むコービー(2016年)
2015年11月29日「Dear Basketball(親愛なるバスケットボールへ)」と題したメッセージを発表し、今シーズン限りでの現役引退を正式に表明した[19]。コービーは「僕の身体が別れの時だと言っている。心は高鳴っているし、気持ち的にもまだやれる。でも、身体が別れの時が来たと言っていて、それを受け入れた。」「皆さんの気持ちを楽にする準備は整った。これで、共に過ごす、残りの一瞬一瞬を大切にすることができるんだ。良いことも、そうでないことも、僕達は互いに持てる全てを出し切ったのだから。」とつづった。NBAコミッショナーのアダム・シルバーはすぐさま声明を発表し「レイカーズで17度のオールスター選出、シーズンMVP、5度のNBA制覇、さらに米国代表として五輪で2度の金メダル獲得、そして、相手に対して容赦しないプレースタイル。絶えることなく労働倫理を貫いたコービー・ブライアントという選手はバスケットボール史上において、歴史に残る偉大な選手の1人です。」「ファイナルで優勝を争うことも、真夜中に無人のジムでジャンプシュートを打つことも、コービーはバスケットボールに無条件の愛を注いできました。」「私も、世界中に点在するコービーファンとともに、彼の傑出したNBAキャリアを祝し、数々のスリリングな瞬間を見せてくれたことに感謝しています。」と敬意を表した[20]。
コービーの引退表明が各方面に与える影響は大きく、マイケル・ジョーダンも声明を発表し「コービーの存在は、バスケットボール界とNBAにとって大きな助けとなった。」「君が成し遂げてきた素晴らしいキャリアを、我々は非常に誇りに感じていると伝えたい。」「世界中に君のファンがいるように、私も君の大ファンの一人で、今でも君のプレーを観るのが好きだ。」「私は兄で、君は弟のような存在。電話番号は知っているだろう。これからも連絡を取り合おう。」と自身の引退以降、NBAの「顔」として期待と重圧を一身に背負いバスケットボール界を盛り上げてきたコービーを労った。また、サッカーアルゼンチン代表のリオネル・メッシは「コービー・ブライアントは歴史上最も偉大な選手の1人として名前が刻まれるだろう。僕はあなたの魅力溢れるプレースタイルのおかげでバスケットボールに興味を持ったんだ。コービーの新しい人生に幸運が訪れますように。」と自身のFacebook上にメッセージを投稿した。その他、オバマ大統領からはホワイトハウスに招待され、バスケットボールや引退後について会談した。
2016年1月21日、ファン投票で全体最多の189万票を獲得し、自身の持つNBA記録を更新する18年連続のオールスターゲーム出場が決定した。
4月13日、現役引退試合となったレギュラーシーズン最終戦vsユタ・ジャズ戦では、10点ビハインドで迎えた残り試合時間2分30秒からゾーンに突入し、一人でノーミスの連続13得点を挙げ、チームを逆転勝利へと導いた。コービーは現役引退試合でキャリア6度目となる60得点を記録し、有終の美を飾った。コービーがこの試合で記録した37歳での60得点は、ウィルト・チェンバレンが48年前に記録して以来、誰にも破られていなかった32歳での60得点を大幅に更新する“NBA史上最年長記録”となった。

現役引退後[編集]
2016年8月22日、ロサンゼルス市はコービーに敬意を表し現役時代の背番号を組み合わせた8月24日を『Kobe Bryant Day (コービー・ブライアントの日)』としてロサンゼルスの記念日に制定すると発表した。
2017年9月12日、レイカーズはコービーが現役時に着用していた背番号『8』と『24』を永久欠番に認定すると発表した[21]。同年12月18日、レイカーズの本拠地・ステイプルズ・センターにおいてNBA史上初となる二種類の背番号の永久欠番セレモニーが行われた。
2018年3月4日、第90回アカデミー賞において自身の半生をバスケットボールに対する愛情とともに綴ったアニメーション作品『Dear Basketball』がアカデミー短編アニメ賞を獲得し、NBA選手初のオスカー受賞者となった[22]。受賞後にはシャキール・オニール、レブロン・ジェームズなど多くのNBA選手がSNS上で快挙を讃えた[23]。
また、コービーに触発された次女ジアナは将来のWNBAバスケットボール選手を志すようになり、コービーが設立した「マンバ・スポーツ・アカデミー」で英才教育を受けるなどメディアからも「女子バスケットボールの未来」として大きな注目を集めていた。

突然の死去[編集]
2020年1月26日午前9時45分(日本時間27日午前2時45分)頃、アメリカ合衆国西部ロサンゼルス近郊のカラバサス(英語版)で、試合の行われるマンバ・スポーツ・アカデミーへ向かう途中であったコービーと次女ジアナら9人が乗ったヘリコプター(シコルスキー S-76B)が墜落し、コービーを含む搭乗していた全員が死亡した[24][25][26]。41歳没。次女ジアナは13歳没[27]。

「2020年カラバサスヘリコプター墜落事故」も参照
突然の訃報を受けステイプルズ・センターに集合しコービーとジアナの死を悼むファン。その死は多くの人々に衝撃を持って伝えられ、同日に行われたNBAの8試合では試合前に追悼セレモニーを行うとともに、試合開始のティップオフ直後から両チームが意図的にプレイを休止し、コービーの現役時代の背番号に因んだ24秒(ショットクロック)ヴァイオレーションや8秒ヴァイオレーションの時間を哀悼として捧げ、また、アトランタ・ホークスのトレイ・ヤングは、彼の過去の背番号8を着用して登場した[28][29]。またデトロイト・ピストンズは試合前に選手全員が「24」「8」「Bryant」文字がプリントされたユニフォームを着用して登場した。
ロサンゼルス・レイカーズはロサンゼルス・クリッパーズとの試合が予定されていたために動向が注目されたが、試合の延期を発表した。
また亡くなった日にレイカーズの本拠地・ステイプルズ・センターで始まった『第62回グラミー賞受賞式』では、オープニングアクトで登場したリゾがコービーに呼びかけ、続いて登場した司会のアリシア・キーズがコービーを悼むスピーチを述べた後、アリシアとボーイズIIメンがアカペラでコービーに捧げる歌を披露した[30]。

ファンから手向けられたジャージとバスケットボール。ダラス・マーベリックスは同日公式サイトを通じてオーナーのマーク・キューバンが声明を出し「コービーが遺したものはバスケットボールを超越している。そして、我々ダラス・マーベリックスの選手は、背番号24を着用しないことを決定した」と、背番号24をマーベリックスの永久欠番とすることを発表した[31]。自チームに所属したことのない選手の背番号を永久欠番にするのはスポーツ界でも異例の出来事であり、NBAにおいてはジョーダンとコービーの2例のみである。
さらにコービーへの敬意として、NBA各チームの背番号8番と24番の選手が相次いで背番号の変更を申請。
NBAは、背番号入りのグッズ売り上げなどの関係で、シーズン中の背番号変更に関しては認めておらず、オフシーズンにのみ可能としているが、コービーへの敬意として変更したいという理由に限り、シーズン中の背番号変更を許可するという異例の判断を下した。
各界の著名人から慕われるなどカリスマ的存在であったコービーの訃報にマジック・ジョンソン、マイケル・ジョーダンといったNBAのレジェンドだけではなく、ドナルド・トランプ、バラク・オバマ、ジャスティン・ビーバー、テイラー・スウィフト、リオネル・メッシ、クリスティアーノ・ロナウド、ネイマール、ノバク・ジョコビッチ、ラファエル・ナダル、バリー・ボンズ、デレク・ジーター、タイガー・ウッズ、ウサイン・ボルト、マニー・パッキャオなど世界各国のアスリートや著名人が追悼のコメントを発している[32][33]。
2月24日に行われた追悼式でマイケル・ジョーダンは「コービーが亡くなったとき、自分の一部も死んでしまった」「約束する。私にはいつだって助けたいと思える弟(コービー)がいたという思い出とともに今後生きていくということを」と涙ながらにスピーチした。
良き相談相手としてコービーを慕っていたマリア・シャラポワは「人生にはテニスより大切なことがあるんじゃないかと気づかされた」とコービーの死が現役引退を決断するきっかけとなったと語り、1ヶ月後の2月26日に現役引退を発表した。
そのほかコービーを見て育ったカイリー・アービングなどの現役NBA選手やファンからは、NBAロゴのシルエットをコービーに変更すべきという議論も巻き起こり300万を超える署名が集まるなど過熱した。
カイリーは「コービーは僕らの世代にとって皆のスタンダードだった。それは今後も変わらない。僕はそれを歴史に残る何かにしたい」と語っている。
NBAコミッショナーのアダム・シルバーはロゴ変更には否定的な見解を示したものの、コービーが遺した多大な功績からNBAオールスターゲームMVPの名称を2020年から「NBAオールスターゲーム コービー・ブライアントMVP賞」に改称することを発表した。
2020年4月4日、現役時代の多大な功績から、ティム・ダンカン、ケビン・ガーネットらとともに殿堂入りしたことが発表された[34]。

後世の評価・与えた影響[編集]
デビュー当時から事あるごとにマイケル・ジョーダンと比較される。これまで同世代のアレン・アイバーソン、トレイシー・マグレディ、ビンス・カーター、一つ下の世代のレブロン・ジェームズ、ドウェイン・ウェイドら、多くのスター選手が若手時代にネクスト・ジョーダンと期待されてきたが、コービーほどキャリアを通して極端に比較され続けてきた選手は他にはいない。それは実績とカリスマ性に加え、ポジション、プレースタイル、体格、筋金入りの負けず嫌いという点など、類似点が非常に多いことが理由の一つとして挙げられる。
またコービー自身は、全盛期のジョーダンのプレーを見て育った世代のため、他の選手たちと同じように影響を受けたものは多いと語っている。
ジョーダンの後継者と呼ぶに相応しいと謳われ[35]、ジョーダン自身も、1998年のオールスターゲーム終了後に後継者としてコービーを指名しており、現役最後となった2003年のオールスターゲームの際には、次代を託した若手スター選手の一人としてコービーの名を挙げていた。また、引退して月日が経った2012年には「自分の引退後のプレイヤーの中で、自分と比較されるにふさわしい選手はコービーだけだ。」と語っている。
さらにジョーダンは「自身の全盛期にマッチアップをしてみたい相手は誰ですか?」との問いに「ジェリー・ウエスト、エルジン・ベイラー、レブロン、ウェイド、メロ………誰にも負ける気はしないよ、コービー以外には。彼は私の動きを全て盗んだからね。」と答えている。コービー自身も「1on1では誰も俺には勝てない。もし俺に勝てる選手がいるとすれば、彼は98年にユタでラストショットを決めて引退したよ。」と答えた。もちろんラストショットを決めて引退した選手というのはジョーダンであり、このように互いに実力を認め合い、リスペクトし合う関係である。
ジョーダンとともに6回の優勝、コービーとともに5回の優勝をしたフィル・ジャクソンは、2013年に出した著書[要文献特定詳細情報]の中で両者を比較しており、コート外でのリーダーシップ、FG成功率、ディフェンスでの貢献度、以上3点を理由にジョーダンの方が上であるとこの比較論を結論づけている。ただし、コービーが81得点を挙げた試合後、「ジョーダンのどのゲームよりもコービーがすごかった」と発言していたり、「残り10秒2点ビハインドの状況ならばジョーダンよりコービーにシュートを任せる」と発言し、「コービーはこれまでで最も『入る確率の低いシュート』を決められる選手だ」続けたことがあり、ジャクソンHCの中でも評価は一定とは言いがたい。また、両者のゲームの進め方について、ジョーダンは自然とゲームの流れを自分に引き寄せるタイプで、コービーは強引にゲームの流れをつかみ取ろうとする部分があったと語っている。これは大学を卒業してからNBAに入ったジョーダンと、高校卒業後にNBA入りしたコービーの違いなのかもしれないと述べている。しかし両者の一番の違いはプレー面ではなくリーダーシップ面にあるとし、2人ともチームメイトに対して厳しく接するタイプだが、その中でもジョーダンはチームの士気をコントロールする力は、ずば抜けていたと述べている。
コービーがキャリアを通じて体現した「Mamba Mentality(マンバ・メンタリティ)」と称される哲学は、NBA選手のみならず各界のアスリートたちにもロールモデル(模範)として多大な影響を与え、世界中のアスリートがSNSで「#MambaMentality」というハッシュタグを使用している。またコービーを見て育った世代のケビン・デュラント、ステフィン・カリー、カワイ・レナード、ポール・ジョージ、ブラッドリー・ビールらは「コービーは俺たちにとってのジョーダンだった」と語っている。

代表チーム[編集]
アメリカの最終兵器として代表に合流したコービー (2008年)
コービーの国際試合デビューは遅く、アメリカ代表に参加したのは2008年の北京オリンピック予選を兼ねた2007年のバスケットボールアメリカ選手権からだった(過去に何度か代表入りの話はあったが、故障などで機会を逸していた)。すでにNBAで不動の地位を築いていたコービーの待望の代表チーム参加とあって大きな話題となり、アメリカ代表は前回のアテネオリンピックでNBA選手をオリンピックに送り出して以来、初めて金メダルを逃していたことや、レブロン・ジェームズ、ドウェイン・ウェイド、カーメロ・アンソニーら若手選手中心で臨んだ2006年の世界選手権でも銅メダルに終わっていたこともあり、コービーはアメリカの“最終兵器”として期待を寄せられた。また、コービーが代表に参加したことで、しばらく使われなくなっていた「ドリームチーム」というアメリカ代表の名称がメディアで再び使われるようになった。
代表チームには、すでに下の世代のスコアラーが大勢いたため、コービーは自ら積極的にサポート役に回り、またディフェンスでは相手チームのエースを大いに苦しめ、若い選手中心で構成されたチーム内では高いリーダーシップを発揮した。コービーの代表参加は大成功となり、本番の北京五輪ではあっさりと決勝に進出。唯一の接戦となった決勝スペインとの対戦では、第4Qに4ポイントプレー含む13得点をあげるなど格の違いを見せ、チームを見事、金メダルに導いた。中国では近年NBAの人気が高まっていたことにより、コービーは中国のファンからも大きな声援を受けた。

ロンドンオリンピックでのコービー (2012年)
2012年のロンドンオリンピックにはチーム唯一の30代となる33歳で選出され、全試合に先発出場。いまだNBAトップクラスの実力を維持しながら、最年長として北京五輪時よりさらに黒子に徹したプレーで下の世代の選手たちをサポートし、チームを二大会連続の金メダルに導いた。
かねてから話にあがっていたが、ロンドン五輪終了後のインタビューで改めて代表から退く意向を示し、コービーはアメリカ代表として出場した国際試合無敗(26勝0敗)を誇ったまま終えることになった。

バッシュ[編集]
ナイキより自身のシグネチャーモデル『NIKE KOBE』シリーズが現役時代に1~11まで発売され、引退後には『KOBE A.D.』シリーズが発売されている。
『NIKE KOBE』シリーズは引退後も”PROTRO”として復刻版が発売されるなど多くのNBA選手に愛用されており、現在のNBAで最も人気のバッシュである。「Baller Shoes DB」が発表したNBA2021-22年シーズンの選手着用シューズランキングは、1位「KOBE 5 PROTRO」、2位「KOBE 6 PROTRO」でトップ2を独占している[36]。主な愛用者にデビン・ブッカー、デマー・デローザンらがいる。

Nike Kobe A.D. Mid ‘Red’2008年12月に発売された「KOBE 4」はその後のバッシュ界に革命を起こす一足となった。当時NBAで主流となっていた足首まで覆うハイカットや、くるぶし上まで覆うミッドカットではなくローカット・モデルのシューズで、このシューズは少しでも軽く素足に近い感覚でプレーしたいという本人の希望で誕生した物である。一般的に足首が保護されにくいローカットシューズはハイカットに比べ捻挫しやすいと言われているが、コービーは「ハイカットでもローカットでも捻挫するときは同じ」と答えている[37]。ローカット・モデル発表当初は否定的な意見も多く聞かれたが、コービーは「KOBE 4」を着用してこのシーズン全試合に出場。レイカーズを2009年のNBA王座に導き、自身とNIKEが正しい選択をしたと証明して見せた。この結果により、それまでの「ハイカットのバッシュでなければケガをする」という固定観念は覆され、2009年以降ローカット・モデルのバッシュがバスケット界のトレンドとなり一気に普及するきっかけとなった[38]。
音楽作品[編集]
音楽でもセンスを発揮した彼は、2000年にファッションモデルのタイラ・バンクスとコラボレーションしたシングル『K.O.B.E』を発売し、ラッパーとしてCDデビューした。

女性・スキャンダル[編集]
『概要』
コービーはデビュー時よりバスケットボール界の若きスーパースターとして活躍しNBAで最も人気のある選手の一人であったが、コロラド州のリゾート・ホテルにおけるレイプ・スキャンダルにより、当時、彼の人気は著しく下がり大きな批判を招いた。コービーはスキャンダルの結果マクドナルドとイタリアの菓子メーカー、フェレロとの契約を失った。
2003年6月30日にコロラド州イーグル郡エドワーズのコロラドホテルでフロントデスクとして勤めていた19歳の女性が、同州に膝の治療の為に訪れ、同ホテルに滞在していたコービーにレイプされたと訴えた。コービーは7月17日に逮捕されたが[39]、直ちに保釈された。彼は女性との関係を認めたが、合意の元であると主張した。
『経過』
当時、既にNBA屈指のスーパースターであり犯罪とは無縁のイメージのあったコービーを突如襲ったスキャンダルということもあり、事件発生以来、全米のメディアがコロラドの現場に殺到。「コロラド・キャンプ」と呼ばれる報道陣村を作って待機し、連日のニュースに加えて特別番組も放送されるなどメディアの報道は過熱した。この事件の行方は「O・J・シンプソン事件」以来のスポーツ界の一大スキャンダルとしてこの年、全米最大の関心事の一つになった。
裁判はシーズン中にも行われ、彼はその都度コロラドの裁判所に出頭しなければならず、肉体的・精神的消耗が激しい上に練習不足の状態で試合に出なければならないことも度々であった。また、試合中も激しいブーイングに悩まされた。しかし、コービーはタフな精神力を見せ集中力を切らすことなくシーズンを終え、まずまずの成績を残した。
『結末』
訴えた女性が同時期に、コービー以外にも3日間に3人の別の男性と肉体的関係を持っていた事も発覚し、当初から芸能人志望でオーディション番組に出場歴があった事も報道されるなど、この女性の証言にも矛盾する点が多々見られたため、結局この事件は、2005年オフに示談となった。

その他[編集]
名前の”KOBE”がコービーという読み方なのは日本語のローマ字読みではなく英語読みのためである。
キャリア初期は特徴的なショートアフロヘアーだった。
「月刊コロコロコミック 1998年9月号」でコービーを題材にした読み切り作品の漫画「シューティングスター コービー・ブライアント物語」が掲載された(作:斉藤むねお)。コービーが自身の名前のルーツである神戸を訪れ、地元の少年たちと出会うというフィクションを交えたものであった。
若い頃から大の練習熱心な選手として知られていて、毎日朝6時に一人で練習場に来て1000本シュート(1000本入るまでシュート)などの自主練習をしてから、その後のチーム練習に参加するといった逸話がある。過去にマイケル・ジョーダン等、名選手を指揮して来た名将フィル・ジャクソンが「私が見てきた中でもずば抜けて練習熱心な選手」と発言する程である。
身長は当初の登録は201cmだったが、ジョーダンが現役復帰した頃からジョーダンと同じ198cmに変更した。
2001年4月18日に約2年間交際を続けてきた、当時19歳のヴァネッサとカリフォルニア州ダナ・ポイントで結婚した。2003年1月19日に長女ナタリア、2006年5月1日には次女ジアナ、現役引退後の2016年12月21日には三女ビアンカ、2019年6月20日には四女カプリが誕生した。
右腕に妻ヴァネッサの名前、右手首には長女ナタリア、次女ジアナ、三女ビアンカの名前のタトゥーを入れている。
2006年の世界選手権にはアメリカ代表として来日する予定だったが、膝の手術のため辞退した。
2006-07シーズンから背番号を、プロ入り当初からつけていた「8」から、「24」へ変更した。もともと24は入団時に希望した番号だったが、既にフレッド・ロバーツがつけていたため断念、更に第2希望の33もカリーム・アブドゥル=ジャバーの永久欠番だったために8を選んだという経緯がある。24は高校時代最初につけていた番号、33は高校時代に父がプロでつけていたことで24から変更した番号、8は高校時代に参加したABCキャンプでつけた143番の数字を足した番号である。
デビュー当時は細身の体型であったが、2002年オフに15ポンド(約7キロ)の増量を行った後は、体重は約100kgに届いていた。2007オフ、今度はそれまでのビルドアップされた肉体から主に筋肉を落とす事で20ポンド(約9キロ)の減量を行った。過剰な筋肉を落とすことで年間100試合以上出場するだけのスタミナを向上させた[40]。
2007-08シーズン以降フリースローの際にファンが“MVP”コールをするのが定番となっている。
アメリカの大手世論調査会社ハリス社が毎年発表している「アメリカで最も人気のあるスポーツ選手」の2010年度のランキングで、プロゴルファーのタイガー・ウッズと並び男性アスリート部門で1位に選ばれた。(前年の2009年は4位だった。)
2011年、ロサンゼルスの代表的観光名所であるチャイニーズ・シアターに手形、足型が刻まれる事になった。チャイニーズ・シアターには、現在200人以上の歴代ハリウッドスターの手形や足形が刻まれているが、スポーツ選手の手形、足型が刻まれるのはコービーが初めての事である。
2011年4月、中華圏で絶大な人気を誇る台湾出身ミュージシャンの周杰倫(ジェイ・チョウ)の音楽作品「天地一闘(英題:Spark)」にフィーチャリングされミュージックビデオ等で競演した[41]。
2012年1月、自身のシグネイチャーモデル第7弾「NIKE KOBE 7」のプロモーションに、カニエ・ウェスト(ラッパー)、リチャード・ブランソン(実業家)、ジェリー・ライス(元NFL選手)、セリーナ・ウィリアムズ(女子テニス選手)、ホープ・ソロ(女子サッカー選手)ら、各分野のトップが参加。CMではモチベーション・スピーカーに扮したコービーが、すでに各々の分野で成功を収め、自身のピークに達したと思っている“成功者”達を前に、ピークの向こう側、ピークを越える「#KobeSystem(コービー・システム)」をプレゼンするという内容になっている[42]。
2014年6月、アメリカの経済誌フォーブスは世界のアスリートの年収を公表した。ブライアントの年収は6150万ドル(約62億7000万円)であり、世界のアスリートの中で5位。バスケットボール選手の中ではレブロン・ジェームズに次ぐ2位[43]。
現役引退後は自身のTwitterにて現役選手たちに様々なチャレンジを課していた。ヤニス・アデトクンボとニコラ・ヨキッチはコービーからシーズンMVP受賞を課され、ヤニスが2019年と2020年、ヨキッチが2021年と2022年に実際にMVPを受賞している[44]。個人成績[編集]
略称説明
  GP

出場試合数

  GS 

先発出場試合数

 MPG 

平均出場時間
 FG% 

フィールドゴール成功率

 3P% 

スリーポイント成功率

 FT% 

フリースロー成功率
 RPG 

平均リバウンド数

 APG 

平均アシスト数

 SPG 

平均スティール数
 BPG 

平均ブロック数

  TO 

平均ターンオーバー数

 PPG 

平均得点
 太字 

キャリアハイ

 * 

リーグリーダー

 † 

優勝シーズン
NBAレギュラーシーズン[編集]
シーズン

チーム

GP

GS

MPG

FG%

3P%

FT%

RPG

APG

SPG

BPG

TO

PPG
1996–97

LAL

71
6
15.5
.417
.375
.819
1.9
1.3
.7
.3
1.58
7.6
1997–98

LAL

79
1
26.0
.428
.341
.794
3.1
2.5
.9
.5
1.99
15.4
1998–99

LAL

50
50
37.9
.465
.267
.839
5.3
3.8
1.4
1.0
3.14
19.9
1999–00

LAL

66
62
38.2
.468
.319
.821
6.3
4.9
1.6
.9
2.76
22.5
2000–01

LAL

68
68
40.9
.464
.305
.853
5.9
5.0
1.7
.6
3.24
28.5
2001–02

LAL

80
80
38.3
.469
.250
.829
5.5
5.5
1.5
.4
2.79
25.2
2002–03

LAL

82
82
41.5
.451
.383
.843
6.9
5.9
2.2
.8
3.51
30.0
2003–04

LAL

65
64
37.6
.438
.327
.852
5.5
5.1
1.7
.4
2.63
24.0
2004–05

LAL

66
66
40.7
.433
.339
.816
5.9
6.0
1.3
.8
4.09
27.6
2005–06

LAL

80
80
41.0
.450
.347
.850
5.3
4.5
1.8
.4
3.13
35.4
2006–07

LAL

77
77
40.8
.463
.344
.868
5.7
5.4
1.4
.5
3.31
31.6
2007–08

LAL

82
82
38.9
.459
.361
.840
6.3
5.4
1.8
.5
3.13
28.3
2008–09

LAL

82
82
36.1
.467
.351
.856
5.2
4.9
1.5
.4
2.56
26.8
2009–10

LAL

73
73
38.8
.456
.329
.811
5.4
5.0
1.6
.3
3.19
27.0
2010–11

LAL

82
82
33.9
.451
.323
.828
5.1
4.7
1.2
.2
2.96
25.3
2011–12

LAL

58
58
38.5
.430
.303
.845
5.4
4.6
1.2
.3
3.52
27.9
2012–13

LAL

78
78
38.6
.463
.324
.839
5.5
6.0
1.4
.3
3.68
27.3
2013–14

LAL

6
6
29.5
.425
.188
.857
4.3
6.3
1.2
.2
5.70
13.8
2014–15

LAL

35
35
34.5
.373
.293
.813
5.7
5.6
1.3
.2
3.7
22.3
2015–16

LAL

66
66
28.2
.358
.285
.826
3.7
2.8
.9
.2
2.0
17.6
キャリア

1,346
1,198
36.1
.447
.329
.837
5.2
4.7
1.4
.5
3.00
25.0
オールスター

15
15
27.6
.500
.324
.789
5.0
4.7
2.5
.4

19.3
NBAプレーオフ[編集]
シーズン

チーム

GP

GS

MPG

FG%

3P%

FT%

RPG

APG

SPG

BPG

TO

PPG
1996–97

LAL

9
0
14.8
.382
.261
.867
1.2
1.2
.3
.2
1.56
8.2
1997–98

LAL

11
0
20.0
.408
.214
.689
1.9
1.5
.3
.7
1.00
8.7
1998–99

LAL

8
8
39.4
.430
.348
.800
6.9
4.6
1.9
1.2
3.88
19.8
1999–00

LAL

22
22
39.0
.442
.344
.754
4.5
4.4
1.5
1.5
2.50
21.1
2000–01

LAL

16
16
43.4
.469
.324
.821
7.3
6.1
1.6
.8
3.19
29.4
2001–02

LAL

19
19
43.8
.434
.379
.759
5.8
4.6
1.4
.9
2.84
26.6
2002–03

LAL

12
12
44.3
.432
.403
.827
5.1
5.2
1.2
.1
3.50
32.1
2003–04

LAL

22
22
44.2
.413
.247
.813
4.7
5.5
1.9
.3
2.77
24.5
2005–06

LAL

7
7
44.9
.497
.400
.771
6.3
5.1
1.1
.4
4.71
27.9
2006–07

LAL

5
5
43.0
.462
.357
.919
5.2
4.4
1.0
.4
4.40
32.8
2007–08

LAL

21
21
41.1
.479
.302
.809
5.7
5.6
1.7
.4
3.33
30.1
2008–09

LAL

23
23
40.9
.457
.349
.883
5.3
5.5
1.6
.9
2.57
30.2
2009–10

LAL

23
23
40.1
.458
.374
.842
6.0
5.5
1.4
.7
3.43
29.2
2010–11

LAL

10
10
35.4
.446
.293
.820
3.4
3.3
1.6
.3
3.10
22.8
2011–12

LAL

12
12
39.7
.439
.283
.832
4.8
4.3
1.3
.2
2.83
30.0
キャリア

220
200
39.3
.448
.331
.816
5.1
4.7
1.4
.6
2.94
25.6
タイトル、記録など[編集]
記録[編集]
NBA記録

最多オールNBAディフェンシブ1stチーム選出:9(他3名と並ぶタイ記録)
シーズン50勝チーム相手にプレーオフで勝利した回数:24
プレーオフで年間600得点以上記録した連続シーズン数:3
オールスター連続選出回数:18
オールスター先発出場回数:15
最多オールスターMVP受賞:4(ボブ・ペティットと並ぶタイ記録)
オールスター通算最多フィールドゴール成功:119
オールスター1試合最多オフェンスリバウンド獲得:10
オールスター通算最多スティール数:38
自軍の1試合総得点における自身の得点の割合※:66.4%(122得点中81得点)
両軍の1試合総得点における自身の得点の割合※:35.8%(226得点中81得点)※ショットクロック導入後NBA史上最年少記録

史上最年少スラムダンクコンテスト優勝:18歳と175日
史上最年少オールスター先発出場:19歳と175日
史上最年少オールNBAディフェンシブチーム選出:21歳と251日NBA史上最年長記録

34歳以上で40得点10アシスト以上を記録した連続試合数:2
34歳以上で30得点以上を記録した連続試合数:10
36歳以上で1試合30得点10アシスト10リバウンド以上を記録
37歳以上で1試合60得点以上を記録レイカーズ記録

最多得点記録(レギュラーシーズン)
通算:33,643
年間:2,832
1試合:81
ハーフ:55
クォーター:30
月間1試合平均:43.4
最多得点記録(プレーオフ)
通算:5,640
年間:695
オーバータイム:12
キャリア通算60得点以上を記録した回数(レギュラーシーズン):6
キャリア通算50得点以上を記録した回数(レギュラーシーズン):27
キャリア通算40得点以上を記録した回数(レギュラーシーズン):125
キャリア通算40得点以上を記録した回数(プレーオフ):13
キャリア通算30得点以上を記録した回数(プレーオフ):88
1シーズンで50得点以上を記録した回数:10
1シーズンで40得点以上を記録した回数:27
50得点以上を記録した連続試合数:4
40得点以上を記録した連続試合数:9
35得点以上を記録した連続試合数:13
20得点以上を記録した連続試合数:62
月間1試合平均得点で平均40得点以上を記録した回数:3
チーム最長在籍年数(1996-97シーズン〜2015-16シーズンまで在籍20年)(その他のレイカーズ記録)

最多通算試合出場
レギュラーシーズン:1,239
プレーオフ:220
最多フィールドゴール成功
レギュラーシーズン
通算:11,024
ハーフ:18、クォーター:11
プレーオフ
通算:2,014
最多3Pシュート成功
レギュラーシーズン
通算:1,637
1試合:12、ハーフ:8、クォーター:6、連続:9
プレーオフ
通算:292
最多フリースロー成功
レギュラーシーズン
通算:7,932
ハーフ:16、クォーター:14、連続:62
プレーオフ
通算:1,320
1試合:21、クォーター:11
最多スティール
レギュラーシーズン
通算:1,828
ハーフ:6
プレーオフ
クォーター:3その他の業績[編集]
「Sporting News」&「TNT」、2000年代(2000〜2009)NBA最優秀選手選出
北京五輪&ロンドン五輪、金メダル獲得
アメリカ代表として出場した国際試合無敗(26勝0敗)脚注[編集]
[脚注の使い方]注釈[編集]

^ 2006年にコービー自身は6フィート4インチ(1.93m)であると言っており、2017年に妻であるヴァネッサは、コービーはシューズ無しで6フィート4インチ(1.95m)、シューズを履いて6フィート6インチ(1.98m)であるとも述べた[1][2]

^ 2009年大会はシャキール・オニールと同時受賞

出典[編集]

^ Mallozzi, Vincent (2006年12月24日). “’Where’s Kobe? I Want Kobe.’”. ニューヨーク・タイムズ. オリジナルの2013年2月21日時点におけるアーカイブ。. https://www.webcitation.org/6EbfVb425?url=http://www.nytimes.com/2006/12/24/sports/basketball/24cheer.html?_r=1& 

^ Ding, Kevin (2008年1月8日). “Kobe Bryant’s work with kids brings joy, though sometimes it’s fleeting”. Orange County Register. オリジナルの2013年2月21日時点におけるアーカイブ。. https://www.webcitation.org/6Ebfn5UQs?url=http://www.ocregister.com/sports/kobebryant-88229-makeawishfoundation-lakers.html 

^ “Kobe Bryant, four others killed in helicopter crash in Calabasas”. www.latimes.com. LA Times (2020年1月2日). 2020年1月26日閲覧。

^ “ジョーブライアントさんにインタビュー”. 2012年1月12日閲覧。

^ NBA Staff (N.D.). “Kobe Bryant Bio”. NBA.com. 2007年8月5日閲覧。

^ “神戸大使:コビー・ブライアント氏”. 神戸市 (2006年7月3日). 2012年2月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年1月28日閲覧。

^ .mw-parser-output cite.citationfont-style:inherit.mw-parser-output .citation qquotes:”””””””‘””‘”.mw-parser-output .id-lock-free a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-free abackground:linear-gradient(transparent,transparent),url(“//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/65/Lock-green.svg”)right 0.1em center/9px no-repeat.mw-parser-output .id-lock-limited a,.mw-parser-output .id-lock-registration a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-limited a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-registration abackground:linear-gradient(transparent,transparent),url(“//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/d6/Lock-gray-alt-2.svg”)right 0.1em center/9px no-repeat.mw-parser-output .id-lock-subscription a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-subscription abackground:linear-gradient(transparent,transparent),url(“//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/aa/Lock-red-alt-2.svg”)right 0.1em center/9px no-repeat.mw-parser-output .cs1-subscription,.mw-parser-output .cs1-registrationcolor:#555.mw-parser-output .cs1-subscription span,.mw-parser-output .cs1-registration spanborder-bottom:1px dotted;cursor:help.mw-parser-output .cs1-ws-icon abackground:linear-gradient(transparent,transparent),url(“//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/4c/Wikisource-logo.svg”)right 0.1em center/12px no-repeat.mw-parser-output code.cs1-codecolor:inherit;background:inherit;border:none;padding:inherit.mw-parser-output .cs1-hidden-errordisplay:none;font-size:100%.mw-parser-output .cs1-visible-errorfont-size:100%.mw-parser-output .cs1-maintdisplay:none;color:#33aa33;margin-left:0.3em.mw-parser-output .cs1-formatfont-size:95%.mw-parser-output .cs1-kern-left,.mw-parser-output .cs1-kern-wl-leftpadding-left:0.2em.mw-parser-output .cs1-kern-right,.mw-parser-output .cs1-kern-wl-rightpadding-right:0.2em.mw-parser-output .citation .mw-selflinkfont-weight:inherit神戸市広報課 [@kobekoho] (2020年1月27日). “コービー・ブライアント氏は、2001~11年に神戸大使に就任頂きました。震災で傷ついた神戸を励ましていただきありがとうございました。 謹んでご冥福をお祈りいたします。” (ツイート). Twitterより2020年1月28日閲覧。

^ a b 宮地陽子 (2010年2月22日). “記録を塗り替えた「息子」に「父」が贈った言葉。~コービーとウェストの師弟関係~”. Sports Graphic Number. 2011年5月4日閲覧。

^ 宮地陽子 (2010年1月17日). “フィル・ジャクソンの究極スター操縦法。~ジョーダン&コービーを育てた男~(1/3)”. Sports Graphic Number. 2011年5月4日閲覧。

^ 小尾慶一 (2004年6月22日). “NBA Final 〜ピストンズが見せつけた、優勝に必要なこと。”. Sports Graphic Number. 2011年5月4日閲覧。

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^ “NBA各試合でコービー・ブライアント氏を追悼…開始直後に「24秒」「8秒」バイオレーション、背番号ちなむ反則で”. スポーツ報知. (2020年1月27日). https://hochi.news/articles/20200127-OHT1T50045.html 2020年1月27日閲覧。 

^ “NBA全試合でブライアント氏を追悼 鎮魂の「8秒&24秒」バイオレーション!”. Sponichi ANNEX. スポーツニッポン新聞社. 27 January 2020. 2020年1月27日閲覧。

^ “『グラミー賞』でコービーさん追悼 アリシア・キーズ&ボーイズIIメンがアカペラ歌唱”. ORICON NEWS. (2020年1月27日). https://www.oricon.co.jp/prof/154394/ 2020年1月27日閲覧。 

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^ “オバマ氏「胸張り裂けそう」本田氏「とてもひどく、悲しい」コービー氏事故死、SNSにも悲しみの声”. デジタル毎日. 毎日新聞社. 27 January 2020. 2020年1月27日閲覧。

^ “ありがとう、コービー パッキャオ、ナダル、ボルト、オバマ…世界で止まない追悼の声”. THE ANSWER. 株式会社Creative2. 27 January 2020. 2020年1月31日閲覧。

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^ 中山恵『スーパスターに学ぶバスケットボール』株式会社ナツメ社、2003年、38ページ、ISBN 4-8163-3437-8

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外部リンク[編集]
コービー・ブライアント公式サイト(英語)
Kobe Bryant (@kobebryant) – Twitter – フォロワー数1500万人以上
Kobe Bryant (@kobebryant) – Instagram – フォロワー数2000万人以上
Kobe Bryant (Kobe) – Facebook – フォロワー数2000万人以上

選手の通算成績と情報 NBA、NBA日本、Basketball-Reference
コービー・ブライアント – IMDb(英語)
Vanessa Bryant (@vanessabryant) – Instagram – 妻・ヴァネッサ・ブライアント
Natalia Bryant (@nataliabryant) – Instagram – 長女・ナタリア・ブライアント 関連項目表話編歴ゲータレード高校バスケットボール選手年間最優秀賞男子
1986: J・R・リード
1987: ラブラッドフォード・スミス
1988: アロンゾ・モーニング
1989: ケニー・アンダーソン
1990: デイモン・ベイリー
1991: クリス・ウェバー
1992: コーリス・ウィリアムソン
1993: ランディ・リビングストン
1994: フェリペ・ロペス
1995: ステフォン・マーブリー
1996: コービー・ブライアント
1997: バロン・デイビス
1998: アル・ハリントン
1999: ラヴェル・ブランチャード
2000: ジャレッド・ジェフリーズ
2001: ケルビン・トルバート
2002: レブロン・ジェームズ
2003: レブロン・ジェームズ
2004: ドワイト・ハワード
2005: グレッグ・オデン
2006: グレッグ・オデン
2007: ケビン・ラブ
2008: ドリュー・ホリデー
2009: ブランドン・ナイト
2010: ブランドン・ナイト
2011: ブラッドリー・ビール
2012: ジャバリ・パーカー
2013: アンドリュー・ウィギンズ
2014: カール=アンソニー・タウンズ
2015: ベン・シモンズ
2016: ジェイソン・テイタム
2017: マイケル・ポーター
2018: RJ・バレット
2019: ジェームズ・ワイズマン
2020: エモニ・ベイツ
2021: チェット・ホルムグレン女子
1986: スーザン・アンダーソン
1987: クリス・ダーラム
1988: ヴィッキー・ホール
1989: リサ・ハリソン
1990: リサ・レスリー
1991: ミシェル・マルチニアク
1992: ケイティ・スミス
1993: ラケシア・フレット
1994: モニック・フート
1995: ステファニー・ホワイト
1996: ハイメ・ワルツ
1997: ニッキー・ティースリー
1998: タミカ・ウィリアムズ
1999: ニコール・カチマルスキー
2000: シェレカ・ライト
2001: シラ・エリー
2002: アン・ストローザー
2003: キャンデース・パーカー
2004: キャンデース・パーカー
2005: アビー・ウェイナー
2006: ティナ・チャールズ
2007: マヤ・ムーア
2008: チネイ・オグウミケ
2009: スカイラー・ディギンズ
2010: チネイ・オグウミケ
2011: カリーナ・モスケダ=ルイス
2012: ブレアナ・ステュアート
2013: メルセデス・ラッセル
2014: ブリアナ・ターナー
2015: ケイティ・ルー・サミュエルソン
2016: エリン・ボリー
2017: ミーガン・ウォーカー
2018: クリスティン・ウィリアムズ
2019: アッジ・ファッド
2020: ペイジ・ブーカーズ
2021: サニヤ・リバース
表話編歴NBA最優秀選手賞1950年代
1955-56 ボブ・ペティット(ATL)
1956-57 ボブ・クージー(BOS)
1957-58 ビル・ラッセル(BOS)
1958-59 ボブ・ペティット②(ATL)
1959-60 ウィルト・チェンバレン(PHI)1960年代
1960-61 ビル・ラッセル②(BOS)
1961-62 ビル・ラッセル③(BOS)
1962-63 ビル・ラッセル④(BOS)
1963-64 オスカー・ロバートソン(SAC)
1964-65 ビル・ラッセル⑤(BOS)
1965-66 ウィルト・チェンバレン②(PHI)
1966-67 ウィルト・チェンバレン③(PHI)
1967-68 ウィルト・チェンバレン④(PHI)
1968-69 ウェス・アンセルド(WAS)
1969-70 ウィリス・リード(NYK)1970年代
1970-71 ルー・アルシンダー(MIL)
1971-72 カリーム・アブドゥル=ジャバー②(MIL)
1972-73 デイブ・コーウェンス(BOS)
1973-74 カリーム・アブドゥル=ジャバー③(MIL)
1974-75 ボブ・マカドゥー(LAC)
1975-76 カリーム・アブドゥル=ジャバー④(MIL)
1976-77 カリーム・アブドゥル=ジャバー⑤(MIL)
1977-78 ビル・ウォルトン(POR)
1978-79 モーゼス・マローン(HOU)
1979-80 カリーム・アブドゥル=ジャバー⑥(MIL)1980年代
1980-81 ジュリアス・アービング(PHI)
1981-82 モーゼス・マローン②(HOU)
1982-83 モーゼス・マローン③(HOU)
1983-84 ラリー・バード(BOS)
1984-85 ラリー・バード②(BOS)
1985-86 ラリー・バード③(BOS)
1986-87 マジック・ジョンソン(LAL)
1987-88 マイケル・ジョーダン(CHI)
1988-89 マジック・ジョンソン②(LAL)
1989-90 マジック・ジョンソン③(LAL)1990年代
1990-91 マイケル・ジョーダン②(CHI)
1991-92 マイケル・ジョーダン③(CHI)
1992-93 チャールズ・バークレー(PHO)
1993-94 アキーム・オラジュワン(HOU)
1994-95 デビッド・ロビンソン(SAS)
1995-96 マイケル・ジョーダン④(CHI)
1996-97 カール・マローン(UTA)
1997-98 マイケル・ジョーダン⑤(CHI)
1998-99 カール・マローン②(UTA)
1999-00 シャキール・オニール(LAL)2000年代
2000-01 アレン・アイバーソン(PHI)
2001-02 ティム・ダンカン(SAS)
2002-03 ティム・ダンカン②(SAS)
2003-04 ケビン・ガーネット(MIN)
2004-05 スティーブ・ナッシュ(PHO)
2005-06 スティーブ・ナッシュ②(PHO)
2006-07 ダーク・ノヴィツキー(DAL)
2007-08 コービー・ブライアント(LAL)
2008-09 レブロン・ジェームズ(CLE)
2009-10 レブロン・ジェームズ②(CLE)2010年代
2010-11 デリック・ローズ(CHI)
2011-12 レブロン・ジェームズ③(MIA)
2012-13 レブロン・ジェームズ④(MIA)
2013-14 ケビン・デュラント(OKC)
2014-15 ステフィン・カリー(GSW)
2015-16 ステフィン・カリー②(GSW)
2016-17 ラッセル・ウェストブルック(OKC)
2017-18 ジェームズ・ハーデン(HOU)
2018-19 ヤニス・アデトクンボ(MIL)
2019-20 ヤニス・アデトクンボ②(MIL)2020年代
2020-21 ニコラ・ヨキッチ(DEN)
2021-22 ニコラ・ヨキッチ②(DEN)
表話編歴NBAシーズン得点王/通算得点数1940年代
1946-47 ジョー・ファルクス
1947-48 マックス・ザスロフスキー
1948-49 ジョージ・マイカン
1949-50 ジョージ・マイカン②1950年代
1950-51 ジョージ・マイカン③
1951-52 ポール・アリジン
1952-53 ニール・ジョンストン
1953-54 ニール・ジョンストン②
1954-55 ニール・ジョンストン③
1955-56 ボブ・ペティット
1956-57 ポール・アリジン
1957-58 ジョージ・ヤードリー
1958-59 ボブ・ペティット②
1959-60 ウィルト・チェンバレン1960年代
1960-61 ウィルト・チェンバレン②
1961-62 ウィルト・チェンバレン③
1962-63 ウィルト・チェンバレン④
1963-64 ウィルト・チェンバレン⑤
1964-65 ウィルト・チェンバレン⑥
1965-66 ウィルト・チェンバレン⑦
1966-67 リック・バリー
1967-68 デイブ・ビン
1968-69 エルヴィン・ヘイズ
1969-70 ジェリー・ウェスト1970年代
1970-71 ルー・アルシンダー
1971-72 カリーム・アブドゥル=ジャバー②
1972-73 ネイト・アーチボルド
1973-74 ボブ・マカドゥー
1974-75 ボブ・マカドゥー②
1975-76 ボブ・マカドゥー③
1976-77 ピート・マラビッチ
1977-78 ジョージ・ガービン
1978-79 ジョージ・ガービン②
1979-80 ジョージ・ガービン③1980年代
1980-81 エイドリアン・ダントリー
1981-82 ジョージ・ガービン④
1982-83 アレックス・イングリッシュ
1983-84 エイドリアン・ダントリー②
1984-85 バーナード・キング
1985-86 ドミニク・ウィルキンス
1986-87 マイケル・ジョーダン
1987-88 マイケル・ジョーダン②
1988-89 マイケル・ジョーダン③
1989-90 マイケル・ジョーダン④1990年代
1990-91 マイケル・ジョーダン⑤
1991-92 マイケル・ジョーダン⑥
1992-93 マイケル・ジョーダン⑦
1993-94 デビッド・ロビンソン
1994-95 シャキール・オニール
1995-96 マイケル・ジョーダン⑧
1996-97 マイケル・ジョーダン⑨
1997-98 マイケル・ジョーダン⑩
1998-99 アレン・アイバーソン
1999-00 シャキール・オニール2000年代
2000-01 アレン・アイバーソン②
2001-02 アレン・アイバーソン③
2002-03 トレイシー・マグレディ
2003-04 トレイシー・マグレディ②
2004-05 アレン・アイバーソン④
2005-06 コービー・ブライアント
2006-07 コービー・ブライアント②
2007-08 レブロン・ジェームズ
2008-09 ドウェイン・ウェイド
2009-10 ケビン・デュラント2010年代
2010-11 ケビン・デュラント②
2011-12 ケビン・デュラント③
2012-13 カーメロ・アンソニー
2013-14 ケビン・デュラント④
2014-15 ラッセル・ウェストブルック
2015-16 ステフィン・カリー
2016-17 ラッセル・ウェストブルック②
2017-18 ジェームズ・ハーデン
2018-19 ジェームズ・ハーデン②
2019-20 ジェームズ・ハーデン③2020年代
2020-21 ステフィン・カリー②
2021-22 ジョエル・エンビード歴代ベスト20
①カリーム・アブドゥル=ジャバー:38,387
②レブロン・ジェームズ:37,062
③カール・マローン:36,928
④コービー・ブライアント:33,643
⑤マイケル・ジョーダン:32,292
⑥ダーク・ノヴィツキー:31,560
⑦ウィルト・チェンバレン:31,419
⑧シャキール・オニール:28,596
⑨カーメロ・アンソニー:28,289
⑩モーゼス・マローン:27,409
⑪エルヴィン・ヘイズ:27,313
⑫アキーム・オラジュワン:26,946
⑬オスカー・ロバートソン:26,710
⑭ドミニク・ウィルキンス:26,668
⑮ティム・ダンカン:26,496
⑯ポール・ピアース:26,397
⑰ジョン・ハブリチェック:26,395
⑱ケビン・ガーネット:26,071
⑲ヴィンス・カーター:25,728
⑳アレックス・イングリッシュ:25,613プレーオフ歴代ベスト20
①レブロン・ジェームズ:7,631
②マイケル・ジョーダン:5,987
③カリーム・アブドゥル=ジャバー:5,762
④コービー・ブライアント:5,640
⑤シャキール・オニール:5,250
⑥ティム・ダンカン:5,172
⑦カール・マローン:4,761
⑧ケビン・デュラント:4,559
⑨ジェリー・ウェスト:4,457
⑩トニー・パーカー:4,045
⑪ドウェイン・ウェイド:3,954
⑫ラリー・バード:3,897
⑬ジョン・ハブリチェック:3,776
⑭アキーム・オラジュワン:3,755
⑮マジック・ジョンソン:3,701
⑯ダーク・ノヴィツキー:3,663
⑰スコッティ・ピッペン:3,642
⑱エルジン・ベイラー:3,623
⑲ウィルト・チェンバレン:3,607
⑳ステフィン・カリー:3,536
表話編歴NBAファイナルMVP1970年代
1969 ジェリー・ウェスト(LAL)
1970 ウィリス・リード(NYK)
1971 ルー・アルシンダー(MIL)
1972 ウィルト・チェンバレン(LAL②)
1973 ウィリス・リード②(NYK②)
1974 ジョン・ハブリチェック(BOS)
1975 リック・バリー(GSW)
1976 ジョ・ジョ・ホワイト(BOS②)
1977 ビル・ウォルトン(POR)
1978 ウェス・アンセルド(WAS)
1979 デニス・ジョンソン(SEA)1980年代
1980 マジック・ジョンソン(LAL③)
1981 セドリック・マックスウェル(BOS③)
1982 マジック・ジョンソン②(LAL④)
1983 モーゼス・マローン(PHI)
1984 ラリー・バード(BOS④)
1985 カリーム・アブドゥル=ジャバー②(LAL⑤)
1986 ラリー・バード②(BOS⑤)
1987 マジック・ジョンソン③(LAL⑥)
1988 ジェームズ・ウォージー(LAL⑦)
1989 ジョー・デュマース(DET)1990年代
1990 アイザイア・トーマス(DET②)
1991 マイケル・ジョーダン(CHI)
1992 マイケル・ジョーダン②(CHI②)
1993 マイケル・ジョーダン③(CHI③)
1994 アキーム・オラジュワン(HOU)
1995 アキーム・オラジュワン②(HOU②)
1996 マイケル・ジョーダン④(CHI④)
1997 マイケル・ジョーダン⑤(CHI⑤)
1998 マイケル・ジョーダン⑥(CHI⑥)
1999ティム・ダンカン(SAS)2000年代
2000 シャキール・オニール(LAL⑧)
2001 シャキール・オニール②(LAL⑨)
2002 シャキール・オニール③(LAL⑩)
2003 ティム・ダンカン②(SAS②)
2004 チャウンシー・ビラップス(DET③)
2005 ティム・ダンカン③(SAS③)
2006 ドウェイン・ウェイド(MIA)
2007 トニー・パーカー(SAS④)
2008 ポール・ピアース(BOS⑥)
2009 コービー・ブライアント(LAL⑪)2010年代
2010 コービー・ブライアント②(LAL⑫)
2011 ダーク・ノヴィツキー(DAL)
2012 レブロン・ジェームズ(MIA②)
2013 レブロン・ジェームズ②(MIA③)
2014 カワイ・レナード(SAS⑤)
2015 アンドレ・イグダーラ(GSW②)
2016 レブロン・ジェームズ③(CLE)
2017 ケビン・デュラント(GSW③)
2018 ケビン・デュラント②(GSW④)
2019 カワイ・レナード②(TOR)2020年代
2020 レブロン・ジェームズ④(LAL⑬)
2021 ヤニス・アデトクンボ(MIL②)
2022 ステフィン・カリー(GSW⑤)
 オールNBAチーム 
表・話・編・歴オールNBAチーム1998-1999シーズン

1stチーム
カール・マローン (ユタ・ジャズ)*12
ティム・ダンカン (スパーズ)*2
アロンゾ・モーニング (マイアミ・ヒート)
アレン・アイバーソン (フィラデルフィア・76ers)
ジェイソン・キッド (フェニックス・サンズ)

2ndチーム
クリス・ウェバー (サクラメント・キングス)
グラント・ヒル (デトロイト・ピストンズ)*4
シャキール・オニール (ロサンゼルス・レイカーズ)*6
ゲイリー・ペイトン (シアトル・スーパーソニックス)*6
ティム・ハーダウェイ (マイアミ・ヒート)*5

3rdチーム
ケビン・ガーネット (ミネソタ・ティンバーウルブズ)
アントニオ・マクダイス (デンバー・ナゲッツ)
アキーム・オラジュワン (ヒューストン・ロケッツ)*12
コービー・ブライアント (ロサンゼルス・レイカーズ)
ジョン・ストックトン (ユタ・ジャズ)*11
表・話・編・歴オールNBAチーム1999-2000シーズン

1stチーム
ティム・ダンカン (スパーズ)*3
ケビン・ガーネット (ミネソタ・ティンバーウルブズ)*2
シャキール・オニール (ロサンゼルス・レイカーズ)*7
ジェイソン・キッド (フェニックス・サンズ)*2
ゲイリー・ペイトン (シアトル・スーパーソニックス)*7

2ndチーム
カール・マローン (ユタ・ジャズ)*13
グラント・ヒル (デトロイト・ピストンズ)*5
アロンゾ・モーニング (マイアミ・ヒート)*2
アレン・アイバーソン (フィラデルフィア・76サーズ)*2
コービー・ブライアント (ロサンゼルス・レイカーズ)*2

3rdチーム
クリス・ウェバー (サクラメント・キングス)*2
ヴィンス・カーター (トロント・ラプターズ)
デビッド・ロビンソン (サンアントニオ・スパーズ)*9
エディー・ジョーンズ (シャーロット・ホーネッツ)
ステフォン・マーブリー (ニュージャージー・ネッツ)
表・話・編・歴オールNBAチーム2000-2001シーズン

1stチーム
ティム・ダンカン (スパーズ)*4
クリス・ウェバー (サクラメント・キングス)*3
シャキール・オニール (ロサンゼルス・レイカーズ)*8
アレン・アイバーソン (フィラデルフィア・76サーズ)*3
ジェイソン・キッド (フェニックス・サンズ)*3

2ndチーム
ケビン・ガーネット (ミネソタ・ティンバーウルブズ)*3
ヴィンス・カーター (トロント・ラプターズ)*2
ディケンベ・ムトンボ (フィラデルフィア・76サーズ)*2
コービー・ブライアント (ロサンゼルス・レイカーズ)*3
トレイシー・マグレディ (オーランド・マジック)

3rdチーム
カール・マローン (ユタ・ジャズ)*14
ダーク・ノヴィツキー (ダラス・マーベリックス)
デビッド・ロビンソン (サンアントニオ・スパーズ)*10
ゲイリー・ペイトン (シアトル・スーパーソニックス)*8
レイ・アレン (ミルウォーキー・バックス)
表・話・編・歴オールNBAチーム2001-2002シーズン

1stチーム
ティム・ダンカン (スパーズ)*5
トレイシー・マグレディ (オーランド・マジック)*2
シャキール・オニール (ロサンゼルス・レイカーズ)*9
ジェイソン・キッド (フェニックス・サンズ)*4
コービー・ブライアント (ロサンゼルス・レイカーズ)*4

2ndチーム
ケビン・ガーネット (ミネソタ・ティンバーウルブズ)*4
クリス・ウェバー (サクラメント・キングス)*4
ダーク・ノヴィツキー (ダラス・マーベリックス)*2
ゲイリー・ペイトン (シアトル・スーパーソニックス)*9
アレン・アイバーソン (フィラデルフィア・76サーズ)*4

3rdチーム
ベン・ウォーレス (デトロイト・ピストンズ)
ジャーメイン・オニール (インディアナ・ペイサーズ)
ディケンベ・ムトンボ (フィラデルフィア・76サーズ)*3
ポール・ピアース (ボストン・セルティックス)
スティーブ・ナッシュ (ダラス・マーベリックス)
表・話・編・歴オールNBAチーム2002-2003シーズン

1stチーム
ティム・ダンカン (スパーズ)*6
ケビン・ガーネット (ミネソタ・ティンバーウルブズ)*5
シャキール・オニール (ロサンゼルス・レイカーズ)*10
コービー・ブライアント (ロサンゼルス・レイカーズ)*5
トレイシー・マグレディ (オーランド・マジック)*3

2ndチーム
ダーク・ノヴィツキー (ダラス・マーベリックス)*3
クリス・ウェバー (サクラメント・キングス)*5
ジェイソン・キッド (ニュージャージー・ネッツ)*5
ゲイリー・ペイトン (シアトル・スーパーソニックス)*9
アレン・アイバーソン (フィラデルフィア・76サーズ)*5

3rdチーム
ポール・ピアース (ボストン・セルティックス)*2
ジャマール・マッシュバーン(ニューオリンズ・ホーネッツ)
ジャーメイン・オニール (インディアナ・ペイサーズ)*2
ステフォン・マーブリー (フェニックス・サンズ)*2
スティーブ・ナッシュ (ダラス・マーベリックス)*2
表・話・編・歴オールNBAチーム2003-2004シーズン

1stチーム
ケビン・ガーネット (ミネソタ・ティンバーウルブズ)*6
ティム・ダンカン (スパーズ)*7
シャキール・オニール (ロサンゼルス・レイカーズ)*11
コービー・ブライアント (ロサンゼルス・レイカーズ)*6
ジェイソン・キッド (ニュージャージー・ネッツ)*6

2ndチーム
ジャーメイン・オニール (インディアナ・ペイサーズ)*3
プレドラグ・ストヤコビッチ (サクラメント・キングス)
ベン・ウォーレス (デトロイト・ピストンズ)*3
サム・キャセール(ミネソタ・ティンバーウルブズ)
トレイシー・マグレディ (オーランド・マジック)*4

3rdチーム
ダーク・ノヴィツキー (ダラス・マーベリックス)*4
ロン・アーテスト (インディアナ・ペイサーズ)
姚明(ヒューストン・ロケッツ)
マイケル・レッド (ミルウォーキー・バックス)
バロン・デイビス (ニューオリンズ・ホーネッツ)
表・話・編・歴オールNBAチーム2004-2005シーズン

1stチーム
ティム・ダンカン (スパーズ)*8
ダーク・ノヴィツキー (ダラス・マーベリックス)*5
シャキール・オニール (ロサンゼルス・レイカーズ)*12
アレン・アイバーソン (フィラデルフィア・76サーズ)*6
スティーブ・ナッシュ (ダラス・マーベリックス)*3

2ndチーム
レブロン・ジェームズ (クリーブランド・キャバリアーズ)
ケビン・ガーネット (ミネソタ・ティンバーウルブズ)*7
アマレ・スタウダマイアー (フェニックス・サンズ)
ドウェイン・ウェイド (マイアミ・ヒート)
レイ・アレン (シアトル・スーパーソニックス)*2

3rdチーム
トレイシー・マグレディ (ヒューストン・ロケッツ)*5
ショーン・マリオン (フェニックス・サンズ)
ベン・ウォーレス (デトロイト・ピストンズ)*4
コービー・ブライアント (ロサンゼルス・レイカーズ)*7
ギルバート・アリーナス (ワシントン・ウィザーズ)
表・話・編・歴オールNBAチーム2005-2006シーズン

1stチーム
レブロン・ジェームズ (クリーブランド・キャバリアーズ)*2
ダーク・ノヴィツキー (ダラス・マーベリックス)*6
シャキール・オニール (ロサンゼルス・レイカーズ)*13
コービー・ブライアント (ロサンゼルス・レイカーズ)*8
スティーブ・ナッシュ (ダラス・マーベリックス)*4

2ndチーム
エルトン・ブランド (ロサンゼルス・クリッパーズ)
ティム・ダンカン (スパーズ)*9
ベン・ウォーレス (デトロイト・ピストンズ)*5
チャウンシー・ビラップス (デトロイト・ピストンズ)
ドウェイン・ウェイド (マイアミ・ヒート)*2

3rdチーム
ショーン・マリオン (フェニックス・サンズ)
カーメロ・アンソニー (デンバー・ナゲッツ)
姚明 (ヒューストン・ロケッツ)*2
アレン・アイバーソン (フィラデルフィア・76サーズ)*7
ギルバート・アリーナス (ワシントン・ウィザーズ)*2
表・話・編・歴オールNBAチーム2006-2007シーズン

1stチーム
ダーク・ノヴィツキー (マーベリックス)*7
ティム・ダンカン (スパーズ)*10
アマーレ・スタウダマイアー (ニックス)*2
スティーブ・ナッシュ (サンズ)*5
コービー・ブライアント (レイカーズ)*9

2ndチーム
レブロン・ジェームズ (キャバリアーズ)*3
クリス・ボッシュ (ラプターズ)
姚明 (ロケッツ)*4
ギルバート・アリーナス (ウィザーズ)
トレーシー・マグレディ (ロケッツ)*6

3rdチーム
ケビン・ガーネット (セルティックス)*8
カーメロ・アンソニー (ナゲッツ)*2
ドワイト・ハワード (マジック)*1
ドウェイン・ウェイド (ヒート)*3
チャウンシー・ビラップス (ピストンズ)*2
表・話・編・歴オールNBAチーム2007-2008シーズン

1stチーム
ケビン・ガーネット (セルティックス)*9
レブロン・ジェームズ (キャバリアーズ)*4
ドワイト・ハワード (マジック)*2
コービー・ブライアント (レイカーズ)*10
クリス・ポール (ホーネッツ)

2ndチーム
ダーク・ノヴィツキー (マーベリックス)*8
ティム・ダンカン (スパーズ)*11
アマーレ・スタウダマイアー (ニックス)*3
スティーブ・ナッシュ (サンズ)*6
デロン・ウィリアムス (ジャズ)

3rdチーム
カルロス・ブーザー (ジャズ)
ポール・ピアース (セルティックス)*3
姚明 (ロケッツ)*4
トレーシー・マグレディ (ロケッツ)*7
マヌ・ジノビリ (スパーズ)
表・話・編・歴オールNBAチーム2008-2009シーズン

1stチーム
ダーク・ノヴィツキー (マーベリックス)*9
レブロン・ジェームズ (キャバリアーズ)*5
ドワイト・ハワード (マジック)*3
コービー・ブライアント (レイカーズ)*11
ドウェイン・ウェイド (ヒート)*4

2ndチーム
ポール・ピアース (セルティックス)*4
ティム・ダンカン (スパーズ)*12
姚明 (ロケッツ)*5
ブランドン・ロイ (ブレイザーズ)
クリス・ポール (ホーネッツ)*2

3rdチーム
パウ・ガソル (レイカーズ)
カーメロ・アンソニー (ナゲッツ)*
シャキール・オニール (サンズ)*14
チャウンシー・ビラップス (ナゲッツ)*3
トニー・パーカー (スパーズ)
表・話・編・歴オールNBAチーム2009-2010シーズン

1stチーム
ケビン・デュラント (サンダー)
レブロン・ジェームズ (ヒート)*6
ドワイト・ハワード (マジック)*4
コービー・ブライアント (レイカーズ)*12
ドウェイン・ウェイド (ヒート)*5

2ndチーム
カーメロ・アンソニー (ニックス)*4
ダーク・ノヴィツキー (マーベリックス)*10
アマーレ・スタウダマイアー (ニックス)*4
デロン・ウィリアムス (ジャズ)*2
スティーブ・ナッシュ (サンズ])*7

3rdチーム
パウ・ガソル (レイカーズ)*2
ティム・ダンカン (スパーズ)*13
アンドリュー・ボーガット (バックス)
ジョー・ジョンソン (ホークス)
ブランドン・ロイ (ブレイザーズ)*2
表・話・編・歴オールNBAチーム2010-2011シーズン

1stチーム
ケビン・デュラント (サンダー)*2
レブロン・ジェームズ (ヒート)*7
ドワイト・ハワード (マジック)*5
コービー・ブライアント (レイカーズ)*13
デリック・ローズ (ブルズ)

2ndチーム
パウ・ガソル (レイカーズ)*3
ダーク・ノヴィツキー (マーベリックス)*11
アマーレ・スタウダマイアー (ニックス)
ドウェイン・ウェイド (ヒート)*6
ラッセル・ウェストブルック (サンダー)

3rdチーム
ラマーカス・オルドリッジ (ブレイザーズ)
ザック・ランドルフ (グリズリーズ)
アル・ホーフォード (ホークス)
マヌ・ジノビリ (スパーズ)*2
クリス・ポール (クリッパーズ)*3
表・話・編・歴オールNBAチーム2011-2012シーズン

1stチーム
レブロン・ジェームズ (ヒート)*8
ケビン・デュラント (サンダー)*3
ドワイト・ハワード (レイカーズ)*6
コービー・ブライアント (レイカーズ)*14
クリス・ポール (クリッパーズ)*4

2ndチーム
ケビン・ラブ (ウルブズ)*6
ブレイク・グリフィン (クリッパーズ)
アンドリュー・バイナム (レイカーズ)
トニー・パーカー (スパーズ)*2
ラッセル・ウェストブルック (サンダー)*2

3rdチーム
カーメロ・アンソニー (ニックス)*5
ダーク・ノヴィツキー (マーベリックス)*12
タイソン・チャンドラー (ニックス)
ドウェイン・ウェイド (ヒート)*7
レイジョン・ロンド (セルティックス)
表・話・編・歴オールNBAチーム2012-2013シーズン

1stチーム
レブロン・ジェームズ (ヒート)*9
ケビン・デュラント (サンダー)*4
ティム・ダンカン (スパーズ)*14
コービー・ブライアント (レイカーズ)*15
クリス・ポール (クリッパーズ)*5

2ndチーム
カーメロ・アンソニー (ニックス)*6
ブレイク・グリフィン (クリッパーズ)*2
マーク・ガソル (グリズリーズ)
トニー・パーカー (スパーズ)*3
ラッセル・ウェストブルック (サンダー)*3

3rdチーム
デビッド・リー (ウォリアーズ)
ポール・ジョージ (ペイサーズ)
ドワイト・ハワード (レイカーズ)*7
ドウェイン・ウェイド (ヒート)*8
ジェームズ・ハーデン (ロケッツ)
 NBAオールディフェンシブチーム 
表・話・編・歴NBAオールディフェンシブチーム1999-00シーズン

1stチーム
ティム・ダンカン (スパーズ)*3
ケビン・ガーネット (ティンバーウルブズ)
アロンゾ・モーニング (ヒート)*2 DPOY
ゲイリー・ペイトン (スーパーソニックス)*7 HOF
コービー・ブライアント (レイカーズ)

2ndチーム
スコッティ・ピッペン (トレイルブレイザーズ)
クリフォード・ロビンソン (サンズ)
シャキール・オニール (レイカーズ)
エディー・ジョーンズ (ホーネッツ)*3
ジェイソン・キッド (サンズ)*2
表・話・編・歴NBAオールディフェンシブチーム2000-01シーズン

1stチーム
ティム・ダンカン (スパーズ)*4
ケビン・ガーネット (ティンバーウルブズ)*2
ディケンベ・ムトンボ (シクサーズ)*5 DPOY HOF
ゲイリー・ペイトン (スーパーソニックス)*8 HOF
ジェイソン・キッド (サンズ)*3

2ndチーム
ブルース・ボウエン (ヒート)
P・J・ブラウン (ホーネッツ)*2
シャキール・オニール (レイカーズ)*2
コービー・ブライアント (レイカーズ)*2
ダグ・クリスティー (キングス)
表・話・編・歴NBAオールディフェンシブチーム2001-02シーズン

1stチーム
ティム・ダンカン (スパーズ)*5
ケビン・ガーネット (ティンバーウルブズ)*3
ベン・ウォーレス (ピストンズ)DPOY
ゲイリー・ペイトン(スーパーソニックス)*9 HOF
ジェイソン・キッド (ネッツ)*4

2ndチーム
ブルース・ボウエン (スパーズ)*2
クリフォード・ロビンソン (シクサーズ)*2
ディケンベ・ムトンボ (セルティックス)*6 HOF
コービー・ブライアント (レイカーズ)*3
ダグ・クリスティー (キングス)*2
表・話・編・歴NBAオールディフェンシブチーム2002-03シーズン

1stチーム
ティム・ダンカン (スパーズ)*6
ケビン・ガーネット (ティンバーウルブズ)*4
ベン・ウォーレス (ピストンズ)*2DPOY
ダグ・クリスティー (キングス)*3
コービー・ブライアント (レイカーズ)*4

2ndチーム
ロン・アーテスト (ロケッツ)
ブルース・ボウエン (スパーズ)*3
シャキール・オニール (レイカーズ)*3
ジェイソン・キッド (ネッツ)*5
エリック・スノウ (シクサーズ)
表・話・編・歴NBAオールディフェンシブチーム2003-04シーズン

1stチーム
ロン・アーテスト (ペイサーズ)*2 DPOY
ケビン・ガーネット (ティンバーウルブズ)*5
ベン・ウォーレス (ピストンズ)*3
ブルース・ボウエン (スパーズ)*4
コービー・ブライアント (レイカーズ)*5

2ndチーム
アンドレイ・キリレンコ(ジャズ)
ティム・ダンカン (スパーズ)*7
テオ・ラトリフ (トレイルブレイザーズ)*2
ダグ・クリスティー (キングス)*4
ジェイソン・キッド (ネッツ)*6
表・話・編・歴NBAオールディフェンシブチーム2005-06シーズン

1stチーム
ブルース・ボウエン (スパーズ)*6
ベン・ウォーレス (ブルズ)*5 DPOY
アンドレイ・キリレンコ(ジャズ)*3
ロン・アーテスト (ロケッツ)*3
コービー・ブライアント (レイカーズ)*6ジェイソン・キッド (ネッツ)*8

2ndチーム
ティム・ダンカン (スパーズ)*9
チャウンシー・ビラップス (ピストンズ)*2
ケビン・ガーネット (セルティックス)*7
マーカス・キャンビー (ナゲッツ)*2
テイショーン・プリンス (ピストンズ)*2
表・話・編・歴NBAオールディフェンシブチーム2006-07シーズン

1stチーム
ブルース・ボウエン (スパーズ)*7
ティム・ダンカン (スパーズ)*10
マーカス・キャンビー(ナゲッツ)*3 DPOY
コービー・ブライアント (レイカーズ)*7
ラジャ・ベル (サンズ)

2ndチーム
ベン・ウォーレス (ブルズ)*6
カーク・ハインリック (ブルズ)
ジェイソン・キッド (ネッツ)*3
テイショーン・プリンス (ピストンズ)*3
ケビン・ガーネット (ティンバーウルブズ)*8
表・話・編・歴NBAオールディフェンシブチーム2007-08シーズン

1stチーム
ケビン・ガーネット (セルティックス)*9 DPOY
コービー・ブライアント (レイカーズ)*8
マーカス・キャンビー(ナゲッツ)*4
ブルース・ボウエン (スパーズ)*8
ティム・ダンカン (スパーズ)*11

2ndチーム
シェーン・バティエ (ロケッツ)
クリス・ポール (ホーネッツ)
ドワイト・ハワード (マジック)
テイショーン・プリンス (ピストンズ)*4
ラジャ・ベル (サンズ)*2
表・話・編・歴NBAオールディフェンシブチーム2008-09シーズン

1stチーム
ドワイト・ハワード (マジック)*3 DPOY
コービー・ブライアント (レイカーズ)*9
レブロン・ジェームズ (キャバリアーズ)
クリス・ポール (ホーネッツ)*2
ケビン・ガーネット (セルティックス)*10

2ndチーム
ティム・ダンカン (スパーズ)*12
ドウェイン・ウェイド (ヒート)*2
レイジョン・ロンド(セルティックス)
シェーン・バティエ (ロケッツ)*2
ロン・アーテスト (ロケッツ)*4
表・話・編・歴NBAオールディフェンシブチーム2009-10シーズン

1stチーム
ドワイト・ハワード (マジック)*3 DPOY
レイジョン・ロンド(セルティックス)*2
レブロン・ジェームズ (キャバリアーズ)*2
コービー・ブライアント (レイカーズ)*10
ジェラルド・ウォレス (ボブキャッツ)

2ndチーム
ティム・ダンカン (スパーズ)*13
ドウェイン・ウェイド (ヒート)*3
ジョシュ・スミス (ホークス)
アンダーソン・ヴァレジャオ (キャバリアーズ)
ターボ・セフォロシャ (サンダー)
表・話・編・歴NBAオールディフェンシブチーム2010-11シーズン

1stチーム
ドワイト・ハワード (マジック)*4 DPOY
レイジョン・ロンド(セルティックス)*3
レブロン・ジェームズ (ヒート)*3
コービー・ブライアント (レイカーズ)*11
ケビン・ガーネット (セルティックス)*11

2ndチーム
トニー・アレン (グリズリーズ)
クリス・ポール (ホーネッツ)*3
タイソン・チャンドラー (マーベリックス)
アンドレ・イグダーラ (シクサーズ)
ジョアキム・ノア (ブルズ)
表・話・編・歴NBAオールディフェンシブチーム2011-12シーズン

1stチーム
レブロン・ジェームズ (ヒート)
サージ・イバーカ (サンダー)
ドワイト・ハワード (マジック)*5 
クリス・ポール (クリッパーズ)*4
トニー・アレン (グリズリーズ)*2

2ndチーム
ケビン・ガーネット (セルティックス)*12
ルオル・デン (ブルズ)
タイソン・チャンドラー (マーベリックス)*2 MDP
レイジョン・ロンド (セルティックス)*4
コービー・ブライアント (レイカーズ)*12
表話編歴NBAオールスターゲームMVP1950年代
1951 エド・マコーレー
1952 ポール・アリジン
1953 ジョージ・マイカン
1954 ボブ・クージー
1955 ビル・シャーマン
1956 ボブ・ペティット
1957 ボブ・クージー②
1958 ボブ・ペティット②
1959 ボブ・ペティット③&エルジン・ベイラー1960年代
1960 ウィルト・チェンバレン
1961 オスカー・ロバートソン
1962 ボブ・ペティット④
1963 ビル・ラッセル
1964 オスカー・ロバートソン②
1965 ジェリー・ルーカス
1966 エイドリアン・スミス
1967 リック・バリー
1968 ハル・グリア
1969 オスカー・ロバートソン③1970年代
1970 ウィリス・リード
1971 レニー・ウィルケンズ
1972 ジェリー・ウェスト
1973 デイブ・コーウェンス
1974 ボブ・レイニア
1975 ウォルト・フレイジャー
1976 デイブ・ビン
1977 ジュリアス・アービング
1978 ランディ・スミス
1979 デイヴィッド・トンプソン1980年代
1980 ジョージ・ガービン
1981 ネイト・アーチボルド
1982 ラリー・バード
1983 ジュリアス・アービング②
1984 アイザイア・トーマス
1985 ラルフ・サンプソン
1986 アイザイア・トーマス②
1987 トム・チェンバース
1988 マイケル・ジョーダン
1989 カール・マローン1990年代
1990 マジック・ジョンソン
1991 チャールズ・バークレー
1992 マジック・ジョンソン②
1993 カール・マローン②&ジョン・ストックトン
1994 スコッティ・ピッペン
1995 ミッチ・リッチモンド
1996 マイケル・ジョーダン②
1997 グレン・ライス
1998 マイケル・ジョーダン③
1999 中止2000年代
2000 シャキール・オニール&ティム・ダンカン
2001 アレン・アイバーソン
2002 コービー・ブライアント
2003 ケビン・ガーネット
2004 シャキール・オニール②
2005 アレン・アイバーソン②
2006 レブロン・ジェームズ
2007 コービー・ブライアント②
2008 レブロン・ジェームズ②
2009 コービー・ブライアント③&シャキール・オニール③2010年代
2010 ドウェイン・ウェイド
2011 コービー・ブライアント④
2012 ケビン・デュラント
2013 クリス・ポール
2014 カイリー・アービング
2015 ラッセル・ウェストブルック
2016 ラッセル・ウェストブルック②
2017 アンソニー・デイビス
2018 レブロン・ジェームズ③
2019 ケビン・デュラント②2020年代
2020 カワイ・レナード
2021 ヤニス・アデトクンボ
2022 ステフィン・カリー
表話編歴NBAスラムダンクコンテスト優勝者1980年代
1984 ラリー・ナンス (フェニックス・サンズ)
1985 ドミニク・ウィルキンス (アトランタ・ホークス)
1986 スパッド・ウェブ (アトランタ・ホークス)
1987 マイケル・ジョーダン (シカゴ・ブルズ)
1988 マイケル・ジョーダン② (シカゴ・ブルズ)
1989 ケニー・ウォーカー (ニューヨーク・ニックス)1990年代
1990 ドミニク・ウィルキンス② (アトランタ・ホークス)
1991 ディー・ブラウン (ボストン・セルティックス)
1992 セドリック・セバロス (フェニックス・サンズ)
1993 ハロルド・マイナー (マイアミ・ヒート)
1994 アイザイア・ライダー (ミネソタ・ティンバーウルブズ)
1995 ハロルド・マイナー (マイアミ・ヒート)
1996 ブレント・バリー (ロサンゼルス・クリッパーズ)
1997 コービー・ブライアント (ロサンゼルス・レイカーズ)
1998 未開催
1999 オールスターそのものが未開催2000年代
2000 ヴィンス・カーター (トロント・ラプターズ)
2001 デズモンド・メイソン (シアトル・スーパーソニックス)
2002 ジェイソン・リチャードソン (ゴールデンステート・ウォリアーズ)
2003 ジェイソン・リチャードソン② (ゴールデンステート・ウォリアーズ)
2004 フレッド・ジョーンズ (インディアナ・ペイサーズ)
2005 ジョシュ・スミス (アトランタ・ホークス)
2006 ネイト・ロビンソン (ニューヨーク・ニックス)
2007 ジェラルド・グリーン (ボストン・セルティックス)
2008 ドワイト・ハワード (オーランド・マジック)
2009 ネイト・ロビンソン② (ニューヨーク・ニックス)2010年代
2010 ネイト・ロビンソン③ (ニューヨーク・ニックス)
2011 ブレイク・グリフィン (ロサンゼルス・クリッパーズ)
2012 ジェレミー・エバンス (ユタ・ジャズ)
2013 テレンス・ロス (トロント・ラプターズ)
2014 ジョン・ウォール (ワシントン・ウィザーズ)
2015 ザック・ラヴィーン (ミネソタ・ティンバーウルブズ)
2016 ザック・ラヴィーン② (ミネソタ・ティンバーウルブズ)
2017 グレン・ロビンソン3世 (インディアナ・ペイサーズ)
2018 ドノバン・ミッチェル (ユタ・ジャズ)
2019 ハミドゥ・ディアロ (オクラホマシティ・サンダー)2020年代
2020 デリック・ジョーンズ・ジュニア (マイアミ・ヒート)
2021 アンファニー・サイモンズ (ポートランド・トレイルブレイザーズ)
2022 オビ・トッピン (ニューヨーク・ニックス)
 ロサンゼルス・レイカーズ優勝歴(5回) 
表話編歴ロサンゼルス・レイカーズ 1999-2000NBA優勝

2 デレック・フィッシャー |
3 デヴィン・ジョージ |
4 ロン・ハーパー |
5 ロバート・オーリー |
8 コービー・ブライアント |
10 ティロン・ルー |
11 ジョン・セレスタンド |
16 ジョン・サリー |
17 リック・フォックス |
20 ブライアン・ショウ |
34 シャキール・オニール (ファイナルMVP) |
40 トラビス・ナイト |
41 グレン・ライス |
45 A.C.グリーン |
コーチ:フィル・ジャクソン

表話編歴ロサンゼルス・レイカーズ 2000-01NBA優勝

2 デレック・フィッシャー |
3 デヴィン・ジョージ |
4 ロン・ハーパー |
5 ロバート・オーリー |
8 コービー・ブライアント |
10 ティロン・ルー |
14 スタニスラフ・メドベデンコ |
17 リック・フォックス |
20 ブライアン・ショウ |
34 シャキール・オニール (ファイナルMVP) |
35 マーク・マドセン |
40 グレッグ・フォスター |
54 ホーレス・グラント |
コーチ:フィル・ジャクソン

表話編歴ロサンゼルス・レイカーズ 2001-02NBA優勝

2 デレック・フィッシャー |
3 デヴィン・ジョージ |
5 ロバート・オーリー |
8 コービー・ブライアント |
10 リンジー・ハンター |
14 スタニスラフ・メドベデンコ |
17 リック・フォックス |
20 ブライアン・ショウ |
23 ミッチ・リッチモンド |
34 シャキール・オニール (ファイナルMVP) |
35 マーク・マドセン |
52 サマキ・ウォーカー |
コーチ:フィル・ジャクソン

表話編歴ロサンゼルス・レイカーズ 2008-09NBA優勝

2 デレック・フィッシャー |
3 トレバー・アリーザ |
4 ルーク・ウォルトン |
5 ジョーダン・ファーマー |
6 アダム・モリソン |
7 ラマー・オドム |
9 孫悦 |
12 シャノン・ブラウン |
16 パウ・ガソル |
17 アンドリュー・バイナム |
18 サーシャ・ブヤチッチ |
21 ジョシュ・パウエル |
24 コービー・ブライアント |
28 D.J.ベンガ |
コーチ:フィル・ジャクソン

表話編歴ロサンゼルス・レイカーズ 2009-10NBA優勝

1 ジョーダン・ファーマー |
2 デレック・フィッシャー |
4 ルーク・ウォルトン |
6 アダム・モリソン |
7 ラマー・オドム |
12 シャノン・ブラウン |
16 パウ・ガソル |
17 アンドリュー・バイナム |
18 サーシャ・ブヤチッチ |
21 ジョシュ・パウエル |
24 コービー・ブライアント |
28 D.J.ベンガ |
37 ロン・アーテスト |
コーチ:フィル・ジャクソン

表話編歴 バスケットボール男子アメリカ合衆国代表 – 2008 北京五輪 1 金メダル

4 カルロス・ブーザー – 5 ジェイソン・キッド – 6 レブロン・ジェームズ – 7 デロン・ウィリアムス – 8 マイケル・レッド – 9 ドウェイン・ウェイド – 10 コービー・ブライアント – 11 ドワイト・ハワード – 12 クリス・ボッシュ – 13 クリス・ポール – 14 テイショーン・プリンス – 15 カーメロ・アンソニー – HC マイク・シャシェフスキー

表話編歴 バスケットボール男子アメリカ合衆国代表 – 2012 ロンドン五輪 1 金メダル

4 タイソン・チャンドラー – 5 ケビン・デュラント – 6 レブロン・ジェームズ – 7 ラッセル・ウェストブルック – 8 デロン・ウィリアムス – 9 アンドレ・イグダーラ – 10 コービー・ブライアント – 11 ケビン・ラブ – 12 ジェームズ・ハーデン – 13 クリス・ポール – 14 アンソニー・デイビス – 15 カーメロ・アンソニー – HC マイク・シャシェフスキー

表話編歴ロサンゼルス・レイカーズ
1947年に設立
ミネアポリス時代 (1947–1960)
カリフォルニア州ロサンゼルスを本拠地としてからフランチャイズ
球団歴史
歴代在籍選手
ドラフト歴代指名
チーム記録
歴代ヘッドコーチ
各シーズン
現シーズン
歴代本拠地
ミネアポリス・オーディトリアム(英語版)
ミネアポリス・アーモリー(英語版)
ロサンゼルス・メモリアル・スポーツ・アリーナ
ザ・フォーラム
クリプト・ドットコム・アリーナ (旧称: ステイプルズ・センター)関係者
オーナー
ジーニー, ジェリー&ジョニー
アンシュッツ・エンターテイメント・グループ, エド・ロスキ・ジュニア, パトリック・スン・シオン
球団社長
ジーニー・バス
ジェネラルマネージャー
ロブ・ペリンカ
ヘッドコーチ
ダービン・ハムGリーグ提携チーム
サウスベイ・レイカーズ永久欠番
8
13
22
24
25
32
33
34
42
44
52NBAチャンピオン
1949年
1950年
1952年
1953年
1954年
1972年
1980年
1982年
1985年
1987年
1988年
2000年
2001年
2002年
2009年
2010年
2020年ライバルチーム
ボストン・セルティックス
デトロイト・ピストンズ
ロサンゼルス・クリッパーズ
サンアントニオ・スパーズ関連人物やできごと
ラジオ(英語版)
ジャック・ケント・クック(英語版)
ジェリー・バス
ショータイム
シャックとコービーの確執
レイカー・ガールズ(英語版)
レイカー・バンド(英語版)
チック・ハーン(英語版)
ローレンス・タンター(英語版)
ジャック・ニコルソン
ダンシング・バリー(英語版)
2020年カラバサスヘリコプター墜落事故
表話編歴2020年のネイスミス・メモリアル・バスケットボール殿堂入り選手
コービー・ブライアント
タミカ・キャッチングズ
ティム・ダンカン
ケビン・ガーネットコーチ
キム・モルキー
バーバラ・スティーブンズ
エディ・サットン
ルディ・トムヤノビッチ貢献者
パトリック・バウマン典拠管理
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NKC: osa20191048253
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RERO: 02-A027444198
SUDOC: 227595599
VIAF: 19000693
WorldCat Identities: lccn-n98082481

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【日本語字幕】コービー ブライアント 追悼 スピーチ 殿堂入り 式典 妻 バネッサブライアント【Vanessa Bryant Hall of Fame speech for Kobe】【ジョーダン】 Youtube

日本語訳付き動画を作られている方がYouTubeにいらっしゃいませんでしたので、是非このモーメントを皆さんとシェアできればと日本語字幕を付けさせて頂きました。

現地5月15日、2020年のバスケットボール殿堂入り式典が行われました。

惜しまれつつこの世を去った私たちのコービー・ブライアントがついに殿堂入りをしました

ライバルであったKGことケビン ガーネットとティム ダンカンも共に殿堂入りを果たしました

追悼式ではプレゼンターを務めたマイケル・ジョーダンが今回も妻のバネッサ・ブライアントさんをエスコートしています

ステイプルズセンターでのレブロンジェームズのスピーチもとても感動的でしたね

未だにコービーの動画を見るたびに涙が出てしまう編集者ですが、今日と言う日は笑顔でコービーの殿堂入りを祝いたいと思います

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#NBA殿堂入りスピーチ

vanessa bryant Hall of Fame Enshrinement speech with Japanese subtitles.

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