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オリンピック 女子 フィギュア トリプル アクセル 成功 者

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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この項目では、フィギュアスケート選手について説明しています。卓球選手については「伊藤みどり (卓球選手)」を、旧姓が加藤の声優については「加藤みどり」をご覧ください。

伊藤 みどりMidori ITO

世界フィギュアスケート殿堂 2004年
1989年4月7日の大会での伊藤みどり選手情報別名
ジャンプの申し子・天才生年月日
(1969-08-13) 1969年8月13日(53歳)代表国
日本出生地
愛知県名古屋市身長
145 cm学歴
東海女子高校、東海学園女子短大コーチ
山田満知子振付師
山田満知子ヴィクトール・ルイシキンデヴィッド・ウィルソン所属クラブ
中日クラブ(現、グランプリ東海クラブ)、プリンスホテル引退
1992年4月25日1996年11月29日記録
アジア初の世界選手権優勝
女子初のトリプルアクセル成功
女子初の1プログラムで6種類の3回転ジャンプ成功
女子初の3回転トウループ-3回転トウループ成功(女子初の3回転-3回転)
女子初の2回転ループ-3回転ループ成功
女子初の3回転ルッツ-3回転トウループ成功
受賞body:not(.skin-minerva) .mw-parser-output .columns-list__wrappermargin-top:0.3embody:not(.skin-minerva) .mw-parser-output .columns-list__wrapper>ul,body:not(.skin-minerva) .mw-parser-output .columns-list__wrapper>olmargin-top:0body:not(.skin-minerva) .mw-parser-output .columns-list__wrapper–small-fontfont-size:90%
日本スポーツ賞 大賞 1989
朝日スポーツ賞 1989
大会成績

国際スケート連盟主催大会

1位

2位

3位
オリンピック

0

1

0
世界選手権

1

1

0
世界ジュニア選手権

0

0

1
合計数

1

2

1

国内大会

1位

2位

3位
全日本選手権

9

1

1
全日本ジュニア選手権

2

0

0

獲得メダル

フィギュアスケート
主要国際大会
オリンピック

1992 アルベールビル
女子シングル
世界選手権

1989 パリ
女子シングル

1990 ハリファックス
女子シングル
世界ジュニア選手権

1984 札幌
女子シングル

■テンプレート ■選手一覧 ■ポータル ■プロジェクト伊藤 みどり(いとう みどり、1969年8月13日 – )は、日本のフィギュアスケート選手(女子シングル)。愛知県名古屋市出身。東海女子高等学校(現、東海学園高等学校)、東海学園女子短期大学卒業[1]。兄は元インラインスケート選手の伊藤裕幸。
1992年アルベールビルオリンピック女子シングル銀メダリスト。1989年世界選手権優勝。1988年カルガリーオリンピック5位入賞。1985年から1992年まで全日本選手権8連覇。女子選手として世界初のトリプルアクセルや3回転-3回転連続ジャンプに成功した。
1989年に「最も高得点を取ったフィギュアスケーター」としてギネスブックに掲載[2]。2004年には、日本人として初めて世界フィギュアスケート殿堂入り。2007年、国際スケート連盟 (ISU) は「伊藤はたった一人の力で女子フィギュアスケートを21世紀へと導いた」[3]との声明を発表した。

人物[編集]
三人兄妹の真ん中で、兄と妹がいる[4]。伊藤が小学一年生の時に両親は離婚し、子供たちは母親に引き取られる[5]。
スケートを始めた頃は、全日本選手権を8連覇した渡部絵美に憧れていた[6]。12歳当時の将来の目標は、オリンピックや世界選手権でメダルを取ること、夢はアイスショーに出演することであった[7]。プロフィギュアスケーターの西田美和とは、ジュニア大会のデビューが同期で、文通相手でもあった[8]。東海女子高等学校では、遠征のときを除けばほぼ無遅刻無欠席で通学した[9]。東海学園女子短期大学に進学し、家政学科人間関係コースで出羽秀明のゼミに参加して、「塩の道」をテーマに卒業論文を書いた[10]。卒業後はプリンスホテルに就職する[11]。1991年12月には母校である東海学園女子短大に「伊藤みどりメモリアルホール」が作られている[12]。
10歳のころから早朝、深夜の練習のためコーチの山田満知子の家に寝泊りするようになり[13]、中学2年生のときには山田コーチ宅に住むようになる。山田の家族には伊藤と同い年の一人娘がいたが、家庭では伊藤の方が威張っていた[14][15]ほどであった。
小学生のときは偏食でがりがりに痩せており、肉と野菜は一切食べず、魚もサンマとイワシ以外はほとんど食べなかった[16]。成長期・思春期に入ると、偏食は治り、肉が好物になったものの、今度は体重管理に苦労した[17]。中学時代には右足首を2度骨折している[18]。最初の骨折は、体重が1年で9kgも増加してジャンプの着地で足首に大きな負担がかかったのが原因だった。骨折以外のケガや故障も含めて、1992年に引退するまでの治療回数は500回にも上った[19]。ジャンプの練習を重ねたため、かかとが角張って変形するようになった[20]。
性格は新しいもの好きで負けず嫌い。そのため反復練習が嫌いであった[21]。
中学時代には、伊藤の才能に着目した西武鉄道グループのオーナーである堤義明の経済的援助を受けるようになる[22]。高校時代にはアメリカへのスケート留学の誘いがあったが、山田のもとに残ることを選んだ[23]。プロに転向してからも、人気のあるフランス[24]や北米のアイスショーへの出演の話もあったが、日本のプリンスアイスワールドでのプロ活動を選ぶ[25]。
2004年に元劇団四季所属のミュージカル俳優の八巻大と結婚したが、2006年に離婚する[26]。その後2009年9月に一般人男性と再婚して北九州市でスケートの教育指導をしている[27]。

経歴[編集]
天才少女出現[編集]
スケートを始めたのは、3歳のころ。家族レジャーの一環として近所のスケートリンク(名古屋スポーツセンター)に行くようになったのがきっかけだった。5歳のとき、このリンクで山田満知子が教えている子供たちのスピンやジャンプを真似して遊んでいたところを、山田に見出される[28]。山田によれば、伊藤は自分の教え子よりうまく、ジャンプは飛び抜けていたという[29]。幼稚園のうちから小学生のスケート教室に年齢をごまかして参加した。初級~上級の3クラスを合わせて10日間で卒業し、本格的にフィギュアスケートを習い始める[30]。
1980年3月、小学校4年生で全日本ジュニア選手権に優勝。同年11月のNHK杯に特別出場し[31]、日本全国に演技が放送されたことにより伊藤の存在が知られるようになった。1980年12月の世界ジュニア選手権に史上最年少の日本代表に選出され、フリー1位、総合8位となった。次いで12月の全日本選手権で3位入賞し、これは稲田悦子以来45年ぶりの小学5年生(11歳)での入賞で[32]、このことから「天才少女スケーター」と呼ばれるようになった。
1982年11月、練習中に右足首を骨折し、全治1か月。12月の1983年世界ジュニア選手権などシーズンの残り試合をすべて欠場した。翌シーズン札幌で行われる1984年世界ジュニア選手権の出場を目標に努力した[33]。

サラエボ五輪を目指して[編集]
1983年11月にヨーロッパに遠征し、シニアでの国際デビューを果たす。プラハ国際選手権では5種類の3回転ジャンプを成功させ、国際大会で初優勝した[34]。オランダでのエニア・チャレンジ・カップではヨーロッパ選手権者のカタリナ・ヴィットに次ぐ2位となる[35]。
1984年サラエボオリンピックの出場の際、前年7月1日時点で13歳の伊藤には、年齢制限のため原則として出場資格がなかった。ただし、「オリンピック開催年に世界ジュニア選手権で3位以内に入れば資格を与える」という特例措置があった。1984年世界ジュニア選手権(札幌)での3位以内を目標にするが、規定(コンパルソリーフィギュア)13位とほぼ絶望的となる。しかし、ショートプログラム1位、フリースケーティング1位と追い上げ総合3位となった[36]。この結果、伊藤は出場資格を得ることができた[37]。
しかし、代表最終選考会を兼ねた1984年1月の全日本選手権において、規定で10位と出遅れ、ショートプログラムでは右足首に痛みを感じるなど不調で、2回転アクセルで転倒して5位。フリースケーティングで1位と追い上げたが加藤雅子に次ぐ総合2位に終わった[38]。日本の女子シングルのオリンピックと世界選手権への出場枠は各1名であったため、日本スケート連盟は加藤をオリンピックへ、伊藤を世界選手権へ派遣した。伊藤は、1984年オタワの世界選手権に初めて出場し、7位に入賞した。

カルガリー五輪5位入賞[編集]
1985年、中学校3年生で全日本選手権初優勝。以後、1992年まで優勝を重ね、渡部絵美と並ぶ史上最高8連覇を達成する(後に1996年大会も制し、通算9回優勝)。この年の東京での世界選手権では、規定競技前日に右足首を骨折し棄権した。
1987年の世界選手権は、規定の出遅れから総合8位に終わるが、翌年のカルガリーオリンピックの出場枠2を確保する。1988年1月、全日本選手権で優勝して、念願だったカルガリーオリンピックへの初出場を果たす。大会には「女らしさ」「優雅さ」を意識した演技で競技に臨んだ[39]。規定で10位につけ、ショートプログラムは4位で暫定8位となり、入賞の目処が立った。フリーでは5種類の3回転ジャンプを7度決め、思い通りの演技にガッツポーズを演技終了直前に見せた。演技終了前から2万人の観客のスタンディング・オベーションを受ける。技術点では5.8-5.9点と出場選手中最高点をマークし再びスタンディングオベーション。芸術点は5.5-5.7点(芸術点だけで5位)と低く抑えられたため、観客からはブーイングが起きた[40]。この演技によってフリー演技だけで3位、総合成績で5位入賞を果たした[41]。なお5位入賞は、1964年インスブルック大会の福原美和と並ぶ冬季五輪のフィギュアスケート日本代表選手最高位の記録(当時)で、6位以内の入賞は 1980年レークプラシッド大会の渡部絵美以来8年ぶりだった。大会最終日のエキシビションでは当時としては珍しく、総合5位ながら演技者の1人に選ばれた[42]。

1989年世界選手権、日本・アジア人初優勝[編集]
1988年7月、国際スケート連盟のルール変更によって規定の課題数が3課題から2課題になった。規定が苦手な伊藤にとって若干有利な状況となる。1988年11月、愛知県フリー選手権で、競技会では女子選手として世界初の3回転アクセルに成功[43]。1989年1月の全日本選手権では、規定で初めてトップに立ち5連覇を達成する[44]。1989年世界選手権は、カルガリー五輪のメダリスト3人が引退したため、4-6位のジル・トレナリー、伊藤、クラウディア・ライストナーの争いになった。規定で自身最高の6位につけ、オリジナルプログラムは1位(暫定3位)。フリープログラムでは、女子選手としては初の3回転アクセルを着氷が乱れたが決め、他5種類の3回転ジャンプも成功させた。この演技でフリー1位となり、日本人初・アジア人初の世界チャンピオンとなった。[45]。このフリー演技は、9人中5人の審判が技術点で6.0満点を出したこともあわせてフィギュアスケート史に残るプログラムとなった[46]。
1989年NHK杯では、自身2度目の芸術点6.0を獲得(NHK杯では初[47])。1990年世界選手権は規定で5位以内が目標であったが、10位と出遅れて総合2位となる。オリジナルプログラム、フリープログラム共に1位と追い上げたが連覇はならなかった。このときスタンドでは伊藤の6.0満点を期待して、「6」のボードを持つ観客もいた[48]。
1990年7月から規定が廃止され、伊藤にとってはさらに有利にはたらくと思われた。しかし、11月に左足首を痛め、1991年世界選手権大会1か月前に右あご下の唾液を分泌する部分にできた結石を除去する手術のため入院するなどして、大会に臨んだ。オリジナルプログラムでの直前の6分間練習中に、レティシア・ユベールと接触して相手のエッジが左足の靴に突き刺さり、左脇腹を強打し負傷した[49]。演技中には、コーナー付近で連続ジャンプを着氷した際、リンク外のカメラ席に飛び出してしまう。フリーでも前半の3回転ジャンプを失敗、後半は立ち直ったが、総合順位は4位に終わる。この結果、翌シーズンのオリンピック出場枠を3から2に減らしてしまった[50]。

アルベールビル五輪銀メダル[編集]
1991年11月のラリック杯は、アルベールビルオリンピックの有力選手が集まる大会となった。伊藤はこの大会でフリーでは3回転ルッツー3回転トーループ、3回転アクセルー2回転トーループの2つのコンビネーションを含む6種類6回の3回転ジャンプを成功させ、前年の世界チャンピオンのクリスティ・ヤマグチに逆転して優勝し、アルベールビルオリンピックの優勝候補の筆頭となる。
しかし、アルベールビルのオリジナルプログラムでは、精神的な緊張から2日前の練習の段階で、3回転アクセルのコンビネーションジャンプが14回中すべて失敗、3回転アクセルだけが5回成功と成功率が落ちていた。そのため予定していた3回転アクセルをより確実性の高い3回転ルッツに変更したが[51]、そのルッツで転倒して4位と出遅れた。このため、自力での金メダル獲得は不可能になった。フリー演技でも一度は3回転アクセルで転倒するが、演技後半の残り1分で再び3回転アクセルに挑んで成功[52]。なお、フリーでは元々3回転アクセルを2度跳ぶ予定だった[53]。オリンピックでは惜しくも日本人初のフィギュアスケート選手としての金メダル獲得はならなかったが、日本女子としては同アルベールビル五輪スピードスケート1500mで冬季五輪史上初のメダル(銅)を獲得した橋本聖子に続き、日本女子二人目のメダルとなる銀メダルを獲得した。
3回転アクセルを決めたことについて稲田悦子は「最後に決めたトリプルアクセルには、自分のスケート人生をかけたんだという気迫が感じられました」[54]と、感想を述べた。後年恩田美栄は、「もう並大抵の体力じゃないです。それに同じジャンプを一度転んでるにも関わらず。私にはできない。跳ぶとしたら死ぬくらいの覚悟がいる」[55]と語った。翌日のエキシビションの際には、「レイン・ストーリー」と「レ・ミゼラブル」のテープを名古屋に忘れてしまったため、NHKの衛星回線を使ってアルベールビルまで送ってもらった。なおそのエキシビジョンでは最初のテープの音楽が掛からないハプニングが発生したが、その間立ち尽くしたままの伊藤に対し観客は拍手を送っていた[56]。
オリンピックの期間中アルベールビルでは風邪が流行しており、山田満知子は点滴を打ちながら伊藤の練習に立ち会っていた。伊藤自身も帰国するころから体調を崩し、出場を予定していた1992年世界選手権を欠場することになった[57]。
今後の去就が注目されたが、1992年4月25日に新高輪プリンスホテルで引退記者会見を行った[58]。引退の理由を「技術的には三回転半をクリアしたという達成感があった。一方で精神的にはプレッシャーが大きくなっていて、追いつめられたというか。これ以上頑張れないなと……区切りにしたいなと思ったんです。」と語った[59]。今後は「楽しみながらスケートを続けたい」とコメントを残した[60]。6月17日には正式にプロ転向を表明し、夢のひとつだったアイスショーに出演することになった[61]。6月にはホームリンクである名古屋スポーツセンターで、アマチュア最後の「サヨナラ公演」でアルベールビル五輪の演技を再現した[62]。
1992年バルセロナオリンピックでのテレビのレポーターとして現地に赴いた[63]。長野オリンピック招致活動では、1991年6月のバーミンガムでのIOC総会に小谷実可子とともに競技者代表として出向き、現役選手の立場から招致演説をした[64]。

プロ転向[編集]
1992年8月以降、プリンスアイスワールドのメンバーとして、日本の各都市でのアイスショーに出演する[65]。その一方で、1993年世界プロフィギュア選手権や1995年の第10回インターナショナル・プロフィギュア選手権(チャレンジ・オブ・チャンピオン)を制し、第一線で活躍を続けた。
1995年に日本スケート連盟の要請によって、長野オリンピック出場を目指してアマチュアに復帰する。1996年1月の全日本選手権では3回転アクセルを成功させ、4年ぶり9度目の優勝を果たした。しかし3月の世界選手権では体重を絞り過ぎてしまい、貧血による体調不良もあって7位に終わり、1996年11月に再びアマチュアを引退した。1998年2月7日に行われた長野五輪開会式では聖火台に聖火を点す役を務めた。2001年1月には4年10か月ぶりに競技会に復帰し、国際オープン選手権で3位となった。
2004年3月、世界フィギュアスケート殿堂入りを果たす。伊藤と共に、1976年インスブルック五輪銅メダリストトーラー・クランストン、カタリナ・ビットのコーチユッタ・ミューラーも表彰された[66][67]。2002年8月よりアイスショーからは離れていたが、2009年には「プリンスアイスワールド」で7年ぶりにアイスショーに出演、2回転アクセルを披露した。2005年からは主にフィギュアスケート解説者として活動している。
2011年6月、元選手や愛好家向けの大会である国際アダルト選手権に初出場。国際スケート連盟公認の国際大会への出場は15年ぶり[68]、新採点法移行後では初の競技会出場となった。マスターズエリートIIクラス(フリースケーティング)で2位となる[69]。
2013年5月、国際アダルト選手権に出場し、マスターズエリートIIクラス(フリースケーティング)で1位となる[70][71]。
2014年1月、NHKの報道番組で、函館市文化スポーツ振興財団(函館市民スケート場)にて、子供たちを相手にスケートの指導をしている姿が放映される。
2015年2月、RKB毎日放送「北九州マラソン2015」のテレビ中継にゲスト出演し、福岡県北九州市でスケートの指導をしていることが紹介される。
2018年5月、国際アダルト選手権に出場し、マスターズエリートIIクラス(アーティスティック)で1位となる[72]。
2019年5月、国際アダルト選手権に出場し、マスターズエリートⅢクラス(フリースケーティング)で1位となる[73]。

技術・演技[編集]
技術[編集]
少女時代から「ジャンプの申し子」[74]、「ジャンプの天才」[75]と呼ばれていた。小学校6年で3回転-3回転の連続ジャンプを跳んでいた。自身初の海外遠征である1981年世界ジュニアフィギュアスケート選手権では4種類の3回転ジャンプを跳び、海外プレスからは「津波ガール」「台風ガール」のニックネームを付けられた[76][77]。中学生でアクセルを除く5種類の3回転ジャンプを習得した。当時は、女子選手が5種類の3回転ジャンプを跳ぶことは体力的にも技術的にも不可能と考えられていた[78]。
元全日本チャンピオンでフィギュアスケート解説者の五十嵐文男によると、ジャンプは正確で高さがあり、右足のフリーレッグが左足の膝上の高い位置で巻き足になるのが特徴であったという。伊藤のジャンプ自体が自己表現でありアートでもあると評した[79]。元フィギュアスケート選手の今川知子によると、ジャンプの助走やジャンプ後の滑りでも失速しなかった[80]。また、ジャンプが回転不足になることはほとんどなかった[81]。連続ジャンプは通常第2ジャンプの方が低いジャンプとなるが、伊藤の場合は第1ジャンプより高いジャンプを跳ぶことができた[82]という。
ジャンプの高さは40センチを越え、ピーク時には64センチを記録した[83]。東京大学体育学研究室の吉岡伸彦(1994年当時)の分析によると、伊藤のジャンプは踏み切り時の最高速度秒速8m、高さ約70cm、滞空時間約0.73秒、着氷時に片足に掛かる荷重約250kgで、ジャンプ時のある時点での速度は男子をも凌ぐとされた[84]。
スケーティングには敏捷性があった[85]。規定課題に苦心した[86]ため、規定をスケーティングの基礎と考え、練習時間の大半を費やしていた[87]。
演技の表現面では、ドラマを演じる情感に乏しく、手足の舞踊的な美しさに欠けると指摘されていた[88]。しかし、「ジャンプだけの伊藤」という評判を払拭し表現力を身につけるために、高校時代にバレエ教室に通い基礎から習った[89]。この努力をし始めてからは表現力も向上し、「東洋の真珠」「氷上の舞姫」とも書かれた。アルベールビルオリンピック直前には、ニューズウィーク アジア・太平洋版2月10日号の表紙に「JEWEL ON ICE(氷上の宝石)」の文字とともに伊藤の写真が掲載されるようになった[90]。

演技[編集]
自身の性格を喜怒哀楽が激しいと語っており、演技中にも自然と顔がほころんだり、失敗して舌を出したりしていたと振り返っている[91]。観客からは庶民的なキャラクターで親しまれた[92]。カルガリーオリンピックのフリー演技後には、当時女子フィギュアスケートの選手としては前代未聞のガッツポーズを見せ、現地で好評を博した[93]こともあった。
コーチの山田満知子は、伊藤の演技について「つくり物でない、本物のスポーツの美を表現する選手でした。(中略)すごいスピードで質の高いジャンプを跳び、誰よりも力強い演技をしました。その姿が、多くの人々をひきつけ、心を動かした。いかにも日本人らしい、ひたむきさ、親しみやすさ、美しさがあの子の演技にはありました」と評した[94]。

3回転アクセルへの挑戦[編集]
3回転アクセルを跳ぼうと意識したのは中学1年のころで[95]、初めて練習で跳んだのは中学3年のシーズンであった。練習を始めてから3ヶ月ほどの6月8日に着氷に成功していたが、競技会では成功しなかった。1985年世界選手権の直前に右足首を骨折したため、それ以来練習を中断していた。ところが、カルガリーオリンピック後のエキシビションツアーで男子選手が3回転アクセルを跳ぶ姿を見て、再挑戦を決意し、3回転アクセルの練習を再開した。1988-1989シーズンの愛知県フリー選手権で3回転アクセルに挑戦し、競技会では初めての成功を収めた[96]。国際大会では1988年NHK杯で成功した。
その後、伊藤のほかに国際大会で3回転アクセルを成功させた女子選手は、トーニャ・ハーディング(1991年世界選手権)、中野友加里、リュドミラ・ネリディナ(2002年スケートアメリカ)、浅田真央(2004年ジュニアグランプリファイナル)、エリザベータ・トゥクタミシェワ(2015年世界選手権)、紀平梨花(2016年ジュニアグランプリリュブリャナ杯)、長洲未来(平昌オリンピック)、アリサ・リュウ(2018年アジアフィギュア杯)、アリョーナ・コストルナヤ(2019年フィンランディア杯)、ユ・ヨン(2019年スケートカナダ)の10選手だけに留まっており、オリンピックで3回転アクセルを成功させた女子選手も伊藤のほかには2010年バンクーバーオリンピック、2014年ソチオリンピックでの浅田真央と2018年平昌オリンピックでの長洲未来と2022年北京オリンピックでのカミラ・ワリエワと樋口新葉のみである。

女子シングルの技術的先駆者[編集]
女子選手として初めて成功したジャンプコンビネーション3回転トウループ-3回転トウループ(女子選手として初の3回転-3回転)1982年世界ジュニア選手権、1984年世界選手権、1988年カルガリーオリンピックで大会初[97]。なお、男子選手では1980年にポーランドのグジェゴシュ・フィリポフスキが初めて成功した。2回転ループ-3回転ループ1984年世界ジュニア選手権、1984年世界選手権[98]、1988年カルガリーオリンピックで大会初3回転ルッツ-3回転トウループ1991年ラリック杯、NHK杯で国際大会初女子選手として初めて成功した演技構成要素3回転アクセルを除く5種類の3回転ジャンプ1983年プラハ国際選手権で国際大会初、1988年カルガリーオリンピックで大会初[99]3回転アクセル1988年愛知県選手権で公式戦初、1988年NHK杯で国際大会初[100]、1989年世界選手権、1992年アルベールビルオリンピックで大会初3回転アクセルを含む6種類の3回転ジャンプ1988年全日本フリー選手権で公式戦初、1989年世界選手権で大会初女子選手として初めて3回転アクセルからのジャンプコンビネーションに成功したのは、トーニャ・ハーディング(1991年10月スケートアメリカのオリジナルプログラムでの3回転アクセル-2回転トウループ)である。伊藤は同年10月の東日本選手権のオリジナルプログラムで3回転アクセル-2回転トウループを、同年12月のNHK杯でも成功した。なお、1991年11月のラリック杯のフリー直前練習では、3回転アクセル-3回転トウループのコンビネーションジャンプを成功させている[101]。

女子シングルの変革者[編集]
伊藤が世界選手権で3回転アクセルに成功したことによって、当時、芸術性が重要視されていた女子シングルにもジャンプという魅力があることを世界が知るようになった[102][103]。世界各国の選手たちは、伊藤に対抗するために5種類の3回転ジャンプに挑戦するようになった。その結果、規定の廃止に伴ってジャンプの高度化、選手の低年齢化が起こった。
金メダルを期待していたアルベールビル五輪で伊藤が銀メダルに終わったことから、日本スケート連盟は金メダルを狙える選手を複数人育成する強化プロジェクトを発足させた。その結果、伊藤の地元愛知県出身の女子選手たちを中心に後続の選手たちが次々と世界のトップレベルに躍り出て、日本におけるフィギュアスケート人気、関心が高まった。

主な戦績[32][編集]
大会/年

79-80

80-81

81-82

82-83

83-84

84-85

85-86

86-87

87-88

88-89

89-90

90-91

91-92

引 退

95-96
オリンピック

5

2

世界選手権

7

11

8

6

1

2

4

7
全日本選手権

3

2

1

1

1

1

1

1

1

1

1
スケートアメリカ

2

2

スケートカナダ

1

富士フイルム杯

1

ラリック杯

1

NHK杯

3

1

1

2

2

1

1

1

1

世界Jr.選手権

8

6

3

全日本Jr.選手権

1

1

詳細[編集]
主要な国際競技会の結果(順位)を表す。

大会名

規定

SP

FS

結果
1981年世界Jr.選手権(ロンドン)

20

7

1

8
1982年世界Jr.選手権(オーベルストドルフ)

19

1

1

6
1983年世界Jr.選手権(サラエヴォ)

欠場
1984年世界Jr.選手権(札幌)

13

1

1

3
1984年世界選手権(オタワ)

16

4

4

7
1985年世界選手権(東京)

欠場
1986年世界選手権(ジュネーブ)

19

8

5

11
1987年世界選手権(シンシナティ)

14

3

4

8
1988年冬季オリンピック(カルガリー)

10

4

3

5
1988年世界選手権(ブダペスト)

14

3

3

6
1989年世界選手権(パリ)

6

1

1

1
1990年世界選手権(ハリファックス)

10

1

1

2
1991年世界選手権(ミュンヘン)

3

4

4
1992年冬季オリンピック(アルベールビル)

4

2

2
1992年世界選手権(オークランド)

欠場
大会名

予選

SP

FS

結果
1996年世界選手権(エドモントン)

1

6

7

7
3回転アクセル[編集]
1988-89年
愛知県フリー選手権
全日本フリー選手権
NHK杯
全日本選手権
世界選手権1989-90年
NHK杯
世界選手権1990-91年
東日本選手権
NHK杯
全日本選手権1991-92年
東日本選手権
ラリック杯
NHK杯 SPとFSで成功
全日本選手権 SPとFSで成功
アルベールビル五輪1995-96年
全日本選手権プログラム[編集]
シーズン

SP/OP[注釈 1]
FS

EX
1995-1996[104]
火の鳥 作曲:イーゴリ・ストラヴィンスキー振付:デヴィッド・ウィルソン

シンデレラ 作曲:セルゲイ・プロコフィエフ振付:デヴィッド・ウィルソン

誰も寝てはならぬ 作曲:ジャコモ・プッチーニ
1991-1992[105]
ジェラシー作曲:ヤコブ・ゲーゼエスパーニャ・カーニ作曲:パスカル・マルキーナ・ナロ

ピアノ協奏曲第1番ピアノ協奏曲第2番作曲:セルゲイ・ラフマニノフピアノ協奏曲第1番作曲:セルゲイ・ラフマニノフ

レ・ミゼラブルレイン・ストーリー衣装:レインコート小道具:傘さよならの向う側作詞:阿木燿子作曲:宇崎竜童歌唱:山口百恵
1990-1991[105]
ワルソー・コンチェルト作曲:リチャード・アディンセル

ピアノ協奏曲第5番「皇帝」作曲:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンパガニーニの主題による狂詩曲作曲:セルゲイ・ラフマニノフフィンランディア作曲:ジャン・シベリウス

レ・ミゼラブルレイン・ストーリー衣装:レインコート小道具:傘
1989-1990[105]
アンヴィル・コーラス作曲:ジュゼッペ・ヴェルディ編曲:ジェリー・グレイメモリーズ・オブ・ユー作曲:ユービー・ブレイク

シェヘラザード作曲:ニコライ・リムスキー=コルサコフ

スパイ大作戦衣装:燕尾服小道具:シルクハット、スティック羊蹄の祭り[注釈 2] 作曲:櫻田泰啓衣装:法被(はっぴ)、鉢巻
1988-1989[105]
華麗なるタンゴ[注釈 2] 作曲:脇田真司

恋人たちのロンド[106]作曲:フランク・ミルズ振付:山田満知子

アメリカ物語
1987-1988[105]
羊蹄の祭り[注釈 2]作曲:櫻田泰啓

パ・ド・ドゥ振付[107]:山田満知子、松本道子

スイート・ドリーマー[注釈 2]モーちゃん危機IPPATSUタイム・パッセージ作曲:松田聖子小道具:バラの花束
1986-1987[105]
9時から5時 (9 to 5)作曲:チャールズ・フォックス

インディアナ・ラプソディー


1985-1986[105]
チロリアン・フェアリー[注釈 2]作曲:山下千尋

マジカル・シティ[注釈 2]作曲:山下美香[108]

スイート・ドリーマー[注釈 2]作曲:宝田葉子
1984-1985[105]
スイート・ドリーマー[注釈 2]作曲:宝田葉子

アイス・パラダイス[注釈 2]作曲:角田季子


1983-1984[38]
アプローズ 序曲作曲:チャールズ・ストラウス

ライトニング・アタッカー作曲:宇崎竜童


受賞歴[編集]
名古屋市スポーツ功労賞(1988年、1992年)
文部省 スポーツ功労賞(1989年)
愛知県スポーツ功労賞(1989年)、(1990年)
第39回 日本スポーツ賞 大賞(1989年)
第1回 朝日スポーツ賞(1989年)
第2回 大島鎌吉スポーツ文化賞 ジャンプ賞(1990年)
世界フィギュアスケート殿堂入り表彰(2004年)著書、出演[編集]
『タイムパッセージ-時間旅行』伊藤みどり著 紀伊國屋書店(1993年1月) ISBN 9784314100816
『氷上の宝石-伊藤みどり写真集』三枝照雄 小島直子著 菅原正治(写真) あすか書房(1993年9月) ISBN 9784317800362
『伊藤みどりのフィギュアスケート・ライフ DVDボックス』伊藤みどり、西田美和、鈴木亮介、松本美雪 出演 株式会社ジュニア・ドリーマーズ・インターナショナル(2007年8月10日)
『ヒーローたちの名勝負▽残り1分からの大逆転 伊藤みどり五輪初のトリプルアクセル』NHK(2013年12月14日)
テレビ愛知開局30周年記念作品『スケート靴の約束』テレビ愛知制作・テレビ東京(2013年12月25日) – 特別出演
「艦これ」鎮守府“氷”祭り in 幕張特設泊地 -氷上の観艦式-(2018年7月14日~7月15日、幕張メッセイベントホール) – 深海氷翔王女 役出演CM[編集]
カルビー グリンピース (1992年)
第一製薬 新パテックスA (1992年) [109]
公共広告機構(現:ACジャパン) 安全運転のメッセージ・ラジオCM (1992年)脚注[編集]
[脚注の使い方]注釈
^ 1987-1988シーズンまではショートプログラム、1988-1989シーズンからはオリジナルプログラム

^ a b c d e f g h i ヤマハ提供曲

出典
^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』p.93, p.109

^ 『ギネス世界記録 2009 JAPAN』 ゴマブックス p.136

^ ジャパンタイムズ (2007年3月23日). “ISU honors Ito, Carroll”. 2010年7月10日閲覧。

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』p.23

^ 「伊藤みどりとその時代」『20世紀スポーツ列伝―世界に挑んだ日本人』 読売新聞運動部著 p.227

^ 『フィギュアスケートの魔力』 梅田香子、今川知子著 文芸春秋 2004年11月 p.43

^ 「超ミニの大器 伊藤みどり フィギュアスケート選手」『読売新聞夕刊』昭和56年11月28日 (1)

^ “アーカイブされたコピー”. 2010年2月22日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2010年9月7日閲覧。 西田美和/公式ブログ

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』p.101

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』p.111

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』p.165

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』p.144

^ 山田満知子著『素直な心が才能を伸ばす!』青春出版社、2007年4月、p.37(同書には「小さい頃から引き取って」とある)

^ 「伊藤みどりとその時代」『20世紀スポーツ列伝―世界に挑んだ日本人』 読売新聞運動部著 p.228

^ 『素直な心が才能を伸ばす!』 p.48

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』pp.43-45

^ 小林公子「Eat to win 勝つために食べる 伊藤みどり」『Number 1985/1/20号』pp.136-137

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』pp.84-92

^ 「編集手帳」『読売新聞』 1992年2月23日 (1)

^ 『フィギュアスケートの魔力』 梅田香子、今川知子著 文芸春秋 2004年11月 p.136

^ 「日本の100年 第6部 冬の華 22 トリプルアクセルと歩む」『読売新聞』2009年7月24日 (23)

^ 『フィギュアスケートに懸ける人々-なぜ、いつから、日本は強くなったのか』 (小学館101新書) 宇都宮直子著 小学館 2010年1月14日 ISBN 978-4098250684 p.148

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』p.134

^ 『フィギュアスケートに懸ける人々-なぜ、いつから、日本は強くなったのか』 (小学館101新書) 宇都宮直子著 小学館 2010年1月14日 ISBN 978-4098250684 p.166

^ 『フィギュアスケートの魔力』 梅田香子、今川知子著 文芸春秋 2004年11月 p.156

^ “伊藤みどりさん、結婚そして離婚”. スポーツ報知. (2006年8月2日). オリジナルの2009年1月23日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090123005833/http://hochi.yomiuri.co.jp/feature/entertainment/divorce/news/20060802-OHT1T00077.htm 2010年9月9日閲覧。 

^ “伊藤みどりさんが再婚、相手は一般男性”. 日刊スポーツ. (2009年9月6日). http://www.nikkansports.com/sports/news/f-sp-tp0-20090906-540246.html 2010年9月9日閲覧。 

^ 『素直な心が才能を伸ばす!』 p.44

^ 『ジャンク SPORTS アスリートたちのナイショ話 5』 ベストセラーズ 2003年9月 p.150

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』pp.11-14

^ http://www.tokachi.co.jp/feature/201402/20140207-0017662.php 【若林聖子の遊楽ナビ】ソチ五輪編:伊藤みどりさんインタビュー 十勝毎日新聞社 2014年2月7日

^ a b 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』p.196

^ 「骨折の後遺症なし、3回転ジャンプも楽々―フィギュアの伊藤みどり」『朝日新聞』 1983年2月10日 (14)

^ 「14歳伊藤みどり選手、プラハで絶賛」『毎日新聞』1984年1月6日 (19)

^ 「伊藤、惜しくも2位」『毎日新聞』1983年11月13日 (18)

^ “未来のフィギュア界を担う!世界ジュニアフィギュアスケート選手権とは”. 【SPAIA】スパイア (2016年9月8日). 2020年11月17日閲覧。

^ 「炎のとき 高く高く五輪へ舞う 銀盤の小鳥 伊藤みどりさん(名古屋市前津中2年)」『毎日新聞』1984年1月12日 (23)

^ a b 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』p.120-122

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』p.125

^ 『五十嵐文男の華麗なるフィギュアスケート』 白石和己著 新書館 1998年10月 p.129

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』pp.128-132

^ 『敗因の研究[決定版]』日本経済新聞運動部編 2002年1月7日 p.119

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』p.133

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』p.135

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』pp.136-138

^ 藤森美恵子「特別企画 心に残る6.0プログラム 伊藤みどり(日本)」『ワールド・フィギュアスケート 15』新書館 2004年11月 p.50

^ 「NHK杯30周年記念 心に残るNHK杯」『フィギュアスケートDays vol.8』ダイエックス出版、2009年2月、pp.54-55

^ 「規定出遅れ響く 連覇ならず「銀」」『毎日新聞』 1991年3月12日 (16)

^ 羽生選手の事故「驚くべきはルール」と伊藤みどりさんAERA 2014年11月24日号

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』p.141

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』pp.148-151

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』pp.6-7

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』p.147

^ 『毎日新聞夕刊』2月22日 (13)

^ 『Stay Gold フィギュアスケート編 松岡修造のがんばれニッポン!』 松岡修造著 ナナ・コーポレート・コミュニケーション 2003年4月 p.86

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』pp.156-158

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』pp.160-162

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』p.167

^ 「伊藤みどり」『引退 – 終わらない夢』山崎浩子著 2000年8月 枻出版社 ISBN 978-4870993617 p.24

^ 「「もう限界」 青春燃焼 悔いなし18年」『毎日新聞』 1992年4月26日 (19)

^ 「こんどは楽しんで見せます みどりさんプロに転身」『朝日新聞』1992年6月18日 (30)

^ 「みどりサヨナラ公演」『朝日新聞』1992年6月29日 (26)

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』p.172。このとき、金メダルを取った岩崎恭子のインタビューに行くと逆にサインをねだられたという(同書p.176)。

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』p.173

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』p.183

^ Three Legends To Be Inducted Into World Figure Skating Hall of Fame 2004年3月17日更新、2010年9月17日閲覧

^ Frank Carroll and Midori Ito Inducted Into World Figure Skating Hall of Fame Archived 2007年10月11日, at the Wayback Machine. 2007年4月19日更新、2010年9月22日閲覧

^ “伊藤さん、15年ぶり舞台へ=フィギュア国際大会出場”. 時事通信. (2011年6月10日). http://www.jiji.com/jc/c?g=spo_30&k=2011061000084 2011年6月12日閲覧。 

^ “ISU Adult Figure Skating Competition 2011 – Masters Elite Ladies II Free Skating”. www.deu-event.de. 2019年12月31日閲覧。

^ “伊藤みどりさんが優勝 フィギュア国際アダルト選手権”. 日本経済新聞. (2013年5月19日). http://www.nikkei.com/article/DGXNSSXKA0486_Z10C13A5000000/ 2011年5月21日閲覧。 

^ “ISU Adult Figure Skating Competition 2013 – Masters (Elite) Ladies II Free Skating”. www.deu-event.de. 2019年12月31日閲覧。

^ “ISU Adult Figure Skating Competition 2018 – Masters Elite Ladies II Artistic”. www.deu-event.de. 2019年12月31日閲覧。

^ “ISU Adult Figure Skating Competition 2019 – Masters Elite Ladies III Free Skating – Free Skating”. www.deu-event.de. 2019年12月9日閲覧。

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』p.29

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』p.71

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』pp.116-117

^ Glossary of Skating Falls ≪ Current Skate of Mind Archived 2010年7月22日, at the Wayback Machine.

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』p.74

^ 「伊藤みどり―ジャンプという名のアート」『五十嵐文男の華麗なるフィギュアスケート』 白石和己著 新書館 1998年10月 pp.126-127

^ 『フィギュアスケートの魔力』梅田香子、今川知子著 文芸春秋 2004年11月 p.163

^ 『フィギュアスケートの魔力』梅田香子、今川知子著 文芸春秋 2004年11月 p.124

^ 『フィギュアスケートの魔力』梅田香子、今川知子著 文芸春秋 2004年11月 pp.157-158

^ 『little wings―新世代の女子フィギュアスケーター8人の素顔』双葉社 2003年12月 p.50

^ テレビ朝日「驚きももの木20世紀」1994年2月4日放送

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』p.17

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』p.27

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』pp.77-78

^ 「伊藤みどり―ジャンプという名のアート」『五十嵐文男の華麗なるフィギュアスケート』 白石和己著 新書館 1998年10月 p.93

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』p.70

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』p.117, p.207

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』pp.81-82

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』p.118

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』pp.128-130

^ 『フィギュアスケートに懸ける人々-なぜ、いつから、日本は強くなったのか』 (小学館101新書) 宇都宮直子著 小学館 2010年1月14日 ISBN 978-4098250684 p.39

^ 松谷洋「Look 伊藤みどり 躍る氷上の妖精」『毎日新聞夕刊』1983年1月14日

^ 『タイム・パッセージ ~時間旅行~』pp.131-133

^ 『伊藤みどり トリプルアクセルの先へ』 p.23,38-42

^ 『伊藤みどり トリプルアクセルの先へ』 p.40-42

^ 『伊藤みどり トリプルアクセルの先へ』 p.42

^ 『伊藤みどり トリプルアクセルの先へ』 p.50

^ 山本夢子「目指せ雑学王! スケートトリビア」『フィギュアスケートDays vol.3』DAI-X出版、2007年5月、pp.78-79

^ 『little wings―新世代の女子フィギュアスケーター8人の素顔』双葉社 2003年12月 p.12

^ 『素直な心が才能を伸ばす!』 には「それまでは優雅に氷上を舞う芸術だったフィギュアスケートを、競い合うスポーツに変革させたとまで賞賛され」た、とある(p.52)。

^ 『伊藤みどり トリプルアクセルの先へ』 p.81

^ a b c d e f g h 『氷上の宝石 伊藤みどり写真集』あすか書房、1993年9月、ページ表示なし

^ 上坂美穂編『オール・アバウトフィギュアスケート』ぴあ(ぴあワンダーランドSpecial)、2005年11月、p.48

^ 『タイム・パッセージ 〜時間旅行〜』p.73

^ 山下美香公式サイト – 山下美香プロフィール

^ 映像制作会社ビデオキャドル 作品歴

参考文献[編集]
『タイムパッセージ-時間旅行』伊藤みどり著 紀伊國屋書店(1993年1月) ISBN 978-4314100816
『銀盤のエンジェル-伊藤みどり物語』藤崎康夫著 エフエー出版(1992年12月) ISBN 978-4872080360
『20世紀スポーツ列伝―世界に挑んだ日本人』読売新聞社運動部著 中央公論新社 2000年9月 ISBN 978-4120030468
『伊藤みどり トリプルアクセルの先へ』 野口美恵著 主婦の友社 2011年12月 ISBN 978-4072803479関連項目[編集]
日本の冬季オリンピック銀メダル
ギネスブック – スポーツに関する世界一の一覧
世界フィギュアスケート殿堂
TBS「いのちの響」外部リンク[編集]

ウィキメディア・コモンズには、伊藤みどりに関連するカテゴリがあります。公式サイトなし

Green ―伊藤みどり公式ブログ―(2009年4月6日 – 7月1日)
アメーバブログ トリプルアクセルみどり
Official Site World Figure Skating Museum and Hall of Fame(世界フィギュアスケート博物館と栄誉の殿堂)
長野商工会議所だより 2001年7月号 TOP STORYインタビュー 新世紀への提言 – ウェイバックマシン(2009年4月20日アーカイブ分)]
素晴らしきスケーターの系譜 第1回 女子ジャンプ編 Part 1
伊藤みどり – Olympedia (英語)
伊藤みどり – Sports-Reference.com (Olympics) のアーカイブ (英語)
伊藤みどり – Munzinger Sports Archives (ドイツ語)典拠管理
CINII: DA07004258
FAST: 403468
LCCN: n97855499
NDL: 00263798
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表話編歴フィギュアスケート 世界チャンピオン – 女子シングル
1906-1907: マッジ・サイアーズ
1908-1911: クロンベルガー・リリー
1912-1914: メーライ=ホルヴァート・ジョーフィア
1922-1926: ヘルマ・サボー
1927-1936: ソニア・ヘニー
1937: セシリア・カレッジ
1938-1939: メーガン・テイラー
1947-1948: バーバラ・アン・スコット
1949-1950: アリーナ・フルザーノワ
1951: ジャネット・アルウェッグ
1952: ジャクリーヌ・デュ・ビエフ
1953: テンリー・オルブライト
1954: ガンディ・ブッシュ
1955: テンリー・オルブライト
1956-1960: キャロル・ヘイス
1962-1964: ショーケ・ディクストラ
1965: ペトラ・ブルカ
1966-1968: ペギー・フレミング
1969-1970: ガブリエル・ザイフェルト
1971-1972: ベアトリクス・シューバ
1973: カレン・マグヌセン
1974: クリスティーネ・エラート
1975: ディアンネ・デ・レーブ
1976: ドロシー・ハミル
1977: リンダ・フラチアニ
1978: アネット・ペッチ
1979: リンダ・フラチアニ
1980: アネット・ペッチ
1981: デニス・ビールマン
1982: エレイン・ザヤック
1983: ロザリン・サムナーズ
1984-1985: カタリナ・ヴィット
1986: デビ・トーマス
1987-1988: カタリナ・ヴィット
1989: 伊藤みどり
1990: ジル・トレナリー
1991-1992: クリスティー・ヤマグチ
1993: オクサナ・バイウル
1994: 佐藤有香
1995: 陳露
1996: ミシェル・クワン
1997: タラ・リピンスキー
1998: ミシェル・クワン
1999: マリア・ブッテルスカヤ
2000-2001: ミシェル・クワン
2002: イリーナ・スルツカヤ
2003: ミシェル・クワン
2004: 荒川静香
2005: イリーナ・スルツカヤ
2006: キミー・マイズナー
2007: 安藤美姫
2008: 浅田真央
2009: 金妍兒
2010: 浅田真央
2011: 安藤美姫
2012: カロリーナ・コストナー
2013: 金妍兒
2014: 浅田真央
2015: エリザベータ・トゥクタミシェワ
2016-2017: エフゲニア・メドベージェワ
2018: ケイトリン・オズモンド
2019: アリーナ・ザギトワ
2021: アンナ・シェルバコワ
2022: 坂本花織
欧州 男子シングル
欧州 女子シングル
ペア
アイスダンス
世界選 男子シングル
世界選 女子シングル
五輪 男子シングル
五輪 女子シングル
表話編歴フィギュアスケート 全日本チャンピオン – 女子シングル1934年 – 1999年
1934: 稲田悦子
1935: 東郷球子
1936-1940: 稲田悦子
1946: 月岡芳子
1947: 丹羽芳子
1950: 稲田悦子
1952: 月岡芳子
1953-1954: 山下艶子
1955-1958: 上野純子
1959: 福原美和
1960: 上野純子
1961-1965: 福原美和
1966-1967: 大川久美子
1968-1971: 山下一美
1972-1979: 渡部絵美
1980: 小林れい子
1981: 吉田万里子
1982: 小沢樹里
1983: 加藤雅子
1984-1991: 伊藤みどり
1992-1993: 佐藤有香
1994: 横谷花絵
1995: 伊藤みどり
1996: 村主章枝
1997-1998: 荒川静香
1999: 椎名千里2000年 –
2000-2002: 村主章枝
2003-2004: 安藤美姫
2005: 村主章枝
2006-2009: 浅田真央
2010: 安藤美姫
2011-2012: 浅田真央
2013: 鈴木明子
2014-2017: 宮原知子
2018: 坂本花織
2019-2020: 紀平梨花
2021: 坂本花織
※ 開催年は年度 1934-65年度は翌年1-4月、1966-81年度は同年11-12月、1982-96年度は翌年1月、1997年度以降は同年12月に開催された。

男子シングル
女子シングル
ペア
アイスダンス
ジュニア男子シングル
ジュニア女子シングル
表話編歴フィギュアスケート 全日本ジュニアチャンピオン – 女子シングル1932年 – 1999年
32: 平岡露子
33: 稲田悦子
34: 中村衣子
35: 依岡礼子
36: 鯱美佐子
37-38: 生田艶子
39: 佐藤登美代
40-46: 中止
47: 饗場奈々
48: 中止
49: 加藤好子
50-51: 饗場奈々
52: 本多久子
1953: 美土路耀子
1954: 工藤久子
55: 虫明百合
56: 金子恵以子
57: 吉原とき子
58: 大岩洋子
59: 村上由希子
60: 田村直子
61-62: 中島典子
63: 峰松早苗
64: 石川洋子
65: 北野真知子
66: 藤本歌子
67: 酒井正子
68: 小林幸子
69: 清瀬邦子
70: 大橋美和子
71: 渡部絵美
72: 藤木久代
73: 足土英子
74: 井口えり
75: 金妙実
76: 伊藤順子
77: 飛松郁子
78: 水原宏美
79: 伊藤みどり
80: 川上智子
81: 浅沼まり
82: 堀林久乃
83: 伊藤みどり
84: 青谷いずみ
85: 浅沼まり
86: 伊奈恭子
87: 柏原由起子
88-89: 佐藤有香
90: 井上怜奈
91: 小岩井久美子
92: 井上怜奈
93: 横谷花絵
94-96: 荒川静香
97: 金沢由香
98-99: 椎名千里2000年 –
00: 中野友加里
01-03: 安藤美姫
04: 浅田真央
05: 澤田亜紀
06: 武田奈也
07: 水津瑠美
08: 今井遥
09: 村上佳菜子
10: 庄司理紗
11-12: 宮原知子
13: 本郷理華
14-15: 樋口新葉
16: 坂本花織
17: 紀平梨花
18: 横井ゆは菜
19: 河辺愛菜
20: 松生理乃
21: 島田麻央
開催年は年度

男子シングル
女子シングル
ペア
アイスダンス
ジュニア男子シングル
ジュニア女子シングル
 ISUグランプリシリーズ(1995-)表話編歴NHK杯 チャンピオン – 女子シングル
1979: 渡部絵美
1980: デニス・ビールマン
1981: クリスティーナ・ウェゲリウス
1982: カタリナ・ヴィット
1983: カーリン・ヘンチュケ
1984-1985: 伊藤みどり
1986-1987: カタリナ・ヴィット
1988-1991: 伊藤みどり
1992-1993: スルヤ・ボナリー
1994-1995: 陳露
1996: マリア・ブッテルスカヤ
1997: タニヤ・シェフチェンコ
1998: タチアナ・マリニナ
1999: マリア・ブッテルスカヤ
2000: イリーナ・スルツカヤ
2001: タチアナ・マリニナ
2002: 恩田美栄
2003: 村主章枝
2004: 荒川静香
2005: 中野友加里
2006: 浅田真央
2007: カロリーナ・コストナー
2008: 浅田真央
2009: 安藤美姫
2010: カロリーナ・コストナー
2011: 鈴木明子
2012-2013: 浅田真央
2014: グレイシー・ゴールド
2015: 宮原知子
2016: アンナ・ポゴリラヤ
2017: エフゲニア・メドベージェワ
2018: 紀平梨花
2019: アリョーナ・コストルナヤ
2020: 坂本花織[1][2]
2021: 坂本花織
名称の変遷:NHK杯国際フィギュアスケート競技大会(1979-現在) | ISUグランプリシリーズNHK杯国際フィギュアスケート競技大会(1995-現在) | 2020/2021グランプリシリーズは非公認大会
表話編歴スケートカナダ チャンピオン – 女子シングル

1973-1974: リン・ナイチンゲール •
1975: スザンナ・ドリアーノ •
1976: キム・アレットソン •
1977: リンダ・フラチアニ •
1978: リサ=マリー・アレン •
1979: 非開催 •
1980: エレイン・ザヤック •
1981: トレイシー・ワイマン •
1982: ビッキー・デ・ブリーズ •
1983: カタリナ・ヴィット •
1984: 伊藤みどり •
1985: カリン・カダヴィ •
1986: エリザベス・マンリー •
1987: デビ・トーマス •
1988: ナタリア・レベデワ •
1989: クリスティー・ヤマグチ •
1990: ジョゼ・シュイナール •
1991: スルヤ・ボナリー •
1992: マリア・ブッテルスカヤ •
1993: 陳露 •
1994: クリスティーナ・チャコ •
1995: ミシェル・クワン •
1996: イリーナ・スルツカヤ •
1997: ミシェル・クワン •
1998: エレーナ・リアシェンコ •
1999: ミシェル・クワン •
2000: イリーナ・スルツカヤ •
2001: サラ・ヒューズ •
2002-2003: サーシャ・コーエン •
2004: シンシア・ファヌフ •
2005: アリッサ・シズニー •
2006: ジョアニー・ロシェット •
2007: 浅田真央 •
2008-2009: ジョアニー・ロシェット •
2010: アリッサ・シズニー •
2011: エリザベータ・トゥクタミシェワ •
2012: ケイトリン・オズモンド •
2013: ユリア・リプニツカヤ •
2014: アンナ・ポゴリラヤ •
2015: アシュリー・ワグナー •
2016: エフゲニア・メドベージェワ •
2017: ケイトリン・オズモンド •
2018: エリザベータ・トゥクタミシェワ •
2019: アレクサンドラ・トゥルソワ

名称の変遷:スケートカナダ(1973-現在)/ISUグランプリシリーズ スケートカナダ(1995-現在)
表話編歴エリック・ボンパール杯チャンピオン – 女子シングル

1987: ジル・トレナリー •
1988: クラウディア・ライストナー •
1989-1990: スルヤ・ボナリー •
1991: 伊藤みどり •
1992-1994: スルヤ・ボナリー •
1995: ジョゼ・シュイナール •
1996: ミシェル・クワン •
1997: レティシア・ユベール •
1998-2001: マリア・ブッテルスカヤ •
2002-2003: サーシャ・コーエン •
2004: ジョアニー・ロシェット •
2005: 浅田真央 •
2006: 金妍兒 •
2007: 浅田真央 •
2008: ジョアニー・ロシェット •
2009: 金妍兒 •
2010: キーラ・コルピ •
2011: エリザベータ・トゥクタミシェワ •
2012-2013: アシュリー・ワグナー •
2014: エレーナ・ラジオノワ •
2015: グレイシー・ゴールド •
2016: エフゲニア・メドベージェワ •
2017: アリーナ・ザギトワ •
2018: 紀平梨花 •
2019: アリョーナ・コストルナヤ

名称の変遷:ラリック杯(1987-2003)/ISUグランプリシリーズ ラリック杯(1995-2003)/ISUグランプリシリーズ エリック・ボンパール杯(2004-2015)/フランス杯(2016)/フランス国際(2017-現在)
表話編歴ボフロスト杯 チャンピオン – 女子シングル

1986: ダイアン・タケウチ •
1987: 伊藤みどり •
1988: 非開催 •
1989: トーニャ・ハーディング •
1990: クリスティー・ヤマグチ •
1991: ナンシー・ケリガン •
1992: スルヤ・ボナリー •
1993: タニヤ・シェフチェンコ •
1994: マリナ・キールマン •
1995: ミシェル・クワン •
1996: イリーナ・スルツカヤ •
1997: タニヤ・シェフチェンコ •
1998: エレーナ・ソコロワ •
1999-2001: マリア・ブッテルスカヤ •
2002: 恩田美栄 •
2003: ジョアニー・ロシェット •
2004: ジェーン・ブガエワ

名称の変遷:富士フイルム杯(1986-1987)/ネイションズ杯(1989-1994)/ISUグランプリシリーズ ネイションズ杯(1995-1996)/ISUグランプリシリーズ スパルカッセン杯(1997-2001)/ISUグランプリシリーズ ボフロスト杯(2002)/ボフロスト杯(2003-2004)表話編歴 オリンピック最終聖火ランナー 夏季大会
1936 ベルリン – フリッツ・シルゲン
1948 ロンドン – ジョン・マーク
1952 ヘルシンキ – パーヴォ・ヌルミ
1956 メルボルン – ロン・クラーク
1960 ローマ – ジャンカルロ・ペリス
1964 東京 – 坂井義則
1968 メキシコシティー – エンリケタ・バシリオ
1972 ミュンヘン – ギュンター・ツァーン
1976 モントリオール – ステファン・プレフォンテーヌ、サンドラ・ヘンダーソン
1980 モスクワ – セルゲイ・ベロフ
1984 ロサンゼルス – レイファー・ジョンソン
1988 ソウル – 孫基禎
1992 バルセロナ – アントニオ・レボジョ
1996 アトランタ – モハメド・アリ
2000 シドニー – キャシー・フリーマン
2004 アテネ – ニコラオス・カクラマナキス
2008 北京 – 李寧
2012 ロンドン – キャメロン・マクリッチー、デジレー・ヘンリー他7人
2016 リオデジャネイロ – バンデルレイ・デ・リマ
2020 東京 – 大坂なおみ冬季大会
1952 オスロ – エイイル・ナンセン
1956 コルチナ・ダンペッツオ – グイド・カロリ
1960 スコーバレー – ケン・ヘンリー
1964 インスブルック – ヨーゼフ・リーダー
1968 グルノーブル – アラン・カルマ
1972 札幌 – 高田英基
1976 インスブルック – クリストゥル・ハース、ヨーゼフ・ファイストマントル
1980 レークプラシッド – チャールズ・カー
1984 サラエボ – サンダ・ドゥブラヴチッチ
1988 カルガリー – ロビン・ペリー
1992 アルベールビル – ミシェル・プラティニ
1994 リレハンメル – ホーコン・マグヌス皇太子
1998 長野 – 伊藤みどり
2002 ソルトレークシティ – レークプラシッド金メダルのアメリカ・アイスホッケーチーム
2006 トリノ – ステファーニア・ベルモンド
2010 バンクーバー – ウェイン・グレツキー
2014 ソチ – イリーナ・ロドニナ&ウラディスラフ・トレチャク
2018 平昌 – 金妍兒
2022 北京 – 趙嘉文&迪妮格爾・衣拉木江
一覧
カテゴリ
表話編歴日本スポーツ賞 グランプリ1950年代
51 古橋廣之進
52 石井庄八
53 山田敬蔵
54 長沢二郎
55 古川勝
56 笹原正三
57 第24回世界卓球選手権日本代表選手団
58 曾根康治
59 山中毅1960年代
60 ローマ五輪日本男子体操チーム
61 大日本紡績貝塚女子バレーボールチーム
62 三宅義信
63 田中聡子
64 遠藤幸雄
65 重松森雄
66 深津尚子
67 鈴木惠一
68 君原健二
69 第6回世界柔道選手権大会日本代表選手団1970年代
70 西側よしみ、第17回世界体操競技選手権日本代表チーム
71 中山紀子、湯木博恵
72 田口信教、ミュンヘン五輪体操日本男子選手団
73 第8回世界柔道選手権大会日本代表選手団
74 バレーボール全日本女子チーム
75 エベレスト女子登山隊
76 モントリオール五輪バレーボール日本女子チーム
77 河野満
78 山下泰裕
79 藤猪省三1980年代
80 瀬古利彦
81 釜本邦茂
82 室伏重信
83 黒岩彰
84 山下泰裕
85 正木嘉美
86 中山竹通
87 小川直也
88 鈴木大地
89 伊藤みどり1990年代
90 橋本聖子
91 谷口浩美
92 岩崎恭子
93 浅利純子
94 リレハンメル五輪日本代表複合チーム
95 田村亮子
96 恵本裕子
97 鈴木博美
98 清水宏保
99 篠原信一2000年代
00 高橋尚子
01 田村亮子
02 北島康介
03 北島康介
04 野村忠宏
05 冨田洋之
06 荒川静香
07 吉田沙保里
08 北島康介
09 内村航平2010年代
10 吉田沙保里
11 FIFA女子ワールドカップ日本女子代表
12 ロンドン五輪レスリング男女日本代表選手団
13 内村航平
14 羽生結弦
15 伊調馨
16 伊調馨
17 桐生祥秀
18 羽生結弦
19 ラグビー日本代表2020年代
20 中止
21 大野将平
表話編歴NHK紅白歌合戦審査員第1回
春日由三
吉本明光第2回
中山晋平第3回
春日由三
吉川義雄第4回
春日由三
吉川義雄
川村専一
狩野近雄
河上英一
笹本恭彦
明瀬裕
池田太郎
牧定忠第5回
春日由三
吉川義雄
渋沢秀雄
横山隆一
西崎緑
貝谷八百子
田付辰子
メイ牛山第6回
春日由三
吉川義雄
岩田専太郎
勅使河原蒼風
千代の山雅信
小山いと子
吉村公三郎
市川翠穂
マヤ片岡第7回
春日由三
吉川義雄
三國連太郎
小西得郎
栃錦清隆
青木茂高
河上牧子
水木洋子
坂西志保
田村佐紀子
吾妻徳穂第8回
吉川義雄
田中角栄
菊田一夫
若乃花勝治
金田正一
奥むめお
森田たま
細川ちか子
近藤百合子第9回
吉川義雄
横山泰三
水原茂
稲垣浩
朝汐太郎
沢田美喜
杉村春子
戸川エマ
赤堀全子第10回
吉川義雄
木下惠介
大宅壮一
杉浦幸雄
若羽黒朋明
長谷川春子
大濱英子
榊淑子
谷桃子第11回
吉川義雄
秋山登
唐島基智三
柏戸剛
松本幸四郎
中村汀女
田中絹代
秋山ちえ子
江上トミ第12回
長沢泰治
土門拳
高田元三郎
仲代達矢
大鵬幸喜
和田夏十
勅使河原霞
村山リウ
森光子第13回
長沢泰治
工藤昭四郎
東郷青児
森英恵
大山康晴
山内一弘
佐田の山晋松
藤間紫
岡田茉莉子
十返千鶴子
浪花千栄子第14回
長沢泰治
細川隆元
丹羽文雄
實川延若
中西太
栃ノ海晃嘉
飯田蝶子
貞閑晴
新珠三千代
花柳壽輔
佐久間良子第15回
長沢泰治
大林清
北葉山英俊
林与一
古賀忠道
春風亭柳橋
岩下志麻
司葉子
長谷川町子
林美智子
吉屋信子第16回
坂本朝一
円地文子
安達曈子
入江美樹
藤村志保
小絲源太郎
松下幸之助
ファイティング原田
緒形拳第17回
坂本朝一
樫山文枝
五代利矢子
浜美枝
山崎豊子
大佛次郎
尾上菊之助
加藤芳郎
鶴ヶ嶺昭男第18回
中山卯郎
福島慎太郎
木村秀政
西本幸雄
石坂浩二
福原美和
栗原小巻
塩月弥栄子
平岩弓枝第19回
中山卯郎
江夏豊
王馬熙純
榊原仟
鈴木俊一
曽野綾子
高田敏子
藤田弓子
三船敏郎第20回
中山卯郎
浅丘ルリ子
市川海老蔵
今井通子
大谷直子
菅野義丸
佐藤愛子
鶴岡一人
平幹二朗第21回
中道定雄
坂東玉三郎
樋口久子
小林弘
三田佳子
志村喬
武原はん
玉の海正洋
中山律子第22回
仲代達矢
小野田勇
浪花家辰造
大場政夫
宇田川竜男
堀内寿子
大山英子
村山加代子
中山きよ子
樫山文枝
山口果林
高橋信雄
山下迪子
館弘子
石田芳夫
中山紀子
井沢つま
森戸辰男
溝尾正志
花本方美
為久優子
成田知子
桑田たつ子
村上巳里
山下誠
小川善三郎
河野久枝
桑原永子
田川由紀子
佐藤太圭子
山田三智穂
大谷豊二
高橋優子
貴ノ花利彰
赤塚洋文
平内義幸
富岡雅寛
平賀輝子
中川時子第23回
加藤稔
池内淳子
中原誠
森英恵
小林桂樹
中村汀女
井上ひさし
中野貴代
神田好武
真木洋子
輪島大士第24回
高橋洋子
生沼スミエ
棟方志功
村上元三
京マチ子
サトウサンペイ
高田ユリ
尾上菊五郎
寺島純子
北の湖敏満第25回
根本良夫
橋本明治
杉村春子
尾上松緑
栗原小巻
堀江謙一
檀ふみ
魁傑將晃
新垣留美子第26回
根本良夫
尾上梅幸
高橋展子
吉永小百合
加藤剛
三林京子
大竹しのぶ
古葉竹識
三重ノ海五郎第27回
池田彌三郎
浅丘ルリ子
中村梅之助
小野清子
村上隆
堤加蓉子
カロリーナ・ピレス・ド・リオ
若三杉壽人
川上哲治第28回
川口幹夫
市川染五郎
上田利治
旭國斗雄
水島新司
川橋幸子
橋田壽賀子
新井春美
竹下景子第29回
川口幹夫
北の湖敏満
岩下志麻
植村直己
八千草薫
安奈淳
森和人
森下洋子
山本浩二第30回
加藤好雄
若山富三郎
ミヤコ蝶々
菅原文太
大原麗子
松本零士
重兼芳子
古葉竹識
多岐川裕美第31回
加藤好雄
松本幸四郎
陳舜臣
佐久間良子
木田勇
向田邦子
島田陽子
鈴木喜久子
角田好雄第32回
渡辺一雄
石毛宏典
古手川祐子
緒形拳
花井幸子
倉本昌弘
森光子
坂田栄男
高橋洋子
秋竜山
澤地久枝第33回
香川宏
生沼スミエ
玉の海梅吉
森英恵
山藤章二
池上季実子
広岡達朗
村松友視
真野響子
滝田栄
橋田壽賀子
前橋汀子
市川猿之助第34回
香川宏
三船敏郎
松本幸四郎
大原麗子
田淵幸一
樋口久子
松坂慶子
田中裕子
隆の里俊英
谷川浩司
林真理子
胡桃沢耕史
宮尾登美子
山口小夜子
役所広司第35回
菊池綜一
江上由美
釜本邦茂
名取裕子
風間杜夫
石井幹子
連城三紀彦
里中満智子
衣笠祥雄
松坂慶子
市川海老蔵第36回
遠藤利男
三田佳子
中村吉右衛門
高野悦子
小池一夫
武原はん
ジェームス三木
山口洋子
吉田義男
大地真央
北尾光司第37回
中野正之
森光子
清原和博
森下洋子
雁屋哲
黒柳朝
加藤芳郎
山崎洋子
渡辺謙
加納みゆき
千代の富士貢第38回
吉岡利夫
若尾文子
中井貴一
森瑤子
江藤俊哉
俵万智
逢坂剛
森口祐子
近藤真一
若村麻由美
北勝海信芳第39回
今西陽一郎
三田佳子
片岡孝夫
伊藤京子
森祇晶
浅野温子
安野光雅
伊勢桃代
新井満
山口智子
千代の富士貢第40回
沖清司
千代の富士貢
いしだあゆみ
ねじめ正一
小林浩美
中村勘九郎
村崎芙蓉子
西田敏行
石岡瑛子
斎藤雅樹
渡辺梓第41回
沖清司
山本陽子
中村鴈治郎
諏訪内晶子
野田秀樹
コシノジュンコ
渡辺久信
森口祐子
松岡修造
沢口靖子
真田広之第42回
小林由紀子
増井光子
山崎豊子
秋山幸二
芦原すなお
荻野アンナ
若花田勝
貴花田光司
緒形直人
鷲尾いさ子
田中好子第43回
内林達夫
有森裕子
曙太郎
古賀稔彦
富司純子
中田久美
野茂英雄
村上弘明
伊藤みどり
森光子
高橋克彦第44回
松尾武
三田佳子
米長邦雄
市川團十郎
細川直美
筒井道隆
つみきみほ
松原敏春
平瀬真由美
宮尾登美子
川淵三郎
内館牧子
田村亮子
植木等
野村克也
中丸三千繪
古田敦也
ミヤコ蝶々
曙太郎
古橋廣之進
大林素子第45回
松尾武
イチロー
赤井英和
奥野史子
岩下志麻
羽生善治
南井克巳
賀来千香子
川本ゆかり
市川崑
森光子第46回
上田洋一
古田敦也
田村亮子
天海祐希
竹中直人
原辰徳
水谷八重子
中村紘子
ジョージ川口
柳家小さん
大石芳野第47回
上田洋一
有森裕子
川口能活
江角マキコ
仰木彬
清水市代
中村橋之助
森英恵
桂米朝
大石静
周防正行第48回
大橋晴夫
井原正巳
吉永小百合
片岡仁左衛門
伊藤みどり
佐々木主浩
佐藤夕美子
本木雅弘
篠田節子
谷川浩司
吉行あぐり第49回
大橋晴夫
清水宏保
藤原紀香
琴錦功宗
中村玉緒
松平健
俵万智
ジェームス三木
服部道子
熊川哲也
浅利純子第50回
伊東律子
出島武春
松嶋菜々子
内館牧子
野村萬斎
田村亮子
津川雅彦
草笛光子
阿久悠
福嶋晃子
乙武洋匡第51回
伊東律子
田村亮子
長嶋茂雄
高橋尚子
渡辺謙
池内淳子
佐々木主浩
岡本綾
井上康生
木村佳乃
内藤國雄第52回
出田幸彦
栃東大裕
川原亜矢子
室伏広治
竹田恆和
松岡佑子
唐沢寿明
平良とみ
天海祐希
藤田宜永
森下洋子第53回
出田幸彦
朝青龍明徳
米倉涼子
市川新之助
阿川佐和子
宮本恒靖
仲間由紀恵
高橋由伸
恩田美栄
岩合光昭
岸惠子第54回
中村季恵
浅野ゆう子
五木寛之
優香
三谷幸喜
村山由佳
末續慎吾
村主章枝
武田真治
有馬稲子
星野仙一第55回
中村季恵
野口みずき
野村忠宏
橋田壽賀子
中村勘九郎
荒川静香
滝沢秀明
高島礼子
和田一浩
森光子
日野原重明第56回
琴欧州勝紀
薬師丸ひろ子
野口聡一
長澤まさみ
山田洋次
森光子
上川隆也
眞鍋かをり
林家正蔵
栗原はるみ第57回
渡辺謙
阿木燿子
リリー・フランキー
藤山直美
内野聖陽
横峯さくら
田口壮
吉田都
鎌田實
瀬戸内寂聴第58回
宮﨑あおい
上田桃子
岡島秀樹
青木功
中村勘三郎
新垣結衣
茂木健一郎
坂東眞理子
陣内智則
藤原紀香第59回
本木雅弘
吉田沙保里
太田雄貴
高橋尚子
松本幸四郎
松坂慶子
姜尚中
堀北真希
妻夫木聡
上野由岐子第60回
白鵬翔
草刈民代
阿部寛
深田恭子
原辰徳
勝間和代
城田優
杉山愛
西田敏行
森光子第61回
野口聡一
湊かなえ
岩崎夏海
寺島しのぶ
髙橋大輔
上野樹里
伊勢谷友介
仲間由紀恵
北大路欣也
武良布枝第62回
大竹しのぶ
田中将大
コシノジュンコ
三谷幸喜
鈴木京香
佐々木則夫
鈴木明子
松山ケンイチ
松井冬子
琴奨菊和弘第63回
綾瀬はるか
尾木直樹
澤穂希
中村勘九郎
樹木希林
桂文枝
吉田沙保里
入江陵介
菅野よう子
日馬富士公平第64回
田中将大
滝川クリステル
宮藤官九郎
宮本信子
杉良太郎
風吹ジュン
岡田准一

片岡愛之助
阿川佐和子第65回
中園ミホ
尾上松也
蜷川実花
山中伸弥
井上真央
阿部寛
仲間由紀恵
タモリ
黒柳徹子第66回
羽生結弦
堺雅人
長澤まさみ
大泉洋
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^ 2020/2021 ISUグランプリシリーズは非公認大会。新型コロナウイルスの影響で変則開催の為、ISUの公認記録に反映されない。また世界ランキングのポイントも付与されない 各大会の出場者を地元選手や開催国に拠点を置く選手らに制限しており、公平性を保つため。国際スケート連盟(ISU)2020年10月26日

^ “フィギュア、今季GPは得点非公認 変則開催で”. 日本経済新聞. (2020年10月27日). https://r.nikkei.com/article/DGXLSSXK20048_X21C20A0000000?s=6 2021年9月6日閲覧。 

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羽生結弦も美しい3A triple axel を跳んだ女性!伊藤みどり 浅田真央 長洲未来 紀平梨花 中野由加里 Tonya Harding!【海外の反応】 #yuzuruhanyu 2018 Youtube

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引用&参照:
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Why the triple axel is such a big deal

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Tonya Harding – 1991 U.S. Figure Skating Championships – Long Program

Mirai Nagasu Makes History As The First American Woman To Land A Triple Axel At The Olympics | TIME

How figure skating scoring rewards risk over artistry

Midori Ito Conquers The Triple Axel | Impossible Moments

I, Tonya’s Choreographer Breaks Down the Triple Axel Scene | Notes On A Scene | Vanity Fair

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